真打昂揚②
銀架は一つの長い夢を見ていた。夢のほとんどがそうであるように今も、自分が鵺也であることに疑問も違和感も感じずに過去を巡っていく。様々なシーンがビデオのように駆け巡り、多くの鬼形児を見ていき、歳と場面を夢の中で重ねていく。
十年前、大きな戦いが始まり、色々な鬼形児がその中で終わっていった。
鵺也は見た。『淫欲』の陰惨なる異能力を。
『覚醒剤』の能力によって暴走した十万を越える暴徒らが、市街地で殺し合っていた。十万人の誰もが、いがみ、憎み、怒り、暴力を揚々と振るい、他人の命を奪っていき、そして隣の誰かに同じように殺されていく。包丁、バット、ナイフ、鉄パイプ、木刀、拳銃、真剣、車、爆弾、そして素手。誰もが誰も、自分の持てる全力をもって他者を壊そうとする混沌とした、醜い戦場。『淫欲』の毒はまだまだ広がっていく。
また別の所で鵺也は見た。『大喰』の果て無き虚無なる力を。
黒の液体が突如街の中に出現し、底無し沼の如く何もかもを飲み込んでいく。対抗出来るもの一つもなく、その上を悠々と漂う黒い悪魔。悲鳴も抵抗も叫びも懇願も、全てを残さず食い散らかし、なおも胃袋を膨らますために移動を始める。
母に手を引かれ、悪魔の所業を見ていく。七つの地獄を。無残の氾濫を。
他にも、沢山の戦士がそこにはいた。沢山の死に行く者がいた。
やがて争乱は終息し、鵺也はそこからも様々な鬼と出会っていった。
協力、敵対、競合、好悪、別離。色んな関係を交わし、多くの者が彼の前を去っていく。
誰が死んだ時でも等しく心を痛め、だが表情には出さない。喜びは不謹慎に思え、笑みを自粛していたら、顔の筋肉が強ばって本当に笑えなくなってしまった。
人生は擦れ違いの連続だ。ふと、そんな教訓めいた言葉が心に浮かび、別に否定する気にもなれなかったのでこれまでと同じように、想いを費やしていく。
十年間が過ぎていくのは早かった。辛いことが多かったが充実はしていた。後悔と悔しさの念がその十倍胸を占めていた。
争乱から十年目の今日は何か悪いことが起こる予感がした。不安の的中は〈七大罪〉の復活かと思っていたら、戦場にいた黒い鬼が『覚醒罪』の眼球によって暴走して、あの日見た『大喰』との再会を果たすことになるとは。
人生何が起こるか分からないが、運命はもう少し手加減してくれても良いと思う。
太陽を直視した時のような眩い光が鵺也の、銀架の目を貫いた。
夢の終わり、覚醒の時間だ。
世界が急速に開かれる。
銀架は勢いよく上体を起こし、その途中にあった鵺也にヘッドバッドした。
「……ッがァ~~! っぉ~~~~~!」
「だ、大丈夫ですか、主様!」
悶え苦しむ鵺也を、ヌボーとしたまま見やり、つい笑いが込み上げる。
「あははははは! 何やってるんですか、そんな、惨めに転がってっ」
「原因は貴様だろう……!」
左側頭部を尾さえながら、恨みの目を送ってくる鵺也。はて、何のことやら。
「てか、君は大丈夫なんすか? 額、ここ」
「ん? ……ああ、何か虫に刺されたような痒みがありますね」
「「「……その程度で済むのか…………!」」」
鼎を除いて〈鵺〉の方たち全員が戦慄する。特に鵺也が騒がしい。彼に何かあったのだろうか。まあどうでもいい。
「まあどうでもいい。阿呆野郎だし」
おや、口に出してしまった。しかも本音付きで。
が、言った通りどうでもいいので、怒り顔の鵺也を無視して話を進めよう。
「知ってきました、多くの鬼を。『淫欲』と『大喰』と、他の悪魔たちも」
脳内を探ると、確かに多くの知識が刻まれた感触がある。急に色々詰め込まれて、少しごちゃごちゃしている。これをずっと覚えておくのは銀架には無理だ。すぐに忘れてしまうことだろうが、使うのは今だけなのだから別に問題はない。
こちらが落ち着くのを待って、鵺也が対『大喰』のレクチャーを始めた。
「『大喰』に有効なのは、基本は遠距離干渉型だ。次門系はどんなものでも有効だろう。俺の仲間にも『時計屋』の他にもう一人いるのだがな。どこで油を売ってるのか……」
鵺也はここにはいない仲間への文句をぶつくさ言うと、まとめだす。
「泡に触れないことが最重要だ。そこに注意し、『大喰』の元にまで辿り着けば、」
「いや、もう大丈夫です。見つかりました。絶好のが」
続きを言おうとした鵺也を手で遮って止める。は? と皆が間抜けな声を上げ、銀架は黒い海の方に歩き出した。後ろから慌てる声と悲鳴が追いかけてくる。
後ろのそれをBGМに、銀架は真っ黒な海面に一歩を踏み出した。
全てを溶かす血液の表面に靴裏が触れ、同時にその足がアスファルトを踏んだ。
全員の喉から驚愕が零れた。
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銀架は足元を見る。地面。ヒビの入った硬いアスファルトだ。二歩目を踏む。
前に進みながら、銀架は一つの異能を発動させた。海底から地面が競り上がってくる。それを銀架は踏む。三歩目、四歩目と同様に地面を生やして、歩みを進める。目的先の鋭利まで、消された道路を復活させていく。
「馬鹿な!」
失礼な馬鹿は貴様だ阿呆、と心の中で鵺也に言い返す。
地面を造っているわけではない。それでは溶けてしまう。
五歩目を踏んだ時、黒泡が鼻先まで迫ってきた。これは避けれないかもしれない。一発でも食らえば終わり。ならば、と続けて異能を前の泡に向けて適用する。
泡が空中で変化する。石や砂や鉄に。それらは海に落ち、また分解される。
「あれは、お前は一体何をしているんだ! 何が起こっている!」
クルっとその場で反転し、銀架は四方八方の泡に照準を定めつつ、
「聞いてばっかいないでください。うるさい」
また数個の泡を変化、元の物質に逆行させながら、言葉を続ける。
「これは、〈七大罪〉の一つの力です。あなたの記憶の中にありましたよ」
「何? 俺はそんなもの見た覚えないぞ」
そう言われましても、と結魅に視線を送って、同意を求める。
「あなたも見ましたよね、あの悪魔を。真名は、ウェムポリズ=デジィ=サタヌス。またの名を『憤怒』」
その名に後ろで何人かが息を呑む。躊躇いがちに結魅は一度頷いた。
「……はい。私は主様の記憶にそれ、彼との邂逅を見ました。でも主様が覚えておいででなくても仕方のないことです」
「仕方がないだと?」
「あの『憤怒』の力は、物体を逆行させるもの。そのモノの時を戻します」
「まさか……! 何てことだ!」
鵺也は顔色を白くした。時を戻す異能。壊れた物の修復に便利そうな力だが、使う対象を選べば大変な使い方が可能となる。例えば、人。
死んだ者に使えば、その命を戻すことも出来るだろう。逆に、生者に向けて使ったら、果たしてどうなるか。
「そうです。主様は一度『憤怒』と遭遇し、その際に記憶を戻されています。知らない時の肉体にまで時間を戻されて。私の『過感覚』は、脳にある記憶ではなく、その者の過去自体を覗くので逆走された弊害を受けなかったと予想できます」
元々〈七大罪〉の姿と能力を銀架は思い出しかけていた。『万能録』の記憶を蘇らせた際に。そこに、鵺也の記憶が新たな刺激となった。彼の記憶の中で見た時、『大喰』は自分と同じくらいの少女に見えた。十年前でそれなら、現在は二十四歳前後の年でなくてはいけない。鋭利が自分で言ってた年は十九だ。五歳も違う。
「しかも自分でも否定していました。〈七大罪〉じゃない、と」
記憶喪失の線も考えられた。五歳違うことには眼をつぶって。しかし『万能録』と鵺也の記憶の中で『憤怒』の力を見て、鋭利と『大喰』のピースが繋がった。
「十年前に暴走した『大喰』を止めて、街を救ったのは『憤怒』です。力と記憶を封印するように彼女の時間を戻して! 今回も、そうやれば助けられる……!」
銀架は叫び、進む速度を上げる。近くにある泡の時間を戻す。泡は溶かす前の物質に戻る。海の時間を戻す。海は元の道路に戻る。
同体積の物体を食らう海と泡なら、小柄な銀架など一瞬で飲み下されてしまう。失敗は一度でも一ミリでも一瞬たりとも、許されない。
連携に慣れ、泡や海への対応速度を上げつつ、銀架は歩みを走りに変えて、
「鋭利さん……! 今助けに行きます!」
上空を自由勝手に舞っていた泡たちが、不意に銀架に狙いを付け、一気に落ちてきた。自らのピンチに『大喰』がここに来て排除の意志を持ったのだろう。
「今さら心が生まれてきても、遅ぇーんですよ!」
銀架は降り注ぐ黒い雨の中を突っ込んでいく。
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