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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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鋼鉄血戦①


 鋭利は彼を前にして、郷愁に似た感情を味わっていた。

 そいつは唐突に現れた。赤いヒーロー、『レッドフェザー』。

「全く、相変わらず自分勝手な野郎だな。正義まがいが」

 あと少しで完成だった機械の義腕を見つめて、鋭利は文句を吐いた。精密作業を途中で邪魔をされるのが一番嫌いなタチなのだ。

 愚痴りつつ道具を片付け始める鋭利の横で銀架はとっくに身構え、臨戦態勢に入っていた。正眼で構える先にいるのは赤き『No・1』だ。奴の目的は銀架にある。だからこそ銀架は毅然と相手を睨む。敵の独善的な要求を突っぱねる意思で。

 だが、『No・1』が見ているのは、銀架ではなかった。

「……まさか、貴様と出会える日が来るとはな」

 答えを面倒くさそうに返すのは、ようやく腰を上げた鋭利。

「まぁ、ねー。五年ぶりくらいか? こうやって話すのも」

「ようやく会えたぞ『ブラックソード』。そして初めましてだ、『姉さん』」

「……はっ、そうだな。じゃあオレも呼んでやろうか『戦利』? 我が『弟』」

 鋭利と戦利は言葉を交わし、鋭い視線と殺気を交わし合った。

「片腕、無くしたんだな。障害か? それとも負けたのか? オマエ弱いもんな」

「ふん、この腕が不思議か? これは代償だ。お陰で俺はさらに強くなった」

「言うねー。てか、あの頃より弱くなったようにしか見えないぜ?」

 そんな二人の間で、困惑を隠そうとせず、むしろ押し出してくる銀の少女は一旦呼吸を整え、先のこちらの会話の意味を問い質す。

「えと、ということは、鋭利さんは………?」

「そ。ずっと前の『No・1』だったわけ。話さなくて悪かったな」

「……女だったんですか!?」

 がく、と膝から脱力。倒れかける。

「そ、そうだな。ってか、気付いてなかったのか! やっぱり!」

 女には見えない自覚はある鋭利は叫び、しかし、銀架は聞かず呆然と。

「……何ということでしょう。実は『エイリ』さんじゃなくて『エリ』ちゃんだったなんて。じゃあ、今日一日で私が鋭利さんに感じていた、このトキメキの行き場はどこに? 初めて感じた、胸の奥のこの温かな想いはどこへ向ければ?」

 割と深刻なことになってた。銀架は頭を抱え込んで悩みに悩んでいる。乙女として結構重大な悲劇に負われていたが、この場合責任はおれにはない、よね?

「はっ! そうかこれです!」

 何やら結論が出たようで、よし、と意気込むとこちらに立ち向かってきた。

「えーと、どうした?」

「良いですか鋭利さん。いいえ、エリお姉様。世の中にはお姉様と呼んで親しむ百合という関係があります。それの最終発展形態は、もちろん、そう結婚! というわけでお姉様と呼ばせてくだちゃい!」

 相変わらず躊躇無くブッ飛ぶ娘だ。半分以上何言ってるのか分からない。

「銀架ちゃん? 今は止めてくれませんか? 敵前ですよ。それとこれからワタシに近寄ってこないで下さいね。アナタ大分気持ち悪いですので」

「鋭利さんがスゴく丁寧口調で辛辣なことを言ってくる! そんなに嫌ですか!?」

 問うのならば答えてやろう。

「うん。ものっすごく嫌だね」

「なっ! くっ、かくなる上は私が! 鋭利さん、実は私男だったんです!」

 と、銀架が変な方向に暴走しかけ、鋭利がそれを汚物を見るかのような目で見下ろすという構図が出来上がる。何でこんな風に育っちゃったんだろう、この娘。

 割り込むような、大きな溜め息が聞こえた。赤いヒーローは声を荒げて、

「茶番はやめろ、ブラック。用件を言わせてもらう」

「ああ? どうせ銀架を引き渡せとかテンション下がる話だろ? やだよ。帰れ帰れ。オマエらは銀架に振られたんだ。さっさと諦めろよ、女々しいな」

 ピクリ、と仮面から唯一見える戦利の口元が強張る。

「……随分と冗談が上手いものだ。それに名前を付けるとは。新しい飼い主にでもなったつもりか? それはただの道具だ」

「黙っとけよ。やっぱりオマエらはつまらんなー。『それ』とか『飼い主』とか『道具』とか。五年前から何も変わっちゃいない。何にも分かっちゃいない。オマエも『飼い主』から逃げ出す努力でもしてみろよ。死ぬまで『道具』のつもりか?」

 ムカついた意趣返しの一言だったが、戦利は誇らしげに笑んだ。

「ふん。もう消してやったぞ。俺らを『道具』扱いした人間どもをな。今や〈主人公〉は完全に俺のものとなった。俺はもう『道具』ではない」

 戦利の言った言葉の意に、頭が一瞬白くなった。

「……殺したのか、あいつを」

「俺らを利用していた企業ごとな。俺一人でも一日で済んだ」

 その言葉を鋭利は疑わなかった。『No・1』ほどの力量ならそんなことも可能だろうし、鋭利も当時それを考えたことがある。そして、こいつなら実行しかねない。

「そうか、あいつは、金虎は死んだのか」

 少しの間、目を閉じた。幸せとは決して言えない過去が頭の中を巡っていった。

 心中は静かだった、と思う。動揺はしていなかった。悲愴もなかった。何も思わなかったというより、何を思っていいのか戸惑っている。そんな感じだった。

「……結局さー、オレが抜けても意味も無かったってわけか。はっ、まるで道化だなー。ったく、うまくいかない」

 足元に転がる自分の左腕をちらりと見て、拗ねるように、

「他人ほど変えられないものは無いね。こっちは変わってやってるというのに」

 視線を現在の敵に戻すと、左肩の適当な古傷を右手で抉り、血を流す。

 肩の上で血が舞い上がり、踊り狂い、やがて一本の黒い剣に変わる。

「だから、外から叩いてやるしかないんだけど、」

 落ちてきた一メートル半の金属を右手で掴み取り、

「ね!」

 思い切り真後ろに叩き付けた。

 強烈な快音。相殺しあう片方は黒剣。対するは白い硬質な牙の群れ。それは、

「――狼か!」

 刃と狼の牙が噛み合い、二つの力が拮抗する。それも一瞬。

 鋭利は攻める力に反抗せず腕の力を弱め、流れるように体ごと傾けて狼に道を空ける。牙の突進を加速させるように、顎に挟まれた大剣を引き付ける。

 狼は走ってきた勢いのまま、止まることなく鋭利の横を掠り抜ける。白い狼を自分の横に誘導した鋭利は、その場で小さく左回転。牙に噛まれた刃を、横から垂直の形で引き抜き、自身の回転の先に走らせる。

 一気に自由と速度を得た剣は、横を走り抜ける狼に後ろから追いつきそのまま、

 ザグュッ、と。

 白い狼を尾から顎まで上下に断つ。

 無残な肉塊となった狼は、道を血で汚す前に空中で霧散してしまう。遠くで絶叫が響いた。白狼を生んだ鬼形児に断ち裂かれた痛みがフィードバックしたのだろう。

 さて、と大剣を肩に乗せ、思い直して、だらりと下げてから鋭利は笑いかける。

「んー、やっぱオマエの速さに慣れると、あのぐらいの不意打ちでも遅く感じるなー」

「ふん、やはり失敗したか。馬鹿め、俺の指示を無視するからだ」

 隣で銀架が驚いて、溜めた銀光を拡散させてしまって、慌てて再チャージしていた。

「オマエの速さはよく知っている。何も変わってない、何も進歩してないオマエじゃ、俺には勝てんよ」

「俺は、世界を変えるために動いている。自分が変わる必要などない」

 揺るがぬ傲慢に対して鋭利は、ふう。と嘆息を一つ。

「それが、変わってないって言ってんだよ。まだ『正義』なんかに拘ってる。いつまでもそんな腐った『正義』の中で優等生面してても、人生楽しくないぜ?」

「『楽しく』?」

 急に、戦利の雰囲気が一変した。



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