表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と吸血鬼と偽りの歌姫  作者: 吸血鬼くん
7/23

特訓

「…ぜぇ…ぜぇ…し、死ぬ…死ぬって…!!」



 全身汗だくになり、白いTシャツはバケツの水を被ったかのようにぐっしょりと濡れている。



 長い間鍛えるということをしてこなかった体は、突然の無理な運動に悲鳴を上げ、心臓は破裂しそうなまでに脈打っていた。



「はい!あと50週!」



 俺は今、マナによる特訓を受けていていた。吸血鬼ヴァンパイアと交えるにも、やはり多少は体を鍛える必要があるということで、ノルマは一周1キロはある広場を100週することだそうだ。



 マナが言うあと50週ということは、残りは50キロということになる。



「げほ…ごほ…ごほぉあぁあ!」



 自分でも何をいっているのか分からないが、残りカスを極限まで搾り出そうと声を張り上げで尚も走り続ける。



 結局は身体を鍛えたところで、肝心のマナの力は不明確に変わりはなく、いざという時に必ず発動するとは限らない。その為信頼性が欠けていることからなんとも頼りないことではある。



 どうしたら力を使えるのか、何回まで力を使えるのか、他にも違う能力が備わっているのかなど。知らないことは数多く存在しているのだ。








 -----







 少しの時間を遡り、それは朝食のこと。パンにバターを塗り、食べ始めようとする際にマナが言い出したことから始まった。



信也しんや!特訓をするわよ!」

「……はい?」



 マナは突然、閃いたという顔を浮かべるや否や、マナは口元に笑みを浮かべ、人差し指を俺に向けて突き出した。



 腰に手を当て、ソファの上で立ち上がっているマナを見つめ、俺は何を企んでいるのかという疑念に半眼になる。



「特訓って……何を?」

「…何か誤解したような目をしているけど……単純にそのままの意味よ。身体を鍛えるってこと」



 いつもまるでマガママな子供のように傍若無人で、図々しい態度を放つマナにしては案外まともな意見だったため、思わず少し目を見開く。



 言われてみて気がついたが、そういえば鍛えようなんて考えには到っていなかったのだ。



 吸血鬼ヴァンパイアという存在は、そもそも鍛えるという概念があるのか、理解し難い。元より急激に身体に変化が訪れていたことから、これ以上鍛えようなんて気が起こらなかった。



「鍛える…か。普通に適度なトレーニングすればいいのか…?」



 ただ、それでもマナのような完全な吸血鬼ヴァンパイアではない俺は、どうも人間性に大きく偏っている。そのためいくらマナの強力な武器を携えても、それとは裏腹に身体能力は明らかに劣っている俺は、総合的に並程度の強さしかないのだ。



 何もしないよりは、確かに何かをした方が良いとは共感は持てた。しかし、どうすればいいのか分からない。少し鍛えたくらいでそこまで変わるものなのか、それだけでどうこう出来るような相手なのか、そもそも効果があるのかと不安は残る。



 特に今必要としているのは、俺にとってはマナにこの力を戻す方法か、この力の謎を解明する方が先決ではないかと思っている。



 とはいっても、うだうだと模索したところで答えが見つかれば苦労はしない。何事もまずは試してみることに限るということだ。



「あと、別に考えなしに言ったわけではないわ。元々は私の力なんだし、私が使っていたときの感覚を教えればいいんじゃないかと思ったわけなのよ。どう?ちゃんと考えているでしょう?」



 そういってマナはえっへんと誇らしげに胸を張る。



 不死とはいっても腹は減るため、俺はなるほどと共感しながらもパンを食べながらマナの話に耳を通した。



 ……なるほどな、確かにその通りだ。マナがどうやって使っていたのか、その感覚やコツさえ掴めれば随分と状況が変わるかもしれない。



「まあ特訓については分かったが、まだお前まだ飯食ってないだろ?その前に飯くらいは食っとけ」



 俺の場合は半分人間だからか、不完全な肉体は栄養を求めてくるため、時間が立てば腹が空く。ただ、どうやら不死という肉体でも吸血衝動のように食欲はあるらしく、マナも同じように腹は減るらしい。



 俺の場合は定かではないが、弱点には無い食欲からして、吸血鬼ヴァンパイアは食べなくても生きてはいけるのかもしれない。しかし誰だって腹が減ったら力だって出ないし、集中力だって欠ける。ストレスだって溜まってしまうだろうし、それによってマナが暴れられても困るのだ。



 立ち上がり、作り置きだった餃子を取り出すと、それをマナの手前に渡す。



「ほら、これでも食っとけ」



 自身が作る、傑作の一品。しかし、それを見たマナは拒むような顔になった。餃子を向けた瞬間、身を反らし後ずさりした。指を差し、鼻を摘みながらマナはその理由を述べる。



「え~、だってこれ臭いし辛いんだもん……」



 マナが表情を顰めている理由、それは吸血鬼ヴァンパイアはにんにくがやはり苦手で、匂いだけで気分が悪くなる効果があった。



 半吸血鬼ヴァンパイアの俺でも、異臭に感じることから食うのは諦め掛けていたのだが、食べてみればどうということはなかった。



 餃子にちょっとした七味を加えた感じで、舌に軽い痺れがあるだけだった。無論その程度では餃子が好きな俺にとって、大した問題にはならない。



「…じゃあ俺が食っちまうぞ?」

「あ……」



 橋で持ち上げ食べる素振りを見せると、それにマナは反応して、声を漏らした。目を僅かに動かし、食べようとする仕草に反応する。マナの目線は、箸に摘まれた餃子に集中している。



「なんだ、やっぱり食いたいんじゃないか」



 つい何となく面白半分にからかってしまい、そのマナの反応を見て笑う。高い位に存在しているマナには、にんにくも対した効果はないらしく、気になるのは異臭くらいらしい。



 ならばと餃子の良さを伝えようと、それに初めは嫌々で食べていたが、マナは何だかんだ言うわりには餃子が気に入ったようで、結構食べていた。


 

「む~」



 からかわれたことにむくれた顔になりながらも、マナは餃子を食べていく。結局、20個もあった餃子は、その小さい体に全て収まってしまった。



 マナが食べ終わり、二人の食欲を満たしたところで話を戻す。



「……それで、特訓って具体的に何をするんだ?」



 一体どんな特訓をするというのだろうか。



 その考えに辿り着けるはずもなく、マナの返事を待つ。マナは一瞬考えた素振りを見せた後、俺に向かって何度目かの人差し指を突きつけていった。



「ランニング!」






----- 






「っぜぇ…!っはぁ…!」



 ---そして現在に至る。



「ほらほら!まだあと45週は残ってるわよ!」



 マナは頭に赤い鉢巻を巻き、メガホンを使って横から応援を投げかけてくる。マナも俺の隣で同じように走っているのだが、マナは汗一つ掻かず涼しい顔をしている。



 前に見せた尋常でない走りに比べれば、マナにとってこの程度では疲れないようだ。



「……いや…ちょっと…タン…マ……」



 しかし、俺の肺はもう既に限界をとっくに超えていた。このランニングは、自分のペースではなく常に全力疾走。傍目から見たら、それは無謀な挑戦をしている青年としか見えない。


 

 これは体力の続く限り走り続ける、まるで無謀なチキンレースのようなものだ。『死ぬ気で走れ』とよくドラマやアニメでも見かける言葉があるが、しかしこれは冗談ではない。



 不死身とまでは言わずとも、ある程度屈強な肉体を持っている為、やろうと思えば死ぬ寸前まで走り続けられる。しかし、人間は意外に頑丈で出来ている、そう簡単になろうと思って死の淵に立たされることはないのだ。



 10週目辺りから息切れをし続け。

 20週目からは足が震えだし。

 30週目に呼吸困難に陥り始め。

 40週目では口から血反吐を撒き散らし。

 50週目には意識が飛び始めていた。



 黒い帽子の男に蹴られ、肺の空気を持っていかれたことがあった。

 しかし、その苦しみを遥かに凌駕している。



「…ぜぇ…っぜぇ……」



 一度止まり、俺は地面に倒れこんで休憩をする。



 自分が今何処に立って、今何を見ているのか、視界がグラグラとゆ揺れ、何も考えられず、喋ることもままならない。



「ん~、58キロとちょっとか、まあ初めてにしては上出来ね」

「……はぁ…はぁ……っふう」



 少し休むと、吸血鬼ヴァンパイアによる驚異的な回復能力によって、すぐさま視界が良好になり、きちんと思考が働いて息が整っていく。



 今の肉体であれば、無理難題と思える過酷な修業の多くは可能ではある。しかし、黒服の男やマナのように、一瞬にして間を詰める化物相手に、多少鍛える程度で太刀打ちできるのだろうか。



 落ち着きを取り戻した俺は、マナに一つ疑問を投げかけた。



「……なあマナ…そういえば、吸血鬼ヴァンパイアってのは、中級を越えると何かが飛躍的に向上する能力があるんだよな?」

「…んー、絶対とは言い切れないけどね…それがどうかしたの?」

「いや…俺には何も飛躍的向上したという面が見られないからさ。どうなんだろうなーって思っただけだ」




 それにマナは眉一つ動かさず、少し間を空けてから答えた。



 

「……信也ってさ、ちょっと変わってるよね」

「…なんだよ突然?」



 口を閉ざし、どういえばいいのか迷っているように唇に人差し指を当てると、しばらく黙り込んでいたマナは片目を閉じて微笑を浮かべた。



「ふふ、分からないならいいわ」

「……はあ…?」



 訳が分からず俺は首を傾げる。クスクスと笑っている様子からして、マナや俺にとっては悪い話ではないと理解できた。ただ変わっていると言われて笑われていると、どうも褒めているようには思えない。



 それといって疑問を答えてくれる気はないらしく、少しするとマナは口元に浮かべていた微笑を解き、今度は困ったように眉を顰めた。



「…うーん。コツを教えようと思っていたことだけど…そういえば私って自分の力を当たり前のように使っていたから、無意識みたいなもので、どうやって使ってたかなんてそもそも分からなかったのよね……」


 

 薄々は分からないというオチじゃないだろうなと、そう考えてはいたが、案の定俺の予想は正解していた。



「……そうか」



 その返答に、素っ気無い返事で返す。



「…ごめん。余計な期待を持たせちゃって…」

「あー、そんなことだろとは思ってたよ」

「…え?」



 初めはマナのいうことに意外に思いながらも共感していたが、よくよく考えてみればそもそも他人の持っている能力を手に入れたところで、簡単にコツを知ろうという考えが甘いのだ。なにせ相手と自分ではまるで感受性が異なる。



 元々生まれながらに所持していたマナにすれば、人が立って歩くように、言葉を発するように、物事を考えるように、一度知ってしまえば後は意識しない。自分の考えとは無意識に行うのが当たり前となっている。



 ともすればマナにすれば感覚やコツが分かっていているため上手に扱えるが、突然俺が他人の能力を奪ったところで、それはマナにとっては当たり前でも、俺にとっては初めてでしかなく、感覚やコツは相手の方に残ったままで使い方が分かるはずも無い。



 初めから教えられてどうにかなるとは思ってはいなかった。いや、もしかしたら対した苦労せず、簡単に強大な力を手に入れてしまうかも知れないということに、俺は抵抗を感じていたのかも知れない。


 

「……え、怒ってないの?」

「ああ、というか気にしてない」



 俺の考えていることはマナにとってはエゴでしかないかもしれない。マナ本来ともいえる強大な力が手に入れば、それだけマナにとっての危険を避けさせることにも繋がるからだ。


 

 ふとマナの顔を見る。マナは少し縮こまった様子で俺を見つめていた。お互い顔を覗き込むようにして、それに先に小さく口を開いたのはマナだった。



「…ほんと?」



 その主人と名乗り出た時とは裏腹に、些細な事で弱弱しい声を上げるマナを見つめ、俺は微笑を浮かべる。


 

「………本当だ」



 マナの頭をポンポンと軽く叩く。それに、マナは嬉しそうに「ふにゅ~」と気の抜けた声を上げた。その光景は、まるで主人が子猫をあやしているようだ。



(…これじゃあ…主人がどっちか分からないな)



 薄い微笑を浮かべ、俺は暫くマナの頭に置いた手を離さずにいた。あまりに猫っぽく、猫じゃらしでもないかと辺りを見回す。



「……ん」



 それに俺は小さく目を細めた。

  


 猫じゃらしが見つかることは無かった。変わりとして目に映りこんだのは、此方に向かって歩く人影。ただの通行人にしては、離れた位置から分かるくらい浮かべている表情が不気味な程に狂気地味でいた。



「見つけだぜえええ!」



 ハッキリと姿を見せると、男は俺とマナを見つめ唐突に声を上げる。



 『見つけた』と男は言う、そしてその言葉が示唆することは理由を聞かずとも、その理由は分かっていた。



 俺は近づく一人の人物をきつく見据え、相手の様子を伺う。



 その先にいる人物は、黒服の男と同様にマナを狙う



「なぁ、歌姫さんよぉ~!!」



 二人目の吸血鬼ヴァンパイアだということだ。 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ