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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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第一章 材料運搬③


 俺はよく思うのだ。女性は素晴らしいと。

 男にとって女性は敬わなければいけない対象であり、どんな女性であっても男に尽くされる権利がある。つまり俺は、女性を守るために生きているというわけだ。

 そんな女性のか弱い悲鳴が聞こえたのがさっき。まだ無事であることを祈る。

 (あがた)雲水(うみ)は車椅子を急がせる。

 瓦礫が多く転がっているここは、浅部第三十二地区の駅ビル前。十年前までは都市の入り口として栄えていただろうが、今や活気の欠片もない。タイルやアスファルトが所々がめくれており、車輪がそれを踏む度に撥ねる。

 普通ならば、車椅子がこんな荒れている地面を走ることはおろか、動かすことさえ不可能だろう。だがその車椅子は軽々と快調に走っている。

 てゆーか飛んでるんだがな、と車椅子の鼎は心地る。

 若い男だ。その若さにそぐわぬ威厳を顔に漂わせ、唇は快活な笑みを形作る。短く刈り上げた金髪を後ろになびかせ、車椅子を悲鳴の元に飛ばす。

 自分は正義漢ではないと自認しているが、フェミニストではある。女性を苦しませることは絶対に許せない。そんな信条を掲げて、産まれてこの方生きてきた。

 太い腕を唸らせ、車輪を回す。回した分速度は上がる。

 そして、ヒロニズムが好きだ。女性のピンチに必ず現れ、助け出す。そんなロマン溢れる英雄(ヒーロー)に。実際これまで何人もの女性を助けてきたし、彼女たちと深い仲になることもあった。そしてまた一層英雄が好きになる。

 今日もまた助ける。そこに女性がいる限り。止めるのは誰にだって不可能だ。

 細い路地の抜けた先に、大通りが見える。叫び声はそこからだ。

 この辺にいるということは外、日本から来たのか。

 放置状態といえども、日本とは陸続き。来ようとすれば三時間で来れる距離だ。家出少女や好奇心旺盛な若者が入ってきても、何ら不思議ではない。

 そういう浅慮な若者らに待ち受けているのは、無慈悲な死だ。〈廃都〉の暴力は外の人間に対しても平等に降り注ぐ。ここに外の常識が入り込む隙間はない。

 道を抜け、車椅子を右に向ける。と、鼎は急に止まった。

 原因は道を塞ぐように横たわる、一つのコンクリート群。

 巨大なコンクリートの正体は倒壊したビルだ。石の表面が十年の風雨によって風化し、溶解している。向こうに行くのなら迂回するしかない。

 もう一度空に響く、女性の声。近い、この瓦礫の向こうから聞こえる。

「……燃えるじゃねぇか」

 鼎は車椅子の上で微かに笑みを浮かべると、車輪から手を離し、前に伸ばした。十本の指を大きく開き、視界のコンクリートの山を掴むように。

 お、と掛け声。鼎の指から金色の糸のようなものが放たれ、空中で拡散する。

 おらっ、と続けて小さく叫ぶ。すると、廃墟の山に変化が起きた。

 まず鳴ったのは、石の落下音。それが次第に大きくなり、外目にも変化が生まれる。

 揺れだ。瓦礫の山がうねり、小刻みに震えているのだ。振動は同時に崩壊の旋律を生む。まるで地震が局地的に起きたかのように、瓦礫の山だけが激しく揺れて、

「…………ふん!」

 重力から切り離される。

 道の真ん中に一つの大重量が浮く。それは周囲に内側に吹き込む風を生じさせる。めり付いていた道路が無理やり剥がされ、土着部分が露出し、砂が風に攫われる。

「………ッ! ………ぅおおおッ………ぅラァァァッ!」

 浮き上がった残骸の群れは二十メートルの上空で止まり、空飛ぶ城となる。鼎はそれを見上げ満足そうに肯く。

 障害物は宙を浮き、もはや道を、彼を阻む物はない。悲鳴の元凶だろう集団が空の巨城を見上げて絶句していた。まだ、こちらの存在には気づいていない。

「あーら、よっと」

 車椅子を、山と同じように自分の能力で浮かべ、集団のよく見える位置まで飛ぶ。

 間抜け面を晒している集団は二種類に分けられた。薄汚い、手と手に凶器を持った街の住人たちと、何とも人畜無害そうな顔の、恐らく外の者たち。

 来訪者たちは武器を持っていない代わりに、変わった機械を持っていた。この街では見かけたことの無いものだ。後で機械いじりが得意な仲間に聞いておこう。

 しかし、自分にとって重要なのはむさ苦しい男共ではない。見れば、女性は一人だけだった。住人サイドに捕まって気絶していた。

 おのれ、と胸中で炎が渦巻く。他に女性がいないなら手加減することはない。持ち上げた瓦礫の城を投げ付けてもいいのだが、それでは女性を巻き込む恐れがある。

 総重量八万トン以上ある塊をゆっくりと地面に下ろしていくと、向こうもこちらに気付いたようで、無数の視線が向けられる。さあお仕置きの時間だ、と拳を鳴らし、目の前の不埒者共に意識を集中。能力の糸を出そうと力を込める。

 頭に血が昇り過ぎていた。だから直前まで気付けなかった。その攻撃に。

「……………っ!?」

 そこに、異能が、無慈悲な攻撃が降ってきた。

 岩の杭。巨大な雹弾。風の刃。無数の火炎。

 殺意の意を持って放たれた攻撃は、驟雨のように真っ直ぐと二つの集団を襲う。抵抗の術を持たない人々に襲いかかり、切り刻み、貫き、燃やしていく。

 そんな中、鼎は周囲の瓦礫で壁を作り、攻撃を防いでいく。

 一つの氷塊が倒れている女性に迫るのが見えた。急ぎ近くにあった比較的傷の少ない死体に糸を送り、救い出させる。そのまま車椅子と青年を操って、

「………!」

逃亡。攻撃が飛んできたのと逆方向に、走り出す。

 なぜだ、と問いが浮かぶ。この団体が襲われる理由が見つからない。

 逃げながら鼎は攻撃を仕掛けてきた敵に、視線を巡らす。

 人影が見えた。遠い電柱の上に異能の数と同じ、四つ。格好はみなヒーロー。

主人公(しゅじんこう)〉だ。

 目に入れただけでも腸が煮えくり返る。英雄を汚す、殺戮者共への怒りが起こる。

しかし、今は守るべき女性がいる。無茶は出来ない。

 逃走は嫌いだ。でも女性の為ならば悪くない、としておこう。

 仕返しなどいつでも出来る、と逸る心に言い聞かせて。


 目一杯に飛ばしていると、やっとのことで人通りの多い場所に出た。

 浅部第二十七地区の商店街。火事跡を残すビルが幾つもあることから、通称「ススケ通り」。外からの燃料や食料品等、多くの生活必需品が買える便利なところだ。

 まだ朝七時と早い時間帯だが、すでに人は多い。いつだって何処にだって危険が潜んでいるのなら、早朝であろうが営業時間だ。

 ススケ通りの隅にあるラーメン屋跡に入り、鼎はほっと一息つく。

ゴミや鳥の糞をどかして女性を床に置く。彼女に外傷は無い。良かった。

 次はこいつか、と操っている青年の遺体に金色の糸を這わせ、容態を見る。人の身体は意識があると糸を進入させにくい。今は死んでいるので意識のへったくりも無いのだが。青年の死体は失血が多いのと、少しの汗の臭いがした。

 七月という蒸し暑い季節柄、死体はすぐにでも腐り始めてしまう。鼎は金の糸を大量に生み出し、青年に向かわせた。さあ、治療を開始するとしよう。

 死体が相手では治療師(ヒーラー)も匙を投げるだろうが、自分ならば死後十五分以内なら甦らせることができる。それがするはずの生命活動を代行してやれば良いのだから。走ってる間にも脳には血が送るようにしていた。それを全身に施せばいいのだ。

 金色の糸が風呂敷のように青年の身体を包み込み、内側に侵入していく。これからするのは彼の細胞一つ一つに糸を落として操る、ミクロレベルの操作だ。

 腹部に刺さっていた岩の破片を抜き取り、傷口周辺の肉を操って傷を塞ぎ、切れていた太い血管や神経を繋ぎ合わせる。心臓を押し動かし、血液を循環させる。

全身の器官に働きかけ、まだこの身体は生きていると錯覚させる。

最低限の神経に糸を這わせれば、救命措置は終了する。

 肉体に欠損が少なく、生命活動に必要な器官がほとんど無事ならば、四肢の一部が消し飛び、致死量の血液が失われていようが、悪腫瘍が全身に転移していようが、ナノ単位で物体を操れる能力の自分はその命を救うことができる。

 だが欠点もある。隙だらけなのだ。倒壊したビルを持ち上げた際に使用した糸の数は一万本程度。対して、人を治療する時に要する糸の数、百万本。  

 彼の〈金糸(きんし)〉全て。全神経を注いで救命に当たる。

 この時の自分は完全なる無防備状態。五感は消え失せ、精神は摩耗する。

 三分ほど無言が続き、やっと集中治療から意識を戻す。痛みによるショック死だったので、複雑な作業もそれほど要らず、あと三時間この状態を保てば息を吹き返すだろう。山場は越えた。その後は仲間の治療師にでも任せるとしよう。

 大きく息を吸う。呼吸さえ忘れていた鼎は脱力し、車椅子にもたれ掛かる。

 ここに気になる物が入っていたな、と青年のウェストポーチに一本の糸を飛ばし、それを、紙束を取る。何かの書類がダブルクリップで留めてある。

「……『新日TV局再起十周年記念特別企画書』?」

 中身をパラパラ流し読めば、テレビの企画書だということが分かった。

 つまり、あの集団は十年前の争乱の舞台であった〈廃都〉に、撮影に来ていたのだ。あの様子だと護衛も無しに。対策も無しに。覚悟も無しに。

 思わず顔を覆う。何て、愚かな。ここをレジャーランドとでも勘違いしたのか。

 ヒーローが狙っていたのは撮影器具だったのだ。外と〈廃都〉とのバランスが崩れることを恐れた〈金虎〉に指示されて、殲滅に来たのだろう。残念ながら死んだ彼らに同情の余地は無い。せめて生き残ったこの二人だけでも無事日本に帰してやりたい。

 ピクピクと女性の瞼が動く。目覚める前兆だ。

 未だ起きぬ青年に糸を張り巡らしていく。見知らぬ男にエスコートされるより、彼の方が彼女も安心するだろう。他人はさっさとは退散するに限る。

 青年の身体に歩かせるに十分な糸を宿し、鼎は自分の腕で車椅子を回して、ラーメン屋跡を後にする。朝っぱらから筋肉も能力も使い過ぎたので少し横になって休みたい。取りあえず、知人が経営する近くの宿泊所(ホテル)を目指すとしよう。

 と、服の中からコール音。このメロディはチームの誰かからだ。面倒だな。

「はいはいこちら絶賛お疲れ中てめぇらのボスだぜってなわけで切るぞ、……は? ビルを隠す? 後は頼んだって、どういうことだコラ。もっと詳しく、……〈主人公〉にバレたぁ? ちょ、おい鋭利てめっ、待てっ、……おいおい、切りやがったよ」

 液晶画面を見つめる。何だっていうんだ。訳が分からないことの連続だ。

 いや、思考を切り替えよう。じっとしていても始まらないのだから。今はとにかく、あの二人を見守ることだ。治療をしながらでは流石に〈金糸〉も回せない。

 すっぱり決めると、鼎は車椅子の機動を再開する。この後、何が起きようとも対処するために、今は精神と肉体を休めようと。

 (あがた)雲水(うみ)。別称『金』。〈金族〉のボスであり、どんな物でも操る糸の異能『傀儡糸(パペット・ネット)』を持つ鬼形児にして、最強のフェミニスト。

 彼はゆっくりと〈廃都〉を滑っていく。車椅子という分かりやすいハンデを抱えながら、何の苦労もどんなの障害も感じさせず、壊れた街を慌てることも無く、

「……これ以上面白ぇことに、なってくれるなよ。マジで」

 ただ、か弱き女性を守るために、行くのだった。


               Fe


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