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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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真打奉納②


 鵺也の経験則からの的確な判断を、駄目だ、と少女は真正面から否定した。

「あそこにいる人を、見殺しにして良いわけがありません!」

「……では、全滅しろと言うのか。街ごと心中する気か! 俺は守らなければいけない、仲間を。鬼形児を、この街を! 犠牲を最小限に食い止めるのが俺の役目だ!」

「ならばゼロまで求めろ!」

 鵺也は叫んだ口を開けたまま、動きを止めた。

「鋭利さんも鬼形児だ! 〈七大罪〉も鬼形児だ! お前が守らなきゃと言った仲間だ! お前の我が侭はその程度か! 逃げるな! 救えるあの人から逃げようとするな!」

 自分よりも年下で自分の胸下ほどの身長しかない少女に怒鳴られた彼は、まるでお互い逆の立場のように、弱気に、言い訳する子供のように言い返した。

「……す、救えるわけが無い。方法が無い。十年前に『大喰』が消えた時も、誰もが逃げるしかなかった。他の方法を、俺は知らない。俺には無理だ」

 期待外れの返答。銀架は舌打ちしたい気持ちを抑え、もう片方の男にも訊いた。

「でかいの。あなたは?」

「ねえな。大将も無いって言っちまってるし、おれの力じゃ何にも出来ねぇよ」

「そうですか、残念です……」

『大喰』は黒海の中心で空を仰いだまま動かない。代わりに海と泡が煮え釜のように激しくざわめく。顔の隠れた鋭利の表情は苦しんでいるように見えた。 

 ガグ、と一際大きい揺れに、低い体勢にしていた銀架の足が踊る。

 黒い泡の噴出ペースが上がった。一つ一つの大きさも一段とでかくなって。混沌の海がまた成長していく。時間が経てば経つほど街は食われ、銀架たちの危険度は高まり、鋭利は死に近付いていく。

 鋭利を救うまでのタイムリミットがどれだけ残っているのか。

『大喰』を倒さなくても良い。第三段階の状態から目を覚まさせれば、それで。

 だが、銀架にはそれをする術がない。近付ければ。泡さえ無ければ。鋭利を倒せれば。これではまさしくウロボロスのように堂々巡りだ。

 いいや違う。これは加速しか出来ない花火。外から火を点けられ、クルクルとその場で回転しながら勢いを強くしていき、最後は派手に散っていく鼠花火。

 いつかは自爆して終わる。下手に触れないことが最善の策。

「はっ、笑えない話です」

 それはあの『No・1』のことではないか。レッドを止めに来た鋭利がその代わりとでも言うように、彼の進もうとした破滅の道を歩まされている。いずれもそのようなものなのかもしれない。誰でも人の迷惑を考えずに暴走して、自分でも気付かずに自滅するし、他人の過ちを止めようとしても他の誰かが過ちを犯してしまう。

 無限に踊り続ける、大罪の輪舞曲。

「ならば鋭利さんの過ち、その大罪、私が引き受けましょう。いや、そうですね。私が全部引き受けるんじゃなく、半分ずつ、仲良く分け合いましょう」

 鋭利に渡された短槍の柄を潰すように握る。指運で回すと短いことがよく分かる。六〇ないし五十五センチ強か。このくらいの長さと重さなら片手で振り回せる。不思議と銀架の手によく馴染んでいた。

 鋭利はこの槍を血からではなくて左脚から出していた。もしかしたら銀架専用に造ってくれた武器なのかもしれない。大丈夫、と自身に言い聞かせる。自分は一人ではない。この槍にはきっと、鋭利の想いが込められている。

 鋭利が信じてくれたのなら、こんな弱い自分でも信じられる。

 槍を握った拳を左の掌に打ち込み、おし、とボルテージを上げる。

 銀架は標的を定めた。殲滅すべき困難。倒すべきは悪魔『大喰』。

「おい。お前が一番、私の能力について詳しいですよね」

「……訊きたいのは『万能録』のことか? 『大喰』の力を得て対抗するつもりか」

「いえ、それはきっと無理です。私の『万能録』は思い出したばかりで不安定です。本当の持ち主とぶつかり合ったら競り負けるでしょう。だからあれとは違う、対抗できるような能力が欲しいのです」

『あれに対抗できんのなんざ、やっぱ同じ〈七大罪〉ぐらいじゃないのか? でも今からどうやって覚えようって言うんだ。まさかそこら辺に転がってるわけないしよ』

「いえ。煩雑する昔の記憶の中で多くの異能を見かけました。そして、恐らく〈七大罪〉かもしれない鬼形児たちも。それらをはっきり思い出せれば、もしかしたら『大喰』を倒すのに使えるかも知れません」

「おお? 『かも』が多いな。じゃあちびっこいの。何を大将に聞きてぇんだ」

「私は『万能録』を使うことができません。だからこれの発動の仕方です」

 鵺也が青息を吐き出した。一緒に色々なものを吐き出したそうな顔をして、

「……『万能録』は、異能を記憶した時を鮮明に思い出すことで、その異能を発動させる。全てを思い出していないお前には、いつ手に入れたかも知れないそれらの記憶を引っ張り出して使う、なんて芸当は不可能だ」

「……そうです、か」

「だが、俺の頭の中には大量の鬼形児の情報が入っている。そしてそこの『パノラマ』はその記憶をお前に見せることが出来る。俺たちに任せろ。貴様にあそこの女を助けさせてやる」

 力の篭った声だった。叱られたショックからは立ち直ったらしい。

「『大喰』が自滅するまで、おおよそ三〇分。とっとと攻略するとしよう」

「よろしくお願いします」

 銀架は初めて鵺也に頭を下げる気になれた。


            Fe


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