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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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心金鍛接②


 鋭利は黒い大型二輪・ナナハンに跨って、空を疾走していた。

 改造したモンスターバイクに黒いライダージャケット。鋭利の後ろに座り、その腰に必死に掴まっているのが銀架であり、サイドカーの中で〈金糸〉を使って空中に道を造っているのが鼎だ。ヘルメットは一つしかなかったので、銀架に付けさせている。

〈金糸〉の先端には、魚鱗のような金属片がそれぞれ付いている。一本の糸につき一つの楕円板。それらを重ね、組み合わせて、建物と建物の間に橋を掛けている。

「久々だな、『チップス』を使うのは。〈主人公〉の包囲網は無事抜けれたみたいだな」

「空走れば誰も付いて来れんよなー」

 走行に合わせて建設していく一連の動きはキャタピラに似ている。渡り終わった『チップス』を回収し、前の断崖に新たな橋を構築する。それを無限に繰り返す。

 障害も無く、曲がる必要の無い上空の道を爆走するバイクの上で、銀架は向かい風に煽られながらもそれに負けないよう、悲鳴のような声で訊ねてきた。

「こ、このバイクと、鉄板も! 鋭利さんの、発明なんですか!」

「別に叫ばんでも聞こえるって」

 というか叫ばれる方が逆に聞き取りにくい。耳の奥にキンキン響いてくるし。

 銀架の期待を削ぐようで心苦しいが、バイクはただ少し手を加えただけで、鼎用に造った『チップス』も、何の変哲も無い鋼鉄を切り分けたってだけだ。

 工夫したポイントはデザインぐらいなものだ。悪趣味だと不評だったが。

「で、どうして西に、わざわざ〈主人公〉が集まっている方向に向かってんだ?」

 特に使用者当人に不評だった獣の顎と牙のレリーフの刻まれた『チップス』を振り回しながら鼎は意識を四方八方に向けたまま、不審げに鋭利を見やる。

「んもー、さっき言っただろ? レッドはこの街のどこにいても、一瞬でどこにでも行けるスピードだから、逃げることも隠すことも不可能だし、戦闘型のいないところには置いとけない。よってオレたちと離れるわけにはいかない」

 反面、とつなげ、横の鼎に自嘲の笑みを向ける。

「こちらの狙いであるレッドと人質の小垣君はどこにいるか分からず、また向こうとの戦力差、人数差を考えれば。逃げ回ったり篭城戦とかチンタラやってたら負けは確実。短期決戦が望ましいのさ。ま、向こうもそうだろうが」

「そこまでは聞いたが。けど、だからどうして敵陣ど真ん中を目指して、走ってんだって聞いてんだよ。玉砕覚悟の特攻、ってわけじゃないだろ?」

 特攻の言葉に、くくっ、から始まる笑いで口角を湿らす鋭利。

「そりゃ向こうの得意分野だ。あいつら命知らずだからなー。オレらは、何をしてででも結果的にレッドを倒せればいいのさ。先導者である奴を止めれば、これ以上の悪化は防げる。隠し子の捜索も戦争回避等のあれこれも、その後でゆっくりやればいい。これならそう難しそうじゃないだろ? こちらの戦力は、オレと雲水の二人だけだがな。虚呂がいないのが痛いね、やっぱ」

「私もいますよ!」

 挙手してその存在をアピールする銀架。緊張感は相変わらず微塵も宿していない。

「忘れてるわけじゃないよ。でも狙われている自覚持とうな、少しは」

「悪いが、小垣の居場所が分かったら俺はそっちに行かせてもらうぞ」

「ああ、それは別に構わんよー。でもレッドのことも探してくれよ?」

「それはさっきからしているんだが。見つかりはしてる。あちこちに。移動が速過ぎて捕捉しきれないだけで」

 鼎は虚空を睨みつけ、腕で風を切り、〈廃都〉にばら撒いてある『人形』に指示を与えていく。ここで鋭利たちと会話しながら数千という鉄板を操作し、同時に多方の『人形』への意識を使い分けるという細やかな芸当が出来るのは、〈廃都〉広しども、鼎ぐらいなものだろう。自分の意識を数千にも数万にも分割し、統括する。これはもう、もう一つの異能と呼んでも差し支えないレベルだ。

「ところで雲水ちゃーん、最前線は今どうなってる?」

「ああ、待ってろ。……今んとこ何も起こってないな。自衛隊も大人しいものだ。お互い睨み合いを続けたまま、動こうとしない」

「さて、それがいつまでもってくれるか。さっさと終わらしたいものだね、全部」

「ああ、もっともだ」

 空を突っ切る爆音に電線に停まっていたハトの群れが驚き、デタラメな方向に飛び立つ。こっちに突っ込んできたハトに威嚇射撃するが、ちょっと何匹かに当たってしまったかもしれない。ハトたちには悪いが、バードストライクは勘弁したい。

 片手運転する鋭利の背中に、銀架が更に強めに抱きついてくる。

 使った拳銃をいつもの習慣で口に運ぼうとするが、持ってきたのがこれだけなことを思い出し、名残惜しくホルダーに戻す。そろそろ鉄分が恋しくなってきた。常に何か金属物を口にしていないと落ち着かないタチなのだ。

 後ろから怯えるような声色で、疑問が飛んできた。

 一つ、聞いていいですか、という前置きをしてから、銀の少女は言った。

「どうして鋭利さんは、私なんかの味方を。私を大事にしてくれるのですか?」

 と。


             Fe


 んー? と間延びした阿呆みたいな声がまず返ってきた。

「これまた微妙な質問だなぁ。変にゴチャゴチャとお悩み中か?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

 この胸にあるモヤモヤとした感情、不安、と呼べば良いのか。だが、今のこの状況が不安なのではなく、自分が不安に思っているのは全く別のこと。

 鋭利の心情についてだ。

 自分という厄介者をここまで信頼してくれて、自分の奥に眠っている『万能録』の事実を告げた後もこうやって守ってくれてる。有り難いことだ。

 しかし、だからこそ逆に怖くなったりするのだ。

 自分の何が、この人にそこまでさせるのか。

 もし、自分の中の、鋭利が助けてくれる理由が無くなったら、と。

 自分の正体を暴かれ、過去も含み全てを教えられた直後で心が不安定になっているのかもしれない。恩人である鋭利を疑ってしまうなんて。こんな弱気になるなんて。

 不安というか、何か、確固たるものにすがりたいのだ。

 理由が欲しい。知りたいのだ。自分がこの人を頼ってもいい、と安心したい。

「始めに言っただろ? 銀架が『ビショウジョ』だからだよ」

 朝に会った時、確かにそんなこと言っていた気がする。

「その答えじゃ納得出来ません。それじゃあ、余りにも適当過ぎます」

「んんー? さあねぇ、他にどう言ったら伝わるかなー。惚れたからって言っても間違いじゃ無いだろうしー。面白いってのも理由の一つかな?」

 彼女は銀架と出会った初めの時のように、楽しそうに笑い声を上げた。

「安心しなよ。オレがオマエを裏切るなんてことは絶対無いから」

 その声の響きは力強く、やはり迷いも恐れも感じさせない。

「あなたは、私が怖くないのですか? 〈主人公〉に追われるのが怖くないのですか?」

「おいおーい、オレを見くびるなって。普通に怖いよ。けど怖くない」

『何だか楽しそうだな鋭利。「錫」や「白金」を仲間にした時みてえによ』

 鼎の声は右のサイドカーからではなく、振り切ったまま変化しないスピードメーターから聞こえた。見ると、メーターの前に一枚の『チップス』が引っ付いていた。隅っこから金の糸を生やした金属片は微振動を繰り返し、鼎の声を再現する。

『あの時も似たようなことを言っていたな。「安心しろ。絶対に裏切らないから」と。けどよ、信じられると思うのか? 昨日今日あったばかりの奴が、自分を絶対裏切らないなんて。俺だって聞きてえな? どうしてそこまでその小娘に入れ込めるのか。頼っている奴の心が分かんないのは、それは恐怖だぞ、鋭利』

「…………ふは」

 鋭利は鼎の言には応えず、前方をやはり笑みで眺めている。

「……鋭利、さん?」

「……救いたかったのに、死んでいった少女がいるんだ」

「え?」

 鋭利の深く沈むような声に、思わず虚を突かれる。鋭利が振り返って、そんなこっちの顔を見て笑った。どこか、苦さの混じった意地悪そうな笑みで。

「ただの夢の話だよ。オレがしょっちゅう見る、全く見覚えのない少女が目の前で死んでいく夢。それが妙にリアルでさ。そん中でオレは、守りたいはずのその少女を全く守れないんだ。何度やっても何度やっても、最後はその少女は死んでいってしまう。何度やっても。それが毎回悔しくて悔しくて、起きた直後の気分は大抵最悪。そうそう、今考えればその少女、どこか銀架に似ているかもな」

「………………」

 銀架と鼎が反応に困って言いあぐねていると、彼女は今度は快活に笑って、

「それが今と何の関係があるんかって? 無いよ全然。でもさ、夢の無い話を夢で見てんだからさ、こんな現実くらい、夢見たって良いと思わないか?」

「……それは、どうでしょう」

 カカッ、と鉄の女は笑って、

「そりゃそうだ。なあ、これ終わったら銀架を仲間に加えていいよな、ボス?」

「……勿論だ。うちでコキ使ってやるさ」

 隣から直接聞こえた。二人の会話はそれっきりで終わった。鋭利の趣意を完全に理解した風ではないが、鼎は信じることにしたようだ。仲間を。

 だからでは無いが、銀架も信じ切ることに決めた。

 自分のことはまだ分からないし、信じられないが、鋭利を信じることに躊躇いは無い。彼女の言葉まで疑う気になれない。この人の意志まで疑えはしない。

 この人が言うからにはそうなのだろう、とは随分な妄信だ。だが、信じるという行為には勇気が必要だ。その勇気は今日一日鋭利からたっぷりと教わり、授けられた。この勇気を彼女に使わなければ嘘だろう。 

 こういう結論がポンと出るということは自分もまた、鋭利に惚れているということなのだろう。両想い成立だ。

 だからと言って、何だということもないのだが。


            Fe


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