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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
32/61

鋼殻剥離③


〈鵺〉のリーダーである鵺也は、その報告に狼狽を隠せなかった。

「っな、に……っ!」

 思わず『時計屋』に詰め寄り、彼に聞き返す。突然の大声には驚かなかった『時計屋』も、胸倉を掴んでくるその剣幕にはたじろいだ。

「本当か、本当にあの娘は、銀髪だったのか? 白ではなく、銀色だった?」

「意図を図りかねますが、眩しいほど見事な銀髪だったっすね。やっぱ捕まえてきた方がよかったっすか?」

「そんな心配はしていない!」

 鵺也は突き放すように手を離す。『時計屋』は乱された胸元を整えて、肩を竦めた。

 ムカつく仕草を無視し、取り直すように頭を振り、声と心を静める。

「とんだ誤算だ。まさか、そういうことになっていたとは。それが奴の狙いか。クソ、もう少し早く分かっていれば見す見す『パノラマ』を送り出さなかった……」

「どうかしたんすか、旦那。標的の娘に、何か問題でも?」

「ああ、大有りだ。奴め、どこでこの事実を知った……!」

 忌々しげに吐いて鵺也は、携帯端末で連絡を入れ始める。

 足の進める方向は西。〈主人公〉の軍団がいるであろう、外との境界域である神奈川に向かってだ。その後ろを『時計屋』が慌てて付いていく。

 何言か交わし、すぐに舌打ちをして通信を切り、また別の相手に掛ける。これを何度も繰り返しながらも、鵺也の歩みは止まらない。ぴったり付き添う『時計屋』は、鵺也の怒鳴るという珍しい行為に目を瞬かせつつ、その内容を嫌でも耳に入れてしまう。

 最後の舌打ちと端末を仕舞うのを待ってから、『時計屋』が隣に追いつく。

「旦那、止めに行くんすか。ん……戦争を」

 濁した部分に「今さら」という言葉が隠れているだろうことは、他人の感情の機微に鈍い鵺也でも容易に想像が付いた。説明を求める感情が混じっていることも。

「それに、伝えていた忠告の意味も気になりますぜ。『出来るだけ遠くに逃げろ』って。急に『No・1』を裏切って戦争止めようとしたり、人を避難させようとしたり。まるで外との戦争より恐ろしいことが、待ち構えているかのような……」

『時計屋』が和ますつもりで言った冗談に、鵺也の渋面が更に濃くなる。

 足取りは速く、しかし顔色は苦々しく。喉から無理やり言葉を搾り出す。

「全くもって、馬鹿げたことだがな……。奴め、十年前の続きをするとは洒落たことを言うと思ったら、まさか本当に続きをやろうとしてたとは……ッ!」

 二人は広い道路に出る。ここも深淵部なので人影は当然のように無い。その代わりに、さっきの内に連絡していたのか、一台の車が停車していた。

 近づくとドアが自動で開いた。乗り込み、運転席の短髪の少女に指示する。『時計屋』が助手席に入ってくるなり、車は急発進した。

「西だ『ジャイロ』。浅部二十八地区から外との境界に向かえ。そこに『パノラマ』と『No・1』がいる」

「りょーかいっと。やっぱ車用意してて正解だったっしょ? 移動手段が足だけなんて、古いよ古い。せめてバイクぐらい使えば?」

『ジャイロ』は軽いノリでそう言うと、運転中にもかかわらず後ろに振り向く。彼女は子猫めいた笑みで鵺也の表情を確認すると、その顔を強張らせた。

「何か、とんでもないことが起きちゃったみたいだね。飛ばそうか?」

「最短ルートは分かっているんだろうな」

「まあまあ任せなよ。〈廃都〉はあたしにとって、どこも庭だよ? 最高速度でふっ飛ばせば、一時間で着けるよ」

 自信満々にまだ十五歳ほどの少女が言うと、アクセルも踏んでいないのにスピードが見る見る上がっていき、代わりに安全という概念がかなぐり捨て去られる。バックミラー越しに見えた『ジャイロ』の口元には凶暴な笑みが浮かんでいた。

 振動に揺らされながら、鵺也が遠慮がちに申告する。

「くれぐれも、人を轢かないように、気を付けろよ。それとだが、あまり、乱暴に走らないでくれ。揺れが強くて、少し気分が、優れなくなっ、てきた……」

「マジ!? えー、乗り物酔いとか酷いタイプだったんだ、鵺兄ぃって」

「輪音・りんねぇー、残念だけど俺っちもだぜ……いざとなったらシート汚しても、文句言わないでくれっすよ……」

「わ、それはやめろ、バカ零蒔・れいじ!」

『ジャイロ』が助手席に掴みかかる。手放されたハンドルが踊り、車が蛇行する。これでもまだ事故らないのは、彼女の優れた運転テクニックゆえか。いや、単にぶつかる相手がいないからだろう。この辺りが閑散としていて本当に良かった。

「とにかく、運転を和らげろ。あっちに着く前に俺たちがダウンしてしまったら、誰が止めるというのだ」

 えーと、とハンドルを両手で掴み直した少女は聞き返してくる。

「止めるって、戦争を? 〈主人公〉を? それとも『No・1』を?」

「それも全部だが、」

 何より、と一拍を置き、言い放つ。

「今もなお存在していた『万能録』による、〈七大罪〉の復活を、だ」


            Fe

 耳から入る『長老』の言葉が、銀架の心に呪文か呪詛のように効果していく。

 彼の説明を聞く度に、銀架の中で無数の錠前が蠢き、その戒めを解放する。

「『万能録』は、その力を欲した鬼たちの襲撃を受けました。圧勝したのか苦戦したのかは定かではありませんが、彼女は勝利しました。しかし、その代償として、半身を永遠に失うこととなった。妹の少女が戦闘に巻き込まれて、重傷を負ってしまったのです」

 カチリ、カチリ、と鳴り響き、自分の心の奥にある扉の鍵が外されていく。

 勘のいい鋭利が話の結末を察して、それを述べた。

「『万能録』は、その時に自分の命を払って、銀架の命を救ったのか。銀光の異能を、妹が一人でも生きていけるようにと、プレゼントして」

 確かにそのストーリーなら一通りの筋が通る。姉さんの死んだ理由。鬼形児への変化。自分が殺したという意味と、胸を焼く罪悪感の理由。

 それなのに、銀架の心はそうではないと発していた。そうではなかったと。

『長老』が無体に、違うのですよ、と鋭利の推測を無しとした。

「そうであったら、まだ良かったかもしれません。姉妹愛の感動的秘話として、長らく語ることも出来たでしょうし、消えていった命にも救いがあったでしょう。

 けれど、彼女がその時取った行動は、もっと鬼の本質に根差したものでした」

「鬼の本質?」

「そのモノの存在意義と言い換えてもいいです。『万能録』の本質とは、保存。あらゆる異能を自分の中に残そうとする本能。失われていく妹を目にした時、彼女はそれを勿体ないと思った。この世から失わせるべきではないと、強い衝動に駆られた。だから、全身と全力をもって妹の少女を残すことを選びました」

「いや、だから、銀架を救ったんだろ? 現に今も生きてるじゃないか」

「残念ながら、いいえ。さて、逆にあなたに問いましょう、鋭利。どんなものでもいい、そこにある存在を自分の中に取り込む方法として、何が最適ですか?」

「……観察ってオチじゃないよな。ならそれは簡単だ」

 銀架にも、その答えが分かるような気がした。

 素っ気なく、当たり前のように鋭利は答える。


「『食べる』、だ」


 まさか、と鼎が青ざめる。『長老』の口にニンマリとシワを刻まれた。

「その通り。彼女は、妹の肉を食べることによって、妹の存在を残そうとしたのです。本来なら異能しか記憶できないところを、一体になることで妹の全てをコピーして。姿、記憶、そして性格。そうでしょう? 銀架ちゃん。いいえ、」

『長老』の抉るような惨たらしい視線が、瞳の奥深くまで食い込む。皆の視線がこちらのきっと真っ白になっている顔に吸い寄せられる。


「『万能録』さん」


「…………。……わた、しは、」

 無理やり声を発した喉は、カラカラに乾いていた。

「これが結末です。こうして今の『銀架ちゃん』が生まれた。『万能録』であり、姉であり、人にしてもらった彼女が、自分を捨てて、妹の少女自体になることで」

 最後の鍵が音を立てて崩れ落ちた。隠れていた扉が一気に抉じ開けられる。

 その中から無数の、無限にも近い記憶が吐き出されていく。

 それは、頭が覚えていることを放棄した、肉体の記録。

 意識が遠のいていき、五感が薄れていく。物が倒れる音と騒ぐ声が遠くから聞こえ、だがそれも次第に小さくなる。一度ブラックアウトし、過去の情景が広がり始める。


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