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俺と吸血鬼と偽りの歌姫  作者: 吸血鬼くん
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ナノという少女③



 ナノにとってそれは、ただの皮肉でしかなかった。



 優しすぎる。どうしてそんな勘違いをしているのだろう。散々この手を血に染めてきた、正当防衛として襲い掛かってくる相手を排除してきた。殺さなかった時もあるけれど、死んだも同然の無残な姿にさせてきたというのに。



 それの何処に優しいなんて思える要素があったのだろうか。他人に言われたからか、それとも私自身が優しいなんて思っているとでもいうのか。こんな化け物が、殺戮兵器が。どうやら私は夢でも見て寝ぼけているらしい。



 ナノは思わず失笑を漏らす。



 一人の男性に無理やりノアを探させて、勝手にお礼を告げて。そして再会してみれば始末する対象で、それが嫌で反発して、でもやっぱり戦う事なんてできなくなって。傑作すぎる、なんて間抜けなお話なんだろう。



 いい迷惑だ。私のような化け物が望むことなんて許されるはずがないのに。だから今まで避けていて一人でいたのに、ノアと出会って嬉しくて浮かれていた。



 信じられる仲間が出来たと喜んだ、一人でいる時の恐怖が嘘のように吹き飛んだ。気が付けば短い時間しか一緒に過ごしていなかったのに、何時しか長い時間を一人で過ごしていたのに、ノアが居ないと、一人でいるのが不安で不安で仕方がなくなっていた。



 何があっても常に隣に寄り添う。もう一人は嫌だ、ノアと離れたくない。無邪気な子供が物を欲しがるような、その一心。助け助けられ、その日々はとても楽しかった。だから私は、友達になってくれてありがとうという気持ちを込めて、お揃いの髪飾りをプレゼントした。とてもノアは喜んでくれていた。それが嬉しくて堪らなくて。



 いつまでもこんな日々が続けばいいのにと、私は願っていた。ただただ、誰とも争わず、ノアと二人で悪ふざけして笑い合えればそれでよかった。




 でも、狂ったのはそれから少しした時からだと思う。次第にノアの様子はおかしくなっていったのは。




 初めはとても優しく、笑ってばかりで怒らない人だったのに。日に日に態度はでかくなり、口調は荒くなってて、時には暴力的になっていった。でも、一人になるのが嫌で我慢して付いていった。何か嫌な事があっただけ、すぐに元の優しいノアに戻る。そう信じて。



 でも、そんな日は何時まで経っても訪れず、ついには殺生なんて今までしてこなかったのに。襲い掛かってくる相手を容赦なく薙ぎ倒し、止めを刺すようになっていった。



 どうしてなのだろう。そう問いてもノアは口を堅く閉ざして何も答えてくれない。次第に無邪気な笑顔を見る機会は少なくなっていって、今まで見てきた殺戮を楽しむ吸血鬼と瓜二つになっていって。



 でも、どうしてもノアの元から離れる事が出来なかった。性格が変わってしまっても、困ったときは助けてくれていたから。だから、私は従うしか他に道はなかった。誰かを殺す事を、厭わずにこなすことに。



 きっと、既にノアの中には私という存在は友達ではなく、利用する存在として扱われているのだろうと頭の中では分かっていても。



 一人になるくらいなら…孤独を感じるくらいなら、この手を汚しても構わない。……そう思っていたのに。何故、私は今頃になってノアの指示を拒んだのか。もう決めたことだった、何人、何十人とこの手を血で汚してきたのに。



 逆らえばまた一人になる、従わなければ、ノアは敵になってしまう。



 ノアと戦うのは本当は嫌だ、殺すのも絶対に嫌だ。わがままかもしれないけれど、そうなって欲しい。そうあって欲しい。



 だけれど、それはもう叶わない。だって既に反抗した、傷つけた。私は彼女ではなくて、彼を選んでしまった。



 今回で全てを終わりにしようと思っていたのに。今回の件を最後に、ノアの説得を試みようと考えていた。もし、どうしても駄目だったのであれば、その時はこれ以上の過ちを犯す前に、ノアと共にこの身を絶つ気でいた。



 だというのにこの現状は何なのか、説明を求められても答えられない。なんて愚か者なんだろう。全ては自分の意思で決めたことなのに、何もかも逃げるように途中で投げ出してしまった。



 おまけに私はさっき、何ていった? この口は何て答えた?



 逃げて、だ。



 散々途中で投げ出して、逃げ出して、新たに守る目標が出来たのに、もう諦めている。諦めてしまっている。



 逃げろなんて、どの口が言うか。逃げているのは自分だ。自演自作もここまでくると笑う気にもなりはしない。



「…なぁナノ…言ったはずだよなぁ? 次はないってさぁあ~!?」



 ッハとして声のした方向に顔を向けると、立ち込める蒸気の中から微かなかすり傷を負ったノアが現れる。



 どうやらあの程度の攻撃では大したダメージを負わせられてはいなかった。それもそうだ。相性が最悪なのに、殺す気なんて無かったのだから。



「…そんなの…知っているの」



 赤髪を逆立てているノアを見据え、ナノは一言呟く。覇気もなく、ただ普通の会話をするように脱力して。



 殺気を全身に当てられた最中で、ナノは一切の殺気を放ちはしない。殺す気は無い、もとより、殺すなんてできるはずもなかった。だから、諦めて全てを放棄した。もう何をやっても変わらないと悟ってしまっているから。



 それ以上何も答えず、ナノは俯いたまま立ち呆ける。ノアがゆっくりと近づいてきて間にあった距離を縮めてきても、殺気が膨らんできていても、抵抗する意思がもう残っていない。



「…そうかよ、じゃあこれから自分がどうなるかってことも理解できてるんだよなぁ」



 それにナノはコクリと頷く。



「…殺すなら…さっさと一思いに殺せばいいの」

「あぁ…? 何言ってんだ? アタシがおめーを殺したりする訳ねーだろ」

「…え?」



 その予想外だったノアの言動に、ナノは驚きを隠せずに伏せていた顔を上げる。まさか、と。こんな状況になってもまだ、ナノはノアとの関係を僅かにでも期待してしまっていた。



 しかし、その僅かに残されていた期待はすぐさま儚く散った。ノアの顔には友情とか、情けとか、そういった類のものではなくて。虫けらを見るような目で楽しそうに笑っているだけだったから。



「だって、おめーはまだ、利用価値があっからな。殺したりはしねぇ…が、二度とアタシに逆らえないように半殺しにはするけどな」

「…ッ!!…………そ……だよ…ね……」



 分かっていても、頭では理解していても、嗚咽が込み上げて、どんどんと目じりが熱くなっていく。



 何でこんなにも悲しいのか。気分がすぐれず吐き気が止まらない、立っていられない程足が震えて、呼吸するのが苦しい。涙が、止まらない。



「……ナノ…は…」



 こんなに悲しい思いをするくらいなら、いっその事出会わなければよかった。最初からずっと一人の方が良かった。それだったらこんなに悲しい気持ちにならなくて済んだのに。



 …違う。そもそも初めから、こんな世界に生まれなければ良かった。



「ノアにとってただの……道具…」



 ならもう、いっその事。



「…おめーはアタシの言う通りに動いてりゃいいん」

「ねえ…ノア…」

「…今更謝ってもおせぇが、一応聞いてやる。何だ」

「…もう…ナノはね、ノアの言う事を聞くつもりはないよ…?」



 消えてなくなってしまえばいい。



「それとね、今回だけは二人を見逃してあげてほしいの」

「ッあぁ!? おめー今なんつっ!?」

「ッだ、だから…! だからね…ッ! 代わりとはいっては何だけど…半殺しとか言わずに…ね」



 でも、最後くらいは。そう思った瞬間、その時のナノは無邪気な笑顔を浮かべて笑った。



「ノアは…ううん……親友なら、ナノの事を思っていっその事……」



 殺してほしい。そう口に出すには身体がとても軽かった。



 形だけでも親友のままで終わりたい。それだけが望みだったから。




 だけど――。




 ノアはただの一言も発する事無かった。



 ただし、その代わりとしてノアの頬には強く握られた拳が当たり、顔の形が変形しながら殴り飛ばされる光景がスローモーションとなってナノの瞳に映り込んでいる。



 少しして勢いよく殴り飛ばされたノアの姿を呆然として見つめ、思考は完全に停止。あまりの衝撃的な出来事に何度も瞬きをする。




「なあ、ナノ」




 続けて不意に隣から聞こえた、聞き覚えのある男の子の声。



 名前を呼ばれるだけなら何ら不思議でもない、はずなのに。今この場ではあまりにも場違いで、ありえるはずのない声が耳元に囁くように響いて来て。



 そんなはずはない。こっち側に来れるはずがない。だって防壁となる分厚い氷を張っていたのだから。まさか一部が溶けて脆かったのか。いや、そもそも近くにこれたとしてどうする、逃げる機会はいくらでもあったはずなのに。



 感情と頭の中がぐちゃぐちゃになって、整理が出来ず理解が中々追い付かない。それでも真っ先に聞きたい事が一つだけあった。



「…何で…」



 それ以上の言葉が見つからない。だって、彼の行動が全く理解出来ないのだから。



 自分の事なんて見捨てればよかったのに。構わず逃げれば、生き永らえる可能性が大いに残されていたはずなのに。勝てない事くらい身を持って経験した事で理解できていたはずなのに。それなのに彼女に手を出した。これでは自殺願望がある死にたがりのする行為そのもの。



 しかしそんなナノの困惑した面持とは裏腹に、信也は一切の迷いの無い瞳でナノを見つめると優しく微笑む。



「何でって…んなもん言わなくても決まってるだろ?」

「…え?」

「困っている妹を助けるのが、お兄ちゃんの役目ってものだ」



 そういうと、信也は吸血鬼でも化け物でもなく、一人の大切な家族のようにナノの頭を優しく撫で、もう一度微笑んだ。



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