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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
29/61

鉄鋼鍛金③

「ごちそうさまでした」

 食事を終えた鋭利は、まず銀架の腕を掴んだ。逃がさぬためである。

 銀架の活躍で何とか泣き止んでくれた椰子原の腹が鳴り、連鎖して鋭利たちの腹も鳴ったので、腹ごしらえをしていたのだ。『蒼鉛』と手伝いに加わった鼎が手早に作ってくれたのは大量の塩おむすびだった。米が大量に余っていて、おかずになるものが少なかったから、と『蒼鉛』は説明した。

 おにぎりにパクつく中、鋭利は銀架の格好を見て、汚れたから風呂に入ろうと提案したのだが、銀架はなぜか猛烈に嫌がった。塩むすびをそれぞれ頬張りながら押し問答を続けても説得はできず、とうとう鋭利は強硬手段に取りかかった。

 まんまと捕まえた銀架が米を飲み込むのを待ってから、風呂まで引きずっていく。

「やめろお! 風呂は嫌いだ!」

「猫かオマエは。ほれ、観念しな」

 掴む箇所を首根っこに変え、ひょいと持ち上げてしまうと、銀の少女は借りてきた猫のように大人しくなった。観念したわけではなく、吊られた襟で首が絞まっているからだ。十秒も経てば生命の危機を感じて、尋常じゃなく暴れることだろう。

 暴れられる前に風呂場に投げ入れて自分も入り、後ろ手に扉を閉める。

「さ、まずはその邪魔っけな服を脱がしちゃうぞぉー。ぐっふっふ」

「手つきがイヤらしい! いやぁー!」

「逃がすと思うてか!」

 手足をめちゃくちゃに動かす銀架を押さえつけ、すっかりボロボロになった(盗んだ)制服を次々に脱がしていく。自ずと息が荒くなっていく。ハアハア。

 あー、性犯罪者ってこんな感じなんだろうなー。

 なんて頭の隅で思いもするが自粛の念は働かない。むしろさらに激しくなったか。自分のことながら不思議なものだ。あー不思議だなー。ハアハア。

 下着姿まで剥いてしまうと銀架も流石に諦めて、最後はヤケになって脱ぎ散らかした。シャワーノズルを持って、温度調整をしつつ、バルブを捻る。

「あ、その機械の腕って濡らして大丈夫なんですか?」

「んーにゃ、ちっとも大丈夫じゃない。まあ、錆びてもまた造り直すだけだし。材料さえ揃ってりゃ三十分で出来るんだぜ?」

「……本当便利ですね、鋭利さんって」

 だろ? と称賛を受け止め、持ってたシャワーノズルを渡してから、銀架の服と自分の脱いだ服を外の全自動洗濯機に入れ、スイッチを押した。

「って、あなたいつの間に脱いだんですか!?」

「ふっふーん。早脱ぎは得意でね。シャワー貸してくれ」

 銀架は、えー、と胡乱げ気味に、

「得意のレベルで説明して良いんですかそれ。脱ぐのに全くの躊躇いが無いって、女としてというか人というか、何だか色々問題ですよ」

「ほれ、目つぶれ。頭洗うぞー。昔取った杵柄でさ。生まれた頃から片腕、片足だったから服を着るにも脱ぐにも苦労しててね。そん中で身に付けた特技の一つ。今は一本ずつ増えたから遅くなったくらいだよ、これでも」

「元の速さが気になるところです……!」

 まあまあ、と灰色の髪にシャワーを浴びせる。すると彼女の頭は俯く形になる。そこにシャンプーを掛け、揉みしだき始める。

 手が単純作業を続けると思考が回って、現状の疑問が整頓される。

 いの一番に明かしたい謎は、銀架がレッドに狙われている理由だ。墓場で襲撃された時には全く覚えがないと言い切っていたが、本人さえも知らない理由だってあるだろう。

 銀架にしかない、代替不可なもの。

 単純に考えれば、それは異能力だ。鬼形児は製造前の遺伝子改造の段階で、同じ異能者が生まれないよう調整されている。同じ異能に目覚めそうな鬼形児が生まれた場合は、新生児の段階で処分される。どの異能力も、一個しかないものなのだ。

 銀架の銀光は強力無比な破壊兵器だ。銀架自身の性格も含め、ムラがあるが、うまく戦術に組み込めれば、争乱レベルの戦いでも優位に持っていけるだろう。

 だがそれはレッドや鋭利にも等しく言えることだ。今日当たったヒーローが運よくザコだっただけで、〈主人公〉には一騎当千の鬼形児が山ほどいる。優秀ではあるだろうが、銀架の力だけに固執する理由は見当たらない。

 仕方のないことだが、結局、情報不足という結論に落ちつく。風呂から出たら銀架にもう一度心当たりを尋ねてみよう。やってみるだけで期待はしないが。

 まあいいか、と思索を諦め、鋭利は意識を目の前の髪に戻した。

 銀架の髪は一本一本が細く柔らかい上に、量が多いためよく泡が立つ。鋭利の髪は食べている物が『人』と違うせいか、針金のような黒々とした光沢がある。洗いにくいのだ、これが。比べて銀架のは洗い易い。手入れは大変そうだが、それでも羨ましいものだ。それだけにこのくすんだ灰色が勿体無いと感じてしまう。

 それに、肢体も綺麗なものだ。裸にすると肌の白さが際立つ。肌はきめ細かいし、鬼形児によくあるような肉体の変形も見られない。全体的に発展途上だが。

「……鋭利さん? 何か失礼なこと考えてません?」

「いやいや何もー。なーにも考えていませんヨー」

 むう、と向けてくる疑いの目を笑みではぐらかし、泡を洗い流していく。

 終わったしるしに銀架の頭をポンと叩いてから、鋭利は気付いた。

 どこか、おかしい、と。

 違和感どころじゃない。気付いてしまえばそこから目を離せなくなった。

 鋭利が硬直したことを感じたのか、銀架が疑問の顔を向けてくる。そんな普通の反応さえも、今の鋭利には形容し難い異変に映った。

 身体に何もおかしいところは無かった。今日一日一緒に過ごしたが、性格に少々難があるかもしれない以外は、基本的に素直で良い子だった。会話は成立していた。

 しかし、それはどんなことよりも、おかしいことなのだ。

 目は良かった。耳は敏感だった。匂いにもよく気付く。カンも鋭い。

 病弱ではない。動きに澱みはない。表情も豊かで、よく喋る。

 頭の回転も悪くは無かった。記憶力もちゃんとある。

 そして、身体の欠陥も見られない。

 まさに健常者そのものだ。

 なら、どこに、

「どこに、障害が、あるんだ……?」

 ビクッ、と身じろぎする感触が掌に来る。銀架はこっちを振り向こうとし、直前で動きを止める。そしてから逃避するように顔を正面に戻した。

 逃げたのは、問いからか、こちらの表情からか。

 能力と障害はワンセットだ。片方が強力ならば、もう片方もまた強力なものとなる。その異能の、世界に及ぼす影響が強ければ強いほど、その身に巣食うハンディキャップは比例して大きくなり、生活に、人生に支障を来たすようになる。

 鋭利の左半身。鼎の下半身の麻痺。虚呂の視神経の喪失。

『蒼鉛』や『白金』も外からは分かりにくいが、それなりの障害を持っている。ましてや銀架はかなりの戦闘特化型の鬼形児だ。あれほどの能力ならば、一肢が欠けていても脳や五感に異常があっても、何ら不思議ではない。

 障害だけがある鬼形児もいる。異能を開花できずに、少し不便な身体を抱えて日々を過ごしている。逆に強力な能力を持ち過ぎて、身を滅ぼした鬼形児もいた。

 しかし、能力だけしかない鬼形児などいるはずがない。いて堪るものか。

 目の前に立つ少女が、恐ろしい存在に移り変わったように感じた。

「……オマエの障害は、何なんだ? 銀光を使える代償に、どんな障害が。ちょっと分かりにくいだけで、ちゃんとあるんだろ? 生まれた時からあった、だろ?」

「……………」

 言葉は帰ってこない、雨のような水音だけが絶えず流れていく。

 狭い浴室の中に、これまでにない緊張が漂う。銀架が身体ごと反転させてこちらに向くまで、鋭利は固まったままアクションを起こせなかった。

 銀架は、スッと顔を上げ、目を合わせた。どこか申し訳なさそうな目を。

「――やっぱり、誤魔化せませんね。障害を、持ってないというのは」

「それじゃあ、マジでそうなのか……?」

 障害が、ないというのか。すべての鬼形児が背負ってる十字架を。

 銀架にしか、ではなく、銀架にだけ、ない。

 人工の温水の雨を、凍える滝の激流のように受け止めながら銀架は、

「……うすうす、気付いてはいました。自分がどれだけイレギュラーな存在なのかってことに。孤児院にも〈主人公〉の中にも、私みたいな鬼形児はいなかった。だから、すでに分かってたんです。こんな身体になった原因はきっと、姉さんだろうって」

「……姉さんが、オマエの障害を消したって言うのか?」

 それはそれで驚きの事実であるが、元から無いよりは有り得そうな話だ。

 しかし銀架は、いえ、と否定した。

「ようやく、一つに繋がりました。姉さんが死に際に何を残してくれたのか。私に何をくれたのか。聞いてくれますか鋭利さん、私の懺悔を」

 と口にし、寂しそうに、苦しそうに視線を下ろした。

 鋭利は、銀架が戻ってきたのを感じた。いいや違う。現実の彼女から眼を背けていただけだ。銀架は何もしていない。勝手に恐怖し遠ざけたのは、こっち。

「……よく分からんが、詳しいことは風呂上がり、だな。長くなりそうだし、他の奴らにも聞かせなきゃいけない話だろうし。良いよな? 銀架」

 銀架はコクンと首を動かし、濡れた髪から水を滴らせた。


             Fe


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