自ら選ぶ決意
少し離れたところで、ズボンに手を突っ込みながら歩く人影を見つめる。背は俺と同じくらいで、身長は170とちょいくらいだろうか、世紀末風に頭を尖らせ、いかにも時代遅れなちゃらついた服を着ていた。
「……マナ」
頭に乗せていた手を退かし、マナに声を掛け目の前の男へと顔を向ける。
「うん……」
マナはそれに顔を歪めた。しかしそれも一瞬、すぐに体勢を整え意識を高め始める。
「見つけたぜ歌姫えええええ!」
黒い帽子の男は、マナのことを歌姫と呼んでいた。つまりはこの男もマナが歌姫だと認識しているということだ。
ただ一つ納得のいかないことがある。何故敵対する吸血鬼等はマナを『歌姫』と呼ぶのだろうか。マナは初めて正体を明かす際、俺には女王と名乗っていたはずだ。
「なあ、なんでマナは女王様とかじゃなく、歌姫って呼ばれてるわけ?」
マナが俺に正体を明かす前、呪いの音楽を聞かせる。そして俺は呪いに掛ったという一通りの出来事があった。
あの時聞いた声はマナそのものだったが、事故で死ぬ寸前に見せた姿はまさに歌姫と呼ぶに相応しい姿だった。しかし、だからといって歌姫として認識するのは不自然だとは思う。
「……内緒」
マナはそれに答えてくれはしなかった。それ以上喋らず、顔を背ける。
誰にだっていいたくないことの一つや二つはある、だがマナは隠し事をするような奴じゃないということは、マナと一緒に過ごしていてどんな奴かを大よそ分かっているつもりだ。
馬鹿正直で能天気なマナがこれほどまでに嫌がるということは、それだけ聞かれたくはない話なのだろう。
「…分かった」
俺はそれ以上追及はしないことにした。それ以上喋らず、ちゃらつく男の…ちゃらい男、ちゃら男の方へ顔を向ける。
「先手必勝おおおおお!」
ちゃら男は、立ち止まったままの俺とマナへと一気に駆け出して向かってきた。吸血鬼は普通の人間とは違い、身体能力の全てが格段に強化されている。
ちゃら男は並ならぬ程の速さはあるが、しかし黒い帽子を被っていた男のように、一瞬で間を詰めてくることはできないようだ。
手を前に構える仕草を見る限り、両手から伸びる鋭く尖った長い爪、それがこの男の特化した部分であり、攻撃手段である武器だと考えられる。
「ッヒィヤッハァ!!」
ほぼ目の前まで距離を詰めると、ちゃら男は手を大きく振りかぶった。しかし、焦るまでもなく、攻撃が来たと身構える必要が無いくらいに、その攻撃は想像よりも遥かに遅かった。
歩いてでは大袈裟だが、判断してから横に飛ぶ時間がある。速いわけでもなく、どうかんがえても避けれない速度ではないのだ。
「…っは、誰が当たるんだよそんな攻撃」
余裕を持って横に飛び上がり、ちゃら男の武器である爪を避ける。すると遅れてッブン!と空気を切り裂く鋭い音が鳴った。
---刹那。
切れ味が高く、避ける前まで立っていた地面が大きく削られた。ジャリリリリリとまるで紙を切り裂くような仕草に、呆気に取られて声を上げる。
「っはぁ!?」
速度からすれば脅威は無いと思っていたのも束の間、油断しなければ男の爪に触れることはないが、少しでも気を抜けばそれだけ代償がでかいということだ。
「信也!気をつけて!一回でも当たれば胴体が上と下で分かれるわよ!」
「お、おう。見れば分かる…」
「ヒィッヒイヒッヒ!んだ小僧?今さっきの威勢はどうしたァ!」
「距離を置いて!動きは遅いからある程度離れていれば大丈夫なはずよ!」
マナは一度後ろへと下がると、爪の届く範囲に警戒心を見せる。良い案が浮かぶまでか、模索するようにちゃら男が隙を見せるのをマナは狙っているようだ。
しかし、それをちゃら男は読んだようにマナを見つめた後口元を多く裂いた。爪を高々と上げると、爪が急激に伸びていく。
「…な…あの爪…伸びるの!?」
「ヒャッハァアアア!!!!」
ちゃら男は爪を勢いよく振り下ろす。一度たじろいだものの、爪を伸ばした代償か、速度はさらに遅くなっていてこれも避けられない速度ではなかった。
「つっても…下手したら一撃死なんてこともありえるしな…」
同じように、しかし、今度はさらに早く遠くに爪が落ちるであろう位置から遠ざかる。すると今さっき居た位置の地面に爪が叩きつけられ大きく裂けた。ビキビキと音を立て衝撃によって砕けた石が宙に舞い上がる。
「っく……!」
動きは遅いが、しかし油断はできない。今の男はまるで相手を見下し、威力を見せ付け舐め掛っているに過ぎないからだ。
(……遅いが…それでもきついな)
今の状況ならば戦闘の経験が浅い俺にとって、油断しきった状態でいるちゃら男は好都合だ。油断している内に、その隙を突ければという一番理想的な形が頭に浮かぶ。
だからといって迂闊に手を出せば、相手は瞬時に『遊び』ではなく本気で『狩り』として行動を移す方面に動き出すだろう。
そうなれば初手で倒すか致命傷程のダメージを与えなければ、両手の指を全て合わせて10本。その10本の刃に等しい爪が四方八方から襲い掛かり、今はまだそれが可能だとしても、その後はそれこそ迂闊に近づくことさえできなくなってしまう。
「切りてぇ、切りてええええ!!……んん?」
「信也?!危ないから下がって!」
俺はマナの話には耳を傾けず、考えよりも行動で移せとちゃら男に向かって走り出す。そんな自殺行為にも見えるその行動に、ちゃら男は愉快そうに口を大きく裂いて狂気の笑みを浮かべた。
「ヒィヤッハッハッハ!!こいつァいい!」
同じように信也に向かって幾つもの爪が襲い掛かる。周りから甲高く鳴る音は、ちゃら男の爪が空気を切っている音だ。
「あばよォ!」
「…ッ!」
そういってちゃら男が振りかぶった爪を、当る寸前、そのぎりぎりで体を斜めに傾けて避ける。
「ァアン?」
完全には避けきれず頬を少し掠ったことで傷口から血が溢れる。だが、胴体が離れることがなければ死んでもいない。
「ッチィ!」
避けられるとは思っていなかったのか、鬱陶しそうに口元を歪め、ちゃら男は舌打ちを鳴らすと爪の範囲を俺に絞るためか縮めていく。
だが、そんな隙を見逃すほど俺は馬鹿ではない。一度走り出したときの勢いは止まらず、斜めに反らした身体は体当たりするようにちゃら男に向かっていく。
「当たらなければ、どうってことないんだよ!」
俺は捻った体を、反動を利用しそのままちゃら男の顔に目掛けて拳を突き出した。マナの能力、吸血鬼を殺すその力は発動せず一撃で仕留めることは叶わなかったが、それでも一撃だけでも先手を食らわしたということには良しとしておこう。
「…ッ!ってめええ!!」
とはいったものの、相手は並の攻撃では死なない不死身の肉体を持っている。当然一瞬怯む程度でしかなく、今決めた俺の渾身の一撃は、男の堪忍袋の緒が切れるには十分だったらしい。いかにも怒っていますと歯をむき出しにし、睨んできている。
大きく後ろに仰け反っていたちゃら男はすぐに体勢を整えると、俺を確実に切り刻もうと、小物のナイフくらいにまで短くしている。
「ッがァ!?」
しかし、次に先手を打っているのも俺だった。余計な隙を作らないよう、ひたすら蹴り、殴りを繰り返す。
「ッツアァ!いい加減にしやがれよてめぇ!!」
そういって、ちゃら男は怒り狂った様子で腕を振りかぶってくるが、思っていた通りだ。やはり動きが遅い。
威力を代償に速度が衰えているのだろう。俺くらいの腕でもちゃら男の動きが読め、これなら接近戦に攻め込んだ方が有利だった。無論その分切り裂かれるという危険性は高まるが、結局は同じ事、当たらなければ問題はないのだ。
降りかかる爪が身体に触れるよりも早く、ちゃら男の腹に向かって蹴りを食らわせ、後ろに吹き飛ばすことで軌道を反らさせ尚且つダメージを負わせる。
「……信也?」
「っぐ…く!ウガァ!」
それを不利と感じたのか、ちゃら男は後ろに下がって逃げ出すと、地面に手を付け、反動で即座に体勢を整える。荒い息を立て、ちゃら男は俺を威嚇するように距離を置いた。
「…くそがァ!…てめェ…この爪が怖くねえのか?!」
ちゃら男は自らの威力を見せ付けようと、一度地面を叩きつけて亀裂を生じさせる。再度その脅威を俺に確認させ、反応や様子を伺っている。
少しして、俺は閉ざしていた口を開いた。
「……怖くはない、といったらそれは嘘になるな。怖いか怖くないかで聞かれれば、そんなん怖いに決まっているだろ?」
胴体が離れるなんて、考えれるだけでゾッする。それはそうだ。正直、以前の俺だったら足が竦んで動けなかったかもしれない。いくら死にたがりでも、死にたい死にたいといって生きているのは、結局は何処か生きていたいという気持ちが存在していて死なないのだから。
「…だがな、俺はもう既に2回は死んでいるようなものだからな。怖気づきもしたけど、それが何だ?みたいに今更って気がするんだよ」
一回は事故で死を悟り、二回目は黒い格好をした男に殺されかけていた。どちらも本来のただの人間だった頃なら、二回死を経験しているのと同じだ。
「まあ、お前らにとって本当の死じゃない死なら、何十回、いや、何百回と経験していて対した数じゃないだろうけどな。……ただな、俺にとってこの2回は、大きく変わるきっかけになってんだよ!」
叫ぶと同時に、俺は身を低くしちゃら男へ目掛けて弾丸のように駆け出した。一直線に向かうその姿は、まさに引き金を撃たれ真っ直ぐに飛び出す銃弾の如く。
方向性を忘れたように、俺はただ全力で、馬鹿正直に一直線でちゃら男に向かって拳を構え駆け出していく。
それに対抗しようと、ちゃら男は両手を交互に動かすと、左右から恐ろしい殺傷能力を持つ爪を一気に伸ばして襲い掛かった。
しかし、それに俺は一切の躊躇い無く、歩みを止めることは無かった。一直線に進み、止まることを忘れた銃弾はちゃら男へと近づいてゆく。
「ヒャハハハハ!気でも狂ったかァあ~!!!」
左右から襲い掛る爪が全身に襲い掛かった。腕の肉を切られ、脚を抉られ、腹を切られる。
「ぐ…が…っく!」
到る箇所に激痛が走るが、死んではいない。
両腕で顔を覆い、致命傷になる部分を庇いながら突進を続けて、ちゃら男の目前へと近づく。それにちゃら男は驚いた様子で身を強張らせた。
「ヒャハ…ハ?…そ…そんな馬鹿な?!俺の爪には吸血鬼の力を封じる能力があるんだぞ!!な…なのになんでてめェ動けているんだよ!?」
決まったと思えた一撃を破られたことに、ちゃら男は見るからに口元を引きつらせ焦燥の色を浮かべていた。
切られ抉られた部分からは血が滲み、ちゃら男の能力で再生能力を失っている今、痛みが消えることなく切られている部分の傷が回復しない。
しかし、それでも。
「…さてな…俺にもさっぱりだ」
痛みを堪え、力を振り絞り、拳を握る。
「ヒ…ハハ…く…来る…な…!!」
ちゃら男は怯えたように後ろに仰け反ると、そのまま地面に倒れこみ、ずりずりと這いずって後ろに下がっていく。
狂気を浮かべていた男の表情は、今では恐怖で彩られていた。無意識的に爛々と輝きの光を放っていた自分の腕は、ちゃら男に凄まじい恐怖を植えつけていく。
「ヒ…ハ…ヒヒャァアアアアア!!!」
恐怖で身が竦み、逃げることを忘れた男は、俺に向けてもう一度左右から爪を穿つ。
「……遅ぇよ」
「ヒヘ!…ヒァ?ア?」
それを俺は男よりも先に腕を振りかぶることで、ちゃら男の両腕を消し飛ばした。突然に両腕を失い、それに何が起こったのかと錯乱して呆然とする男を見つめる。
「…何かが変わったといっても、それは周りが変わっただけで、俺自身何かが変わったわけじゃない。痛いのは怖いし、死にたがってた俺だって死ぬのは怖いさ……だけどな、恐れてばかりじゃ……何も始まらない…始まりはしないんだよ…」
ぐっ拳を強く握る。すると俺の意思に反応したかのように、ちゃらつ男に向けていた拳が再び強く灯る。吸血鬼殺しがその腕に宿ったのを見つめ、俺はちゃら男を見据えて静かに口を開いた。
「…お前の負けだ、吸血鬼」
ちゃら男を殴りつけると、ビキリと亀裂音を鳴らして崩壊を始める。しかし黒服の男とは少し違い、一瞬にして砕け散ることはなかった。
次第に灰色になった身体が砕け落ち、殴られた部分から著しく霧散し消えていく。それを虚ろな瞳で見つめていたちゃら男は、途端に目を見開くと獰猛な笑みを浮かべ、笑い声を上げた。
「ヒ…ハ…ヒハ…ヒヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「…何が可笑しい?」
不可解に思い、笑い出したちゃら男をいぶし気に見つめる。するとそんな信也の反応に、ちゃら男は愉快そうに口元に微笑を浮かべると語りだした。
「…俺は中級クラスで、ただの三下レベルに過ぎない。俺が消えた所で、また別の奴がわんさかとやって来るさ、それも俺よりも強い奴だ…」
「……何が言いたい?」
小馬鹿にした態度に、俺は眉を顰め男を睨む。すると男は口を大きく裂き、微笑から大きな笑みへと変えた。
「ヒハハ!…近いうちに分かるさ…お前ら程度が…ヒヒ…何処まで抗えるか…地獄で見物しててやるよ……」
そこまで言うと、ちゃらついた男は完全に霧散し消え去る。
俺は暫く、消えていった男の場所を無言で見つめた。
(奴等…か…)
今よりももっと、更なる敵にどう立ち向かえばいいのか。男は消え、答えを述べることが出来る者は誰一人として居ない。
目線を動かし、拳を見る。今では光が消えてしまい、力を持たない腕を上げてぐっと握り力を込めるが、しかし何も起こることは無い。
この力は……結局何なんだ?
ちゃらついた男を殴り飛ばした後、その光りは著しい速度で弱まっていき、そして何の手がかりも無く消失してしまった。
……分からない。この力は、一体何なのだろうか……。
「信也…」
静かに、とても小さく、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声のする方へと顔を向ける。
「……ッ!」
そこには目に涙を浮かべ、少し怒った表情をしているマナが居た。顔を膨らませ、一人で突っ走って行動を起したことに腹を立てているとすぐに分かる。
しかし、問題はそこでは無い。
「マ、マナ!後ろだ!!」
「ハハハハ!油断したな!!」
ちゃら男の声とはまた別の声。気がつけばマナの後ろには、世紀末風染みた男とは違う格好をした茶髪の男がマナに迫っていた。
俺の声に危険が迫っているのに気がついたのか、マナは後ろを振り向く。が、気づいた頃にはもう目の前にまで来てしまっていた。
(くそ!間に合わない!)
茶髪の男は大きく口を開く。口を開き、口から大きくはみ出した二本の歯は、まるでアギトのように尖っている。
ちゃら男には力を奪う能力が備わっていたといっていた。もし、今目の前でマナに迫っている茶髪の男にもその能力が備わっているのならば、無事では済まされないのは確実だった。
「マナ!!」
急いで腕を突き出すが、あと数歩のところで間に合わない。反応が遅れ、成す統べないマナの首元に茶髪の男が噛み付こうとした
---その瞬間だった。
「ッ?!っげはあああ?!」
男は鼻を押さえ悶え始めた。
「っは?!」
「え?!」
それに、俺とマナは同時に声を上げた。俺もマナも訳が分からない顔で、悶える茶髪の男を見る。
すると男は鼻を押さえ、涙目でその理由を語った。
「っぉぇ!コイツくっせええ!っおえ!」
吐き気をもようさせながら、茶髪の男は後ずさりする。どうやら、マナの口臭が原因のようだった。
「っく、臭いって何よ!乙女に対して失礼ねええええ!!今日の朝、歯を磨き忘れただけで、いつもはちゃんと磨いているし、ちゃんと風呂だって入っているわよ!!」
立派な年頃の女の子ということか、女としての立場を否定されたことに、マナは顔を真っ赤にして叫ぶ。
清潔さを述べるマナの姿に意外性を持ちつつ、何故男が退いたのかその答えが分かった。
「……ああ、なるほど……」
朝食べた餃子に含まれていたにんにく、そのにんにくの臭いが口の中に残っていてそれを嗅いだのか……。
「っぉえ!しゃ、喋るな!来るな!!近寄るな!!!」
「何よその3原則みたいなのは!!第一あんたが先に来たんでしょーが!」
と、理不尽な物言いにマナが怒って怒鳴る。茶髪の男は、マナが喋り口を開く後とに涙目になり、鼻を押さえ文句を言う。
遂にマナの口臭に堪えきれなくなったのか、マナから離れるようにして茶髪の男は後ろに大きく下がり、マナを指差して言った。
「ッペッペ!こんなに臭い奴が歌姫だと?!笑わせるな!何かの間違いに決まっている!……運がよかったなお前!今回は特別に見逃してやる!」
そういい残して、茶髪の男はそそくさと逃げ去っていく。その光景を呆然と眺めていた俺は、堪えきれず「っぷ」っと噴出してしまった。
「あっははははははは!!!」
男が立ち去った後、その光景を見ていた俺は少しだけ笑う程度で済ますはずだったが、あまりにもその光景が可笑しくて思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「な、何よ!」
それに、マナはまた顔を赤くした。もはや初めに怒って顔を赤くしていたことなど、既に忘れてしまっているのかも知れない。
「い、いや悪い、可笑しくってさ……まさか口臭で敵を追い返すなんて思いもよらなかったから…」
「っふん……あいつは多分新参者よ、普通だったら立ち向かってくるもの」
マナはすぐに落ち着きを取り戻し、逃げていった男の方に顔を向けて言う。
それもそうだ、今回はただ、運が良かっただけ。それが何度も続くとは限らない。力について、結局は分からないままだ。
じゃあ分からないからと諦めるのか。いいや、だからといって何もしない訳じゃない。何もしないよりも、何かした方がいい。
「……なあマナ」
「……何?」
でも、自分が今出来る最善策は何だろうか。マナの為にやれることといったら、何があるだろうか。
だから俺は、決めた。
「……俺さ、やっぱり体を少しでも鍛えとこうと思うんだ。化物相手に、ちょっとやそっと体を鍛えたくらいじゃ、通用しないかもしれない。それでも…今俺に出来ることをしたいと思うんだ」
それに、マナは首を横に振った。マナは俺の拳を見つめ、その後に顔を上げて言う。
「……信也には私の力を持っているじゃない」
それもそうだ、今の俺には力がある。現に、俺は驚異的な化物の相手に立ち向かい、吸血鬼二人を倒した。
だが、それがどうしたというのだ。
これは俺の力でもなんでもない、マナの力でしかない。そう、元々これは紛い物の力で、所詮借り物の力。いくら考えたところで、最初から答えが見つかるはずがないがないのだ。
「…いいや。今俺が持っているのは元々マナのだ、だから、いつか必ず返す」
いつかマナにこの力を返しても、それでも自分の力でマナを守れるように。
「だからさ……マナ、お前が良ければの話だが、その…特訓を一緒に手伝ってくれないか?」
それに、マナは一度口をきつく閉じ、顔を伏せた。わなわなと身体を震わせた後、勢いよく顔を上げる。
「……うん!いいよ!!」
それに、マナはとても嬉しそうな顔で、元気いっぱいの笑顔で答えてくれた。
…・…・…・…
魔の者が住む世界、それは【魔界】と呼ばれた。
【魔界】は空が漆黒の闇で包まれ、辺りには負の感情が満ち溢れる。
辺りは腐敗し、瓦礫や岩ばかりが存在する。そこは自らの住みかを求め、争い、略奪し、暴力を振るい、残虐の限りを尽くす者で溢れている世界。
しかしそんな【魔界】に、一つだけ巨大な城が存在した。
その城には、全ての生ける魔の者を統率させる王が住み、王直属に選ばれた四人が、王の傍に居ることができる。そして、その王の下に一人の男が報告に出向いていた。
「報告します!クロム・ガンドル及びバンデッシュ・アローとウィズ・ライラは歌姫の討伐に失敗しました!」
男は膝を突き、腕を下に下ろしたまま顔を下げたまま報告を行う。王座の場所は暗く、王とその直属の四人の顔を見ることは出来ないためだ。
『まあそうだろうね~、あんな雑魚相手じゃ姫様は負けたりしないでしょー』
その報告に反応して降りてきたのは、王の隣に立つ、4人の一人。見た目は12、13歳と幼い子供の体で、3人全ての服が黒にマントを付けているだけにも関わらず、一人だけ胸には真っ赤なリボンを付けていた。
「いえ、それが姫ではなく、倒したのは男だとのことです」
その報告に、リボンを付けた男はクリスタルで作られた十字架を、手元で転がし遊んでいた手を止めた。
『……なんだって?』
眉を顰め、報告者を睨む。計り知れない威圧に、報告者はたじろぎながらも報告を続けた。
「そ…それが、公園でクロム・ガンドルが姫を襲った後、突然男が現れクロム・ガンデルを倒し、今日襲い掛かったバンデッシュ・アローを倒したのも男の方だったのことです…」
『……その倒したというのは何だ?その男が杭でも刺したというのか?』
「いえ、どちらも得体の知れない光りを発して殴ると、どちらも次第に霧散し消滅した…と」
それに、リボンを付けた男は黙り込んだ。何かを考えた後、クリスタルを見つめニンマリと笑う。
『……ふふふ、一体君はその男に何をしたんだい?…僕の【歌姫(ジュリエット】よ』
愛しそうにクリスタルを見つめた後、急に目つきを険しくさせ、報告をしにきた男に目を向ける。
『で、その報告をした男は今、何処にいる?』
「ッは!、此方に」
そういって、報告者が身を引く。二人に連れられて前に出されたのは、ウィズ・ライラと呼ばれた茶髪の男。全身は鎖で繋がれ、男は左腕を失っていた。
「っひ…っひぃ……あぁぁ………」
全身は傷だらけになり、吸血鬼であるはずの彼は、再生能力を発揮してはいなかった。顔は恐怖に染まり、ものの数時間前に、信也とマナの前に現れた彼の面影が無くなっている。
『あらら~、可愛そうに、さぞ本当の死を経験するのが怖かっただろう』
リボンを付けた男は、ウィズの頬にそっと触れると、優しく撫でる。優しく触れる手が、頬を伝いウィズの左肩に触れる、すると突然変化が起こった。消えた筈の左腕が元通りに再生していく。
それだけではない、リボンを付けた男が触れた箇所は、見る見ると目まぐるしい速度で傷口を癒していく。
「……あ、あ、貴方は…」
再生していく左腕の光景に、ウィズは涙を流し、自分に触れている男を見上げ、口を開く。それに、リボンを付けた男は戸惑う様子を見せ、ポリポリと頬を掻いた。
『僕?…えっと~、僕名前で名乗りたいところだけど…名前ないんだよな~……でも合えて言うなら~……』
男は手に持っているクリスタルを見つめると、それを粉々に握りつぶしてしまう。そして、粉々にしたクリスタルの結晶を床に落とすと、微笑を浮かべた。
『僕の名前はロミオ』
指をパチンと鳴らす。すると、粉々に壊された結晶が一人でに動き出し、元合った形へと戻ってく。そして、自らをロミオと呼んだ男は、ウィズ・ライラに向かって高らかに言った。
『破壊と再生を楽しむ、四天王の一人さ!』