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俺と吸血鬼と偽りの歌姫  作者: 吸血鬼くん
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追うものと追われるもの


 マナは今、俺を掴んだまま全力疾走であの男から逃げているのは分かっている。だがそれ以上は何が起こったのか、行き先が分からぬまま、ただ敵から逃げるため闇雲に走り続けた。



 唐突に起こった現象にてんぱっていた頭は、素早く駆け抜けている光景をしばらく見続けていると次第に落ち着きを取り戻していく。



「…ま、まじかよ」



 それと同時に今見ている光景に驚愕し、奮起した。



 今二人が走っている速度は、容易に人間が走れる限界を遥かに超えていた。マナは自らのことを人間ではなく吸血鬼と呼んだ、それは人間という人種とは違うことを意味し、またそれと同時に人間には不可能なことを容易にこなすことができることを意味する。



 時が止まってしまったかと、そう錯覚してしまうほどの速度で周りを駆け抜けていく光景に、俺は色あせた世界に光りが灯ったような気がした。



 はは…すげぇ…!



 自然と口から笑みが零れ落ちる。



 一体いつから、この気持ちを、この興奮を忘れていたのだろう。



 もっと速く。もっとこの気持ちを味わいたい。



 無邪気な子供のように俺は笑っていた。



 ははは!あはははははは!あは…は……はは、は……。………



 しかし、その奮起は長くは持たなかった。



 今手を握って前を走っている少女が視界に映る。すると高ぶる気持ちは嘘のように冷めてしまった。人間を超越したその光景と、自分とは全く違う世界に居た少女。



 初めて本当の姿を目にして、短い間、マナと一緒に過ごしていて感じていた、何か大事なものを無くしてしまったかのような気がした。



 それでもまだ自分には信じられないという、一般的に常識な精神だからこそ、俺は再確認するように、目の前の少女を見つめ呟いた。



「本当に…人間じゃないんだな……」



 人間と、吸血鬼ヴァンパイア



 こうも普通の少女と見た目は同じだというのに、吸血鬼というだけでここまで本質が変わってしまうものなのか。



「何を今更言うか、最初から人間ではないと言っただろう!」



 マナは俺の言葉に反応し、此方を向くととても誇らしげに言った。ニカッと口を大きく開き、無防備極まりない無邪気な笑顔を見せる。



 本当に、見た目は本当に普通の人間。何処にでもいるような可愛らしい女の子。



 ただ、マナの黒かったつぶらな瞳は、今では爛々とした、濃い真紅の瞳へと変化していた。



 それが吸血鬼本来の瞳。能力を使ったことで興奮状態に入り、自然と本当の姿を映し出しているのだろうか。



「ふっふーん。驚いたか?」



 俺の反応を面白がるようにマナはニンマリとした笑みを見せる。そんなマナを、一体俺は今、どんな顔で見ているのだろうか。



 俺はその笑顔を見て、胸にチクリと微かな痛みを感じた。



「ぁ…ああ……」



 俺は胸の痛みを紛らわそうと、曖昧な返事を返すと、マナから向けられる視線を避けるよう、目線を少し横に反らす。



「驚きすぎて言葉が出ないの?まあ無理もないかもね……」



 マナは曖昧に返事を返した俺を、あまりに驚いて呆けていると勘違いしたようだった。それ以上言葉が続くこともなく、マナは再び前を向く。



 見て無くても障害物に当たることなく駆け抜けていたため、そこは人間から例えてみれば、吸血鬼が持っている第5感ってところだろうか。



 俺と面向かって会話していた様子だと、マナは別に前を向いたりする必要はないんじゃないのかと思った。尋常ではない走りをしている分、視力も底を知れないくらいあるはずだからだ。



 もしかしたら命を狙われているかもしれない状況だというのに、不思議と俺は落ち着いていた。



「……なぁ」

「…何?」



 少しの沈黙の後、先にそれを破ったのは俺だった。マナは呼びかけられたことに首を傾げると、いつもと変わらない様子で俺を見る。



 マナから視線をさり気なく避けていた際、再び前を向く瞬間、一瞬だけだったが暗い顔をしたように見えたあれは何だったんだろうか。



「呼んだのに黙り込むって……意味が分からないよ…」



 何がしたかったの?と顔に書いてある。尚も黙り込んでいると、マナは機嫌を損ねたように俺を見つめ口元をムッとさせた。



 見ている限り余裕そうに振舞っていたが、マナは血相が悪いのか、薄っすらと顔色を青くしていた。表情で誤魔化しても、顔色までもはいくら吸血鬼ヴァンパイアでも隠せないようだ。



 ……俺に心配を掛けないようにしてるのか…?



 むしろ俺は初めは喜んでいた。今では恐怖を忘れたように落ち着いてしまっている。ただそんなことを知らないマナは、俺が不安がらないよう、無理して配慮していた。



(いきなりお前の主人っていってきといた奴が……主人である自分よりも俺に気を配るって…なんだよ)



 馬鹿らしいにも程があるだろう。



 思わず苦笑が漏れる。



 こうして未だに逃げているのも、きっと自分のことを巻き込まないようにしてくれているのだろう。一瞬暗い表情が見えたと感じたのも、迷惑ではないかと思ったからではないか。





 なさけねぇ……。





 逆に自分は心の底ではマナに感謝していた。



 つまんないと思っていた日常が、この一人の少女と出遭った途端にガラリと豹変した。



 夢だと思っていたはずが現実に起こっていた出来事で、突然少女が主人だの吸血鬼ヴァンパイアだの勝手に語りだして、かと思えば子供みたいにはしゃいで俺を困らせた。



 今思えば、マナと過ごしていた二週間は実にくだらないものだ。




 ただ、『楽しい』と思ったのは、いつぶりだったんだろう。




「……マナ、いつまでこうして走り続けているんだ?さすがにもう追ってはこないだろ?」



 ……十分だ。 



「俺は大丈夫だから、適当な場所にほっぽってくれて構わない。だから一旦止まっていいぞ」



 チクリと、もう一度胸に痛みを覚えた。



 マナはピクリと俺の言葉に反応した素振りを見せた。その時、見えなかった左手が覗き見える。その手は怪我をしていた。



 マナは咄嗟に左手を隠すように前に戻した。チラリと目が向けられるが、俺は気がついていない素振りで顔を背ける。



 あの傷は、俺を咄嗟に守ろうとマナが男から立ち塞がったときに出来た傷だと、すぐに分かった。



 ……十分過ぎるだろ。



「……これ以上俺を守る意味があるのか?お前にとって俺は今、邪魔な存在でしかないはずだ」



 何で俺なんかを選んだのか とは聞かなかった。



 呪いなんてものは存在しない。存在しているとすれば、それは今の俺だ。



 取り巻く俺がいなくなれば、マナの負担が減る。それに初めからあいつは俺には眼中に無く、狙っているのは明らかにマナの方だった。



 今適当に放置されても殺されないかと思うが……ついでに殺される可能性もある。



 でも、それでも構わなかった。



「マナ、もういい加減手を離してくれ」



 

(どうせ一度死んだようなものだ。またつまんない日常に戻るならいっそ……)




 最後くらい、格好よく一発かましてから死んでやる。 




  そう決心を固めると、手を離されるときを待つ……が、一向に手を離してくれる様子の無いマナに、俺はもう一度呼びかけた。



「……?聞いていたか?もう手を離していいぞ」

「………」



 しかしマナは何も言わず、振り向くこも無く走り続けていた。気が付けば、俺の手は自分の力では引き剥がせない程に力強く握りしめられていた。



「お、おい…もういいって。ほら!後ろから追ってきてる様子も無いし!もう---」

「---振り切った。……とでも思っていたのか?…この程度で逃げようなどとは…なめられたものだ」



 ゾワリと、背筋に冷水を浴びせられたような錯覚を覚えた。



 声は、唐突に誰もいないはずの背後から発せられていた。



「……冗談だろ?」



 声がした方に顔を向ければ、窓に立っていた男が平然とした顔で後ろを付けていた。



 嘘だろ?今さっき振り向いたときには米粒姿でさえ見えなかったんだぞ!?



 一度振り向いて、再びマナに顔を向けてからはほんの数秒しか経っていない。人間には認知出来ない程に、凄まじい速度で距離を詰めたというのか。



 吸血鬼ヴァンパイアってのは、こんな化物ばっかなのか!?



 肝を冷やす思いで後ろに居る男を見つめる。これでは一瞬にして詰められると思ったが、一定感覚が開いた状態が保たれていた。



 様子を見ているのか、互いの速度が同じなのか。すぐに詰められる様子ではないものの、ゆっくりと、だが確実に距離を詰められてきていた。



「マナ!敵がすぐ傍まで迫ってきてる!大丈夫か?!」



 このままではいずれ追いつかれる。それにまずいと思った俺は、マナの顔色を思い出し、不安に問いかける。



「マ、マナ!?」



 それにマナは返事を返しはしなかった。ただただ無言で前を見つめたまま走り続ける。



 と、突然っぐんと速度が上がった。またも最初の時と同じく身体が引っ張られる感覚を受ける。まるで一直線に突進するイノシシのようにマナは駆け出した。



(顔色を悪くしていたのを目でしっかりと確認している。さっきであんな様子だったのに、急に速度を上げられるはず…)



 そこまで考えて、気が付く。手に違和感を覚え、握られている手、そのマナの右腕に視線を落とす。



「お、おい、マナ!」



 マナの右腕からは、尋常ではない程の汗が湧き出していた。それは右腕だけではない。顔からも滝のように流し、背中は雨に濡れたようにぐっしょりとしている。



 見て瞬時に分かるほど、無理に行ったことで身体に負担を掛けている。後を追うように荒い呼吸が聞こえ始め、息を切らし始めた。



「ッマナ!」

「……さすがにそろそろ限界…みたい…」



 そこでようやく口を開く。そこには初めに見せていた余裕の表情は、嘘のように無くなっていた。



「だ、大丈夫なのか?!」

「まだ大丈夫…だけどこのままじゃ…追いつかれる…!」



 大丈夫といいながらも、マナの流す汗は明らかに異常だった。加速しているにも関わらず、男は尚も後を付けていた。



 一時は大きく距離が開いたものの、次第に速度は衰え、男との距離はまたも縮んでいく。気がつけば男は目の前にまで近づいてきていた。



 …くそ…このままじゃジリ貧だ…一体どうすれば…っ!



「……っ飛ばすわ!…しっかりと捕まってて!」

「お、おい!?もう止めっく!」



 ッガクン!と強く身体が揺さぶられる。引っ張られる力がより一層増し、さらに速度が増す。それと同時に間近まで近づかれていた男を一瞬で引き剥がすことに成功していた。
















 少しして、何処か分からない人気の少ない広場に来ていた。見回すと、身を隠せる程度に並んで植えられている木が数多く存在し、その木の物陰に俺とマナは隠れていた。



「……あの男から逃げ切れたのか…?」

「……はあ…はあ…は…ぐ…かはぁ!」



 林の隙間から辺りを見回したあとマナに顔を向ける。マナは苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、途端に顔を歪めると、むせるように咳き込むと口から血を吐きだした。



「マナ!」

「…はあ…はあ……っふう………大丈夫、もう直ったわ」



 が、マナはすぐに呼吸を整えると、歪めていた顔を緩め、ほっと一息ついた。さっきまで見せていた疲労の色が、ものの数十秒で嘘のように消えている。



「……何そんな辛辣そうな顔してるの?……私は吸血鬼よ?この程度で死にはしないわよ」



 そういうと、マナは平気な顔で立ち上がり、何事も無かったように動く。



「…だ、だからって…今お前…もしかして肺が潰れてたんじゃ…」

「大丈夫っていってるの!ほら、今平気な顔して私は話してるでしょ?」

「そ、そうだけど…」



 なんてことの無いマナのその様子を見て、俺は複雑な心境に顔を歪めた。



「それにうかうかしてられないみたいだしね…」



 キッと目を細め、何処かをマナは見つめる。俺には何も見えないが、マナには恐らく男が今何処にいるか見えるのだろう。

 


「あのくらいで逃げ切ったなんて思えるほど敵は甘くはないわ、……もうじきあいつがここに来る」

「だ、だったら!」



 無理に戦わずに、逃げればいい。



 そんな俺の考えは、顔を見るだけで容易に読み取れたのだろう。マナは俺をしばらくマジマジと見つめた後、っふっと小さな笑みを溢した。



「…いつまで逃げててもキリがないでしょ?」

「そ、それは……」



 もし執念深く追ってくる相手だとしたら、あとはどちらかが諦めるまで続けるエンドレス状態になる。それだったらラチが明かない戦いよりも、すぐに白黒が決まる戦いの方が楽だ。



 どの道戦うしかないのなら、ただ早いか遅いかに過ぎない。



「…それに敵の狙いは私だしね……」



 そう、これはマナとあの男の戦いだ。



 吸血鬼ヴァンパイアという、人類とはかけ離れる化物のような力を持つ存在は、人間が関わるような代物ではない。



 もし無防備に対峙すれば、即死。人間の出る幕じゃないことくらい、この目で見て、俺が一番嫌というくらい分かっている。



「だから、悪いけどしばらくここで眠ってて」



 何をしたのか、急に強烈な睡魔が全身に襲い掛かった。身体に力が行き渡らず、次第に意識が遠のいていく。



「…ま、てよ!…それでお前は…一体どうする……」



 必死で顔を上げ、マナを見つめる。マナはそんな俺を見て、今までに無い満面の笑みを作った。



「……見つけたぞ…。わざわざこんな真似をして…時間稼ぎのつもりか?……どうやら連れの一匹が居なくなっているが…まあいい…。ただの人間などに興味はない」



 突如男の声が響く。草木が丁度邪魔で男の姿は良く見えないが、口調からしてマナを追ってきていた奴で間違いなかった。



 俺の存在に気が付いていない様子なところ、男から見た光景では立った状態のマナしか見えず、倒れ伏せている俺の姿は生い茂る草木に隠れて見えていないようだった。



 マナはゆっくりと俺から視線を外すと、男を無言で見据えたまま、俺にだけ聞こえるほどに小さい声で喋りだした。



「……残念だけど、ここでお別れかな…。迷惑ばかりかけてごめん……でも、短い間だったけど、君と居られて楽しかった。ありがとね」



 その言葉に、最初よりも強い痛みが胸に襲った。

 その純粋で真っ直ぐな、無邪気な笑顔に。



「…マ…ナ…!」

「何故笑う?からかっているのか?」



 男は会話が聞こえていないためか、突然のマナの笑顔に疑問の声を上げる。しかしマナは男の言動を無視したまま、最後に一瞬だけ俺を見て言った。



「…そういえば…二週間も長い間いたのに、まだ君から自己紹介をしてもらってなかったね。……君、名前はなんていうの?」





 人間と、吸血鬼ヴァンパイア

 

 人間には人間の日常が。

 吸血鬼ヴァンパイアには吸血鬼ヴァンパイアの物語が。


 所詮、全ては幻想だ。





「…俺…の…名前……は………」






 ただ、もしもそんな幻想が本当になったら。


 もしも呪いがまだ持続しているのならば。







 そこで意識は、プツリと完全に途絶えた。





 


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