真打抜刀②
銀架の目前で『大喰』が擦り切れた声を張り上げた。
高らかに叫んでいた喜びではなく、苦しみの声だ。
「…………!」
泡を掻い潜り、海を駆け抜け、銀光で吹き飛ばし、少しずつ『大喰』に接近していった銀架は手の届くあと五メートルの位置でその声を聞いた。
鋭利の内側で何かあったのかと不安に駆られる。
断末魔を上げた『大喰』が初めて動きを見せた。銀架の方を向いたのだ。
『……マァたテメェか「サタヌス」。ワタしのコトヲまダ忘れラレねェノかイ?』
壊れたブリキ玩具の音。聞いてるだけで不快になる響きだ。
「私は銀架です。鋭利さんの体がまだ恋しいのですか。さっさと消えろ『大喰』」
『ソれは聞けネェ相談だァ。腹が減ルンだあノ世は。飢エ死ニシちまウ』
「このままじゃ鋭利さんが死にます。鋭利さんを自殺に巻き込むな」
すると『大喰』は金属同士の擦れるような笑い声を上げた。
『自殺、ジサつゥかア。確カに。でモ、ワタしはワタしで生キ残る為にヤッてんダぜェ。ソの邪魔スルってンナら消さナキャなア。ナア、ギんカ?』
『大喰』は硬直していた肉体をほぐすように、錆び付いた機械に似たギクシャクとした動きで長さの違う両腕を上に伸ばした。掲げた手の上で一つの泡が膨れる。黒光りする液体は球体形状から、鋭角な細長いデザインに変わっていく。
それは片側に大きく反った、肉厚の西洋剣。サーベルだ。
周囲の海が持ち上がり、一振りのサーベルに集まっていく。黒い液体は凝固し曲刀に張り付いていき、妖しいサーベルの外観を一層優美なものに変えていく。
剣の成長が止まった。完成した大曲剣を『大喰』は両手で掴み取る。刃幅は二メートルを超え、奥に伸びた刃渡りの長さは十五メートルほど。ギガントサイズ。
巨人の武器を、二メートルも行かない漆黒の魔人が振り下ろした。
生物的な危機回避判断が働き、銀架は身を左に飛ばす。鼎が瓦礫を操り、跳ねた銀架の足場を造る。同タイミングで海と再生された地面がサーベルにかち割られた。
飛沫は発生しない、海の中央に谷底が出来る。『大喰』がサーベルを上げ直した際、割った分の海水が刃に付随していく。形が整い、凶器は伸長する。
『〈喰星〉。適当ナ名だケド、こレデ食えナカッタのは仲間の連中ダケだゼ?』
全てを喰らう水をまとった、食み斬る妖剣。斬れば斬るほど周囲を吸収して成長し、喰らう量も増大するということだ。加えて、『暴君の泡』のフィールドだ。
「……時間も無いって言うのに、厄介なラスボスもいたもんです」
『大喰』は巨大な曲刃剣を頭上まで持ち上げ、二撃目を構えた。
それに応えるように恨み怒り興奮恐怖等、万感の思いを込めて、銀架は構える。
短槍を握り、頭の後ろに振りかぶり、狙いを真っ直ぐ『大喰』へと。
槍に銀光を纏わり付かせていく。ドクンと槍が鳴動するのを感じながら、槍から剥がれた値札みたいな紙が風に飛ばされ、目の前を横切る。その中身を銀架は目にする。
短槍の名前と謡い文句が載っていた。注意書きもある。使用後要回収、と。
思わず吹いてしまう。向かいの悪魔が怪訝な口元を見せる。
全くあの人は。暢気と言うか、ここまで来てもマイペースだったわけだ。自分の仕事に忠実で、己に真面目なのだろう。それでこそ、な思いがある。
湛えた銀光は短槍の中に、底なしの勢いで吸い込まれていく。だがそれもちょっとずつ溜まっていき、短槍が光を発し出す。
夜天の下に指針を与える、銀月の輝きだ。
合い向かいの敵と目が合う。その双眼が笑んだ気がするから、銀架も笑った。
黒い悪魔の弧刀が振り下ろされた。合わせて銀架も短槍を走らせた。
「戦争を決する神の一擲。勝利を約する槍よ。飛び立て、『グングニル』!」
記された文句を謡いながら銀架は、槍を投じた。
槍は一直線に悪魔へ。
短槍とサーベルが激突した。
その戦闘を目撃していた者は、誰もがその瞬間終わったと悟った。
このまま槍もサーベルに食われて、銀架も食われてしまう。こちらの負けだ、と。
ただし、銀架だけが自らの勝利を確信していた。
曲刃とぶつかった槍が初めに起こした現象は、眩い銀光を発したことだ。
銀色の輝きは銀架と『大喰』以外の目を潰し、闇色の海を照らす。
光の中、銀の少女と黒の悪魔は次なる変化を見た。光が力を持つ瞬間を。
石突から発せられた光は推進力になり、穂先から生まれた光は、
『…………………ァ!』
絶対不可侵の破壊力になって黒い刀身を砕き、表層を剥がす。
銀光の放出量は増えていく。速度は上がり、威力は高まる。
『グングニル』は破壊と推進の力を発しながら突き進む。サーベルの外装を一枚一枚ずつ引き剥がし、飛び散ってくる黒い液体を弾き飛ばしながら、ただ前へ。
短槍は巨大な剣の内側を貫いていき、その柄部分にあった最初のサーベルを砕いた。
巨大なサーベルが内から弾け飛ぶ。そして、
「……ぃ……けぇ……っ!」
そして槍が、悪魔の胸に突き刺さった。
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