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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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第三章 鉄鋼鍛金①

第三章  鉄鋼鍛金―ぶつかりあう鉄塊―



 この街に昼夜の区別などあって無いようなものだが、今の〈廃都〉はそういう意味では珍しく眠っているようだった。静かなのだ。どこも、誰も、が。

 現時刻は十五時三分。日はまだ高く明るいのだが、街は不気味な沈黙と緊張を湛えていた。そしてそれは、霧の中にある《金族》ビルの一室も同様だった。

 部屋には朝と同じ顔ぶれが揃っていた。鋭利と『蒼鉛』屏風、それと片手だけを出した『錫』の稔珠を加えた三人。奥の部屋では他の者が治療を受けている。

 鋭利と鼎とが話したここまでの経緯に、誰もが驚きを隠せなかった。誰もが混雑とした状況に戸惑いながら、これからのことに思索を巡らしている。しかし不安や迷いが拭えず意見は一向に挙がらないまま、重苦しい空気が生産され続ける。

 だが、そこに沈黙の壁を破って、雄々しい一声が放り込まれる。

 諸君、と。

 鋭利はハッとして顔を上げ、声の飛んできた方に向いた。

 声の主はゆったりと足を組み、両指を合わせて、偉そうに笑んで、

「では始めるとしよう。こちらのターンを」

 そんな『蒼鉛』を半ば本気で蹴り飛ばした。実によく飛んだ。壁まで飛んだ。

「なんでテメーが仕切ろうとしてんだよ。ムカつくな、もう」

「いや、『鉄』さんよ。別に誰がやっても良いんじゃね」

 と、車椅子に乗った鼎が奥の部屋から現れる。鼎はこっちから目を外して、

「今な、浅部の『人形・パペット』で自衛隊の出動を確認した。ヘリも飛んでるなぁ、軍用ヘリに、テレビ局っぽいヘリも、えーと……四台。流石、外は情報の回りが早いな」

 そんな鼎の車椅子を、ブロンドヘアの女が後ろから蹴りつけた。

「コラ、クソ馬鹿。あたしまだ、能力の使用許可下ろしてねえぞ。死にてえのかクズ」

 鼎を口汚く罵る彼女は、我がチームの治療師である『白金・プラチナ』だ。

 彼女は煙草をくゆらせ、サンダルの足裏で車椅子を乱暴に蹴って、

「……ふゥー、診療所休まされてまで来てみりゃ、主力が三人ともやられてるって中々ヤバ気じゃないか。いよいよピンチだな、死ぬか? ま、勝手に死んでくれるのは構わないけど、あたしんとこまで巻き込まないように死になさいよ」

「だ~か~ら~、ほっとくと~、み~んなが巻き込まれちゃうから~、み~んな集まってんだ~よ~~? フィリアちゃ~ん~」

 あっそ、と『白金』ことフィリア=トライフォースはあっさり引き下がり、黒い穴から覗いている白い右手を睨みつける。

「っていうか、まだ起きてるんかいアンタ。何とまぁ頑張るじゃない。死ぬか?」

「いや~これ最後のあいさつ~。今から全部引っ込めて寝るから~、ぜぇっっっ~~、たい起きないからね~。じゃあ、お~や~すぅ~~みぃぃぃ~~~~~」

 シュンと穴が消えた。それを見届けてか、『白金』は金髪を掻き毟り、

「あたしも帰るわ。全員の治療も終わったし。でも、問題はあの小娘ね。疲労は全快させて傷一つ無いのに、まだ眠ったまんま。虚仮にされた気分だよ。バカか?」

『白金』は苛立たしげに言って、煙草の火を車椅子フレームに押し付けて、揉み消した。それを見咎めた鼎の〈金糸〉が、ティッシュと霧吹きを持って焦げ跡を拭き取り、ティッシュを丸めてゴミ箱にシュート。良い連携だ。

「いやぁ、バカではあるけど。あいつの能力のせいじゃないかな? 光の効用の一つか、障害がそういうのとか」

「充分考えられる話だな。キーとなるのは、銀架って娘の能力と、テレビ局関係者である小垣と椰子原さんの身柄。小垣はあっちに奪われたままだが、最悪椰子原さん一人でも生きて帰せば、外の連中も少しは落ち着いてくれるだろう。しっかし、彼女が無事で良かったなぁ、俺覚悟してたんだぞ」

「あぁ、細かく言うと短時間での過大なストレスで神経衰弱入ってるわよ。おいクソ金、流石のあたしでも壊れちまった心は治せねーし、相手したくねぇからな。守りてぇなら、しっかりと守っとけ」

 ああ、と神妙に頷いた鼎を確認してから、次に『白金』は鋭利を叱った。

「それとクズ鉄。傷を抉ったりするそのクセ、戦闘法だか知らねえけど早々に直しな。治りは遅くなるし、体力も無駄に消費されんだよ。それに治したはしから開けられちゃあ、あたしの手で殺してやろうかって気にもなるわよ、おい。死にてえの?」

 最後に、恐らく壁の向こうで寝ている虚呂にも向けて、全員に雷を落とす。

「あとな、何でもかんでも首を突っ込もうとするな。知ってるか、おい? 骨折だけでも普通に治そうとしたら一ヶ月はかかんだよ。なのにてめぇらときたら撃たれるわ、腹貫通するわ、神経系焼かれるわ、次から次からポンポンポンポン……、そんなに早死にしてぇの? ってか次はぶっ殺すぞ。しっかり覚えとけカスども」

 じゃあね、と『白金』は踵を返して玄関に向かった。

「お、俺も回復、し、」

「知らんわドアホ」

 派手に血を噴き出しながら這ってきた『蒼鉛』を容赦なく踏み潰し、『白金』の白衣はドアの向こうに消えていった。その降りていく足音に、鋭利は一言告げる。

「この次も頼むわー」

「――っだから殺すって言ってんでしょ!」

 階下から聞こえた怒声に鋭利と鼎は顔を見合わせ、悪ガキの笑み。やめろと言われて素直に従う良い子ちゃんは、このチームにはいない。

 さて、と鼎が笑みを引っ込め、和んだ空気を締め直した。

「こっからどうすっか。まずは何から片付けるかはっきりさせようぜ」

「うーん。雲水たちに力を貸してもらおうと思ってたのに、まーさか二人ともそんな感じだったとはね。このまま挑んでも、全滅しちまうだろうしー」

「あのさ、俺はほとぼり冷めるまで『錫』さんの『亜空館・キャッスル』の中に逃げ込むのが良いと思うんだけど、それは、ダメ、なんだよな?」

「「もちろんだ!」」

 霧でメイクしていた血糊を解除した『蒼鉛』が出した、弱気かつ意気地なしの提案を鋭利と鼎はバッサリと切る。そんな意見認められない。

「俺が守りたいのはあらゆる女性の平穏。そのためには戦争の回避は不可欠。よぉって、小垣の身柄は何が何でも、取り返さなければならない!」

「これは銀架だけじゃなく、オレの過去の問題でもある。アイツと〈主人公〉に決着を付けるのはオレの役目だ。何よりも、このまま逃げたら――、」

「「くやしい!!」」

 再び唱和。ヘーイ、と鋭利と鼎がハイタッチ。溜め息を洩らすのは『蒼鉛』だ。

「んなことだろうと思ってたよ。もう諦めたわ。ああ、でもヒーローを操ってた〈金虎〉はその『No・1』に潰されたんだろ?」

「ああ、レッドがそう言ってたな」

「んでもって今はその赤い『No・1』が戦争を起こそうと企んでいる」

 そうだな、と頷いて続きを促す鋭利。『蒼鉛』はピン、と指を挙げ、

「と、言うことはだな、」

「分かったぜ、お前はこう言いたいわけだな」

 と鼎が続く結論を横から取り次ぐ。

「あの速いだけのヒーローを倒せば全てが終わる!」

 ありゃ、良いとこ取りされた、と苦笑する『蒼鉛』。

「でもそのためには何だっけ、オマエの言ってた〈鵺〉ともやり合わなくちゃなんだろ? オレらが会った『時計屋』もその仲間なんかな。強いんだろ、そいつら」

「ああ、死にたくなるぐらいな」

「はっ、てーことは、これまで戦ってきた敵と、同じくらいってことか」

 ニヤ、と不敵な笑みを向ければ、鼎から同じような笑みが返ってくる。片手で顔を覆う『蒼鉛』の溜め息が更に深いものとなる。

「……なーんで僕ちん、このチームにいるんだろ………?」

 鼎が『蒼鉛』の肩を優しく叩き、逆の右手でグッと親指を立てた。

「どうした、テンション低いな。俺様みたいに気合入れろよ。敵は強大だぞ?」

「ふん、誰が来ようとも、銀光の餌食にしてやります!」

「おお、その意気だ銀架。オレもレッドをぶん殴ってオマ、いつ起きた!」

 いつの間に鋭利の隣に出現していた銀架に、三人が振りむく。

「さっきです! 起きたら、なぜか怪我が消えてたり、知らない人が増えてたり! これ全員鋭利さんの仲間さんですか」

「あっちで寝てる女以外はね。ああ、紹介しなきゃな。こいつが『金』の鼎雲水で、」

「どれ、これが問題の『ビショウジョ』か。べっぴんなんだろ」

 鼎がズイ、と顔を突き出してきた。不躾に銀の少女をジロジロ見て、感想。

「何でい、まだガキじゃねぇか。思ってたよりちっちゃいな」

 あっ、と忠告するよりも早く、殺意と銀光のペンが飛んだ。

 ズダン、と着弾音。鼎の〈金糸〉が生命の危険を察知し自動防御を発動させ、眉間まであと三センチまで迫ったボールペンを食い止める。

 おおう、と車椅子をバックさせ、距離を取ってから余裕そうに鼎は、

「性格も、相当ジャジャ馬のようだ。世話が焼けるぜ、ふう」

「冷や汗隠せてねえぞ、ミスターハードボイルド。思いっきり自業自得だな」

「おい、あんま騒ぐと、ほら、椰子原って人も起きて来ちゃったぜ」

 と『蒼鉛』が指差した先、椰子原が部屋の入り口にヌボー、と佇んでいた。

「え、マジ」

 と鼎が慌てて車椅子を反転させる。彼女は眠たそうなボンヤリとした目で右を見て左を見て、こちらに注目して、面々の顔を一人ずつしっかりと見てから、

「え、誰。ていうか、ここ、どこ?」

 ブワッ、と幼児のように大粒の涙を落として、泣き始めた。

 慣れない反応に狼狽える一同。鼎はその場で回転し出し、鋭利は部屋の中を右往左往し始め、『蒼鉛』が速い手の動きを加えた滑稽なダンスを踊り出す。三人がてんわやんわしている中、銀架は椰子原に近付き、柔らかな声で彼女をあやしていた。

〈金族〉は本当ダメな人ばかりだ、と小さく嘆息しながら。


            Fe


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