冷水硬化③
「まあ、弱点というのが自らの命を軽視している所にあるのですね」
『長老』であり元『水銀』の馮河先伽藍はそう言った。
「ふうん? でもあいつらすぐに生き返るよ? だから〈廃都〉に侵入して〈七大罪〉を暗殺、なんて命知らずな任務を請け負ったんじゃないの?」
「そう。だからこそ彼らは脆く、殺すことは容易い。私にだって殺せます」
だから、と口を開きかけた虚呂を制し、伽藍は続ける。
「そう。彼らは復活する。何度でも。しかしそれを抑える手段があるとすれば?」
「……完全に殺せるってわけ、ね」
伽藍が教えてくれたのは、至極単純なことだった。それが一時間前。
「こうしてみると、あっさり始末できそうだね。影はあと二体。最低二回繰り返せば、僕たちの勝利だ」
切り取ってきた生首をバラバラにして処理しながら、中層部の街を歩く。
伽藍が教授してくれたのは首を、心臓でも良いが、生命活動に必要な部分を持ち去ることであった。修復しようとしても、欠けた部品があるため元通りには戻らない。腕や足程度なら無視できるが、頭や心臓はそうはいかない。生物である限り。
「でも、念のためとは言え、人の肉片をばら撒きながら街を行く姿って、殺人鬼か変態にしか見えないよね。大丈夫かな、誰かに見られてなきゃいいけど………」
と、そんなことより。外聞なんて今さらでもあるし。
「そろそろ真面目に探そうかな、〈七大罪〉の居場所」
虚呂の予想では、彼らは今の〈廃都〉でも名を馳せているだろうと思われる。
〈廃都〉の実力者を挙げていくなら、何より始めに〈廃都〉最強チームと名高い〈彩〉のボスが挙げられる。人前に決して姿を現そうとしない所など、可能性は十分にある。次に同じく〈彩〉の上級幹部たち。四人とも出陣すれば戦場を荒野に変えてしまう程の能力持ちらしい。あくまで噂に越したことは無いが、もし〈七大罪〉ならばその話も十二分に在りえる。
「……他にも浅部を守護する〈八武衆〉の面々、深淵部を密かに動き回る〈鵺〉に〈主人公〉の『No・1』。〈餓鬼〉のボスも強敵というならばそうだね。最近有名になった〈マンイーター〉や〈仙牙の峰〉も実力派ぞろいだって……」
と、思いつくまま口にする検索作業に切りをつけ、最後の肉片を放り捨てる。
挙げるごとに、段々と可能性が低くなって、遠ざかっていくのを感じた。結局どの候補も確定的な証拠があるわけではない。虚呂も他チームの動向や情勢に詳しいタイプではないので〈廃都〉全体から見るともっと強い奴はいるのかもしれない。
ふとして、虚呂はある有力候補の組織の存在を思い出した。
「ああ。ルーキーを出すくらいだったら、僕たちも候補に挙げとくべきかな? 〈金族〉だって五年間も存続できるくらいには、弱くないはずだからね。サポートタイプの『蒼鉛』『錫』『白金』の三人は外して、雲水と鋭利と僕の三人。強さとしては並んでいる僕らも、二十歳を超えてないことを無視するなら、十分可能性としてはアリだ、ね」
だが、きっとそれは無いというのが結論だった。
年齢という壁は大きい。十年前にその実力を持っていたか、と考えるとせめて二十二や二十三くらいはあって欲しい。そしてもう一つ、私的な理由だが、
「僕らの誰かが実は〈七大罪〉だって? ははっ、それ笑える」
それは冗談が過ぎる、というものだ。仲間が伝説の一人だと想像しただけで、どうも奇妙なチグハグしたものを覚えてしまう。イメージする〈七大罪〉とあの二人がどうやっても一致しない。物理的実力的に、有り得ない、というのもあるがそれより。信じられない方が強い。
「っと、こんな不毛なこと考えてる暇があったら、昼寝でもしようかな? 影の攻撃も、もう攻略したし~」
軽口を叩きながら、虚呂は何の気無しに大きく、一歩を踏み出した。
その足が地を踏むか踏まないかの刹那の間に、背中に灼熱が食らいついた。
「……っ、ァッ…………ッ!?」
形の無い、高熱の物体は虚呂の体内を通って、左脇腹を貫けていく。
苦痛の息を堪え、ほぼ無意識的に『焦失点』の第二段階を発動させる。
この世界から自分の肉体を半分だけ『ずらす』。
腹の激痛は消えないが、この状態ならば少なくとも死ぬことは無くなる。虚呂はこれを〈幽体化〉と呼んでいる。〈幽体化〉した虚呂の顔と胸の部分を二つの熱の塊が、すり抜けていく。知らず迫っていた命の危機に、虚呂の心の中に冷や汗が生じる。
炎塊が抜けていった先では壁や塀が融けて、穴がいくつも生まれていた。
「グッフフフフッフ、ずるういぃい、ずるいなぁあ。俺様の〈竜炎〉がそぉおんな方法で避けられるなんてぇなぁあ」
気味の悪い笑い声を上げて、虚呂を狙った男はゆっくりと歩いてくる。
黄色いコスチュームに仮面。〈主人公〉だ。ヒーローの登場に道端や廃墟内にいた僅かな住人たちが慌てて避難していく。ここ一帯が廃墟だらけのこともあって住人は少なく、全員が逃げ切るまでに一分も掛からなかった。黄色いヒーロー以外の気配を探ってみるが、他に仲間はいないようだ。集団行動が基本の〈主人公〉には珍しいことである。
『何の用、かな? 哀れな猟犬君。君の邪魔をした覚えは無いし、ここは僕らの領地だ。攻撃したことは千歩譲って許してあげるから、さっさと出てってくれ』
〈幽体化〉状態だと口を開かなくても、距離が開いていても声を伝えられる。空気を介さず直接伝えるからだ。だからそのセリフは黄色い男にきちんと届いたはずなのだが、ヒーローは薄気味悪く笑うだけで全く取り合おうとしない。
「グヌフフッ。素晴らしい! 何て素晴らしいんだぁ! 力がどこまでも湧き上がってくるぅ! どこまでも俺様が強くなるぅ! あああ! 何て気持ち良いんだ!」
黄色の男は、堪え切れないと言うように喝采を叫ぶ。その目はどこを見ているか分からない、ぼんやりとしたもので、しかし妙にギラついている。
……まるでキめている最中のジャンキーのよう、だね。
有り体に言えば頭がイっちゃっている。
「……でも変だね。どうしてヒーローがクスリを、むしろ取り締まる側じゃ? 殺戮集団とは言え、そういう治安維持も彼らの仕事じゃなかったっけ?」
ドラッグをやって精神が壊れてしまって困るのは管理している〈金虎〉の方だ。鬼形児は唯一の異能の生体サンプルだし、アンコトローラブルになってしまう上に、便利な『道具』が減ってしまうからだ。
触らぬ神に崇りなし、虚呂は幽霊のようにスーと相手と逆方向へ滑っていく。
遠くから黄色いヒーローの声が追いかけてきた。
「おおい、逃げるなよぅ、折角だから実験体になってくれぇよぅう。今なら『No・1』にだって勝てそうなんだからぁ」
虚呂は黙って離れていく。
「……おおおおおおおおおおいいいいぃ! 俺様を無視すんじゃねーよぉ! ってめ、ふざけんなぁ! 逃げんじゃねぇよおおお!」
徐々に勝手にヒートアップしていく太ったヒーロー。そのダミ声がうるさくて殺してやろうかと思ったが何の益にもならないので思い留まる。時間と能力の無駄遣いだ。
黄色のヒーローが、能力を使っているのだろう、恐ろしいスピードで走ってくる。虚呂との距離を一気に縮め、そのまま触れることの出来ないこちらの身体に、
『〈絶身之衣〉』
二重に重なった言葉が残酷に響いた。ヒーローの姿が霞む。
そして、虚呂は衝撃との邂逅を果たす。
虚呂と同じ半透明になった黄色いヒーローが、岩のように硬い彼の頭が虚呂の半透明な胴体に激突し、骨が折れ肉が潰れる音が全身を貫き、
『……ッぁ、ッ!』
容赦なく、突っ込んできたヒーローに跳ね飛ばされる。何とか力の一部を『ずらし』て、ただ前ではなく斜め上に飛ばされる。上空に逃げたのは経験則からだ。宙を飛べる鬼形児は少ない。それは、獣化系の中でもだ。
しかしその選択がむしろ仇と、相手に有利な状況を作ってしまったと理解したのは、上空三〇メートルに至り、途絶えかけていた意識を取り戻した時だった。
肋骨が肺に突き刺さった痛みに眉を顰め、失いかけていた『視界』を再構築する。
感じられたのは、黄色のヒーローが陸以上のスピードを出して、空中を駆けてくる信じ難い光景。地上から降る黄色い流星は、落ちるように速度を上げる。
虚呂はこの状態では、速く動くことはできない。回避は不可能。
――それなら!
次の瞬間、虚呂は〈幽体化〉を切った。半透明に色が付き、肉が戻る。実体になり落下し始めた虚呂をヒーローはすり抜け、虚空を突き進んでいく。
落下している間に、何度もこっちに突っ込んでくるヒーロー。二度、三度と繰り返し、その度虚しくすり抜けていき、四度目でとうとうぶち切れた。
『クゥッソォがああああああああああああああああああああああああ!』
竜のような咆哮が天地に轟くが、虚呂にとってはただの騒音でしかない。黄色のヒーローは両の手から燃え盛る炎の塊を出し、駄々を捏ねるように撃ち出してくる。しかし本体と同じ半透明な炎弾は、虚呂をすり抜け地面に消えていく。
おっと、と着地の瞬間だけ『ずれ』、落下の勢いをリセット。すぐに肉体に戻り、
「……ッっ!」
思い出すように、激しい痛みが一気に甦る。最初の脇腹を抉られた分と肋骨をほとんど砕かれた分。意識が飛びかけるが、痛みによってすぐ引き戻される。
不幸中の幸いといえば、腹を貫いた炎弾が貫くと同時に肉を焼いたので、消毒と止血の手間が省けたことだろう。死にそうになるくらい痛いのだが。
「ぐっ………!」
のん気なことを考えて余裕を気取ってみても、その怪我は精神と体力を削ってくる。上空では騒音と破壊の権化がまだいる。よって〈幽体化〉は使えない。しかし、今の自分には安全地帯まで逃げれる体力も交戦する余力も残っていない。実体に戻ったのはその実無意味だ。早く死ぬか、じわじわ死ぬかの違いでしかない。
そして彼らは、そんな虚呂を見逃さない。
『是、抹殺機会也』
当然のように、真後ろの暗闇から染み出てくる影の姿。その黒い姿は、こちらの死を象徴しているように思えた。なぜならその影の後ろには、
『ウギャギャャギャギギャヶガアアアアアアアァァァッァッッッ!!』
また別の、興奮し切った鬼形児たちが立ち並んでいたからだ。
「……はは。どうやったのか知らないけど……。僕たちを飼い慣らすとは、人間の技術ってとことんずるいよねぇ……」
生半可な鬼形児よりよっぽど人間離れしている。技も、執念も、その毒のような悪意も、煮え滾るような敵意も。そしてその異常性すらも。
致命傷が与えられたこの状況、影たちの方から攻めてくることはない。ただ、虚呂の逃亡を防いでさえいれば、じきに虚呂は死に至る。
『視界』が霞み出し、指先や足が寒くもないの震え出す。いよいよ危ないと死の手前にありながら、虚呂の思考は冷静さを失わない。我を忘れない。生を諦めない。
狂乱の声に包まれながら、虚呂は静かに生き残れる手段を模索する。
『おぉぉぉおおらぁああ―! 俺っ様っをっ、戻せぇええええええ! 壊させろよぉお、ぶっ殺させろぉよお! それは俺様のものだぁぁあああああ!』
気の狂った正義の猿どもが叫ぶ。
「ドレ! ドレナノ!「はァァァァァ、やァァァァァくゥゥゥ、「……壊したい消したい殺したい亡くしたい、」引キ裂イテ切リ刻ンデ」ドレェェェェェ!「しろォォォォ! もおォォ、抑え込もうにもォォ」どうにかしてしまいそうだ」世界なんて滅びれば、「ヒャやアアアアア!」いいんだそうか僕がやればいいんだ、」犯シ侵シ冒シ尽クセルノハドレ! 「全部、僕が、」ォ爆発してしまいそうだァァァァァ!」終わらしちゃえ壊してしまえ。ひゃへへへへへへへへへへへへへへへへへええええエェェ!」
狂った鬼たちの狂騒が犇く。
影を押しのけ、誰よりも早く獲物である虚呂を破壊しようと前に出る、狂いに堕ちた鬼たち。影はそんな狂犬どもに、筒状の道具を見せ付けるように振るうことで彼らの流れを堰き止める。あれこそがまさしく、鬼形児を操る指揮棒ということか。だがそれも、いつまで持つか。今にも飛び掛かってきそうな狂暴な彼らにいつまで有効なものか。自分が事切れるのが先か、狂った鬼たちに壊されるのが先か。
非常に確率の低い賭けだが、虚呂が生き残れる微かな道筋はまだ一つだけある。
それは、簡単なことでありながら、ギリギリの手段。
「あれ? もしかしてそこにいるの『銅』か? どーしたんだこんなとこで」
ここの管理者か、知り合いの誰かが通りかかり、自分を見つけ助けてくれること。
「おお、どうしたそんなボロボロになっちまって。珍しいというか初めてだぞ」
しかし、これは来る者によっては、無駄に被害を増やすだけとなる。
「ん? ああ、俺だよ、俺。変装してるから分かり難いかもしれないけど、『蒼鉛』だよ。大丈夫かお前。でもそれよか聞いてくれよ。今『鉄』が大変でさぁ」
のんびりした声は、確かに『蒼鉛』のもので、さらに自分の知っている限り、彼に戦闘能力は無いに等しくて、つまりこの状況に何の打開策も生んでくれなくて。
「な・ん・でっ、よりにもよって、君なんだよおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
怒りとやるせなさで久しぶりに絶叫した虚呂はそのまま燃料が切れたようにブラックアウトした。心に最後に浮かんだ言葉は、虚呂には珍しく神への文句だった。
「おっとあぶねっ」
咄嗟に変身を解いて倒れ込む虚呂を支えようとしたけど、惜しくも間に合わず、虚呂は嫌な音を立てて地面と挨拶を交わし、仕舞いにはキスをも果たした。
「ほらぁ、急に興奮して叫ぶから」
中年の男に変装していた『蒼鉛』、に変身していたサヤコは、姿を完全に女のそれに戻してから虚呂を一、二度爪先でつつき、彼の意識の有無を調べる。
「瀕死の虚呂君ってレアねぇ。相性が悪いとこんなにまでなっちゃうのかぁ」
そう言って彼女は、虚呂を器用に爪先でヒョイと持ち上げながら、
「っで、そこの人間モドキ、あの世に行く覚悟は出来てるかしら」
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