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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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素材厳選①


 銀髪の少女が放った光激の余波で気絶していた『蒼鉛(ビスマス)』を蹴り起こし、〈金族〉のビルから急いで出る。〈主人公〉の仮面には発信機が取り付けられており、先の青いヒーローが消えたことで、ここの座標は他の〈主人公〉にばれてしまった恐れがある。

 匿って。

〈主人公〉の非道なやり方に反感を覚え逃げ出す鬼形児は多く、見つかれば裏切り者として処分される運命だが、まさか裏切った〈主人公〉を匿う日が来るとは。

 ビルの表に出ると、まず朝独特の生温い暑さと匂いが包んできた。小さく仰げば、ここらを囲う霧を透過して、薄っすらと日光と熱気が伝わってきた。

 表通りから隣の廃墟との細い横道に入る。そこに並んでいた三つのポリバケツの内、真ん中からゴミ袋を取り出す。後ろの灰髪の少女が怪訝そうに覗いてきた。

「ひっ」

 小動物みたいに飛び退さった。くく、と意地悪な笑みで鋭利も袋の中を覗く。そこには人間の足首が転がっていた。切り取られた、人の足首だけが。

「お、今日は足か。行儀悪いなオマエ」

 手を伸ばして足首を取る。足裏をくすぐってやると、すぐさま反応が来た。

「……ん~、鋭りん~? な~んの用? 眠いし暑いんだから、起こさないでよぉ~」

 足首からのったりした女の声が聞こえてきた。目を白黒させる少女に、肉を調理してあげたことで少女内での株を上げた『蒼鉛』が説明してやる。

「あれは、俺らの仲間の一人『錫』の(ねん)(じゅ)さんだ。寝てる時は静かだから温厚だけど、起きてると常に不機嫌で、ほんと迷惑なおばさんだ」

「そこ~、喧しいよ屏風く~ん。ロリコンはまだ治らないのか~。クズだね~」

「……生きてるんですか、それ」

 指差す先は足だけで会話を繰り広げている『錫』だ。

「あはは~『それ』呼ばわりって~。それはもちろんのことよ~。お嬢ちゃんは新しいお仲間さんかい~?」

「うーん、特別な依頼人かな。名前、そう言えば何だっけ?」

 今まで子猫ちゃんとかで通っていたからな。聞く機会がなかったのもあるが、鋭利たちが気にしてなかったこともある。

 少女は一瞬だけ逡巡して、勢いで言い放った。

「名前は、今はありません。〈シルバーレイ〉って呼ばれてました」

 それ系の名で、少女の正体を理解した『錫』は足首を意味ありげにくねらす。

「……ふ~ん。名前が無いのか~。こりゃ困ったねぇ~」

「じゃあオレたちがつけても良いね。それ呼びにくいし。『シルバー』ってことは銀か。Ag、白銀、銀かー。ふむ、銀杏(ぎんなん)だな」

「食いもんじゃねーか。相変わらずセンスねーな。そうだな、銀狐ってのはどうよ」

「どう違うんだね~。人のこと言えんね~君も。私が付けるよ~。銀の十字架で銀架(ぎんか)。こりゃ良いさね~」

「なにおうっ」

 三人寄れば何とやら。しかし文殊は降りぬまま喧々諤々三者三様人ごと適当好き勝手。後ろの、「……五十歩百歩」なんて小さな呟きは勿論無視三昧。

「オマエらに威風堂(いふうどう)屏風に更地(さらち)稔珠って立派な名前を授けてやったのは誰だと思ってんのさ。オレだろう。ここは慣れている鋭利さんに任せなさいって」

「だから任せられないんだけどね~。こうなったら少女に選ばせようじゃないか~。三択で~お好きなのどうぞ~」

『錫』の提案に三人の意識が少女に向く。半眼で嫌そうに佇んでいた。

「……選ばなきゃ駄目です?」

「「「ダメ」」」拒否の言葉を押し潰す。少女は少し迷って、それなら、と、

「それなら、銀架、で」

 ほれみろ~、と足の指をクネクネさせ勝ち誇る『錫』の稔珠。少しキモい。

「ふむん、じゃ名前も決まったし。『錫』、働いてもらうよ」

「そうだね~。何だ~い、私の久しぶりの仕事は~?」

「これ。ちょっと隠してて」

 鋭利が指で示すのは左。ビルの壁だ。他には何も無い。ビル以外、何も。

「……………まさかとは思うけど~、そのまさかかな~?」

「うん。このビル、すっぽり全部」

『錫』の五本の指がわなわなと開き、消沈するように閉じていった。

〈主人公〉の恐ろしさの一つは集団性というべき、数の暴力を躊躇無く行使するという点にある。ここに〈主人公〉の軍勢が押し寄せて来られれば、このビルは間違いなく見つかり破壊される。〈迷霧〉があるとは言え、時間稼ぎにしかならない。

 ばれていると判断した鋭利は、しかし直したばかりの新居を諦め切れず、なら建物を隠そうと閃いたのだ。見つからない、または見つかっても攻めにくい場所。この二つの条件を同時に満たす隠し場所。

 それが『錫』の持つ次元の隙間を作り出す異能力、『亜空館(あくうかん)』である。

「っで、いけるかな、これ?」

「いけないことは~、無いと思うけど~、大きさが大きさだしね~。私の『キャッスル』にも初めての大きさだよぉ~。やってはみるさ~、鋭りんの頼みだし~」

『錫』の自信無さげな声は珍しい。少々無茶が過ぎたかもしれないと、少しだけ反省。

 曇天の下、〈金族〉ビルの真上からギャとゴを混ぜたような異音が生まれる。足首しか出してない『錫』以外の三人が首を持ち上げる。ビルの上空に、楕円型の異様な歪みが生まれていた。『亜空館』の入り口だ。

 穴の内側は黒く濁っており中が読み取れない。モスキート音を響かせながら、鋭利たちが見つめる先、黒い穴は真っ直ぐ下に沈んで〈金族〉ビルを飲み込んでいく。

「いつも異次元に篭っている私だけど~、こんなに巨大だと維持も大変そうだね~。眠れそうもないし~、………………………クソがぁ」

 本気の殺気が篭った声に、銀架がビクつく。

 二十メートル近いビルがずぶずぶと異界に飲まれていく。それを見届けてから、

「うん、我が家はこれで良いとしてっと。じゃ、とっとと逃げるかー。『蒼鉛』はこっからどうする? オレはほとぼり冷めるまでこの子と逃げ回って撹乱するつもりだけど、オマエ弱いからなぁ。付いて来れないでしょ」

「はっきり言いやがるなよ、地味に傷付くんだから」

 彼は適当な別地区に隠れているそうだ。『亜空館』の中は絶対の安全が保障されているが、不眠状態で超絶不機嫌モードの『錫』と同じ空間にいたくないとのこと。

「任せたよ、念珠。今日の内には帰ってこれると思うからさ。それまでよろしく」

 今日の内という単語に、底知れぬ絶望を受けて何も言えないでいる『錫』をバケツに戻して、鋭利と銀架は表の道に出た。後ろの路地で『蒼鉛』が手を振り、それに銀架が振り返す。『蒼鉛』は薄暗い路地の霧の中に消えていった。

 行こう、と声を掛け、鋭利は脚を溜めて走り出す。それに続く銀の少女。

「銀架、付いてこれてる?」

 傍らの少女は、自分に名前があることに、戸惑いながらも返した。

「このぐらいなら。もっと速くしてもいいですか?」

「そりゃ、もちろん」

 濃霧が二人の身を包んだ。『蒼鉛』の異能、『迷宮牢(パズル・ラビリンス)』の領域に入ったのだ。

 この霧を通した情報は歪められる。足の裏がぐにゃぐにゃに感じ、並ぶ建物の比率がおかしくなり、音すら不明瞭に。

 鋭利はすかさず内ポケットからサングラスを取り出し、装着。

 この霧が効果を及ぼすのは生物の感覚器官に対してだ。感覚の歪みはもの凄い酔いを生む。そこで開発したのがこのサングラス、『黒鏡』。『迷宮牢』によって歪んだ視神経に合わせて風景をわざと歪ませて見せることで、正常な視界に調整する代物である。早朝は壊れて使い物にならなかったが、これは家から持ってきた新品。ちゃんと二つある。

 その一つを渡そうとして横を向くと、少女がいなかった。

「あり?」

 いや、いた。鋭利の遥か前を走っていた。さっきまで隣にいたはずがいきなり。

 遠くから銀の少女に呼ばれる。「早くっ」と。頷き、鋭利は更なる疾走を脚に命令。

 足運びを速めてから、微妙な違和感。

 何だ、と疑問が生まれてすぐに解決する。走っていれば分かる。

「音が………、」

 音が聞こえる。通常通りに。皮膚もいつもの居心地の悪さを感じない。足はしっかりした地面を踏んでいる。もしや、と思いサングラスを外すと、無くなっていた。隣から銀架のいる所まで一直線に霧が、無くなって。地面がそれに沿うように抉れている。

「あら、まぁー」

 銀の芳光。ここから銀架まで続く、彼女の能力の軌跡があった。霧を掻き消し、霧を近づけさせないその篝火。白い霧のアーチを仄かに内側から照らす銀の燐火。

「……全く。あの娘には、こんなにも、こんなにも魅せられてしまう」

 言葉は宙に霧散する。銀光が薄れ、空いた隙間を〈迷霧〉が埋めようとしてくる。

 急ごう。脚の回転を上げる。少女と離れすぎている。

 銀の残滓を吸った時に、不思議な香りと知らない光景が頭を駆け巡った。

「霧の見せる幻かな。嗅いだことないはずなのに、この香り、どこか懐かしい………」

 浮かんだ光景は激しい血みどろの戦場。鋭利の知らない、残酷な戦争の物語。

 知らないが、分かる。これは十年前の争乱。その地獄の風景だと。

 細い顎を冷や汗が垂れ、落ちた。覚悟はしていたが、まさかここまでとは。

 意味もない笑いが鋭利の口を震わせる。未知の力に。未知の香りに。何より、目の前の銀髪の少女に感じる、未知の感情に。

 鋭利が駆けながら零したものは全て、終わることのない霧の中へと消えていく。


           Fe


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