蒼炎高炉③
銀架の先案内で歩いていったのは、隣の地区の第六地区だった。この地区は確か、知り合い、というか元仲間が統治してた場所だったような。
「変なとこで運命感じるねい。『水銀』元気にやってるかなー?」
ん? とこちらの独り言に振り返る銀の少女。何でもない、と手を振る。
銀架の足は賑やかな通りから寂しい方へ寂しい方へと、道を行く。段々と足元の道も整地されてない、砂利と雑草だらけに。墓参りと言ってたからには、行く先は墓所だろうか。周囲の寂びれた情景はすでにそういう雰囲気を醸し出している。
あのさ、とトボトボと歩く背中に話しかけようとして、それが銀架に遮られた。
「ここら辺、私の出身地区だったんですよ。孤児院だったんですけど」
「あ、そうなんだ。ずっと〈主人公〉だったのかと」
「あの組織は二年前からです。姉が死んで、一人で生活してたら〈主人公〉に捕まって、ヒーローになったんです」
「相変わらず乱暴な勧誘方法なこと。それで、二年間ヒーロー、か」
「はい。他に生きていく方法も、生きようという気力もありませんでしたから……。他人に従ってれば良いというのは気楽でした」
でも、とうらびれた廃墟たちを見て、寂しそうに。
「でも、〈主人公〉に入れられてから、ここに来れてなかったので……。このカビと苔が混じったような空気、懐かしい匂いです」
「うーん? 良い匂い、なのかな? 腐敗臭がない分マシか」
しかし、ここにはさっき言ったような、枯れた匂いしかしない。
人や動物どころか、好き勝手に繁殖する木々の気配すら感じられない。虫や雑草はあるようだが、逆にそういうのが揃ってながらどうして他の生物がいないか謎だ。
それほど隔絶された場所とは思えないが、何だろうここは。
「ここって、他に人は住んでないの? 通りの方はいっぱい居たけど」
「人、ですか? いえ、少なかったですけど、何人か住んでる人いましたよ。確かにここまで誰も見ませんでしたね。皆さん、住処を移したんでしょうか?」
「引っ越すのは分かるけど、人っ子一人もいないとなるとどうも不気味だな……。ここ一帯が死んでるみたいだ」
ああ、と納得する。鋭利は思い出した。
この匂いは、死の匂いだった。
「? どうしたんですか?」
「いや、何でも。お姉さんのお墓はどの辺りだい?」
「もうちょっとです。ここの奥に丘があって、ああ、あそこです」
言われ、銀架が指差した先に視線を伸ばす。密集した住宅街の中に、ふと小さなスペースが生まれた。スペースの中心には、赤土の剥けたちょっとした丘があった。
そして高さ五メートルほどのその頂上には、一個の石柱が刺さっていた。
「あれか。目立つところに作ったのな」
「あそこは、姉さんのお気に入りの場所だったのです。あれ? お花が」
背伸びしている銀架が、墓前に置いてある枯れた花を見つけて、言う。
「白い花。誰か来たんでしょうか。でも、誰が?」
「世話してる人がいるのかもね。苔も生してないようだし」
「そうですか。もしそうだったなら、安心して出て行けますね」
挨拶してきます、と銀架が駆け足で丘を登っていく。
白いモノリスの前に着いた銀架は、両手を合わせてお祈りする。
銀架が、目を瞑ったのだろう、少し俯いたと同時に、鋭利は慌てて叫んだ。
「……ッ! 避けろ……ッ!」
声が届いたのか見る前に、鋭利は重い衝撃に襲われ、横に吹っ飛ばされた。
飛ばされた鋭利は、突進を仕掛けてきたソレに巻き込まれたまま、コンクリの壁に叩きつけられる。壁との間に押し潰され、グウゥ、と肺から息が漏れた。
白いインパクトから視界が回復する。目の前に襲撃者の黄色い巨体があった。
「ぬふふう。見つけたぁ、捕まえたぞぉお」
眼前にある口が、生温かく、生臭い息を吐き出す。
「……ッ、く、くふゥ」
なおも力を加えてくるので変な声が出た。
一部の間もなく挟まれてしまったので腕は動かせない。打撃を加えようにも不可能だ。しかも敵の巨体は妙に硬く、刃物が効くかさえも疑わしい。
このままでは押し潰されてしまう。はあ、困った。困ったなあ。
「っとぉ、その手は食わないぞぉお」
黄色い巨体が思い出したように鋭利から離れた。そしてそいつは大きくバックステップして、後ろにいた同じ格好をしている三人と合流する。
四人になった全身タイツ、〈主人公〉はこちらに警戒の意思を向けた。
「ニヒ。よーくお気づきで。至近発破は嫌よなあ」
パラ、と鋭利は義腕である左手を開き、四個の弾薬をそこから覗かせる。それらを、出した時と同じように掌に開いた射出口に戻して、左手を下ろした。
「鋭利さん、大丈夫ですか」
上に跳躍して回避してたのか、銀架がこちらの後ろに降り立つ。その髪はしなやかに広がり、銀色に輝いている。あの一瞬で能力を発動するとは、大した反射神経だ。
「ダメージはあんまない。いきなりだったから驚いたけどね。銀架はっと、無事避けれたようで幸いだ。っで、」
鋭利は待ち伏せしてたのか、今まで付けていたか知れぬ無礼者どもを胡乱気に見て、その格好を一人一人確認しながら、
「ヒーローが浅部に出てこれるんだったら、先言えよ……」
と、うんざりした顔でどこかにいる誰かに向けて、恨み言を呟いた。
Fe