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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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冷水硬化②


「我が主様。新たなご報告ですよ」

 思考に没頭していると後ろからそっと囁かれた。

「……『パノラマ』、お前まで後ろから話しかけるのか」

「主様、そんな他人行儀なコードネームではなくて主様が付けて下さった名前で呼んで下さいって常に申してます。ほらどうぞ、結魅ゆみって気軽に」

 振り向けばいつもの如く暑苦しい格好をした彼女がいることだろうが、この季節そんなものは見たくない。鵺也は屋上の縁から、壊れ切った街を見渡して、言い返す。

「だったらお前も、その背中が痒くなるような呼び方は止めてくれ。お前の主になった覚えは、無い」

「私は主様に付いていくと決めた時から、主様の僕です。いわば奴隷。仕えるべき御仁を、主様と呼んで何が悪いのでしょうか」

 本格的なメイド服にマフラーを付けてる変態な女にはこう答えるしかない。

「お前の趣味が悪い」

「納得です。しかしこの呼び方をやめたら、次からはどう呼べば宜しいのでしょうか? 私も主様に従って、その薄ら寒いセンスの二つ名で呼べばいいのでしょうか?『獣王』様と………………ぷぷぷ」

「わ、笑ったな! 別に変なセンスではないだろう。良い名前のはずだ、『獣王』」

「じょ、冗談はお止めください。は、腹が捩れて耐えられなくなりそうです。ぷぷっ」

「……なんでお前みたいな奴が俺の側近やってんだか」

 吐き出した溜め息が偶然風と重なる。『パノラマ』の冗談は真に迫っているから怖い。この名が薄ら寒いわけがないではないか。とは言え部下の意見を通すのもボスの優しさか。

「分かった、好きに呼べ」

「はい主様。では報告に移らせてもらいます」

 続くだろう内容は予想が付いている。

「『No・1』がテレビ局への人質を攫った話なら、本人が直接来て自慢げに話していったぞ」

「そうでしたか。しかし、十年前の大争乱をなぞらえて丁度十年目の今日に、再び戦争を起こそうなどとは。無謀の極みなのでは?」

 いや、と鵺也は部下の勘違いを訂正する。

「一概にそうとは言い切れん。こちらには十年前より戦える鬼形児が多い。幼少児から成長して、成熟した彼らも、街全体を巻き込むような戦争が起きれば嫌でも戦うしかない。そうすればあるいは、という話だ」

 上向きの風が屋上の二人を撫でる。ここから人の姿が見えるわけないが、見渡す限り繁茂している植物類と廃墟しか広がっていない街の中にも数多くの人が、特に鬼形児が住んでいるのだ。彼らにとって世界とはこの街で、生活とは他者との戦いだ。

 か弱い能力しかを持ってなくても、ここでは戦わなければ生き残れない。

「第二段階が目覚める第二次性徴期、俗に言う思春期に達していた鬼形児たちは当時千人しか居ませんでしたから、それでよく一週間勝ち抜けれたものです」

「全ては『覚醒罪』のお陰だ。それと『暴走』した化け物共の、な」

「至極、納得です」

 万感を込めて後ろの結魅が頷く。

「その経験は、何度も経験しました」

「……あまりあれは体感するな。お前とはいえ、精神が持っていかれるぞ」

「……存分に、承知しております。あんな、おぞましいモノ。私の『過感覚フルスクリーン』の範疇を超えています。本物の『彼女』を目の前にするのだったら、私は死を選びますよ」

 弱々しい声で、ふらふらと彼女は鵺也の隣に座る。

「自分の身をもっと大事にしてくれ。『パノ「結魅」」

 白い指がにゅ、と目の前に伸びてきた。

「結魅、です」

「……結魅は、俺にとって欠かせない、大切な仲間なんだから」

 鵺也が言い切ると指は少し寂しそうに、持ち主の下に帰っていった。

「……今は、それでも良いです。夢のためでも、貴方様に求められるならそれはとても光栄で幸せなことです。今の主様に多くは望みません。望みませんよ、ええ」

「どうかしたのか。不機嫌な声出して」

「別にどうも、しようも、ございません。自分の不甲斐なさを、嘆いているだけです」

 ならばそうなのだろう。余計な追求はよしておこう。

 隣の結魅の目つきが少しばかり強くなった気がするが、それもまた自分が仲間たちを引っ張っていくリーダーとして至らないがゆえだろう。

 かちり、とどこかで時計の針の音がする。正午の知らせは聞こえないが、雲の向こうから熱気を届ける太陽が頂点に達した気がする。正午、としておこう。

「結魅、『時計屋』を呼んでくれ。俺もそろそろ行く」

「あの赤い戦闘狂の下に、ですか?」

 立ち上がり、昇降口に進む鵺也の何歩か後ろを結魅が追いかけてくる。

「『次はお前たちにも働いて貰う』、だと。気は進まんがな」

「『次』とは? 日本への人質を捕らえて終わり、ではないのですか?」

ドアノブに手を掛け、錆び付いた金属の扉を開いていく。

「戦いの火種はそれで十分だろうな。あの男はそれとは別に、ある一人のヒーローを捕獲させる命令を下している。俺たちを働かせたいのはそっちの方だ」

「同じヒーローの捕獲を? 何か特別な能力持ちなのでしょうか?」

 特別、の言葉に扉を半ば開いたまま、鵺也は遠くの空を見つめる。

「……まあ、特別といえば特別か。なにせあの悪魔の忘れ形見だからな」

「あの〈七大罪〉の、忘れ形見ですか?」

 鵺也の動きが甦り、ドアを潜り抜ける。階段内は灯かりが無いので薄暗い。

「いや、そっちではない。まあ、悪魔といえば普通はそっちを思い浮かべるか。

いたのさ。七人の悪魔たちよりも、さらに悪魔のような鬼形児が。誰よりも争う意志を持っていないくせに、この世の何よりも異常だった生きモノが」

「悪魔の七人よりも異常な……? にわかに信じられません」

 降りていく足音だけが、妙に甲高く響くのが気に食わず、鵺也は暗闇に声を高める。

「信じなくて良い。既に死んでしまったからな。その悪魔が、唯一共に暮らしていたと言われる少女が、現在捕獲命令が出ている『シルバーレイ』だ」

 それでも長い階の上下を貫く足音は、鵺也の言葉を打ち消した。


              Fe


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