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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
18/61

赤熱過度①


 赤い旋風が炎天下の街の上を軽やかに駆けていた。

 強い日差しの下にいる住人たちは上空が一瞬陰るのを気付くが、雲か鳥か、と見上げた時にはもう何も存在しない。その尻尾を掴むことさえできない。

 風を抜き去り、鳥をも置き去りにして鮮血のヒーローは、空を跳んでゆく。

『レッドフェザー』こと戦利は、滞る、というのが嫌いな性質だった。

 特に任務の報告に関しては、成功だろうが失敗だろうが迅速に。一秒よりも早く、と命令している。

 要するに恐ろしく短気ということだが、彼の場合待ち切れなくなると自分の任務を放っぽり出して現場に行ってしまうので、さらに顕著だと言えた。戦利が歴代の『No・1』でも最も自由奔放な性格だと言われている所以である。

『シルバーレイ』捕獲任務の報告が遅いことに気付いたレッドは、現場に急行した。

 戦利の音速に近い速度ならば、どこだろうとひとっ飛びで辿り着く。

 野望を果たすために必要不可欠な二つの要素。あのヒーローの存在はその一つだ。もう一方に送ったヒーローたちも未だに捕獲できてないようだ。

「……チッ。やはり、俺以外は使えん奴らばかりだ」

 苛立ちを烈風の中に流すと、戦利は四人のヒーローが倒れているのを発見した。急停止し、速度を戻す。一番図体のでかい『イエローマジシャン』の近くに着地する。その際の振動で起きたのか、イエローが上体を持ち上げ、こちらを見上げる。

 失敗を恥じ、罰を覚悟するような顔でイエローが口を開いた。

「れ、レッドぉ。来たかぁあ。つっつつ、伝えたいことがぁ。逃亡者の『シルバーレイ』はぁ、こ、黒衣の鬼形児と共に行動しているぅう……」

 チッ、と苛立ちを隠さずに舌打ちした。相変わらずこの男はモゴモゴして何を言ってるか分かりにくい。他の三人はまだ気絶から冷めてないようだ。

「何だこの有様は。ヒーローともあろうものが、なんてザマだ」

「す、すまない。罰は、いくらでも受けるさあぁ。しかし敵はぁあ、仮面を、黒い仮面を持って……。あ、あれは恐らく、」

 まだダメージが響いているのか、イエローは苦しそうに俯いていく。そのせいでさらに何を言ってるか分からなくなった。戦利は怒気を込めて、

「無礼者。顔を上げて喋れ。それでも正義を志すものか」

「っ! 申し訳ないぃ。あいつを、倒すにはもっと人員がぁ、必要だとぉ」

「もう良い。俺が追いかけて倒した方が早い」

 まどろっこしい、と思い、戦利はイエローに背を向けた。やるべきことはまたまだ積み重なっているのだ。敗者の弁解に付き合ってる暇はない。

 乾いた風を、背中に感じた。そして悪辣で、限りなく薄い気配を。

 後ろに、何かが立っている。人であった、今は人ではない何かが。

 戦利は振り向かない。奴らの顔は進んで見たいものではないし、わざわざ振り向いてやるほどの義理もない。顔を突き合わせても何て喋ってるか分からないような奴らだ。

 しかし、ここで奴らが現れるとは。必要以上の接触は互いに禁じているはずだが、では何の用だろうか。記憶を遡っていくと、すぐに奴らの要望を思い出した。

「ああ、兵が欲しかったのだったな。じゃあ丁度良い、こいつらをやる。本人らも、覚悟を決めてるそうだ」

 言うだけ言って、戦利はさっさとその場を後にした。

 跳び立つ直前、誰かの叫びが空気を震わせたような気がした、が無視する。

 あそこの彼らにどんなことが行われようと、戦利は意に介しない。冷たいわけでも厳しいわけでも無い。元より目の前しか見ない単純思考の塊だ。他の誰かが何を考えようと何を企もうどんな目に遭おうと、興味ない。

 恐らく、自分のことさえも、彼は執着しないのだろう。

 赤き愚者の王は音速の世界に昇華し、次の戦場に走っていった。


             Fe


 色鮮やかな、おしゃれな町並みが続いている。

 道はレンガタイルで綺麗に埋め尽くされ、建造物も洋風が多い。ここだけ空気が上品なものに感じられる。これが〈廃都〉内の風景だと知ったら、ほとんどの者は卒倒するだろう。ここに住みついたある酔狂な建設家がコツコツと造っていったものだ。ここに住む者は多く、憧れる者もまた多い。

 中層部第十七地区にあるここは夕蓮町せきれんちょうという。

 窓下に見えるストリートを、雄叫びを上げながらレンガを踏み砕いて走っていく野獣の男を見送って、鼎は息を吐き出し、椅子に身体を沈めた。やっと逃げ切れた。

「しつこい男ね。アレ、どこかイっちゃってんじゃないの?」

 疲れ切った顔で椰子原が恨み言を言う。疲れ果てたのは鼎もだ。糸をあんなに費やしたのに、未だにあの男が走り回れているのが信じられない。

 カーテンを閉め、外光をシャットする。すると室内の色調がさらに目立つようになり、自然と気持ちが落ち着いていく。モダンな橙色でまとめられた部屋の片側にはカウンターがあり、その奧ではバーテンダー服に身を包んだ淑やかな女性が棚を整理している。

 その女性が店長だ。

「鬼形児には、熱くなると周りが見えなくなる奴が多いんさ。にしてもあの化け物を相手に、追いかけっこするとはね。あんただって証拠の『人形パペット』が無かったら、とてもじゃないけど追い出してたわよ」

「ああ、感謝してるよ。静奈さんはあいつのこと知ってるのか?」

 静奈と呼ばれた女店長は、手を止めるとカウンターに肘を着き、嫣然と微笑んだ。

「客から又聞きした情報だから真偽は怪しいもんだけど、特徴が当て嵌まっているわ。多分そいつだと思うわよ」

「客?」

 メモ帳を片手に二人の話を聞いていた椰子原が訊ねる。

「ああ、ここショットバーでね。外の扉の位置とか秘密なんで決まった客しか来れないんだけど。私が店主よ。ここらはそういう店が集まりやすいの」

 懲りずに出してきた三セット目のメモ帳とペンを椰子原から没収して、鼎は話の続きを促した。

「それで、その客は何て?」

「アホみたいに強くて、頭もアホ。獣みたいな性格とかって。関わっちゃいけないって何度も言っていたわね。何て名前だったかしらねえ……んー、そうそうコードネームが『ハンター』とかって。獣なのに狩人って名前なんで印象に残ってたんだわ」

 小垣の右肩がビク、と跳ね上がる。

「……狩人? ……『ハンター』の春久《ハルヒサじゃないだろうな。それ」

「ああ、それそれ。知ってるのかい? そいつのこと」

 今日一番の油汗が小垣の頬を伝う。鼎は汗が出たことで小垣の肉体がほぼ快復したことを知り、脳の片隅で純粋に喜び、残りの全域で狼狽する。

「……おいおいそれじゃあ、あいつはもしかしなくても『巨狩人ヘラクレス』ってことかいな。びっくらだあ。おいらあ、ほぉんと、よぉく死ななかったべぇ。ええぇ?」

「小垣君小垣君。中身が違うかもしれない小垣君。口調が実に乱れているわよ」

「……どーしたもんだかぁ。どうすりゃ良いんだべかぁ…………?」

「駄目ね、彼は今混線してるわ。五分ぐらいしたら元に戻るんじゃない?」

 静奈がカウンターの下から酒の空瓶を出して、ケースに詰めながら言う。埋まった箱をドアまで運び、ドアの外にあった新しいのと交換する静奈に、椰子原はインタビュアーの血が抑えきれず、気になっていたことを問いかけてみた。

「あの、いくつか質問しても!」

「あら、好奇心旺盛ね。良いわよ。簡単なことだけね」

 魚が水を得たかのように一気に畳みかける。

 小垣の中にいる彼の正体は何なのか。こんな街で鬼形児の人達は何を思うのか。彼らは外に出たいと思うのか。鬼形児について貴女はどう思っているのか。鬼形児はどうして大争乱を起こしたのか。今ここに住んでいる鬼形児の数はどれほどか? 彼らの生活形態は? あ、あと静奈さんの年齢は? と。矢継ぎ早に息も付かないで。

 いっぺんに喋りすぎて咳き込んでしまう椰子原。好奇心で動く椰子原に、静奈は一つずつ丁寧に語ってあげる。

「私の口から言えることは少ないわ。〈主人公〉のことと、鬼形児についてと私の感情。でも他の質問は答えられないし、ただの好奇心だけじゃ期待に応えられない。それでも良いんだったら、話してあげる。これで」

 静奈は三本の指を立て、情報料を要求する。静奈は、椰子原が財布から恐る恐る出してきた三万円を投げ返し、さらなる一桁上を求め、若きレポーターを愕然とさせる。

 椰子原は負けずに、嘆き咽び泣き叫び、たまに狂ったように笑う小垣のポーチからデジタルカメラを引っ張り出し、SDカードを抜き取った本体と、銀製の万年筆と付き返された三万円を並べ、差し出す。

 静奈は今度は満足そうにそれらを受け取る。交渉成立。情報を解禁してくれるのだ。

 椰子原は左手に手帳、右手に鉛筆、カウンターにはボイスレコーダー、と用意はバッチリだ。静奈と椰子原は視線を合わせると同時に動き出した。

 ポチ、と電子音は唐突に。

 静奈が手に持つ小さな箱。中心に一つだけ付いているボタンを彼女は押している。

 ガクン、と静奈が沈み、下に消えた。

「えっ?」

「きゃふふふふうふ。これは頂いていくわ。この街じゃこういうことにも注意なさいね。私からのア・ド・バ・イ・ス。じゃ、お先にしつれ~い」 

 静奈のいた足下に穴があった。それが閉じていき、静奈の声が聞こえなくなった。

「………………………………………………………………………………え?」

 最初は何が起こったのかと困惑していた椰子原も、段々と現状理解が進んでいったようで、ふいに穴の前でわなわなと手を震わせ、感情のままを叫ぶ。

「……も、持ち逃げされたぁー!」

「あー、さっそく騙されたか」

 立ち直った鼎が、下階に盗人を追おうとする椰子原の肩を掴んで止める。

「あんたじゃ無理だと思うぜ。あの人が本気で逃げたら俺でも捕まえらんねえ。真の鬼ごっこの申し子だよ、あの人は。ただの人間のはずなんだけどなぁ」

 昔、彼女に横取りされた物品たちに思いを馳せ、鼎は諦めの息を付く。

「盗られた時点で、あんたの負けだ。絶対に大切な物だったら捕まえるのを手伝ってやるが、それで無ければ諦めてくれ」

「そんなぁ。知り合い同士じゃなかったの…………?」

 無防備な泣きべそ顔を見せて、鼎の中に新たな境地を開拓する椰子原から慌てて目を反らし、鼎は本人から聞いた彼女の特性を教えてあげる。

「盗める時に盗む。それがポリシーらしくて、身体が勝手に行動しちゃうんだとか。このバーは静奈さんの持つ隠れ家の一つ。ここにいればまあそう見つかることはない。カメラと万年筆売り払ったら帰ってくるんじゃないか?」

「……少なくとも、あの人が〈廃都〉に住んでいる理由ははっきりしたわ」

 盗人猛々し過ぎるからだわ、と椰子原が青筋を立てながらどこかから出したメモに静奈の情報を書き刻む。〈廃都〉はクソったれな奴がいる、と。

 それを否定し切れない鼎はただ誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。怖くてメモを奪い取ることさえ躊躇われる。それでも取り上げたが。

「あ……。そういえばあなたの説明がまだだったわね。私のメモ帳コレクション全部取ったんだし、そろそろ教えてくれても良いんじゃない? あなたの正体」

 その来たるべき質問に、待ち構えていた鼎は、さっと身を翻し、言い放った。

「俺は、……小垣渡のもう一つの人格。つまり僕は二重人格だったんだ!」

「嘘でしょ」

「はい嘘ですごめんなさいすみませんもう二度としません」

 出会った時からずっと考えていた最終兵器は、一瞬で撃沈した。

 ……くっ、バカっぽいからこれで絶対騙せると思ったのに……!

「小垣の中身? 毎度のごとく心が口から洩れているわよ?」

 慌てて口を押さえるがすでに遅し。拳を鳴らす椰子原が迫る。女には手を出せず、かつ眼を離すわけにもいかない鼎には、勝ち目も逃げ場も無い。両手を挙げて投降する鼎に、椰子原は容赦なく詰め寄る。彼女の私刑リンチが今、始まろうとしていた。


 不意に、そんな穏やかな安息は、破砕音と共に終わりを告げる。


「…………っな、何これ……ッ!」

 破壊の力がさんざめく。鼎の心を硬直させ、小垣の耳朶を殴る暴力。

 その名は音。透明感のある騒音の連なりがレンガ通りに響く。騒音はガラスが割れる音に近い。だがその音には境目が無く、一つの音として成り立っている。

 一回に撃ち出される掃射ではない。一発ずつ撃たれる連射でもない。

 一度撃ち始めれば止まらぬ機関銃のように、掃射と連射を併せ持つ、悲鳴。

 いつ終わるとも知れない町を貫く暴力の波は、始めは遠くから、小さい音から大きいそれに変わっていき、少しずつ近付いてくる。

 ここに来てようやく鼎は反応した。音が鳴り始めてまだ三秒足らず。騒音に耳を塞いで蹲っている椰子原の腕を掴み、立ち上がらせ、ピタリと止まる。

 間に合わなかった。


「……見つけたぞ!」


 ドゴ、と。通りに面している壁が外から破裂し、音の連鎖が止まる。

 代わりに爆発かのような暴風が壊れた壁から入ってくる。吹き込む風をバックに、誰かが一人、穴の縁に立っていた。赤い全身スーツと隻腕の影。

 たった一人の存在は鼎と椰子原を凝視し、まず破顔した。

「すぐに死ぬかもだろうが、初めまして人間ども。ヒーローだ」

 ニッと笑い、白い犬歯が光った。


              Fe


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