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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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素材厳選②


 都会には時々、人を拒絶する道が存在する。

 暗いわけじゃない。細いわけじゃない。特に曰くのある道でもなければ、見た目が不気味ということでもない。誰もがよく分からないまま無意識に避け、別の道を選ぶ。

 そんな誰も歩こうとしない道が、浅部第十三地区の外れにもあった。

 そこに中肉中背の男が入ってきた。際立った特徴もない顔立ちに、普通の服装だが、顔の中心に異彩を放つものが一つ。

 目隠しだ。

 両目が在るはずの顔の上から麻布が何重も巻き付けられ、外からの情報をシャットしている。これでは何も見えないはずだ。

 男はそれでもふら付くことはなく、その歩みに揺らぎはない。適当な節で鼻唄さえ鳴らしている。

「フゥ~~♪ ルぅ~~~~~♪ …………ん?」

 ふと、男は足を止め、不思議そうに道路に染み付く、電柱の影を見下ろした。

 男は内緒話でもするように小さく囁き、また急ぐことなく歩き出す。

 暗い影が残る。雲で陰った地面に、湿ったような細長い影が残る。

 男の気配が消えた途端、ぬっと影が滲み出てきた。セロファンを重ねて透かせたような、半透明の影。電柱の形から人の形へ。一つから五つへ。紙のように揺れて、膨らみ、受肉し、地面に足を着く。虚無的な存在感を残したまま。

 そして、隙間風のような声で、囁く。

「……彼奴何者?」「……敵性感知」

「……否。証拠不十分」「……障害発展、要警戒」

 同じ身長、同じ体格、同じ声質、同じ装束。覆面の下も同じ相貌。黒い影の中に文字通り自らを埋没させる五つの影。

「……如何様(いかよう)最善(さいぜん)?」

 一つが訊ね、四つの影が一斉に一つの影に顔を向ける。

(ただ)殺消(さっしょう)

是殺(ぜさつ)

 答えは簡潔。返事は一つ。影たちが消える。今度は闇に潜ったのではなく、高速移動への移行だ。

 風に溶け込むように素早く、先ほどの目隠しの男に接近する。

 影たちはあっという間に目隠しの男に追い付く。一つの影が飛び出た。目標の背を目掛けて、巨大片刃の黒塗りのナイフを構え、上段から頚椎を狙う。

「一撃必殺」

 重力のまま真下まで掻っ切る。刃に抵抗はない。影は暗殺の成功を確信。喜びはない。着地した足を整え、腕を振って血を払う。主君のために身を捧げた影に感情はない。あらゆる想いを不要と切り捨て、恐れも怒りも焦りも嘆きも、全て感じない。

 そのはずだった。

 その上から更なる異常が舞い降りるまでは。

「殺すなら、殺してみなよ、出来るなら。空廻(からまわり)虚呂(うつろ)作。何て、ね」

 狭い頭頂部に、目隠しの男がふわりと着地し、足下の影に話しかけてきた。

 その声はまるで、耳元で聞かされているような。小声なのに妙に響く柔らかな声。

「いきなり暗殺しようとしてくるなんて、物騒だね。口封じってことは僕の想像通りなのかな。外の人間が、〈金族〉『銅』の僕に何の用だい?」

 影は頭上に眼を向ける。だが、目隠しの男がいるはずのそこに、何かを見ることが出来ない。まるで空気のように、幻のように、そこにあるのに気付くことが出来ない。

「無理だよ。君の感覚はもうずらしてある。君は僕を感じることが出来ない。いくら僕を落とそうとしても、僕を見ようとしても、君が見れない場所に僕はいる」

 冷笑が上から響く。影は無言を貫いたまま頭上の敵に対して、必殺の刃を振りかぶった。だがそれも為されない。ナイフはいつの間にか、握っていたはずの手から消えていた。

「あは。それ、まだ気が付かないの? ほら、胸」

 影は下を見ようとする、が、首は動いてくれない。眼球を回し、自分の胸を見やる。

「君の、ナイフだよ」

 そこにはあった。胸に鍔深くまで突き刺さる一本のナイフが。柄しか見えない。片刃は見えない。胸に突き刺さる刃はこうしている今も命を削っているはずだが、身体には恐ろしいぐらいに痛みが襲ってこない。危機が感じられない。

 ただ、視界が傾ぎ、そっと闇に覆われた。


 影から、ふっと力が抜け切り、倒れた。足場が崩れ、虚呂は地面に降り立つ。

「っと。死んじゃったよ、お仲間さん。でも、ここまで君たちがノーリアクションだと寂しいね。『何もして来なければ何もしない』って言ってあげたのにして来るのなんて、命無駄遣いしちゃ駄目だよ」

 残った四つの影は何も返さない。言葉も視線も感情も反応も。ただ、ナイフを構える。任務遂行を妨げる外敵を排除するため。そして、

「……全ては主君のため、か。別に良いけど。でも僕の力を理解できないなら、ここで死ぬだけだよ」

 目隠しの虚呂はしゃがみ、足元の死体からナイフを抜く。血に濡れ、肉片が引っかかり凄惨さを付与するが、美しさはむしろ上がる。これこそ正しい姿だと謡うように。

「……邪魔不許」

「それはこっちもだよ。この街で余計なことをするなと、ボスにでも伝えれば?」

 虚呂はナイフを影たちに投げ付ける。影たちは何の反応も出来ない。そのナイフが見えていないのだから。一人の影の胸に突き刺さって、ようやく影たちはナイフを認識出来る。

「ほら? 隠密を志すのなら分かるだろ? 僕と君たちとの格の違いが、さ」

 虚呂の声が遠くから聞こえる。口を動かす虚呂は、影たちの目の前で微笑む。

 虚呂は柔らかな笑みを保ったまま、指を鳴らす。すると影たちが何かを求めるように右往左往し出す。彼らの視覚をずらし、自分の姿を彼らの『盲点』にしたのだ。彼らの目には虚呂が急に消えたように見えるだろう。

遅いとも言える歩きで一人に近付き、持っていた長針で胸を狙って、

「はいみっつめ」

 心臓まで貫かれた一つの影が倒れる。その手首を返し、とにかくここから離れようとしていた影に目掛けて、長針を投げ付けて、延髄に命中させる。

「よっつ。で、」

指を鳴らすと、一人残った影の感覚を戻し、再び姿を見せてやる。

「どう? まだやる?」

 たった四回の動作で、残るは一つの影だけになった。三つは絶命し、一人は刺さった触れられないナイフを抜こうと悪戦苦闘している。その内死に至るだろう。

「……理解。貴殿見事也」

「じゃ、消えてよ。あんたのボスによろしく言っとけ」

「其拒否。我使命有。捕獲命令」

「捕獲、ねぇ。人攫いとはらしい任務だ。それがどうしたの、死にたいの?」

 適当に相槌を打つと、虚呂はもう一本の長針を振りかぶり、

「標的名、《七大罪》」

 虚呂はそのワードにピタ、と止まる。最後の影はさらに語る。

「我主君、世界変革所望」

 ここに来て虚呂は自分のミスに気づいた。我ながら迂闊だったと。

 彼らにまんまと時間を与えてしまった。針先を最後の影に向けた時には、相手はすでに一つの動きを完了していた。どこにあるか分からない懐から、何かを取り出す。

 そして影の存在は重くなる。手に持つ棒状の物体から、重圧が生まれてくる。

「……〈死骸之杖(ヨモツギ)〉」

 気配が増える。一つだった影が五つに。殺したはずの影は血痕を消し、立ち上がる。

『〈絶身之衣(シラヌイ)〉』

 影の声が五重に聞こえた。ユラァ、影たちが霞み出す。薄く広がり、空気に消える。

『〈隠遁之闇(クラガリ)〉』

 曖昧な影が闇に落ちる。電柱の影に隠れていた技だ。のっぺりとした本物の影の如く、薄っぺらに。

『〈屈折之刃(マガギリ)〉』

 地面と同化した五つの影が持った五つの刃が煌めき、斬撃が四方八方の虚空から飛んでくる。能力でずらそうにも量が多く、少しずつ血の筋が肌に生まれる。

『〈無重之足袋(イミアシ)〉』

 影が浮き上がり、風のように駆け消える。斬撃をいなしながら目で追うが、見失う。

「貴殿抹殺不可。先他、達成」

 声が遠くなり、斬撃が止んだ。五つの影は冗談みたいに消失していた。

 虚呂はしばらく呆然としていた。自らの両腕を見れば血が流れている。この五年間傷の無かった体に切り傷がいくつも。久しぶりの痛みだ。その手を頭に乗せる。

「驚いたなぁ。いや、久しぶりだよ、こんなに驚いたのは。ははっ、完全に騙された」

 いや、と口を閉じながら、出ていた笑いを噛み潰す。手を下ろす。

 こっちが勝手に油断しただけだ、と。

 大声で笑いたい想いを必死に抑えながら、空廻虚呂は一人の鬼形児として考察する。これから何をすべきかと。

 滅んだと思われていた〈七大罪〉が生きていると言う。影の言葉を信じればだが。

 鬼形児の居場所を作るために命を散らしていった英霊たち。その最たる功労者である〈七大罪〉が生存していた。そして今もその力がために、人間に狙われている。

 そんな英雄らのために自分がどうすればいいのか。どうしたいのか。

 虚呂は、魂の底から湧き上がる喜悦をとうとう抑え切れず、興奮の笑みを零した。

 簡単だ。こんな面白いことを、素晴らしいことを見逃すわけにはいかない。

 虚呂は焦ることなく、のんびりと五つの黒影の捜索を始める。

「今更僕たちの英雄を奪いに来るなんて。させないよ。誰にだって、ね」

 呟き、そして彼は鼻で奏でる。詞は無くともそれは歌だ。喜びの、久しい歓喜の歌。

 宣言は消え、期待は広がり、歌は深く〈廃都〉の街に染み込んでいく。


           Fe

 

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