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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
26/61

鋼鉄血戦③


 戦利が挑発に耐え切れなくなってぶち切れた。

 怒りに我を忘れ、戦利の形態が変化していく。顔が細長い獣になり、体型が大きさは人のままに、猫のような細長くしなやかなものに。隻腕の前足の先に付いたのは、そこだけ獣らしくない金属の鋭さを持った、五本の長く平たい爪。人の形をかなぐり捨て、完全に変形したその姿は、日本の伝承に残る鎌鼬という妖怪と同じものだ。

 あの爪の一太刀は真空の刃を生む。数を重ねれば鋼だって断ち切れる威力だ。だがそれは鋭利の知っている限界であり、もしそれがさっきと同様に謎の力によって高められていたとしたら。眼に映らない速度で、必殺の斬撃を放たれたとしたら。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァァアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 吼え上がる狂獣。狂気と怒りに満ちた、野獣の瞳。腰溜めにしたその腕を振れば、一瞬でこちらの命は刈り取られてしまうだろう。絶体絶命と呼ぶに相応しい状況だ。

 慌てた隣の銀架が、縋り付いてくる。

「えっ、鋭利さん! やばくないですかこれ! 大丈夫なんですよね! あんだけ余裕綽々に挑発しといて、何も対策無いってことは無いですよね!?」

「…………………いやー…………、何てゆーか、……つい、ね………」

「ついねじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 どうやら、誘導されていたのは自分の方だったらしい。すっかり鎌の威力を忘れてレッドをからかうのに夢中になってしまった。くそぅ、こいつの顔を見たら挑発したくなるに決まってるだろ! 『あのお方』め、それを知っててこいつを選んだな!

「何のんびりしてるんですか! 攻撃が来ますよ!」

 その言葉を聞いたと同時に銀架の頭を掴んで、その場に伏せた。

 グォン、と頭上を重たい波が伝わっていった。真空の鎌。衝撃波だ。

 空気が捻れ、荒れ狂う風が生まれる。暴風は二人の身体を地面に押し付け、轟音を鳴り響かせる。瓦礫や武器たちが風に吹き飛ばされていく。閉鎖された地下空間の恩恵を受け、風は台風のレベルにまで上がる。

 数秒経って、ようやく風が止み、異音が鳴り止む。

 恐る恐る上げた鋭利の顔に、光が当たる。蛍光灯の光ではない。上を見上げれば、そこの天井に巨大な切れ込みが走っていた。表面だけじゃ飽き足らず、その奥の鋼鉄の板や土石、大量に走っている銅管も全て切り裂いて、最後のアスファルトまで。

 光は、太陽光は、真空の刃によって穿たれた巨大な穴から差し込んでいた。

「……うわー。何つー威力だよ………」

 前は見えていた予兆の風も見えなかった。しゃがむ動作が一瞬でも遅ければ、断ち切られていたのは自分たちの上半身だっただろう。さっきのは運良く横薙ぎだったが、次に縦にでもやられたら一発でアウトだ。

 つまりまとめると、

「あーダメだー。こりゃもう終わったなー人生………」

「早っ! 諦めんの早っ! 希望を捨てずに頑張りましょうよ!」

「いやだって、次のもう来るぜ?」

 えっ、と銀架が振り返るよりも早く、巨大鼬の片腕が構えられ、霞み消えた。

 轟音と共に、必殺の斬撃が二人を無慈悲に包み込み、


「おっと、『時間切れ・タイムアウト』っすよ」

 

 キザったらしい声がすると同時に、真空の刃が消え果てた。鼬の化け物と銀架は何事かと目を白黒させ、鋭利は背筋がゾクッと底冷えするのを感じた。

 赤いイタチに挑むように、急に現れたキザな男がこちらの前に降り立つ。

 キザな男は〈廃都〉にそぐわないピチッとした白いスーツに身を包み、長髪を後ろでひとくくりにしていた。細い顔立ちと相見えてホストのようだ。

 さあっ、と大声で手を打ち、両陣営を見渡す白い優男。

「俺っちが来たからには、お二人にこれ以上戦わせはしないっすよ。誰かに死なれちまったら、旦那が悲しむんでね」

「なんじゃおヌシは、急に出てきおって! 名を名乗れぇ!」

 銀架が死ぬ寸前だった興奮の勢いで直球を投げ付ける。口調が武士風なのはこの際無視しよう。もう慣れた。

「俺っちはしがない下っ端っすよ。『時計屋』とでも呼んで下さい」

『ぐっ、余計なことを。「獣王」の差し金か』

 鼬が脱力したように膝を付く。するとその姿が人間に戻っていった。

「正解さ。先走りはいけないっすよ。さっきのに変身すると一時間は立てないんすよね。あまりハッスルし過ぎちゃいけないっすよ。ここが本番じゃないんすから。このお嬢ちゃんを捕まえるのはまたの機会ってことでさ」

 ぐ、と悔しそうに呻き、戦利は『時計屋』の肩を借りて立ちあがる。

「それじゃ。俺っちらはこれで」

 別に急ぐわけでもなく歩き去ろうとする二人の背中に、鋭利が声を掛ける。

「このチャンスを、むざむざ見逃すと、でも?」

「思ってるさ。『ブラックソード』さんはどの〈主人公〉よりも優しかったんだから」

 旦那の言葉を信じればっすけど、と言い訳するように付け足す『時計屋』。

「はっ、『旦那』とやらは随分オレを買い被ってくれてるようだ。お優しいこって」

 それと、と気にかかったワードを挙げる。

「オマエ、『時計屋』と言ったな? オレはその言葉から連想される、昔々のあるチームを知っているんだけどさ。つまりは、そーゆーことかい?」

「ご想像にお任せしますよ。でも、悪いけどもう行かせてもらう、ぜ!」

『時計屋』が掌をこっちに向けた。咄嗟に身構えた瞬間、鋭利は酩酊感に襲われ、

「………………!」

 そして、飛ばされた。


 銀架は水気を飛ばす犬のように頭を左右に振り、頭のモヤモヤを払う。

 あの後『時計屋』は、鋭利をどこかに消し去った掌をそのまま銀架にも向けてきた。その瞬間、急にクラッと来たので眼を瞑り、それに耐えていた。

 モヤモヤが消えたので、少しずつ目を開いていく。するとそこは、

「……ここは、同じとこ?」

 てっきりテレポートの一種かと思っていた銀架は、ならば、と恐る恐る我が身を確かめる。細い腕、細い脚、細い体躯、残念な身長もまた同じ。一応は五体満足のままである。肉体に何かされたわけでもないらしい。

 一つだけ違う点があるとすれば、あの『No・1』とキザな男の二人がいなくなっていることか。まあ逃げたのだろうけど。

「むう、何だか狐につままれた気分です」

「あいつ自身も、そう思わせたいのだろうよ」

 肩を叩かれ、ハスキーな声が降ってきた。鋭利が後ろに立っていた。

「うん、目立った傷はないようだ」

「無事だったんですね鋭利さん! 一体何だったんでしょうか、あいつ」

「口振りからして協力者みたいだな。少なくとも直接殴りあえる相手じゃないよ。きっとあれは次門系の時空型だもん。ったく、生き残ってたのかよ、時空型」

 次門系のことは知っている。異界の法則を持ち込み、事象を概念のレベルで変えてしま得る鬼たちだ。その中の時空型など噂内でしか聞いたことがないものの、それの戦いづらさは聞き及んでいる。

「鋭利さんは『時計屋』の男について何か知っている風でしたが?」

 ああ、と鋭利は敵が歩いていった方向を見つめて軽く首肯。

「〈十三式時計・サーティーンクロックス〉。後にも前にも『時計』を名乗ったのはこのチームだけだ。二年ほど前に原因不明で潰れたらしくてな、生き残ったのもボスだけ。そう聞いていたが」

「じゃあ、その生き残りのボスがさっきの男だと? そんな屈強なオーラは感じませんでしたよ?」

「舐めたこと言うなぁ。ま、オレも感じなかったがな」

 それに、と鋭利は完全に散らばってしまったお手製の武器を拾い集めながら、

「銀架を連れて行かなかったし、肉体にも不調が見られない。どうやら向こうからもダメージを与えることは出来ないらしいね」

 確かにその通りだ。少し酔っただけで立ち上がれなくなる、なんてことはない。実際、本人たちが逃げるための時間稼ぎにしかなっていない。

 だけど、もし『時計屋』が助けてくれてなかったら………。

 そんな不安が顔に出てしまっていたのか、鋭利がおもむろに頭を撫でてきた。

「そんな顔すんなって。今はこのラッキーを享受しとこうぜ。ってかもう無理」

「あ、それ私もです」

「そう? じゃあ、せーので」

 掛け声に合わせて二人はバタンキューと倒れた。銀架の心にようやく安堵が生まれ、ブッチリと切れた緊張につられ、そのまま心地よい眠気に身を任せる。

 おやすみ、姉さん。

 姉といた頃、就寝前の挨拶を口でなぞって、銀架は眠りについた。


          Fe


 日本に、激震が走っていた。

 十三時十一分。新日テレビ局の局長室に、〈廃都〉に来ていた撮影団を襲い、何人かを人質にしたという犯行声明が入った。その十五分後、同様の知らせが名古屋にある警視庁と首相官邸に入る。当代の総理大臣である水亀和一郎はすぐさま情報規制を敷くが、新日テレビは十五分の間に総力を上げてこのスクープを全国に流していた。

 十三時五十分。神奈川の自衛隊駐屯地から、『人工遺伝子改造奇形児』と見られる集団が国境線に沿って集決している、という報告が官邸に届く。

 十四時十四分。十五分という短い間に全国に流れた情報は、ネットなどの活躍もあってあっという間に日本中に広まり、ほとんどの国民が知る所となった。

 日本国民の関心が〈廃都〉に注がれる中、水亀首相は防衛省に出動要請を出した。

 もしもの場合には、総力をもって迎撃せよ、と。


          Fe


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