乱暴微調整②
大切な本体を他の所に隠しておき、今はこの男に取り憑いている形だった。
これじゃあ幽霊じゃないか。鼎の精神がこっそりと嘆いた。
意識の無いカメラマンの肉体を操作しながら、助けた女性と街の中を行く。男を治療していた第二十七地区から三十分。不良や各地区の警邏に捕まらないように、気を配りながら歩き、やっとのことで現場に戻ってこられた。
「つ、着いた? 結構遠かったわね、……何でこんなことに?」
「椰子原さんが望んだからですよ。ほら、もうちょっと頑張って」
椰子原かすみ。起きた女性との会話の中で、気を付けながら聞き出した名前だ。年は二十四でこの肉体も同い年だという。よく話しをする仲らしいが、下の名前で呼ぶと変な顔されたので慌てて誤魔化して、本来の呼び方であろう苗字で呼んでいる。
彼女はレポーターとして〈廃都〉に来たそうだ。男はカメラマンらしい。
「大体、なんで小垣君は、汗一つ見せてないのよ。どんな新陳代謝?」
「はははは…………」
笑えねぇー。半分死んでいるからなんて言えるか。
小垣渡はこれの名だ。渡と呼ばれて知ったわけじゃなく胸の名札を見た。
当たり前なことに殺戮の現場には何も残ってなかった。死体も、破壊された撮影器具の破片も。それを確認した上で椰子原を連れてきている。彼女に余計なショックは与えたくない。外に帰ったらすぐに知ることになるだろうが、今知ってしまうよりマシだ。
「う~ん、現場見ても何も思いつかないわね。急に気絶して起きたら違う場所にいて、他の皆もいなくて。……なんで小垣君だけ一緒だったのかなぁ」
椰子原は小垣の眼を横目で見てくる。鼎は愛想笑いで逃げるしかない。
やはりこっちを疑うか。この女、探偵気質というか警官気質というか、まあドラマみたいな展開が好きなようで、このピンチをのんきなことに楽しんでいる。いつもなら苛立ちが募る所だが、あんなに楽しそうな魅力的な笑みを浮かべられては、一介の男である鼎には何も言い返せない。
隣では椰子原が、頭を捻りながら携帯をいじっている。
「連絡は……、やっぱり何もない、と。誰にも掛からないし、ふむ、本格的にキナ臭くなってきたわね」
「ささ、ここ見れたことだし、さっさと局に帰りましょう。この街二人だけじゃ危ないですよ。もし襲われたりしたら………」
「その時は、小垣君が助けてくれるんでしょ♪」
言葉尻を跳ねさせ、上目遣いで言ってくるのだからタチが悪い。
「そりゃまぁ、助けますけど」
あまり頼られてもきついものがある。人間ならば何人でも相手取れるが、自分と同じ鬼形児が出張ってこられたら、まあ、十人までしか相手できない。
鼎がこんな強気なことを言えるのは、ここが一重に浅部だからだ。
浅部に住む鬼形児は、弱い能力を持つ者か、まだ幼い子供たちだ。
鬼形児といって誰もが強力な能力を持てるわけでもない。ショボイ能力は多いし、戦闘向けの能力は稀だ。異能を目覚めさせるにも才能が必要であり、ただ生きるだけならば強力な力は必要ない。多くの者が弱いままで満足する。そして子供たち。体の成長と合わせて能力は開拓されるのだが、まだ第二次性長期にも差し掛かってなく、自らの能力も充分に把握出来ていない未熟な彼らは、浅部に暮らすことになる。
そういう鬼形児たちの力は拳銃程度の危険性しかない。銃なんて〈廃都〉では道端で売られている暴力だ。そして、そんなザコやガキたちが束になって掛かってこようが、中層部で常に闘い、時には深淵部内でも働いている『金』の敵には成りえない。
まあしかし、ふとした気まぐれで深い所の猛者どもが立ち寄る可能性もあるので、気を緩めることは出来ないのだが。
「……ま、それでも俺が負けることは無いんだけどね」
「へぇー、それは頼もしいわね」
え? と虚を突かれる。もしかして、声に出していた? じゃあ、さっきの全部聞かれていたのか。心の中で必死に取り繕うとするが、聞かせてしまったものをどうすればいいのか思いつきもしない。と、とりあえず、気絶でもさせとくか?
「おっと、今日の小垣君は別人みたいに荒っぽいわね。ついさっきの独白もさながら。……ほんと、何者なのかしら。肉体は本物らしそうだけど。ねぇあなた、誰?」
椰子原は完全に疑りかかった視線を、キョドるこちらに刺し向けてくる。
鼎は意識の中で目を押さえ、心の底から叫ぶ。
あちゃー、またやっちまったぁー。
自分の肉体を眠らせ、意思の無い物体に没頭していると、自分の心と物体が直結され過ぎて、思ったことが自然と声に出してしまうことがある。それだけその物体と一体になれたという証拠なのだが、ここでは出て欲しくなかった。
「いや、はは。これはその、あの、ね、その…………」
椰子原は何も言わずただ冷たい目を向けてくる。
すみませんでした。
あと少しで、そう言ってしまいそうだった。それだけのものがその視線には宿っていた。おまけに女性の責めるような視線に滅法弱いのが『金』なのである。
だが、そこに救世主が現れた。痩せた男が近付いてくる。近隣の住人のようだ。男なんていつもは蔑ろにする生き物だが、今の鼎には素直にありがたい。
詰め寄ってくる椰子原を宥めすかし、その男に笑顔で対応する。
「こんにちは。僕たちに何か御用ですか?」
小垣の顔を出来る限りにこやかに。代わりに横の椰子原が世界の終末を見たかのような呻き声を出す。失礼な。こんな素敵で爽やかな良い笑顔なのに。
男は覚束ない足取りで二人の下まで歩み寄ってきた。俯き加減の顔を持ち上げ、鼎の操る小垣と椰子原にその表情を向ける。
空っぽの穴の開いた、ヒーローの仮面がはめられた無表情を。
「………グウっうぅっぅぅうルルルルルッウグルルルルルウウルウッ…………!」
狂った獣が胎動を溜めるように唸り、オレンジ色の仮面を被った男の喉が内側からうねる。首部分の肉が膨らみ、別生物へと変質を始めた。
「……ねぇ、やばくない、あれ?」
「……っ……逃げっ………!」
ダメだ、間に合わない。
男が吼えた。
口から咆哮の代わりに、小型の虎のような猛獣たちが大砲のように飛び出し、小垣と椰子原の目の前に広がる。虎は空中を駆け、椰子原に真っ直ぐと疾駆する。
鼎は、小垣は構えた。少し仰け反り、息を短く吹くように吸う。
それを、上半身を、呼気を、一瞬で前に出す。
「ッ、ックァァァァァァァッッ~~~~~~~~~~~~!」
突き出す顔に合わせて、首と口内から無数の〈金糸〉が放出される。
糸は壁のように広がる。飛んでくる猛獣の砲弾を受け流し、受け止め、猛虎を次々と支配下に置く。咄嗟に真正面から受けてしまった体当たりのインパクトが鼎の本体に跳ね返り、思わず呻きが上がる。
「ぐぅッ………!」
だが奔獣は小垣と椰子原には届かない。虎の男は驚き、動きを止めた。
糸はまだ進む。橙のヒーローに届き、瞬時に脳まで侵入する。微弱な抵抗の意志を強烈な意志力で掻き消し、中枢部分に到達。男の精神を凍結させる。気を抜かずそのまま糸を体内に巡らせ、完璧に捕縛してから、ようやく息を付く。
「え、な、何が、どうなったの?」
慌てふためく椰子原の声。不思議なことにこういう声を聞くと逆に落ち着くものだ。
しかし、心にモヤが残る。
なぜ鼎たちを〈主人公〉が攻撃してきたのか。撮影団はとっくに始末されている。今さらこの娘一人にヒーローを吹っ掛けてくるだろうか。
新たに生まれた疑問に鼎の心は没頭しながら、小垣の体は椰子原に振り向いた。
「いっ………!」
鼎の精神が小垣の眼が映すものに呼び戻される。
迎えたのは二種類の視線。女性の肉眼と冷たい機械のレンズ。
「ん? どうしたの、そんなすっとんきょうな声出しちゃって」
「え、いや、だって、ええ! おま、何持ってんの?」
「何って、ハンディカメラ。君が持ってきた。取材に来たんだから撮らなきゃ何にもならないでしょ? てゆうか普通なら君の仕事よ」
こっちの腰のポーチから換えのバッテリーを引っ張り出し、のたまう椰子原。
あの企画書の下にあったのだ。ポーチからこっそり出されていながら反応出来なかったこともそうだが、二人の手荷物を確認していなかったのは救いようもない失態だ。
鼎は驚きと呆れと自身への情けなさで、何も言えなかった。開いた口に蝿が入ってきても閉じようとも吐き出そうともしない。
「ねえ。さっきの、なんかよく分かんなかったけどあなたがやったの? やっぱりあなた能力者ってこと? ねえ、少しインタビューさせてもらって良いかしら。あ、でもその前に個人的に聞きたいこともあるのよね」
小垣は動かない。驚きのあまり操るのに主要な〈金糸〉が抜けてしまったのだ。周りを漂う糸を小垣に戻しながら、せめて口だけでもと言い返そうとする。
「わぁっはっっはっはっはっはっははぁ! やるじゃねぇか!」
しかし、豪快な笑い声がそれを打ち消した。
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