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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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心金鍛接①


 都会の密林という矛盾しているような風景が猛スピードで走り抜けていく。

『時計屋』の零蒔は、流れていくその景色をぼんやりと眺めていた。

 緑の繁殖が治まってくるのは中層部からだ。一部のチームを除き、深淵部には樹木やツタ等を邪魔と思えるほど文化的なイキモノは少ないので野坊主状態である。

 デコボコに寄ったアスファルトの上を乱暴に走っていくタイヤは、エンジンで動いているのではなく、運転席の輪音の異能で回転している。軽の規格でありながら二〇〇馬力かつ四輪駆動のこの車が走れぬ道は無い、と輪音が自慢してたのを覚えている。

 ガクガクと揺れる落ち着かない座席で、零蒔は別の変なものが出そうになる口を押さえながら、むっつりと黙りこくってる鵺也に問いただした。

「旦那の、さっきのことなんすが。どういう意味ですか?」

 後部席にいる彼の顔はいつも以上に無愛想な渋面。眉間に集まったシワからは、嘆きとか苦しみとか怒りとか、そういう種類の声が聞こえてきそうだ。

「『万能録』の力によって〈七大罪〉が復活するってえのは、分かったんですが。でもそれって困ったことがあるので? 考えて見た限り、何も無いような……」

 むしろ、と零時は続けた。

「むしろ即戦力で、十年前の戦いから考えれば、こっちの勝ちが約束されるようなもんじゃないっすか? 〈主人公〉の手に渡ったらそりゃ面倒なことになるでしょうが、こっち側に直接被害は少ないと思うんすけど」

 鵺也は、零蒔の顔を見つめ、瞬速の溜め息を付いて呆れた目を向ける。

「お前それでも俺の部下か。そんな阿呆とは思わなかったぞ」

「す、少しは隠そうとしましょうぜ。速過ぎて、舌打ちされるより怖いっすよ」

「はーい、あたしもよく分からなーい。分からないままでも良い?」

「お前もか……」

 ふん、と鵺也は一段と不機嫌に鼻を鳴らし、腕を組んで後ろに寄りかかる。

「そもそもの話、あるゆる根源である〈七大罪・セプトハザード〉の話をしよう。まず奴らは、そう呼ばれている通り、七匹の悪魔そのものだ」

 鵺也はシートにもたれたまま、記憶を探るように髪を掻き揚げる。

「至極、簡単な話だ。奴らは強過ぎる。この世界がもたないぐらいな」

「はは、旦那にしちゃあ陳腐なことを言うっすね。強大な力は身を滅ぼすって?」

 こっちの茶化しには反応せず、鵺也はポツリと言葉を放り込む。

「神を、信じるか?」

「「はあ?」」

 急な話の飛躍にすっとんきょうな声を出す零蒔と輪音。一体どうしたのか、と二人して訝しげな眼差しを後ろに向ける。沈んだ眼でこちらを見返してくる鵺也。

「信じられないだろう? 神の存在など。それで良い、それが普通だ。しかし、連中を言い表すにこれより相応しい言葉はない。つまり概念や理論の上にしか有りえなかった、在ってはいけなかった存在。背くことも逃げることもを許されない、概念レベルのモノ。それが〈七大罪〉だ」

「……何とも、おとぎ話みたいになってきたっすね」

「今に始まったことではない。俺たち鬼形児が生まれた時から幻想は始まっている。それでも十年かけて、やっとここまで馴染んできたのだ。だが。悪魔たちが復活すれば全て破壊されてしまうだろう。この街も、人間の世界も」

「何、そんなにヤバイの? あたしらだって、充分化け物の自覚あったのにさぁ」

 輪音の拗ねるような口調に、零蒔は苦笑した。こんな時にも良い意味で我が道を行く輪音に和まされ、鵺也の顔からも若干険が取れる。

「ああ、奴らは化け物だ。もし〈七大罪〉の誰かが一人でも、本気で戦争しようと思ったなら、実行してしまうだろうな。日本を地図上から消すことも、世界を相手に勝利することも。七人が揃えば、人類を滅ぼすことも可能だろう。鬼形児も含めてな」

「じゃあ、疑問なんですが。なぜ、彼らは十年前にそれをしなかったのですか?」

「そうだよねぇー。上手く手加減して世界征服でもやってくれてれば、今の暮らしももっと良いものになってたのに。荒れすぎだって、この街」

 輪音の軽車は道に転がっていた廃車を軽々余裕に轢き飛ばした。その衝撃で走行がふら付く。横揺れが納まり、正常運転に戻ってから零蒔は窓の外を眺める。

 霧が出ていた。ここら辺は発生しやすい地域だと聞いたことがあった。

「奴らが争乱を止めざる得なかった、その要因の一つが『覚醒罪』の死だ」

「ああ、それは聞いたことがあるっす。一週間猛威を振るい続けた〈七大罪〉は『覚醒罪』が死んだ途端、どこかに消えたったって。結局主戦力を失った鬼形児は、負けることになったらしいっすね」

 ああ、と気の抜けた返事をして、鵺也は外の風景を注視する。

 鵺也が見るのは街の荒廃ぶり。無残に荒らされた民家。放置された車、朽ちた人骨。銃痕の無い壁は見当たらない。全て人の争いの跡だ。

 鬼と人のではない。人間と、人間同士の争いの跡だ。

 一体幾人の者がこれに気付いているだろうか。そして何人が真相に辿り着けているだろうか。十年目になっても、真実を知る者は自分も含めて、堅く口を閉ざしたままだ。

「……知らせないままで良いと思っていたが、こうなってはそうは言ってられない、か。いずれにしてもこのままでは十年前に後戻りだ。また、あの暮らしが繰り返される」

 車内に、重苦しい沈黙が降り落ちる。

 争乱の記憶が無い者でも、この十年間の苦しみを知らない者はいない。

 十年前、ここは何も無かった。

 あるとすれば瓦礫と泥と鉄屑とゴミと、腐敗していく肉ども。大量の死体。

 そこから始めるしかなかった。そこから十年間整えていった。そこから、ようやく今のところまで来たのだ。この、日々辛くとも明日の生死を気にしないでいられる生活に。

 鵺也は浅く目を閉じ、前の二人はフロントガラスの向こうをそっと見る。

 誰も何も言わないまま、だけど車は気にも留めず、突き進む。

 不意に、「あっ」「んん?」零蒔と輪音が声を上げ、サイドガラスから上空を覗く。

「どうした。カラスに糞でも落とされたか」

「いや、カラスっていうか。黒かったけど。見えたよね、零蒔にも」

「何か飛んでたっすね、ビルの上をこう、ぴょ―んと? ぶーんと?」

「人が空を飛んでいようと、そう珍しくないだろ」

 まあ、そんなことするのは派手好きの〈主人公〉くらいだ。今頃日本との境界域に集まっているはずのヒーローが、こんな辺鄙な地区にいるとは思えないが。

「違いますよ旦那。だってあれは鳥とか人って言うよりも、」

 言葉を一旦止め、何か良い例が無いかと指を回し、ああ、と手を打つ。

「そうっすね。この前、輪音が見せてくれたバイクって奴によく似てましたぜ」

「あの二輪の乗り物か。それが空を飛んでいただと? 『ジャイロ』、そんな物あるのか?」

「考えるまでもなく、そーんなの無い! って断言出来る。あたしはよく見えなかったから、ホントにバイクの形してたか分かんないや」

「ん~。まあ、一瞬だったから。見間違いだったかもしれないっす」

 言葉と裏腹に不承不承といった声色だったが、本人がそう言うので鵺也は飛んでいたという黒い影のことはそれっきり忘れることにした。

 あっ、とまた驚きが上がる。同時に強い衝撃が走り、車が激しく揺れる。

「今度はどうした。落ちていた電柱でも轢いたか、気を付けろと言っただろ」

「いやー、それがさぁ、お、怒らないでね?」

 罰が悪そうに愛想笑う輪音。しかしスピードは落とされるどころか、上げられる。

「……お前、まさか、人を轢いたんじゃないだろうな! 今すぐ止めろ!」

「だ、旦那よぉ、後ろ、後ろ見てくれ。ただの人なら良かったですぜ。さっき轢き飛ばしたのは、確かに人だけど……、」

 急いで振り向く。すると、追いかけてくる集団があった。皆一様に、顔にあるアイテムを装着している。それと、色が違うだけで同じ造りのコスチューム。

「……〈主人公〉だぜ」

 ヒーロー。顔が隠れていて表情は分からないが、追ってくる声は怒っている。なら、そうに違いないだろう。何発か攻撃が飛んできて、車の横を掠り付ける。

「……っ! 全力をもって逃げろ! 捕まったら終わりだ!」

 地鳴りのような怒号が速度を上げたこちらの車を貫く。車を左右に振って、後ろから放たれる雷撃や野獣の体当たり、果てにはナパーム弾のような球体を必死に避ける。

 車は西への最短ルートを外れ、死ぬ気の最高速度で我武者羅に走り去る。


              Fe

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