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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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鋭刀研磨②


 レッドが消えるのを見た瞬間、鋭利の腹を、貫く衝撃が襲った。

「……っ!」

 金属を多く含んだ体重もあって、吹っ飛ぶ距離は短い。

 しかし、レッドの猛追が次々と鋭利に攻め掛かる。空中では受けた衝撃は直接飛ばす力になる。地面に当たるより先に、さらに次の打撃。打撃。打撃。打撃!

「があああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ドガガガガガ! と削られていくような音と共に、鋭利の身体は少しずつ高く上げられていく。宙に浮かせたまま殴り続けて、最後まで仕留めるつもりだ。

 生憎、大人しくやられ続ける趣味は無い。

 羽根突きのように撥ねられる、その寸前に左の裏拳を後ろに叩き込んだ。スカ、と空気を薙ぐ音がして、拳を潜り抜けたレッドが左脇を殴りつける。鋭利は跳ね返され、

 その瞬間、鋭利は肩から左の義腕を切り離した。

 鉄の義腕が明後日の方向に飛んで行き、軽くなった鋭利の飛ぶ速度と飛距離はその分伸びる。それでもレッドは追い付く、コバンザメのように。

 カウンターで出した左の直蹴りはやはり避けられ、逆に蹴り返され、真上に大砲のように飛ばされる。

 鋭利は一番重い左脚の接合を解除する。

 またスピードが上がり、飛行方向がぶれる。跳躍して追ってきたレッドが鋭利を捉えることに失敗し、そのまま上空に抜けていく。重力に引かれる鋭利。

 先に落下した鋭利は片足だけで着地し、天空を駆けるレッドを仰ぎ、

「まだまだ行くぜ。オマエのその速度、とことん貶めてやるよ」

 足一本、腕一本の不恰好であり、アンバランスな肉体で、鋭利は口ずさんだ。

 鉄の鬼形児、『鉄処女メタル・メイデン』としての詩を。


「――鉄はブキ。貫き割り、斬り裂き。鉄は何かを傷つける」


 鋭利が、真っ赤に染まった。レッドの打撃を受けた箇所から、弾けるようにブシュッと血が噴き出す。ブシュウ、ブシュウと傷口は増えていき、出血量を増やす。


「――鉄はモノ。固め抑えて、乗せ支え。鉄は誰かと触れている」


 血は空中で踊り、しかし形を得ることなく落ちて、コーティングするように足元に広がっていく。その間にも血の間欠泉は増え続け、道を赤と黒に上書きしていく。


「――鉄はミズ。硬くも、柔軟。熱くも、冷血。鉄はいつでもそこにいる」

 

 止め処なく大量の血が抜けて、戦闘熱を膿んでいた身体が冷えていく。熱かった血も空気と地面に触れることで冷やされ、凝固して金属になる。


「――鉄はヒト。変わり、動きて、ぶつかり合わさり。鉄はいつまでも生きていく」


 やがて体内のほとんどを出し尽くすことで、血流の勢いは弱まっていく。

 押し出された最後の一滴が、鋼の山の頂に重なった。


「我が名は鉄を処する乙女・メタル・メイデン。我は誓う。この血潮流れる限り、黒き抗いの刃で在り続けることを。それこそが我が身に刻んだ存在意義リゾンデートル。狂おしき魂の旋律なり」


 最後の成句を唱えると傷穴が閉じていき、血抜きが終了する。

 オドロオドロしい量の黒血が、生け贄の祭壇のように鋭利を祀り上げていた。

 そんな血みどろで悪趣味な行程を一部始終見せつけられた〈主人公〉たちは、終わった瞬間、喉が潰れたような声を出した。思わず眼を背けたり、吐いてしまう者もいたが、それも詮なきことだろう。

 百戦錬磨のヒーローでさえも忌避してしまう醜悪さがそこにはあった。

 自ら血を抜くという工程をやり遂げた鋭利の肉体は、生気が残らず排除された、幽鬼のように痩せ細った体に変わっていた。いや、ただ細いと言うよりも筋張っていると表現する方が相応しいか。骨、神経、血管。そう言った通常時は隠れているはずの物が浮き出され、硬さと鋭さを極限まで追求した日本刀のような、物体として完成された一種の美しさを放っていた。その姿からは、覚悟や勝利への執念などと言われるもの以上の、もっと混沌じみた、怨念めいたものが感じられた。

 目前の敵に対する敵意や殺意ではなく、遠くにいるかもしれない神仏といった超越者に向けての叫喚。無間地獄から放つ呪詛。煉獄から響かす怨嗟。

 悪魔の慟哭があるのならば、きっとそれはこういうものだ。

 亡者の姿になった鋭利は、それでも口に笑みを貼り付けたまま、軽く膝を屈し、

「さぁて、速さしか自慢出来ない坊やに、屈辱的な敗北をプレゼントしよう」

 鋭利は、その場の誰の眼にも付かない速さで跳んだ。


           Fe


「…………!」

 落ちてきた戦利は下から飛び上がってきた何かと衝突した。

 音速に対応する感覚速度を持つ彼は、その正体をはっきりと視認したが、鋭利だと知ると愕然とし、よって反応が遅れて、鋭利の右の拳をもろに受けてしまう。

 戦利が飛んでいく前にその喉笛を鋭利が掴み、そして空中で乱暴に振り回して、勢いと回転を付けてから、丁度落下地点にあった電柱の頂点に叩き付ける。

「……ガァェッ!」

 ゴァゴッ、と電柱の上部が粉砕し、根元が傾ぐ。鋭利は駆け下がり、右手のモノを地面に突き込む。アスファルトが砕け、戦利の身体が逆さに突き刺さる。

 鋭利はまだ掴んだ手を離さない。立ち上がりと共に戦利を持ち上げ、近くにあった廃墟のマンションを目掛けて投げつける。その時戦利の意識は飛んでいた。

 自分で投げた戦利に向かって跳び、跳んだ右足で突き刺すように、蹴る。

「……グボァッ!」

 くの字に折れ、矢印になったまま壁面に激突し、壊して突き抜ける。

 矢先は一室を突貫し、土壁に叩きつけられて人の形に戻る。そこから剥がれ落ちる前に鋭利はバックステップで跳び、敵のどてっぱらを狙って蹴りつける。

「……ァッ……!」

 戦利が背にしていた壁にヒビが入り、奴が埋まる。

「もういっちょお!」

 気絶していた戦利は、鋭利が後ろに跳んだ一拍の隙に目覚め、反撃した。

「グガァァァァァァァァァァァァァ!」

 電柱で潰された喉から怪鳥の叫びを発する戦利。彼は壁から身を剥がし、壁を足を付けて垂直に跳び、鋭利の蹴りを見切って、貫手を放つ、狙いは顔面。

 鋭利は迎えるように頭を前に振り、貫手に頭突きをかます。

「……ぐぉッ!」「……ギャッ!」

 骨の砕ける音が両者から響く。鋭利は額。戦利は指と手の甲からだ。

 折れた右手を抱えて、戦利が逃げ出す。それを追いかけるが、地面に足を着けた状態では音速を持つ戦利には到底敵わない。すぐに突き離される。

 廃墟を出て、元の広い道路に戻ると、戦利が待ち構えていた。

 彼の眼光は怒りと憎悪と、幾許の畏れに占められていた。

 重ねた蹴りは感触的に戦利の肋骨と背骨は折り、内臓にも深刻なダメージを与えているはずだ。だが満身創痍であるはずの彼は、しっかりと直立していた。

 食らったダメージをお首にも出さず、戦利はこちらの加速化の裏を暴く。

「……金属を含んだ血液を限界まで抜き、速度を上げたのか!」

「だーけーど、鋼の大重量を支える筋肉は健全。血液を完璧にコントロールして、必要のない脂肪も削ぎ落としている。大分見れない見た目になるけどな。光栄に思えよ? オマエに追い付くために必死に『ダイエット』したんだから」

「……速いといっても、俺ほどではない。それでも俺の九分の一の速さだ」

「また細かい数字を出すな。じゃあ、腕力差はどの位だ?」

「知らん」

「ああ、オレも知らない」

 小バカにするように鼻で笑い、

「数字なんて基準の一つだ。勝てない奴は最後まで勝てない」

「俺は全てを超えていくだけだ。この無敵の力で」

「第二段階を使うつもりか? やめとけ。あれは肉体を破壊してる。自滅するぞ」

 先達者からの善意を含んだ苦言は素直に聞き入れて欲しいと思うのだが、若輩者には反抗期の気もあったので、気分を悪くしたように顔を歪めただけだった。

 戦利が隻腕を後ろに伸ばし、上体を前に倒す。ブルリと顔の皮膚を震わせたと思うと人の体を崩し、細く、長く膨らんでいく。顔や腕を松枝のような剛毛が覆っていく。

『鎌鼬』への変容だ。その威力のほどを知ってる〈主人公〉たちが、ザッと距離を取る。戦場の半径が広がる。取り残された気分だ。

 カマイタチに完全変態した戦利が、背中に回していた鎌爪の腕を、ゆっくりと、

「………危なっ!」

 瞬時に鋭利は左に跳び、その横を空気の圧、ソニックムーブが通り過ぎる。

「………っ!」

 真空波の直撃こそ免れたものの、余波の暴風に打たれた鋭利は、空に跳ね飛ばされる。全身が麻痺し、体中の傷口が開き、黒血が空に広がる。

 そして、枯れ葉のようにクルクルと舞う鋭利は、地上に一つのモーションを見た。

 カマイタチが、再度鎌の腕を振りかぶっている。空中の鋭利に避ける術は無い。

 見ていた誰もが直撃を予想した。戦利も銀架も〈主人公〉たちも。致命傷は免れたとしても、何かしらの負傷を負い、後の戦闘に不利になるだろう、と。

 鋭利を照準に入れたカマイタチは、真空の刃を音の五倍の速さで打ち出す。

「……………ぁッ!」


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