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俺と吸血鬼と偽りの歌姫  作者: 吸血鬼くん
6/23

眷属としての覚悟

 帰宅後、心身ともに疲れ果てていた俺とマナは、家に帰るなり靴を脱ぎ放り、疲れを風呂に入って癒すとすぐさま安息の睡眠へ旅立ちに向かった。



 だが、その安眠に誘われるあと一歩のところで妨げられ、身体に何かが圧し掛かかっているという違和感に俺は目を覚ました。



「……なあマナ……これは一体何の真似だ?」



 見ればそこには、マナが寄りかかるように腰を低くし、まるで這いよるかのようにしてジリジリと迫ってくる姿があった。



 どういうことか、マナは荒い息を立て、何故か俺のダボダボのシャツを着ていた。風呂上りだったのか、若干頬をほんのりと赤く染め、しっとりと濡れた長い金髪を垂れ下げている。


 

「何って、夜這いだけど?」



 さも当たり前そうな顔で、マナは人差し指を唇にあてて首を捻る。



 それに俺は呆れたように溜息をついた。当然のことながら、少女が夜這いをすることが当たり前なんてことを、俺は今まで聞いたことがない。もしそんなものが実在するのなら、そこは国として、人として終わっている。



「待てやこら!帰った後、そうそうになんちゅうことを企ててんだお前は!」



 構わず前進してくるマナの姿に、慌てて手を前に突き出してマナの頭をがっしりと掴むと、これ以上近づけさせまいと力ずくで布団の上から引き剥がそうと試みる。



「何をするの~!」

「それはこっちのセリフだ!」



 どちらも引き下がらず、力づくでグリグリと押し合う。



 二週間という間、一緒に暮らして中身はただの餓鬼だとは思っていたが、一つだけ訂正しよう。こいつは変人であると。



「あのねー?私は貴方のご主人様なのよ?私と契約して眷属になったんだから、ついでに契りを交わしてしまおうかと思ったわけなのよ」

「お前は俺に一生を牢獄の中で暮らせと言うのか!?」



 冗談じゃない。俺は別に子供が好きな、いわゆるロリコンではないのだ。



 全力で嫌がる俺を見ると、マナはムスっと頬を膨らます。……が、すぐにふっと息を吐き出すと、微笑を浮かべ手をパタパタと振った。


 

「まあ冗談はこれくらいにしましょう」

「………さっきの目はどう見ても冗談には見えなかったぞ」



 疑心暗鬼の眼差しを向ける。それにマナは「嫌だな~。冗談よ、冗談!」と言い、布団からそそくさと降りると近くにある椅子に座った。回転式の椅子に興味が湧いたのか、「ぉ、ぉお~」と言いながらクルクルと回って遊びだす。



 そんな姿を見るところ、何処にも怪我は無いように見える。



「………そういえばマナ……もう…その、傷は…大丈夫なのか?」



 俺を庇うとき、マナは重度の怪我を負っていた。人間ならまず即死な傷。まだ半信半疑ではあるものの、恐らくは自分の身体も人間から掛け離れた存在になっている。



 吸血鬼ヴァンパイアという生を受けたが、種族には何が致命傷でどうしたら死に到るのか、知識など皆無な俺には正確に把握できていない。



「ん……まぁ、ちょっと危なかったけど、何とか。今は何の問題もないわよ」



 そういって、マナは小さく苦笑を漏らした。



「……やっぱり、杭のようなもので刺されていたから…なのか?」



 ただ分かることは、吸血鬼の弱点といえば心臓に杭を打たれると死ぬという説がある。実際に本当に効くのかは不明確だ。現に、杭で心臓を貫かれてもマナは生きているのだから。



「いや、別にあれくらいだったら大丈夫よ?命の心配はないわ」

「ええ?でも吸血鬼って普通は、心臓に杭を打たれたら死ぬんじゃないのか?」



 的をついていると思っていた質問が、まさか平然と否定されるとは予想もせず、杭が弱点という説は嘘だったのかという疑念と、じゃあ吸血鬼ヴァンパイアはそれこそ不死身ではないのかと、呆れた声を漏らしてしまう。



「じゃあ、杭は特に意味が無いってのか?」



 それにマナは首を振って否定した。



「ううん、杭は吸血鬼ヴァンパイアに絶大な力を発揮するわ。ただそれはあくまでも下級の吸血鬼ヴァンパイアなら…ね。私くらいになると杭で心臓を貫くくらいならどうってことはないわ」



 そういって、マナは「ッフッフーン」と鼻で笑うと、口元を吊り上げて自慢気に胸を張ってみせる。



「…吸血鬼にも格付けがあるのか」



 何処の世にも上下関係は健在してるってか。



「吸血鬼にも個々によって力は違うの。例えば下級の吸血鬼だったら、十字架を見ただけで震えて動けなくなってしまうし、太陽の光りを浴びれば一瞬で滅んでしまう程度よ。中級クラスでも杭を心臓に刺されでもしたら即死するわ……」

「じゃあ、殆どの吸血鬼ヴァンパイアは日中には大っぴらな活動をできないのか?」



 そうなると、日中は安心して外出が出来る…だが、深夜は無理ってことか。……って、あれ?



「……そういえば、何であの男は昼間に動けてたんだ?」

「中級クラスを超えれば、日中でも活動は可能なのよ。ただ長時間は無理だし、一時的に休まないと駄目なの。……最初に来た黒い格好のした男は、すぐには追って来てはなかったでしょう?」



 そういわれて見れば、確かにそうだ。一瞬にして間を詰められるくらいに速度が出せるのなら、逃げた瞬間から背後で追って来ていたはずだ。



「あの時はさすがの私も肝を冷やしたわ……。速さには結構自信があったのに、まさか一瞬で間を詰められるなんて……多分あの男は、速度が特化した吸血鬼ヴァンパイアだったんだと思う」

「おいおい……日中でも危険な上、吸血鬼ヴァンパイアってのは中級クラスを越えると、さらに厄介な能力を備えているってのか?」

「中級を越えると日中を動けるのは確かだけど、普段の活動は出来ないから危険性は低いと思う。あまり太陽に浴びると弱体化してしまうからね。それに能力も特化して厄介かも知れないけど、裏を返せばそれ以外は貧弱なの」



(特化した分、他が劣るということか……)



「ただ、例外が存在するわ」

「…例外?」

「簡単に言えば、私と信也よ」



 そういわれて、ああそういえばだったと納得する。



 よくよく思い出せば、吸血鬼ヴァンパイアであるマナは何とも無い様子で外出している。それは半吸血鬼ヴァンパイア状態である俺も同様だ。



「今信也が理解したように頷いたけど、見ての通り、私と信也はまるで極普通の人間と変わりのない生活を送っている…そうよね?」



 前の自分と今の自分を見比べても、マナという存在を除けば普段の生活と全く変わらないことから、信也はこくりと首を動かして頷く。



「そして、これこそが例外なのよ」



 そういうと、マナは自分と信也を交互に指を差す。



吸血鬼ヴァンパイアという種族は、人間達が住まう光が溢れている世界では生存が困難とされている。それは吸血鬼ヴァンパイアの掟みたいなもの」

「……ってことはだ。もしかして、その例外とやらは、掟を破る存在……まさに俺やマナってことなのか?」



 そういうと、信也の言葉にマナは満足気に笑みを浮かべ、「さすが私の眷属ね!察しが良くて何よりだわ!」と今にも言い出しそうな顔で首を縦に振る。



 どうやら吸血鬼ヴァンパイアでいう例外とやらは、人間の世界で何の支障も無く暮せる存在らしい。



「例外とされる存在は他にもいる…それが上級よ。太陽に当たっても大丈夫だし、十字架は効かない。それに心臓に杭を打たれても死なないわ。もちろん手足を吹っ飛ばそうが、心臓に穴を開けようが再び蘇るわ」



 今の話を聞く限り、最低でもマナは上級クラスの吸血鬼ヴァンパイアになる。それに比べて俺の場合は半吸血鬼ヴァンパイアという不確かな存在に位置している。



 人間とも呼べる間柄であるため耐性が付いているだけで、身体能力と生命力が劣っていることから、普段の能力では中級、下手したら下級クラスなのかもしれない。



 ただ、マナの話を鵜呑みにするには、あまりにも疑問が多すぎた。



「おいおいおいおいおい!それじゃあ難癖つけようの無い正真正銘の不死身じゃねえのか!?」



 マナの言い分は、いうなれば弱点が存在しないということだ。唯一葬る手段である弱点がなければ、上級クラスの吸血鬼はそれこそ不死身のようなものだ。



「じゃあ、上級の吸血鬼ヴァンパイアは、昼間に起こったような、あの現象でしか倒せないってのか?」



 あれは我を忘れ、無我夢中だった俺は無意識に奇怪な力を発揮した。しかしあの時のは偶然使えただけであって、どうやって出したのか、どうすればまた使えるのか、それが全くといっていいほどに分かっていない。



 それに……あの夢が確かなら、この力は元々マナから奪い取ってしまったものだ。



「ううん。そういうわけでもないの。確かに絶対に死なない不死身に思えるかもしれないけど、いくら強靭な力を持つ吸血鬼ヴァンパイアでもそれこそ不死身でない限り杭を心臓に打たれれば絶命に到るわ」



 首を振って訂正を促すマナに、信也は腕を組んで首を捻る。



 それでは色々とおかしな疑問点が浮上する。つい少し前、マナは上級を超えた吸血鬼は、杭で打たれるだけでは死ぬことは無いと言っていた。



「何言ってるんだ?それじゃあさっき言っていた話と食い違うじゃん、上級クラスの吸血鬼は、心臓に杭を打たれても死なないんだろ?」

「……ちょっと言い方が悪かったかな。正確には、死んでいるけど死んでない…が正解かな」



 その回しくどい言い方に、余計に話しが読めなくなる。



「えーっと…つまりは…死んだけど死んでない?」

「杭を心臓に打ち込まれると、上級にもなる吸血鬼ヴァンパイアは死ぬ変わりに力を失う。それは吸血鬼の力を失う…っていえば分かる?」

「……あ~……そういうことか」



 そこまで言われ、やっと理解したように信也は首を縦に振る。



「つまりは吸血鬼としての不死の力を殺されるのよ。あの時見たでしょう?私の胸に杭が刺さっているとき私は力が全く入らなかった、それに不死身だというのに、私の首を絞めただけだった」



 それに、黒服の男に首を絞められ、力無く腕を垂らしていたマナの姿を思い出す。それに後悔したと、嫌な光景を思い出したことに顔を顰め、信也は辛辣な面持ちでマナに視線を向けた。



「……マナ…お前」



 つまりはそういうことなのだ。恐らくはマナが本気で勝負を挑んでいれば、不完全な状態とはいえあの程度の男には苦戦を強いられても一人で勝てていたのかもしれない。



 しかし、初めからマナは死を選んでいたのだろう。



 それは何故か、そんなもの初めから分かりきっている。こんな、会ったばかりの、それもどうしようもないようもないクズみたいな俺に、これ以上迷惑を掛けさせない為にだ。



 黙りこみ、顔をしぶくしていると、その様子を見たマナは静かに一度瞼を閉じる。



「……信也、吸血鬼というのはね。死に…神に嫌われた、不死という呪いを課せられた生き物なの。十字架や太陽、それに杭は、そんな死ぬことの無い呪縛から解き放つものなのよ」



 そう言って、マナはポケットから十字架の形をしたクリスタルを取り出すと、それを手の平で転がす。



 人差し指と親指で摘むようにし、片目で覗き込むようにしながら透明な十字架を通して、マナは俺を見つめた。



「……そんな心配そうな顔しなくても、俺は元々神なんて信じてないし、というか生まれたときから神に嫌われていたからな、今さら神に嫌われましたとか言われてもなんとも思わないさ」

「…でも」



 シュン…と、マナは急に落ち込んだ顔になる。



「ああもう、俺はお前の眷属なんだろ?もうちょっとは俺のことを信用しろよ!」



 そう言うと、マナは見て分かるほど明るい顔になる。



 …いい顔しやがってこいつめ、ほんと分かりやすいな……あの時見た無感情の姿よりも、今のマナを見ていると感情が表に出やすいタイプに思える。



「じゃあ私と契りをしてくれる?!」

「それは断固拒否する!」



 元気よく布団に飛び込んで来ようとするマナを、見事にチャッチしイスの方に放り投げる。マナはイスの上に綺麗に着地し、「ちぇ」と残念そうな顔になる。



「…おい、やっぱり冗談じゃなかったんじゃねえか」

「……ごほん、じゃあ本音は置いといて」

「余計悪いわ!」

「……信也、言いにくいんだけど…今の私には殆どの力が残っていないの」



 マナは真剣な眼差しを俺に向ける。それは力についての話だった。



 …何を今更、そんなことはもう既に知っている。



「それは俺がお前の力を殆ど奪っちまったからだろ?」

「え!?何で…あの時起きていたの?!」



 驚く様子のマナに、一度「あれ?」と首を傾げてしまう。



 ……ああ、そういえばあの時の俺は意識を失っていて、マナから力を奪っていたことをしるはずがないんだっけ。……あれ、でも待てよ?あの夢を見せてきたのはマナじゃなかったのか?



「いや…なんていうか……俺が何故かマナから力を奪ってしまって、それに驚いている、という夢を見たんだけど」

「それって…」

「マナが俺にその夢を見せたんじゃないのか?あれはどう見てもお前の記憶だったぞ?」

「…それ以外に、私は何か言ってた?」



 俺はあの時、少女に言われた言葉を思い返す。



 少女は唄を聞いてくれて嬉しかったといっていた、だがそれは俺に向けて返事をしたのであって、マナの記憶とは違うはずだ。



「…いいや、それ以上は何も、ただ」

「ただ?」

「…お前のことを頼んだ…って」



 夢の中で俺に向けていった最後の言葉は、まるでマナのことを知っているかのようだった。



「…そう」



 マナはしばらく考えた素振りをしていたが、すぐに顔を向け話を戻した。



「…まあ、どうして私に力が無いのか、貴方が不思議な力が使えたのかが分かっているなら、話す手間が省けていいわ」

「それで、あの力は一体なんなんだ?」

「あれは私の本来の力、吸血鬼を殺す力…いや、正確には無に返す力かしら」

「…無に返す?」

「そう、吸血鬼というのは、生まれながらに死んでいると同じようなもの、あの光りはね、元いる場所に返すものなの」

「元いる場所?」

「そう…簡単に言えば、現世に未練があって留まる魂を成仏させるようなものね」



 つまりはあの男は、留まっていた魂が成仏して、今あるべき場所へと帰っていったということ…なのか?



「でも過信はしないで、その力はそう容易く何度も使えるものじゃない。力にも限りがあるの。日が経てば自然と回復はしていくけど、乱用していたらいつかは力が底を尽きてしまう。そのことを覚えておいて」

「…それは、もしかして良くゲームである魔力まりょくって奴か?」

「…魔力まりょく?」



 どうやら違うらしい。マナは聞き慣れない言葉に首を傾げた。



 俺はあやふやに手を動かし、この力は魔力まりょくというものではないのかと、人間の間ではどんな意味で使われているかを簡単に説明する。



 大体の説明が終わると、マナは納得したようにコクリと頷いた。



「ああ、そういうこと……大体の意味は魔力まりょくと殆ど同じよ。ただ私達では魔力まりょくではなく、魔力マチと呼んでいるわ」

魔力マチ?」

「本来の名は【魔血マチ】。名称通り、魔の物に流れる血を意味しているの。まあ大よそ吸血鬼ヴァンパイアは血を糧としているから、そう安易に名付けられたのでしょうね」



 【魔血マチ】……か。確かに安易だが、吸血鬼ヴァンパイアには案外ピッタリな名称じゃないか。



 卑屈そうにいうマナだが、俺は案外悪くはないと思った。



「まあ、そんなことはどうでもいいとして……信也には、吸血鬼ヴァンパイアはどうすれば倒せると思う?」



 突然の質問に戸惑うも、吸血鬼ヴァンパイの特徴をすぐに思い出す。



「それは……杭とか…この力とか…か?」



 手の平を見つめ、脳裏に浮かんだ言葉をそのままに、率直な答えを述べる。



「うん。じゃあ次に、その力は乱用できないと私はいったわよね?」

「ああ」

「それじゃあ、魔力マチが尽きて、杭などの武器も無い。……そんな状況になったら?」

「それは……」



 言葉が見つからず、行き詰る。



 殺す手立てがなければ、吸血鬼ヴァンパイアは何をしても死なない不死身。もしも先に万策が無くなれば、相手は残った魔力マチで優位に立ち、場合によっては死に至らしめることができる。



「……そう。これが吸血鬼の最大の弱点であり、最大の武器でもあるの」



 そういって、マナは紙を取り出すと、ペンを使って人型を作る。



 自信満々に絵を書くが、人型は丸に縦線と横線を付けるだけという、随分とずぼらな絵だった。まんま棒人間の手には、何やら矛らしきものを持っており、矢印で棒人間の何処を指しているのか、上には平仮名で「じゃくてん」と書いてある。



「お、おう……」



 その絵のあまりに才能の無さに、ここは笑うべきなのか、真剣に聞くべきなのか、思わず頬を引きつらす。



「人が真剣に説明してるんだから、返事くらいちゃんとしなさいよ!」

「あ…あぁ…」



 絵には触れず、素直に聞くことにした。



吸血鬼ヴァンパイア魔力マチは、言い換えれば血そのもの。血に練りこまれた魔力マチを使用すると、体内に保持する魔力マチが消費され、変わりに特殊な力が発揮される」



 そういうと、マナは棒人間を丸で囲い、それを魔力マチと書き記す。



「なら、相手が浪費するまで待てばいいだろ?」



 いくら強い敵に遭遇しようが、魔力マチが無くなれば相手は身体能力だけの勝負になる。それなら相手の魔力マチが底を付くまで逃げ回ればいい。



 それに、マナは呆れたように体重を横にある机に乗せ、頬杖を付く。



「それが上手くいけば苦労しないわよ」



 ごもっともだ。



吸血鬼ヴァンパイアは一定の条件でないと殺せないから、怪我を負っても大丈夫……なんてことを考えているんでしょ?」



 見透かしたように話すマナ。それに思わず「うぐ……」と声を漏らす。



 図星だった。



「さっき話したけど、魔力マチは身体に巡る血みたいなものなの。もし怪我でもして血を流してしまうと、その魔力マチは使い物にならなくなるのよ」

「……心臓を貫かれて死んでも、消費した魔力マチは元通りにならないのか?」



 吸血鬼ヴァンパイアの持つ再生能力は、一体どのような基準で行われているのか知る由も無いが、損失した箇所を瞬時に修復する姿は、まるで映像を逆再生するかのようだった。



 質力や生物としての法則を無視する存在の吸血鬼ヴァンパイアならば、死んで全てが一の状態、初期化リセットして元に戻るといわれても、なんら不思議ではない。



「死ぬっていうそれは、あくまでも人間からの視点であって、吸血鬼ヴァンパイアには死んだとはいわない。肉体は戻るけど、信也が私から力を奪って見せたように、魔力マチのようなものは戻ることは決してないわ」

「常識を卓越した吸血鬼ヴァンパイアでも、不服に思える点は存在するんだな。……どうせだったらその魔力マチとやらも、傷口と一緒に回復すれば良かったんだが」



 そういって、信也は自分の手を左右に動かすと、その手の平を見つめる。



 魔力マチを消費して発揮される、吸血鬼ヴァンパイアを殺す能力。不確かではあるものの、もし自由に使えるようになれば、次第に乱用できないことに不便さを感じてくるだろう。



「私はそれで良かったと思っているわ」

「…何でだ?」



 俺からすれば、限られた手より無数の手を使える方が、確実的な勝負を挑めて無難に思える。



「そんなの決まってるじゃない。吸血鬼ヴァンパイアは致命傷を受けない限り、身体がどうなろうとやがては修復されてしまう。それ加えて魔力マチまでもが元通りにでもなってみなさい?一方が死なない限り、それが延々と続くのよ」



 そういわれ、そうなったらどうなっていたか、なんとなく想像してみることにした。



 致命傷だけを避け、ひたすら魔力マチを使って能力を発動させる。互いに魔力マチが底を尽きかけると、隙を伺うなり距離を取るなり、物陰に一旦隠れるなどをする。そしてその間に自傷することで、魔力マチを回復させ、再び攻防を繰り広げる。その繰り返し。



 ……嫌過ぎるな。



 思い浮かんだその光景に頬が引きつり、額から嫌な汗が流れる。



 もしそうなれば、不死身の肉体ではあっても痛みを伴うことから、幾度となく負うであろう激痛に耐え続けなければならない。そこまでくれば、あとはもう精神力の問題だろう。



「私も一度、魔力マチが際限なく使えればいいと思っていた頃があったわ。……今となっては、制限があって本当に良かったと心から思うけどね」



 それには信也もコクコクと首を縦に振らざるを得なかった。



「それに、吸血鬼ヴァンパイアの能力が受け継がれたりすることが無くて、良かったとも思っていた……最近まではね」



 そういって、マナは俺を見つめる。



「私の能力を奪って見せたときは本当に驚きだったわ……まさかそんな事が出来るだなんて思いもよらなかったからね~」

「……この力を、お前の元に返すことはできないのか?」



 それにマナは首を振る。それを見て、俺はやっぱりかと口をへの字に曲げた。


 

 今までのマナの口ぶりや反応を見ていて、そのような前例は存在していなかったのではないかと、薄々は気がついていたからだ。



「…駄目…だと思う。そもそも他者の力を奪うなんて聞いたことないからね。吸血では、血を吸って相手の魔力マチを得ることはできても、今回のように個々の力と一緒に能力まで奪えるなんてことは本来ありえないから……あとは信也自信の問題だと思うわ」

「…そうか」



 吸血…か。もし仮に、またマナが俺に噛み付けば、今度こそマナの持っている力の全てを根こそぎ奪い取ってしまうのだろうか。



「_あれ、というか一つ疑問があるんだけど」

「ん?何?」

吸血鬼ヴァンパイアって、人間の血を吸わなくてもいいのか?」



 吸血鬼ヴァンパイアは、生血を欲する。それはマナ本人も言っていたことだ。



 ただ、信也自信、別に血を飲みたいとは思わないし、マナもそんな姿を見せてはいない。



「えっと、それは吸血鬼ヴァンパイアによるかな。吸血行動は人間で言う食欲、本能というよりは欲求に近いものなの。吸血行為をすることで、欲求の解消になり、一時的な快楽が得られるのよ」

「ふぅん……」



 『快楽』という言葉に一瞬興味をそそられたが、そんなことをしたら後戻りが効かず、後が怖そうなのでぶっきらぼうに答え、無視することにした。



「な、何よ?」

「…ん?」



 するとマナは俺が半眼になってたことに、何を勘違いしたのか急に顔を赤らめた。瞳を大きく見開いて立ち上がると声を荒げる。



「わ、私は別に!し、し、信也の血を得て、か、か、快楽を求めてなんてないからね!?か、勘違いしないでよ!」



 いつも積極的なくせに、自分に対してのことになると弱いらしい。……というか、どうやらマナには、吸血が俗に言う『イヤラシイ』の部類に存在しているようだ。



「あ、あぁ…分かってるって…」

「ほ、本当に!?絶対に!?」



 そういって、マナは身を乗り出して顔を近づけてくる。こういう姿を見ていると、とても吸血鬼ヴァンパイアには見えない。



 しかし…マナが吸血を…ねぇ…。



 夢で見た出来事を思い出す。と、マナがあまりにも過剰な反応を見せるからか、こっちまで変に意識してしまい、顔が少し赤くなる。



「…………本当だ、絶対だ」

「……今の間は何?」

「……いや」



 ……………。



「そ、そうだ。一度深呼吸して落ち着け!」



 沈黙に耐え切れず、話も中途半端だが、とりあえずは一旦落ち着くことは大事だとマナに提案する。



「う、うん。わかった」



 意外にもマナは素直にコクリと頷く。身を乗り出していた位置から、マナは手前にある椅子に戻る。いつもの気品に溢れる姿とは違い、恥ずかしそうに縮こまる姿は可愛らしいと思えた。



(……まあ…マナって普通に可愛い顔してるしな…。あと数年したらとんでもない美人になるんじゃないのか?…まあ今でも十分いけ……)



「……なんで信也まで深呼吸したの?」

「……いや」



 再び沈黙。少ししてから信也は再び話を切り出す。



「……なあ…そういえばもう一つ気になってたんだけど…」

「…何?」

「吸血では…その、か、快楽……とは別に、魔力マチを得られるといってたよな?それって、要は相手の血を吸うことで魔力マチを得られるってことなのか?」

「そうよ。魔力マチは血液に含まれているからね。体内に取り込めば多少の回復は見込めるわ」

「それは吸血鬼ヴァンパイアに到らず、人間にもあるのか?」

「うん。確か人間にも魔力マチは存在するわ」

「なるほどな……」



 吸血鬼ヴァンパイアには寿命が無い分、長く生きれば快楽を欲するようになる。そしてそれは同じ人種同士で得られ、それを目的に殺し合うことで一度の快楽という欲求と、魔力マチという生存における術を得ることができる。



 ただ、無論それを繰り返せば吸血鬼ヴァンパイアの数は著しく減り、強弱の差が現れてくる。それを無くすために作られたのが階級ランクだ。



 生に刺激を与え、格付けという別の快楽を与えることで、殺戮を減らして共存性を高めた。勿論強い者には何か特別な物が授けられるだろう。



 そう……上級ランクや中級ランクに備わる、異例だ。



 階級ランク付けにも条件は様々だろう。それは知力や体力、武力や精神力、それに加え自制心など。



 全ての条件を満たした者が上級。



 幾つか欠落している者が中級。



 一つか二つ以外、又は全部の条件を満たさない者が下級。



(まあ、今までの話から纏めて予想すれば、吸血鬼ヴァンパイアの世界はざっとこんな仕組みだろう)



 半数はあくまでも予想の範囲で構成された考えだ。しかし、もしこの考えが正しければ、人間世界という快楽の渦の中に放り込まれても、目立つことなく何処かで数多くの吸血鬼ヴァンパイアが密かかに住み着いている。



 自制心が強く、頭が切れ、そして強い。



(……もしかしたら、マナのような吸血鬼ヴァンパイアも存在するのだろうか…)



 観測的希望ではあるが、いる可能性はある。



 別に少しくらい血を貰うくらいなら、死にはしないのだ。だったら他人から少し分けてもらっていけばいいのだ。



「なあマナ、もし人間の血を吸ったら魔力マチは元通りになるのか?」

「……それは多分無理だと思う。一人から得られる魔力マチはとても微量だから……仮に元の魔力マチまで戻せたといっても、それまでに10人、100人、それこそ数千人の血を必要とするかもしれないからね」

「そうか……」

「……それに、多分、私はずっとこのままかもしれない、だけど僅かながらの力は残っているし、吸血鬼ヴァンパイアと戦う手段だってある。それにいざってときは信也が助けてくれるからね~っと!」



 マナは嬉しそうにいうと、イスから元気よく飛び降りた。



「まあ大体話は済ませたし、夜更かしは美容の天敵だからね~。そろそろ寝るとしようじゃない」

「そういうところまで几帳面なのかよ…吸血鬼ヴァンパイって女となる

と人間と全く変わらないのな…」

「女ですもの。んじゃお休みー」



 ドアを開けて飛び出て行く。隣の部屋のドアが閉まる音がしたところ、マナも就寝するようだ。



 もう一度おやすみの声が隣から聞こえ、俺もおやすみと一言いって消灯すると、ベッドに寝そべって目を瞑る。



 だがこのまま寝てしまうのではなく、マナから聞いた情報を整理しながら今後のことを考える。整理していく中で、一つ困ったことがあるなと、苦笑を浮かべた。



「そういえば…吸血鬼ってにんにくやっぱり駄目なのかな?……にんにくが駄目ってことは、もう餃子とか食えなくなるのかねぇ……」



 吸血鬼ヴァンパイアが嫌うにんにくは、案外自分の好きな料理に使われていていた。それに好物が食えなくなるのは惜しいと、呑気な自分に失笑を浮かべてしまう。



 人間という人種から、それとは全く異なる道の世界へと踏み込んでいることに、俺は不思議と居心地が良く落ち着いていた。



 …しょうがない、ものは試しというし、今度食べられるか試してみよう。



 フーっと息を漏らすと、全身の気を抜く。すると緊張が一気に解け、だるさが伝わり眠気が襲う。急激に瞼が重くなり、眠気で口からあくびが漏れた。



 ……それに、今後のことを今考えていてもしょうがない。だが、もしもマナに危険が及ぶようなことがあるなら、そのときは……。



 薄れ行く意識の中、大切な人の為、誰かの為に命を賭けて守ろうとしていることに、マナと出会い変わりつつある自分のことを知る由もなく、信也は深い眠りへと沈んだ。



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