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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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鋭刀流汚②


 仮面の集団の真ん前で、黒い戦士の演説は続いていた。

 聞け、と強く鋭利は言った。

「オマエらの上にいたものは、もういない」

 鋭利の放つ言葉が、集団の中にゆっくりと染み込んでいく。

「命令を出す者も、監視する者も、世話してくれる者も。オマエらを縛る〈金虎〉は、もうこの世に存在しない。〈主人公〉も今日で終わりとなる」

 声の振動が全員に行き渡り、やがてその意味が彼らの心に染み渡った。

「さあ、解散だ。好きなところに行け。オマエらは、今日から自由だ!」

 初め、彼らの反応は薄かった。いきなりのこともあったのだろう。伝えられた内容が信じられなかったのかもしれない。けど、大声で否定しようとする者もいなかった。

 誰かが〈金虎〉に連絡を回し、何も返って来ないことを確認した。続くように騒ぎが起こる。〈金虎〉はどうしてしまったのだ。まさか、無くなったのか。『No・1』は本当に、〈金虎〉を滅ぼしたのか、と。

 仲間から飛んでくる声に屈している戦利は答えられない。彼は元より嘘を吐けるような器用な性格ではない。しかし口先で否定しようとしてばれてしまうなら、無言を貫こうとする戦利の意思を読み取ったか、数人の〈主人公〉が事実であると確信し、驚嘆の声を上げた。その輪が周囲に広がっていく。

 疑惑は誰もが持っていたのだろう。いつもは数人単位でしか動かされない〈主人公〉が、今日に限ってはたった一人の逃亡者を追うだけに何百人も動員され、ここではほとんどの〈主人公〉が駆り出されているのだ。

 それでも大人しく従っていたのは、リーダーである『No・1』がいの一番に動いていたからだ。しかし、その『No・1』こそが〈金虎〉を裏切り、今回の命令を全て独断で仕切っていたのならば、全て得心が行くだろう。

 ヒーローたちは何かを迷う素振りを見せ、それぞれ顔を見合わせると、


「「「「ゥゥオオオォォォォォォォォ――――――――――ッ!」」」」

 

 叫んだ。

 歓喜に震え、感涙に溺れ、感動に悶え。

 牢獄から解放されたかのような、革命が成功したかのような、人の雄叫び。

 ヒーローたちが仮面を外して、鋭利の下に殺到する。そのままどこかに走り出していく者たちもいる。仮面ごと顔を覆い、嘆き、慟哭する者たちもいる。呆然自失し佇む者も、まだ現状を飲み込めてない者も、喜びで踊り出す者も、そこにはいた。

 しかしその光景は確かに、〈主人公〉という組織が終わった瞬間だった。


 放出した金属の山を摂取し直しながら、我先にと寄ってくるヒーローたちに対応していた鋭利は、後ろでモゾリと、動く音を聞いた。

「………………」

 鋭利の後ろに赤い羅刹が立っていた。

 それに気付き、集っていた〈主人公〉たちが一目散に逃げていく。

 多くのヒーローが立ち去り、広い道路の上に鋭利と赤い鬼と、巨大な土の箱、それとレッドの動向を気にしている何人かのヒーローたちが残される。

 その鬼は血だらけだった。

 自分の吐血と多くの返り血と繊維の色が混じった、真紅の衣を着ている男は、バラバラに散っていく仲間たちの背中を空っぽの眼で見渡し、鋭利を見た。

「………………」 

 虚無的な瞳で自分の『道具』を奪った敵を見つめていたレッドは、段々とその眼に感情の色を甦らせていく。それは爆発的ではなく、煮え返るような憤怒。

 そんな『No・1』に向かって鋭利は鼻歌を奏でるように、言う。

「どうだ? オマエの居場所も地位も終わらしてやった。どうする、一人になってもヒーローは滅びないんだってな。オマエ一人で外の自衛隊と戦うか?」

「……ぃさま…………」

「それとも、やっぱ一人じゃ何も出来ないか? ガキんちょよぉ?」

「っっ、貴様ああああああああぁぁぁぁ!」

 切れた戦利が飛びかかってくる。だが、その速さは能力も使ってない通常のものだ。鋭利はカウンターで飛び込み、その顔を掴んで地面に叩き付ける。

「……ガッ………ッ!」

「最後の足掻きがこれか? 脆いなぁオマエ」

「き、貴様さえ、貴様さえ、いなければっ……!」

 必死にもがくが、鋭利の掌がそれを全て押さえ込む。

「諦めろ。オマエは今までの何もかもを失った。代わりに自由を手に入れた。これからは精々幸せを持て余して、末永く生き延びるがいいさ」

「……………っ!」

 戦利は一度、ビクンと痙攣すると、動きを止めた。

 抵抗しなくなった戦利から力を弱め、腰を上げる。決着は付いた。

 顔を隠すように伏している戦利を脇目に、鋭利は土の箱に向いた。

「銀架、終わったぞ!」

「やりましたね! 鋭利さん!」

 白土の壁が折り畳まれ、土へと還っていく。その中からまず白い仮面が見え、それを押し退けて笑顔の少女が飛び出してくる。

 鋭利はそれに向かってゆっくりと歩き出した。


           Fe


「……まだだ。…………まだだまだだまだだまだだぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 喚きと同時に鋭利の横を高速の赤が走っていった。

「……ちっ! 往生際が、悪ぃんだよ!」

 走り出す。レッドはダメージがあるせいで追いつけない速さではない。

 二回の跳躍で追いつき、戦利の後頭部に手を掛ける。

 レッドは再び押し倒されながらも、誰かの名を叫んだ。

「……出ろ、『過感覚・フルスクリーン』!」

 遅れて戦利の顔が地面にめり込む。修羅の叫びに応えたのは、一人のメイドだった。

「……やっと出番かと思いましたら、まさかこんな復讐じみたことに使われるとは。いえ、イタチの最後っ屁でしょうか」

 いずれにしても最悪です、とメイドの女はテンション低めに言う。

 その女は銀架と白いヒーローの後ろに、誰も気付かぬ間に現れていた。

 慌てもせずに白のヒーロー、『ホワイトソイル』が臨戦態勢を取り、しかしメイド服が翳した手によって、一瞬で意識を奪われる。

 何をしたのか誰も分からなかった。ただ、危険であると判断できた。

「貴女に恨みはありませんが、少しだけ私の〈悪夢・ナイトメア〉にお付き合い下さい」

 メイドの意識が銀架に向かう。彼女の眼が妖しく光り、銀架が身を竦めて目をつぶり、

「……銀……っ!」

 次に鋭利の横を飛んでいったのは、叱責に似た声だった。

「『パノラマ』! そこまでだ」

 その声にメイドが一瞬固まり、慌てて声の飛んできた方向を振り向いた。

 鋭利の首もそれを追いかけ、そこに男の姿を見つけた。

「主様。どうしてここに」

 男の傍らには他に二人の男女がいた。一人は見覚えがある。『時計屋』だ。

「ということは、アイツが〈鵺〉のリーダーか。ふーん」

 鋭利の呟くような独り言に、主と呼ばれた男が律儀に返してくる。

「想像通りの顔だったか?」

「予想はしてなかったが、そこに立っているキザ男よりも風格がある」

「あははは、言われてるしぃ」

「うるせぇーっすよ」

 右手の下の戦利が、信じられないものを見る目で〈鵺〉のリーダーを見上げた。

「俺を、裏切るのか!」

「そうとも言うな。貴様が言った、『意に背いたら』という奴だ。貴様がしようとしていることは危険過ぎる。だから貴様を止めに来ただけだ」

「……くっ!」

 この日何度目になるか分からない無念の声を出し、戦利は俯いた。 

「鋭利さーん!」

 銀架とメイドの女が駆け寄ってきた。少女が笑顔で手を振ってくる。

 鋭利はレッドを押さえる手を強めた。頭を地にめり込ませるように押し付け、背骨に膝を乗せて体重を掛ける。何箇所か折れる音がする。これでさっきのような動きは出来ないはずだ。嫌な予感がするのだ。何か重要なことを忘れているような、まだこいつに逆転の芽があるような。何なのだろう、この胸を覆う不安は。

 ……取り越し苦労だと良いんだが。

 と心内で吐息し、切り替えることにした。鋭利は銀架に不安を悟らせないよう渋面を引っ込め、手を振り返せない代わりに笑顔だけでも見せようと、顔を上げ、


 その時、赤い『No・1』の真の最後の足掻きが行われた。


「…………!」

 視界の下から前に、何かが飛んでいくのが見えた。速すぎて誰も気付けていない。

 拘束下の戦利が手首だけで、音速のスナップを利かせ、投じたのだ。

 飛んでいく先は銀架。形状は筒。中に球体の影。

 筒は音速に耐え切れず、破裂する。ガラス片と内側に詰まっていた液体が宙にばら撒かれ、だが中心に浮いていた球体は真っ直ぐと銀架へ。

 速度が落ち、ガラスや液体が飛び散ったことで他の者が飛翔物に気付く。

「眼をつぶってください!」

 その内のメイド服の女が、急き込んで警告の声を上げる。

「あれは、『覚醒罪』の眼球です!」

 鋭利は目で追いかける。銀架は全身を凍り付かせていた。視線が飛んでくる球体に釘付けにされている。魅せられてしまっている。銀架の中に眠る『万能録』のせいか、飛んでくる『覚醒罪』の目玉がそうさせるのか。

 銀架は眼を逸らそうとしない。避けようともしない。このままでは直撃だ。

 左眼の『灰眼』も使ってないのに世界がゆっくり流れて感じる。

 鋭利は回転して飛んでいく球体から視線を外し、動こうとしない銀架を見つめ、最後にチラッと球体に眼を戻し、そしてバネのように跳び出した。

 膝と右腕で地面を後ろに押し飛ばし、獣の疾走のように全身を伸ばす。

 鋼の身体は黒い矢となり、距離を駆けた。

 触れてはいけない、と忠告がふと聞こえ、早く言えよ、と心に浮かんだ文句に、無茶言うなよ、と自らダメ出しをして、そりゃそうか、と納得までして、

「……………………!」

 鋭利は悪魔の眼球を右手で握り潰した。


       Fe


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