超獣吐説
どこかで爆発の音がつんざめく。
「あれが花火だったら平和なんだけどな。まあ、お祭り騒ぎには変わらないか」
それを遠いものに思いながら、サジは死体のように重い虚呂を背負い直した。
子供の体躯で成人男性を持つのはいささか無理があったかもしれない、と気付いたのは運悪く遭遇した〈主人公〉とバトルした時だった。何とか蹴散らせたのだが、その際の激しく揺れる背の中で虚呂の身体をあちこちに当てて、傷を付けてしまった。
倉庫での戦闘は、ちっとも役に立たなかったサジを置いて、あっさりと終わった。
虚呂は自分の造った異界から一人で戻ってくるなり、声を掛けるこっちを認識しないで気絶してしまった。そして彼はまた地面と接吻するはめに。
一応体温はあるので死んだわけではないようだ。推測するに能力疲れだろう。あの慎重な虚呂が疲弊するまで使い続けるとは、彼も興奮していたのかもしれない。
「そうだよね。ボクも自力で目覚めたから分かるけど、第三段階ってやっぱ舞い上がっちゃうよね。だからこそ危ないんだけど」
首を回して、相変わらずの喧騒を保ってる街を見渡す。
〈廃都〉には大勢の住人が生活の場を据えている。鬼形児はそのほんの一部だけで多くは人間だ。何かの理由があってこの街に逃げてきた者ばかりだが、何も持たず何も知らなかった鬼形児にとってみれば、頼りになる同居人だった。
戦争が始まれば、その同居人の多くは街を去るだろう。この街はまた空虚になる。
〈主人公〉が作りたいのは、そんな寂しい光景なのだろうか。
「そんな光景を十年前に作り出したのがボクたちなんだから強くは言えないけどね。でもあの男が我が子同然の『No・1』に裏切られて殺されてちゃ、哀れすぎて憎悪も萎れるよ。まあ、『No・1』君の革命が成功でも失敗にしても、今日で〈主人公〉という組織はお終い。後始末は、やっぱり〈彩〉がやることになるんだろうねぇ。面倒だ面倒だ」
と歌いながら、背中からずり落ちそうになった虚呂を上げ直す。
ま、と呟き、戦場から回収してきたふところの道具の存在を確かめる。
「虚呂君のお陰でみんなの肉を取り戻せっちゃったし。三人も盗まれてたって、元仲間として情けない限りだよ。やれやれ、適当に供養してやんなくちゃね」
力を飛ばす骨の小刀。時を逆行させる腱の杖。狂わせ従わす眼球の筒。
どれも争乱時に活躍した仲間の肉と力だ。人の手に置いておくわけにはいかない。
ふと、思い出すのは十年前の同日。日本に対して戦争を始めた日のことだ。
研究所から逃げ、街に流れ出した鬼形児たちは街に混乱を及ぼした。
だが、それだけだった。
都の人々は異能を持った子供たちに驚愕し、しかし迅速な対応を見せ、鬼形児を保護し出した。その理由は自分らが一番分かっていた。研究所の時と全く同じの好奇を含んだ視線を、街の者全員から向けられれば嫌でも悟れる。
自分たちはどこでだろうと、研究所と同じ扱いをされるだけだ、と。
初めに反旗を翻したのは誰だったか。誰か一人が抵抗し出し、その波は鬼形児全体に広がっていった。一度自由を味わった鬼形児たちは、拘束しようとする人間たちの手を払い除け、この国に向かって宣誓布告を言い渡した。
「それが、十年前の午後九時」
〈七大罪〉の七人が初めて集ったのは、その日の深夜だった。
「ボクたちはそれぞれの強さに惹かれるように集まったんだよね。確認はしたこと無かったけど、するまでもなく判明していた当時最強だった七人の鬼。チーム名は争乱中に人間側が付けた名前だけど、ボクたちは気に入ってそのまま七つの悪魔を七人に当て嵌めていったなあ。っで、ボクが『傲慢』で、彼女は『淫欲』」
そして、当初世界各国の誰もが瑣末事にも思わなかった、日本国VSたった数千人の異能児の争乱の戦局は、鬼の方に激しく傾いていった。
「でも途中で気付いた。ボクらは、本当に大罪を持って生まれてきた悪魔なんだって」
七人の悪魔は強すぎた。凶悪過ぎて、兇暴で、狂気の極みに位置していた。
だから誰もが理解の外に置こうとする。見て見ぬ振りを繰り返す。
人間にとって、恐怖と破滅の象徴でしかない、《七大罪》。
鬼形児にとって、畏敬と羨望の的でしかない、《七大罪》。
でも、本当の彼らを知っていた者たちにしてみれば、彼らの存在はその名の通り、人と鬼のあらゆる全ての罪を詰め込まれた、七人の子供たち。
ただそれだけの、羽のように軽く、鋼のように重い存在だった。
そして、それだけのモノを造り出した人間は、我が身を滅ぼす結果となった。
風に聞かせるだけの演説が、ぽつりぽつり、と講じられる。
「命知らずの愚か者が、悪夢を再開しようとしている。皆、気付いているだろ? 頑張って生き残ったのに、無慈悲な弱者の選定がもう一度来るよ。戦争が、起ころうとしているんだ。死んでいった彼女らはあの世でこれを見て何を思うのかな……。ボクは見守るつもりだけど、さて、皆はどうする?」
過去の友への問いは透明な空に溶け込んで、どこにも届かず雪のように蒸発する。
遠くから断続的に聞こえる破壊音。悲鳴。爆発。叫び。再び破壊音。
耳うるさいBGMにサジは顔を歪めることなく、むしろ懐かしそうに薄く微笑する。
一人の元魔王は、一人の勝者を背負い、戦場を離れていく。
その足は急ぐわけでもなく、しかし引き返すことは絶対に有り得なく、〈廃都〉と鬼形児の行く末を後継の者たちに託し、彼女は舞台を下りていく。




