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俺と吸血鬼と偽りの歌姫  作者: 吸血鬼くん
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戦果の中に

「…は…ぁ…」



 一旦の休息、信也はゆっくりと突き出した拳を引っ込めていく。



(…何だ…今の…?)



 怒りで目先を見失っていたのだが、その怒りを今さっきぶつけたからか、僅かながらの平常心が自身の身に起きた異変に疑問符を投げかける。



 これまでとはまるで違う。偶然ではないと、身体の底から何かが這いずり出てきてのたうちまわる。



 悪寒、激昂、慈愛、嗚咽、あらゆる感情、感覚がグルグル身体の中で渦巻いている。今にも口の中から吐き出してしまいそうな程に。



「は…ッは…! …ッハッハッハッハッハ…!?」



 胸が熱く、そして苦しい。締め付けられる痛みに、思わず胸に手を当てきつく抑え込む。



 おかしい、変だ。頭の中では理解している、落ち着こうと動くのを止めた、思考を、考えを止めようとする。



 が、考えるのを止めようとすればする程に、どっぷりと思考は深い底に沈んでいく。どんよりとした黒い感情が、余計に意識を集中させる。



「ぅ…が…あ…ああ…!」



 呼吸が荒い、吐き出される息が熱を帯びている。足が、腕が、顔が、全身の至る箇所が熱い。熱したお湯の中に使っているかのようだ、血が沸騰して脈打つ鼓動が激しく速く高まっている。



 上昇する熱が、五月蠅い鼓動が、その全てが。対象への殺意へと還元されていく。そして生み出されたものはおぞましき破壊衝動。



 耐え難い衝動に、信也は身を捩らせ呻きを上げる。



 対して信也から渾身の一撃で殴り飛ばされたノアは、晴れ上がった頬を抑えながら、尚も覚束ない足取りで立ち上がる。



(ぐ…く、くそがぁあ! 何だあのガキッ!? さっきの奴の動きが…アタシには全く見えなかったぞ!?)



 ほんの数分前までは、鈍足の亀と俊足のウサギの勝負だった。それくらいに差があったはずだった。



 なのにあろうことか、鈍足だった亀に速さで負け、挙句に牙を向いてきやがった。



 殴られた時の衝撃が、思いの他に身体に重たく伸し掛かる。情けない事に立ち上がったのもやっとのこと、未だに足元に力が入らずガクガクと小刻みに震えやがる。



 たった、たった一撃で、だ。殴るなんて、そんな穏やかな表現じゃない、猛スピードの車に跳ねられたってここまでダメージを追わねーぞ。



 もしナノの氷壁が溶けずに残っていなければ、今頃は幾つもの町壁をぶち壊し、遥か先の方で寝そべっている羽目だった。



「っか…クハハ! …こりゃ舐めて掛かったら死ぬな」



 目の前に佇む信也を見つめ、ノアは失笑を漏らす。



 ッハ、あれが…人間だって? 一瞬の時でもそう思っていたアタシが馬鹿だったな。



「が…あぁあああああ!!」

「し…信也…?」

「お兄…ちゃん…」



 信也の唸り声は限界に達し咆哮へ。不安そうにか細い声を掛ける二人の声はもはや届いていないのか。



 狭い部屋に響き渡る荒々しい雄叫び、それに加えてだ。はて、今現状で奴はどんな顔をしているかと見てみれば、満面の笑顔とは…なんつー顔してやがる。どう見てもドス黒い感情が見え見えなえげつない顔じゃねぇか。



 もしも、再び同じ攻撃を喰らえば一たまりも無い。…が、仕掛けてくるどころか、奴は今随分と落ち着きが無い。激変の理由は不明だが、それ相当の反動でも受けているのか。



 無言で手のひらに炎を集中させる。ノアは考えるよりも行動で示す。



 隙だらけなのは確かだ。だったら何か仕掛けられる前に、仕留めに掛かる。そう踏んで足を一歩前に踏み出したところでノアはある異変に気が付く。



 瞳の中に、居るはずの男の姿が無い。



「――ッな!? き、消えッ――!?!?」




 ――――目の前が、暗転した。




「――ったっはぁああああ!!!??」



 凄まじい悪寒に、ノアは反射的に後ろに大きく仰け反る。それによって見える突き出された拳。



「……ッ!!」



 息を飲み、冷や汗を垂らす。間一髪で避けられたものの、あと一歩でも反応が遅れていれば今頃は。そう思うと身震いを感じ二度、三度と唾をのみ込む。



 別に殴られた程度では死にはしない…が、あの破壊力は異常な狂鬼だ。体感したからこそわかる、何度も耐えられる程の余裕はないと。



 まだ先ほど受けたダメージが回復し切れていない。そうなるともしまたあの攻撃をこの身に受ければ、それこそすぐさま立ち上がる事すらままならないだろう。



 その状態に陥れば最後、その後の攻撃を避ける術はなく致命的。死んだも同然となる。



 だからこそ生半端では駄目だ、次は無い、猶予も無い。演技ももはや意味をなさない、それこそ戸惑いや躊躇は命取りだ。



 信也の傍から咄嗟に退き、ノアはすかさず体内に巡る全魔血を力へと注いでいく。



「ク、クハハ! …まさかアタシが全力で挑まないと危うい立場になるなんて、思いも寄らなかったよ!!」

「…ッ! ま、まさか…ッ!?」



 ノアの口ぶりから取れる、絶対的な自身。引くどころか攻める姿勢に、ナノは何か心当たりがあるのか、突然血相を変えるとすかさず冷気を飛ばし、身動きを封じようと手足へと絡みついていく。



「…クハハ…流石にずっと傍に居ただけはあるじゃねーか、ナノ」



 素早い察知能力、そして最善たる最短な処置。一瞬の迷いの無いその行動は適格であり、それでいて迅速。ナノの行いは百点中百点を取れる満点な結果だ。



「…ただ、あと数秒気が付くのは早かったら…百二十点ものだったのに…残念だったな」

「……ッぁあ!!」



 悲壮な声がナノの口から発せられる。理由は一瞬にして拘束が解かれ、目の前にいるノアが自由に手足を動かせるせい…ではなく、その後ろで渦巻く小さな灯火によるもの。



「だ、駄目…ッ! あれだけは…もう…どうにもならない…ッ!!」

「な、何…あの小さな浮いてる火が何だっていうの?」

「あ、あれは…ノアが落ち詰められた時、そしてここぞというタイミングで放つ、最強にして最大の切り札なの…。不を成し死を呼ぶ地獄の焔…」



 ノアは勝利宣言を告げるかのように、高らかに声を上げる。



「アタシの元にいでよ…『エンプレス・女帝フレイム』!!」



 瞬間、小さな火は瞬く間に膨張、呼び出しに答えるように何も無き空間から夥しい炎の渦が次々と現れ、集め集まり固められ、最終的に一匹の巨大な鳥の形へと変化を告げる。



 神話や童話で語り継がれて描かれる炎を纏いしその姿はまるで、命を燃やす不死な火の鳥。



 美しくも恐れ多い、神々しいその姿、ナノは恐怖に身を震わせ、見つめるマナは驚愕に瞳を見開き凝視する。



「…ま、まさかあれは…鳳凰!? だ、だとしたら最高峰クラスの炎術じゃない!! いくら上級の吸血鬼ヴァンパイアといっても、彼女の階級はBでしょう!? なのにどうしてあんな炎を操れるの!!」

「わ、分からないの…! 初めて出会った時から既にノアは会得していたから…」



 ナノはあの燃え盛る炎の鳥が恐ろしくて仕方がない様子で、ソワソワと落ち着きが無く、視線が明後日の方向へ何度も反れる。



 技量や技術がナノの方が優れているのに、劣っているはずのナノに全て力技で負けてしまう…それは相性の問題もあるから、そして親友であったからこそ戸惑い、躊躇っていたのかと予想していた。



 …けど、それだけではなかった。その中に、恐らくはあの炎の存在も含まれていたに違いない。いくら相性が悪くても、性能に変化が生じる訳ではない。ある程度の戦闘に支障がきたしても互角に近い戦いを行えるはずなのだから。



「(…ナノとノアの二人の戦いを見ていて、私は僅かながらも違和感を抱いていた。単調な戦闘、本気とは思えない打ち合い、感情や行動は素直でも、確実な殺意を持たない争い。まるで…お芝居のようだ…と)」



 が、マナが抱いていた違和感は今になって納得に変わる。



 本気であって、本気でない。そんな矛盾な行動をとっていたのは、まだ気持ちの整理が落ち着かないモヤモヤした感情によるもの、そして、相手を本気にさせてはいけないからこそ、自分も本気を出してはいけないという自制があったから。



 そして、理解することによって今置かれている現状が不安定に乱れる。



 信也の身体能力の異常な飛躍、それによる反動か理性の混濁現象。此方には頼もしき上級のナノが味方に付いている…けど、相性は最悪。加えてこの怯えよう、あの炎をナノが打ち倒すのは困難を極める。



 最悪な状況だ。ただでさえ意識が曖昧と化している信也が、正体不明の何かの力で急激に強くなったとしても、限度というものがある。太刀打ちできる代物ではない。



「…クハ、急にだんまりしてどうした? まさか怖気づいたのか?」



 まるで此方の思考を読んでいたかのように、ニヤニヤとナノはいやらしい笑みを浮かべている。



「まあ、別に恐れていることに恥じることなんて何一つないけどな、まさかアタシがこんな炎を持っているなんて夢にも思っていなかっただろうし」



 その通り、実際に微塵も可能性に含まれていなかった、完全な異例の懐刀だった。



 咄嗟に対処法を探ろうにも、勝つのは困難、それでいて逃げ場は無くどちらにせよ選択肢は一択に絞られる。最善の案が浮かばず焦燥の色が隠せない。



 次第に青白くなっていくマナの顔色をマジマジと見つめ、ノアは勝利を確信した顔で微笑を零す。



「…さぁて、それじゃそろそろ、この対決の終わりに相応しい決着をつけるとするか」



 そういって、ノアは未だ呆然と立ち止まり、黙ったまま下を向いて俯いている信也に視線を向ける。



 ノアは自分の行動に何の疑問も抱かなかった。何故なら信也の二発目の拳を避けた直後から、その男はまるで抜け殻のようにただ茫然と立つ存在になっていたから。



 あれだけの動きをして見せたからには、何かしらの仕掛けがあったはず、そして、その何かしらの仕掛けの種が付き、その反動のショックで信也は壊れたのだろう…と。



 だからこそ、身の毛もよだつ殺意が消え去り、話す事も、動くこともなくなったのだと。疑いを抱きはしていなかった。



「…行け、『エンプレス・女帝フレイム』、あいつを灰へと還ろ」



 命令を受けた鳳凰は、指示通り信也に向けて一直線に飛び立ち襲い掛かろうと牙を向く。



「し、信也! 逃げて! 早く!!」

「お兄ちゃん、逃げてなの!!」



 が、マナの必死の叫びに対しての反応も返ってこない。ナノは必至になって信也の前に氷壁を張っていくが、分厚い氷壁を鳳凰はまるでもろともせず、極薄のガラス板を割るかのように砕き散らしてしまう。



 接触まであとほんの僅か、逃げられない、逃げられるはずがない。そうノアは確実に捕らえたという確信を抱いた…その刹那、



 信也は顔を上げ、鳳凰を瞳に映す。そして呟くように一言。




「…救済サルベーション




 瞬間、信也の右腕が白き閃光を解き放ち、瞬発的に襲い掛かる火の鳥目掛けて拳を振るう。



 そうして訪れたその結果は、何とも呆気の無いものだった。



 火の鳥は殴られた時のその一瞬だけ動きを止めた後、途端に拒絶するように身震いを起こしては、途端に弾け飛び跡形もなく消沈してしまう。



 最大の一手をいとも簡単に砕くその信也の姿を見つめていたノアは、信じられないとばかりに気の抜けた顔で唖然と口を開き、何が可笑しい訳でもなく口元はuの形へと成り果て、失笑に愚痴を溢した。



「ク…ックハ………もしアタシ如きが化け物っつーのなら……あいつは化物の中に潜んだ【 悪夢 】そのもの…だな」


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