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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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第四章 鋭刀研磨①

第四章  鋭刀研磨―重なりあう歯車―



 四方を壁に囲まれた交差点があった。

 三方向が立ち上がった道路、残った一方が人の群れで出来た、結界。

 人の壁を造っているのは、原色の仮面とコスチュームを着た鬼形児たちだ。

 今、三つの壁が箱を解体するように後ろに倒れていき、地面に填まる。

 倒れた壁の後ろからは、各方面の境界域から駆けつけたヒーローたちが入ってきて、再び中央を取り囲む壁を形成する。

 色の集団が見守る中央には、二つの色の存在がいた。

 鮮血を想わせる赤と、夜に溶け込むような黒。

 二色の邂逅時に交わされた言葉は、挑発であった。

 黒のジャケットを脱いでワイシャツ姿になった鋭利は、怒髪天を突く勢いの『No・1』にこう話しかけた。

「オマエって、ほんっとっーに、ヒーロー失格だよなー?」

「「…………!」」

 囲んでいた〈主人公〉たちが身を硬くする。ヒーローへの挑発に病的なほど敏感なのがそこに立っている『レッドフェザー』であったからだ。そして鋭利はそれを承知で、この言葉をわざと選択した。

「……どういう、ことだ?」

 声に怒りを滲ませながらも、しかしまだ堪えているレッドに鋭利は言う。

「だってそうだろ? 銀架の『万能録』に拘るってことは、自分たちだけじゃ何も出来ないって認めたようなもんだろ? 誰の唆されたのか知らないけどな」

「……あの方が授けてくれた策と新たな力に、間違いはない」

「不憫なバカだなー。オマエは『あの方』に利用されてるだけだぜ? ますますピエロだな。もしくは幼児か人形か。オマエの意志はどこにあるんだ?」

「……何を言っているか分からないな。土御門様が俺を利用している、だと?」

「オマエは相変わらずバカだなー」

「事実を言ったところでそう変わらん。俺はバカだ。だからどうした」

 こいつの言う「分からない」は本当に理解出来ていないという意味だ。難解な会話は長続きしない。そう考えると、よくこの一直線バカを説得出来たものだ。

 土御門。外の武器商人の組織にそんな名があった。鋭利も武器の製造と販売を嗜んでいるので、流通先の一つとしてその名は覚えていた。

 だが、今はそんなことは肝心ではない。挑発を続ける。

「自分でも気付いてるんじゃないのか? 今、自分がしているのは正義じゃなくて、反逆だってことに。秩序を守る側からそれを破壊する、悪党側に回っていることに」

「……ふん、それがどうした。俺はこの街の現状、そして鬼形児の宿命を変えなければならない。そのためなら、悪党にだってなってやる」

「『親』を裏切ってでも、な?」

「……貴様っ!」

 レッドの声に焦りが生まれる。そんな様子に観衆の心に戸惑いが生じる。

「ビビんなビビんな。ここでバラそうなんてしないさ。オレが言いたいのそんなことじゃなくて。オマエ、最後くらいヒーローの誇りとやらを見せてくれよ」

「……誇りだと? 貴様の頼みを聞かなきゃならない義務が俺にあるのか?」

 強気に出るのは、動揺からだろうか。

「おーおー。義務とはまたインテリぶったこと言いやがって。みーんなの笑顔のために『何にも考えずに動く』のが、ヒーローだろ?」

「俺たちを、愚弄するのか……!」

「まさか。ただオマエらに、も少し、正々堂々して欲しいだーけっ」

 レッドは戦闘スタイルだけでなく、思考や行動も常に短気である。

 そろそろ堪忍袋の尾が断絶するだろうと、雰囲気で感じ取った鋭利は――伊達に長いこと曲者揃いの〈主人公〉を率いていたわけではない――心を呼んだかのようなタイミングで最上の爆弾を投げ付けた。

「タイマンしようぜ、戦利。正々堂々と一対一でな」

 銀架が慌てて、バッとこっちの顔を仰ぎ見た。

「……鋭利さん、まさか……!」

 レッドは腕を組み、瞬きをする。

「俺は初めからそのつもりだ。その程度のことがヒーローらしいと言うのか?」

「いんや違うさ。オレがしたいのは『タイマン』。つまり決闘だ。喧嘩に何も必要ねーが、決闘にはお互い大事なもんを掛けなきゃだよなぁ?」

 レッドは少し考える素振りをして見せて、

「貴様が負けたら『シルバーレイ』を引き渡し、俺が負けたら諦めろ、ということか」 

「そーそー。まさか、断るなんて言わないよな? オマエは『最強』なんだから」

 プライドの高いレッドがこの挑戦を断れるわけがないと知っておいて、発破を掛ける。仲間の面前でしたことも功を奏し、レッドは舌打ち混じりに頷く。

「……初代『No・1』だからって調子に乗るなよ、『ブラックソード』。パワーアップした俺の力は貴様を遥かに上回っている。一対一で負けるはずがない」

 自分らのトップが漏らした『ブラックソード』という名に、一部のヒーローたちがどよめく。鋭利が〈主人公〉に属していたのは五年も前のことなので年数の若いヒーローたちは知るよしも無いが、古参のヒーローにとっては忘れられぬ名前だろう。

 何せ、殉職や敗北、引退ではなく、唯一裏切りによってその座を空け渡した『No・1』だからだ。〈主人公〉最大の禁句であると同時に、逃亡する最後の時まで無敗の将だったと未だに最強と名高い『No・1』である。

「……やはり、生きていたのか」

「……あれが、『ブラックソード』」

「……どうして今さら、我らの前に」

「……レッドは勝てるのか、あの稀代の戦士に」

 ボソボソと声が重なる。ヒーローらが向けていた敵意に、恐怖や憧憬といった別の感情が混じり出す。戦意を解く〈主人公〉も現れ始めた。やがてそれらは全体に伝播し、混乱に発展する。最早規律の取れた〈主人公〉はどこにも残っていない。

「そうか! 鋭利さんの言っていた時間稼ぎとはこのこと!」

「ま、数分くらいしか稼げないけどね。ちょっち後ろに下がってな銀架。アイツの暴風に巻き込まれるよ」

 言って、道路の壁を造った白いヒーローを示し、背中を押す。

「銀架をよろしくな、『ホワイトソイル』」

「……現在敵対中ですから、先輩と言えどもその命令は聞けません。守るのはこの娘の価値が高いと認められるから当然です。最上に堅固な守りをお見せします」

 銀架は一歩下がると、心配そうにこっちを見上げてきた。

「鋭利さん……、本当に、本当に大丈夫なんですか?」

「ふふ、もし危なくなったら、そん時は横槍でも飛ばして助けてくれよ?」

 と言ってしゃがみ、曲げた義足の膝から出した短槍を手渡す。

 銀架は槍の柄をギュッと握りしめ、決意を固めた眼で静かに引き下がった。

 道路が盛り上がり、突き破って土壁が現れて、銀架と白いヒーローを囲んだ。

 しっかりと防壁が固まったのを見てから、鋭利は正面を向いた。

「頼り甲斐があるね、良い後輩。お待ちどうさま。何か、言い残すことある?」

「どこまでも舐め切ったことを……! このまま奪っても良いのだぞ!」

「まーたぽくないこと言っちゃって。アイツ、無駄に義理高いから無理だと思うぜ。トップなのに部下の性格も知らないのか?」

「黙れ! 貴様は、貴様だけはここで倒してやる……!」

「あははは、オマエはいつまで経ってもガキのままだなー。叱り付けてやるぅ」

「だああぁぁまあぁれええええええええええええええええええ!」

 レッドが目の前から消えた。


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