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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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灼熱融解②


 不壊城鋭利という存在について。

 名前は昔お世話になった人物から。苗字は自分で付けた。壊れぬ城という姓は、鋭利自身を指す言葉である。敵に攻め込まれようと、砲撃されようと、兵糧攻めされようと、けして壊れぬ城のように、鋭利の身体は硬く、鋭く、何もかもを受け止める。

 獣化系既変幻獣型『鉄処女(メタル・メイデン)』。その能力の本質は、金属との一体化である。

 金属を食すことこそ派手だが、真に凄まじきは、摂取した金属を体内で変化させ、排出できることだ。体内の金属を肉の一部として弄くり、金属具を製造する。この機械仕掛けの左腕も、鋭利が幾重にも工夫と技術と知識を駆使し、開発したものだ。

 体内の金属は鋭利にのみある特殊な臓器と、あらゆる金属を溶かす血液自体に備蓄されている。そのため体重は常に一定せず、左側の義肢が無くとも充分な重さを保つ。

 金属の流れる肉体は鉄よりも硬く、鉛よりも柔らかい。

 金属の全てを受け入れ一体となり、血を流して体外に放出する。鋼鉄の処女《アイアンメイデンという処刑器具より取ったこの名。それこそが『鉄処女』の意味。

 

 鋭利は金属の指で流れる血潮を感じていた。本当は感じるはずないのだが突っ込まれている右腕の痛みと鉄の指が溶けていく感触が、血液の流動を感じさせるのだ。

 脳内に、ある一つの姿を想像する。『鉄処女』はそれに応えようと鉄血を走らせ、やがて右腕の内に新たな異物を生む。それを機械の指で掴み、一気に引き摺り出す。

 シュパッ、と。

 黒き粒が舞い、引き抜かれた黒い物体は血で染め上げられ、鈍い光を放つ。

 黒き金属はあくまで長い。人の身から出たとは到底思えない二メートルを優に超すその太く力強い輪郭は、剣の形質を取る。鍔は無く、手にする柄から厚い刃は伸び、片刃の凶暴なフォルムは真っ直ぐと敵を指す。

「そちらに合わせるなら『覇剣デュランダル』とでも名づけようか。聖人が振るいし、竜殺しの剣。良いねぇ。今日は調子が良い。うん」

 言葉の途中、右腕の大きく開いた傷口がズブズブと閉じ、元の大きさに戻る。

 計り知れない負荷がその手に掛かっているはずなのに、鋭利は引き抜かれた大剣を右手に持ち替え、片手で試すように幾度か振るい、肩に乗せた。

 鋭利は赤竜へと向き、ニタア、と凄惨に笑んだ。

「良すぎる」


 やばい。

 黄色の〈主人公〉、『イエローマジシャン』は感じていた。目前の黒い鬼が大剣で風を切る度に竜の身体を焼く、その焦燥感を。

 音ではない、何らかの力が空気を鳴動させ、情報を伝える。その力の名は殺意。

 純然たる殺意がイエローを食そうと、口を開いて構えている。ドラゴンの身体と魂が嘆き叫ぶ。異界の絶対捕食者である竜の魂と肉体が怯えているのだ。

 上の仲間に助けを求めたかったが、彼らは黒い鬼が発する刺すような闘気に中てられ、見惚れてしまっている。竜と同じく、負けを受け入れてしまっている。

 何となく、鬼の黒いジャケットが微かに揺らいだ気がした。

 そして、黒鬼の足元が、爆ぜた。

「……ぉお…………ァ、ッ!」

 イエローは何も考えないまま、とにかく跳んだ。竜の全身の筋肉を振り絞ってその場から離れようとする。一秒でも早く、一センチでも遠く、と。

 それが彼の命を救った。

 イエローのいた場所に、黒い化け物の暴力が舞い狂う。

 地面を割り砕きながら一瞬で突き進んできた黒き鬼が、振り上げた大剣を打ち下ろし、さっきまで竜の肉体があった地点を中心に、大地の一部を消し飛ばす。尻尾の先端が斬撃に掠り、それだけで骨まで抉られ、根元から千切れる。

 竜が無様に背中から落ちた時、黒い鬼は二撃目を構えていた。

 悪魔。

 その単語が畏怖とともに、自然と竜の心の中に浮かんだ。

 痛みを悶えることさえ許されてない気がした。だから悟る。

 既に生死の選択権は自分には無いのだ、と。

 死を嘆き、悼み終わったらそのまま死神に連れ去られる。死への道は敵によって定められ、疑問を感じることなく自分は死を選ぶのだ。

 イエローは同化を解き、竜の魂を異世界に返した。これまで生きてこられたのは、付き従ってくれたドラゴンのお陰だ。それを竜にとっての異世界なんかで、自分なんかのために一緒に殺させてしまえるほど、彼は非情にはなれなかった。

 帰り去っていく竜の魂に今生の別れを告げ、その場に座り込み、来たる死神の刃を静かに待った。悪魔の一撃が迫る。ゆっくりと眼を閉じた。

「くぉんのバカやろぉー!」

「グォホォォッ!」 

 物凄いパンチが頬にクリーンヒットした。

「なんでもー! オマエって奴はオレの楽しみをどうしてくれんだクソー! 勿体ねぇー! だって竜だぞ、竜! かなりレアでカッコよくてちょー強ぇー西洋の伝説だぞ! それをみすみす帰しちゃうって、えー! だって、えぇー!」

 駄々を捏ねられて、その間にもかなり強いパンチの連打が鼻とか頭にヒットして、意識が飛んでしまいそうな猛撃の中、苦労して心の内を吐露する。

「あ、あの殺意ぃ。あんたの殺意に俺様たちは覚悟して、抵抗を諦めたんだぁ」

「ほうほう。それはつまり、あの竜も負けを認めていたってことかにゃー?」

 それに首肯すると、黒い鬼は満足そうに笑んだ。その後で慌ててこっちの最強スタイルがドラゴンであることを確認し、胸倉を離してくれた。

「じゃ、勝ったことだし、あちらさんも丁度良く終わったようで、逃げようかね」

 黒い鬼は投げ捨てた『覇剣デュランダル』を拾って、傷口の中へと戻していく。二メートルの鉄槐が魔法のように飲まれてゆき、腕の中に『食われて』いった。

『シルバーレイ』が降りてくるのを待ってる背中に、イエローはつい聞いてしまった。

「なぜ、そんな強さを持っているのに、逃げているぅ?」

「ははっ、〈主人公〉と真正面からやり合えって? 無茶言うねー。君たち血の気の多い奴らが多いじゃん? 本気で殺らないととても止まらないからさ、殺しは駄目だよと教える立場として、オレが殺っちゃうわけにも行かなくてねぇー」

「し、しかし、」

「ま、オーレを倒したければレッドの馬鹿でも呼んできなー」

 と笑い、黒い鬼は右の手を強く握った。その拳から血が滲み、地に垂れる。

 右手を開くと、黒い血液が手の上で踊るように姿を変え、一つの物を作る。

 それは、縁が割れた、闇のように濃い漆黒の仮面。

 その仮面を、イエローは知っていた。その持ち主の名を。その者の過去を。

「……! そ、そんなっ、まさか、そんなことがっ……!」

「ま、秘密にしとけよ?」

 血に塗れた手が、仮面を握り潰し、破片が手の中に吸い込まれていく。

 なおも食い下がろうとするが、丁度ターゲットの少女が戻ってきて、黒い鬼はブーツの踵でこちらの後頭部を強く踏みつけてきた。

 その一発で最後の気力を刈り取られ、イエローは気絶した。


 最後の一人を片付けた鋭利は、銀架に腕を引っ張られて、小さな丘を登った。

「オレも挨拶すんの? 他人は迷惑だろ」

「死んだ人は何も言いませんよ。鋭利さんには会って欲しいのです」

 是非とも、と言うので白い石柱に手を合わせて、挨拶してみる。

 何を言えば分からなかったから、妹に銀架と名付けたことへの断りと、彼女が大食いでわがままなのは貴女の教育のせいなのか、生まれ付きなのかを訊ねてみた。

 ふと鋭利は横で合掌する銀架に、そっちの戦いの経緯について訊ねてみた。

「苦戦してたみたいだったのに、いつの間に決着ついてたけど。どう勝ったの?」

「鋭利さんに見惚れていた所を、不意打ち!」

「……オマエってもしかして、けっこう強い?」

 返ってきたのは、柔和に口角を上げて見せた、素敵な笑みだった。

 

           Fe


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