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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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第一章 材料運搬②

 

 いつも覚醒した直後は悪夢の感覚が残っていて最悪な気分になるのだが、他の欲に突き動かされて起きたのなら、そうはならない。

 眠っている鋭利を起こしたのは、空腹を誘う香ばしい肉の香りだった。

 むく、と体を起こし、壁の時計を見れば七時半。一時間近く眠っていたことになる。腹は空腹を訴え続ける。奴を刺激したのは部屋に充満している焼き肉の匂い。

 ソファ横のテーブルの上には肉の積まれた大皿が並べられていた。向かいのソファに少女が座り、肉の山にかぶり付いていた。まさに獣のごとく。

「ようやく起きたか。よっぽど疲れが溜まってたんだな」

 台所の方から『蒼鉛』が丼を持って出てきた。それを鋭利の前に置くと、彼も左のスペースに座り、懐から煙草の箱を出した。一本出して火を点ける。

「ちょろーっと、難敵とやり合っててね。こいつ、ずっとこんな感じ?」

 指差した先にいる少女は焼き肉を口一杯に含んで、喉を通過させている。あれは噛んでいない。飲み干している。

「ああ、食べ始めてからずっとこれ。邪魔しようとすると噛み付かれるぜ」

 煙草を挟んだ彼の手には噛み跡が付いていた。すでに実証済みってわけだ。

 どんだけ食に一生懸命なのか。時々喉を詰まらせてコップを慌てて傾けてる。だが、その時だって肉から目を離そうとしない。箸を手放そうとしない。

「いただきます」

 いつまで見ていても仕方がない。合掌して、鋼鉄の指で横の煙草を揉み消す。食事中の喫煙は遠慮して欲しい。飯が不味くなる。

 相手の不満げな顔を封殺するように、吸うならあっち行けのサイン。

 鋭利は手元を見る。鉄の箸とアルミ製の丼。中身は煮た鶏を卵で閉じた、親子丼。

 だがコイツもよく分かっている、とアルミの器を持ち上げて感心。この組み合わせのチョイスは良い。非常に食指が動かされる。涎が湧くのが止められない。

 大きく口を開けて親子丼の縁に口を当て、音を立てて食べ始める。


 メリバギメギボグギイギリ、と。


 止まらなかった少女の箸が止まり、あんぐり開いた口から肉の欠片が落ちた。

 彼女の眼は驚愕に象られこっちの口元、金属が派手にひしゃげつつ、異音を奏でている口内に向けられる。それこそ、食い入るように。

「ん? 食べふ?」

「い、いりませんっ!」

 否定の首振りは残像が見えるくらい高速。本気で嫌なのだろう。

 納得。少女は肉しか食べたくないようだ。野菜とか米とかステンレス鋼とかアルミニウム軽合金は食べたくないんだろうな。好き嫌いの多い奴だ、まったく。

「驚いたろ。こいつ金属を食べるんだよ。それも美味そうにな」

 煙草を仕舞った『蒼鉛』が、どこか楽しそうに少女に説明してやる。

 鋭利が持つ特性の一つに、『金属の摂取』というものがある。あらゆる金属を歯で噛み千切り、舌で味わい、胃で溶かし、吸収するのだ。通常の食物のようには排出されず、体内に蓄積されていく。味は調味料のように千差万別だが、鉄の味が一番しっくりくる。食べ合わせもあるのだよ?

 鋭利は三分の一を食べた辺りで一度箸を置き、喉を唸らせシェフを激励した。

「うむ、今日も最高の味だ。シェフを呼びたまえ。この喜びを分かち合おう!」

「一生、分かち合えねぇよ」

 ごもっとも。

 残りを掻き込みながら視線を目の前の少女に戻す。まだ金属食いのショックから抜け出せてないようだが、聞きたいこと、聞いて置かねばならないことがあるのだ。

 底面だけになった丼を置き、箸を齧りながら座を整える。

 刺客の可能性はある。だがそんなことよりも、常時発動されている『蒼鉛』の〈迷霧〉をどう無効化して、ここまで侵入してきたかが気になる。異能だったら問題はない。その鬼形児を見張ってれば良いのだから。だが、それがテクニックだったなら話は違う。それを駆使されて《金族》が攻め入られることがあるかもしれない。

 それと個人的に、自分があんなに苦しまされた霧をどうやって無効化したのか知りたいのもある。是非次からの参考にしたい。

「ともかく、だ。いくつか質問させてもらうよ。小さな子猫ちゃんや?」

「ちっちゃくねぇ――!」

 机に置いてあった図鑑の背でぶっ叩かれた。痛い。

 お人形さんみたいな少女は怒っていてもプリチーだ。頬が少し赤らんでるのも良いね。のん気に眺めたくなってしまうほど。話をする時は相手の目を見なくてはね。

「何見てんじゃぁー!」

 照れ隠しに図鑑を投げ付けられた。酷い。

「ムシャ、あなたの顔どこか見覚えが……。それで、何ですか質問って、パク」

 誰にも渡さんという風で肉を頬張る少女。会話中なのに食事を止めないとは、この娘いい根性している。将来はさぞ大物に成長することだろう。いや知らん。

 吐息し、鋭利はソファに深く座る。と、尻の下に異物を感じた。探ると、何と自分の刀がクッションの奥に埋まってた。寝ぼけて突っ込んだんだろう。

それを引っ張り出し、指先で遊んで回し、

「オレは君なんか知らんがね。じゃ、名前でも聞こうかな。オレは鋭利。君は?」

「嫌です。答えたくありません」

 ほほう回答拒否と来たか。こいつは手強い。鋭利は頬杖ついて、解決策を求めるように視線を横に飛ばす。左手の窓から向かいの廃墟が見えた。今、鋭利の隣で少女を眺めて和んでいるド阿呆が突き落とされた、あのビルだ。

 義眼がフォーカスを絞り、ピントを合わせる。それが見せてくれたのは穴。少女が暴れた結果なのか、壁面に大きな穴が開いた箇所があって、中が丸見え状態だ。

「嫌なら仕方ないねー。じゃ、君がどうやってここに――」

 だが、その問いは中断されることになる。他でもない、己の視界に。


            Fe


 鋭利の視界が捉えたのは一つの人影。青色の衣装。同色の異質な仮面。

 ヒーロー。それが左眼に映ったモノ。

〈廃都〉の流通システムを逸早く整え、今でも三分の一ほどの市場を取り仕切っている《金虎グループ》という大企業に飼われる戦闘チームであり、自分らが悪と認識した組織は一人残らず抹殺するという狂った殺戮集団。〈廃都〉に星の数存在するチームの中でも特に逸脱した、歪んだ『正義の味方』。

 それが《主人公》だ。

 外敵を惑わせる〈迷霧〉は消えていない。青いヒーローの様子を見るに、無効化されているわけではないようだ。偶然入り込んでしまったのだろうか。

 勿論、そんな間抜けを期待できる相手ではない。標的がなければ彼らは現れないのだから。目的は今更考える必要はない。心当たりは自慢ではないが山ほどある。

 ………今朝の戦いから付けられていたのか?

 尾行がばれないように距離を空けていたならば、〈迷霧〉でこちらを見失ったのも頷ける。しかし、鋭利はほんの偶然で帰ってこれたが、あのヒーローまでもがここまで辿り着けたのは不運としか言いようがない。

 青いマスクは廃ビル内で何かを探しているようだ。首を巡らせ、巨大な穴の外、こっちのビルに目を移し、このフロアで止まる。

 窓越しに目が合った。

 マスクの口元が、歪む。醜く笑みを浮かべる。獲物を見つけた狂犬の如く。

 ヒーローは迷いもなく穴の縁に足を掛け、膝を溜め、空中に跳び出した。

「…………!」

 同時に鋭利も跳んだ。座った状態から左斜めに跳躍し、宙で身体を捻る。

 体軸を九十度回し、横向きの体勢からうつ伏せに。人造の瞳に映る敵影を逃さぬよう、左眼のモードを変換。日常用の『黒眼』から高速時用の『灰眼』へ。

 義眼と脳が直結。脳を掻き毟る痛みは、〇・〇〇〇〇七秒我慢すると遠のく。

 藍色の敵が両足の裏に閃光を生み、速度を上げた。爆音が響く。

 体内にエネルギーを溜め、爆発を生む能力、と『灰眼』に直結された脳は冷静に分析。ブーストだけなら相手取るのは容易いが、《主人公》がそれだけであるはずが無い。恐らく両腕にも熱を溜め、爆弾にしている。激突と共に解き放つつもりだろう。

 青の人影がまた空気を震わし、加速。まだ視認出来る速度。ならば問題ない。

 それなら空中の内に迎撃しよう、と決断。やることが決まれば後は動くのみ。

 両腕を左腰に溜めるように回す。両袖がはだけ、肌が顕わになった。陶器のような贅肉のない右腕と、黒く滲んで光る鋼鉄の左腕。

 鋭利の戦闘準備は〇・五秒で行われた。まだ敵は届かない。絶好のタイミングで仕掛けた敵のイニシアチブを、鋭利の瞬発的な動作は帳消しにし、嘲笑う。

 たかが速い程度では、『鉄処女』は貫けない、と。

 機械の左手で直刀の鞘を押さえる。柄に右手を当てる。

 窓近くに置かれたデスクの上に右足を着き、機械仕掛けの左足をその後ろに着き、

 強く、固く、踏み締める!

 天板に大きな亀裂が入り、割れるが気にせず、右足を基点に回転する。

 膝を固めて、腰を回し、胸を張って、肩を引き、右腕を前に伸ばす。

 全身を連動させ、全ての回転の力を直刀の切っ先に。刀は最高速度へ。戦いの中でこそ『鉄処女』の本領は発揮される。思考は鋭敏に、ただ破壊せよ、と。

 鋼の眼光は敵を逃がさない。敵の軌道を予測、抜刀角度微調整。

 まず抜刀線上の窓ガラスが吹き飛ぶ。舞い散るガラス片の向こうで、青いヒーローの表情が恐怖に青くなる。腕を前に向け、急制動を掛けようとする。だがもう遅い。

 鉄の刃が肉に食らい付、

「…………ッ!?」

 背後から落ちる光の瀑布。それを察知した時には、光は敵を飲み込んでいた。

 鋭利の後方から降ってきた圧倒的な光圧は、鬼形児の肉体を燃やし切る。

 巻き込まれた刀は折れ、窓枠は消え去り、敵は今、爆発して散った。

 銀色に輝く一筋の燐光が空に残留する。

 鋭利が銀の一線に沿って振り返れば、旋風に巻かれる紙やペン、クッションの羽毛などの奥に、片手を突き出した小柄な少女がいる。

 その眼光は何も返さず、逆巻いた灰髪が銀色に光る。

「………………」

 少女の顔には、一枚の仮面が掛かっていた。

 白い、光の加減によっては銀色に見えるヒーローのマスクが。

「………ったく、オレって奴はぁー」

 余った鍔を齧りながら、胸を過ぎる切なさに鋭利は曇り空を仰ぐのだった。


          Fe


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