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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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蒼炎高炉②


 どうしようもない戦闘衝動を発散させるように走り続けていた鋭利は、結局銀架を抱えたままで浅部第五地区に入った。人の少ない路地から闇市のストリートに出たもんだから、人の喧騒の差異に面くらい、ようやく混乱から立ち直ったというわけだ。

 肩から銀架を下ろして、街、というか人並みを見回して、鋭利は安堵した。

「ここまで来れば、もう大丈夫かなー」 

 ドキドキと、疾走を急に止めたせいで、激しく叩く心臓の鼓動を宥めつかせながら、周囲に〈主人公〉の姿が無いか、一応見ておく。

 浅部の人口は普通の人間が多くを占める。ここならば〈主人公〉も手を出してこないだろう。ただの人間を殺すのを元は一般企業だった〈金虎〉が避けているからだ。それゆえに浅部にヒーローが出現することはほぼありえない。

 とはいえ、今朝のようなイレギュラーが起きる可能性も十二分にあるのは、〈廃都〉の魅力というか、欠点というべきか。何にせよ〈廃都〉のらしい話だ。

 奴らがいないのを確認し、再び胸を撫で下ろして、鋭利は銀架の手を取った。少し強引に、引っ張って、

「ほら。ボーっとしてないで。折角来たんだから楽しもうぜぇ」

「えっ、ちょ、楽しむって」


 しばらく二人で街を散策していると、さらに賑やかしくなり、店も増えてきた。平和だという評判通り、道行く人たちの表情も皆明るい。薬の売人やゴザを広げて怪しげなディスクを売る露店と一緒に、料理屋や子供の走り回る姿もちらほら。

「そういえば銀架、今着てるその服どうしたの? ヒーローの戦闘服は捨てたんだとしてもその服はここじゃ貴重なものだし」

 鋭利が女子高生だと勘違いしたセーラー服も、着れる状態で現存してる物は貴重だ。わざわざ外から買わなければ入手できぬはずだが。

「あ、これは盗みました。これを着てスキップしていたおじさんを殴り倒して」

 どうやら鋭利の知らぬ間に世界の裏側で悪事が進んでいたようだ。

「それで正解だ。世界の平和は保たれた」

 偉いので頭を撫でてやる。お、触り心地が良い。

 銀架の手を引っ張ってリードする。目的の店を見つけたのだ。

「消耗品でもついでに買っとくか。お、こりゃ品揃えが豊富だいねー」

 テント付きのガンショップに腰を下ろし、物色しつつ銃を厳選する。

 ショットガン弾二ダースに、大口径のオートマと弾倉を三つ買い取り、隅の商品に目を輝かせる。

 珍しい。MK-2小機関銃だ。これは食指が動かされる。買う。

「銀架も一つ持つかい? これくらいなら丁度言いと思うぞ」

 リボルバー式の小型拳銃を片手に振り向くと、銀架は子供たちに囲まれて動きを封じられていた。ショップ店員の催促をあしらい、料金を支払って銀架の下へ。

 幼い子供たちに囲まれている銀架は、どこか戸惑っている感じだった。

「どうしたんだ?」

「子供たちがさっきからこれを買ってくれって………」

 子供たちは、銀架の周りで小鳥のように次々と歌う。

「これじしんさく!」「おれのがいちばん!」「やすい、はやい、うまい!」「かって、かって、かって!」「おどろきごひゃくえんだよ!」「かうしかない!」

 どうやら定食屋の子供が混じっているようだ。

 伸ばされた手の中を見れば、なるほど。金属片とガラス石で作ったアクセサリーのようだ。ぐちゃぐちゃで稚拙な代物だが、この子らの作ならば中々の出来である。

「買ってやりゃいいじゃないか」

「でも私、『ゴヒャクエン』なんて物、持ってません」

 ふむ。合点が行く。こいつは元〈主人公〉だった。必要な物資は全て〈金虎〉から支給される彼らには、お金と言われても何のことだか思いつかないだろう。

「あぁーと、オマエちょっとそこで見てろ。どれ、……うん、これにするよ」

 世間知らずのこの娘に似合うような物を見繕って、見えやすいように小銭を出す。こんな場所で売っているようなもの、旧日本のお金でも十分だったのだが、双方の子供たちのために、価値が高く、換金し易い新日本の硬貨で払ってやる。

「わあ、ありがとう!」

 売り子の子供たちは喜んで、別の客を求めて走っていった。売れるとは思わないが子供なりに生きていこうとしているのだ。スリも兼ねてるのだろうが、それも含めて微笑ましいではないか。

 もう片方の子供は、憮然としていて、何とも悩ましげだった。

「むー。つまりあれは物々交換なのですか? ここでは要らない無駄な物同士を交換するんですね。そんな金属、戦いに使えるとは思えません。あなたなら食べれるから良いかもしれませんが。むむ、これはもしかして子供たちに騙されたんですか? あ、しかし、あなたも金属を渡していた。これはつまり、あなたも子供たちを騙していたんですね。お互いがお互いを騙しあう。なんて極悪非道な世間!」

 なんと人聞きが悪い。これだから戦うことしか頭に無いブルジョアは。この娘の将来が不安だ。まあ良いや。

「はいこれ」そのまま銀架に差し出す。

「ん? 私は食べませんよ。私には必要ないものです」

「必要さ。女の子なんだから。これは付けるものだよ、こうやって」

 アクセサリーの裏を少しねじって、ポケットにあったピンと組み合わせ、銀架の前髪に留める。くすんだ灰髪に白銀色の花の細工は、思った通りよく似合っていた。

 銀架は髪留めを気にするように触って、しばらくそわそわしていた。

「何というか、落ち着きませんね」

「気に入ったかな、銀架」

 すると、くすぐったいのを我慢しているような仕草を見せてくる。

「慣れません。名前って、モジモジしちゃいます」

 微笑みが思わず浮かんでくる。初めて化粧をした妹を見ているようだ。テレビドラマで見たシーンが重ねる。自分の過去は重ねられない。造られた自分たちに家族なんてものは存在しない。代わりに今の鋭利には〈金族〉というホームがある。いつか重ねられるようになれたら良いと、そう願う。

 銀架は周りを見渡して、一転、暗い表情を生み出した。

「……皆さん私に笑いかけてくれます。〈主人公〉にいた時には無かったことです」

「んー、仮面でも被ってなければ誰も〈主人公〉って分からないし、こんなちっちゃい子が残虐なことするところなんて、誰も想像できないだろうしな」

 さりげなく小さいと口が滑ってしまったが、銀架は何も返してこなかった。 

〈主人公〉の行動理念は正義だ。だがその『正義』の結果生み出されるのは人々の笑顔ではなく、〈金虎〉の利潤と『悪』と断じられた者の死体だけである。忌み嫌われている〈主人公〉だが、彼らは、唯一知っている理念に従っているだけなのだ。

 一度目を付けられると一族郎党まで、というと誇張が過ぎるが、チーム壊滅まで追い込められるのは確かな、火薬庫のようなヒーロー集団に、表立って反抗しているのは先ほど遭遇した〈彩〉か、または鋭利のように個人で活動している、よほど実力に自信があるスタンドアローンな連中だけだ。鋭利の場合は〈金族〉に属していながら、しかもチーム名がバレていながら活動を続けているのだから、かなりリスキーである。そこは〈金族〉の族員を信じているから、と格好の良いことを言っておこう。

「さーて、そろそろこっから出よっか」

 疑問の表情で見上げてくる銀架に横目を合わせながら、

「〈主人公〉から逃げ切るには、〈廃都〉の外まで行くことだよ。外に出れば奴らも追ってこないし、外のルールに守られる。ま、それはそれで新たな苦労が、衣食住とか行く宛ての問題があるだろうけど、死ぬよりはマシってことで」

「え……。ずっと守ってくれるんじゃ……?」

 捨てられた犬のような瞳が胸に突き刺さる。う、と左胸を押さえる。

「と、ダメダメ。可愛い顔して誘惑しちゃいかんぜぇ。そりゃ、できる限り守ってあげたいよ? でもずっとは無理だ。すでに目を付けられてる身だったのが今回ので決定的になった。〈金族〉は『悪』認定されましたおめでとー、だ。オレらは六人ぽっちの個性派集団。あっちは総勢何百人もの戦闘集団。――戦える相手じゃない」

 勝てるとか勝てないとか、そんなレヴェルではない。戦え、ないだ。

「……すみません、変なことを言って」

 丁寧に諭されたのが余計利いたのだろう、自分が馬鹿なことを言っていると気付いて、銀髪の少女は一層落ち込んで、顔を沈めてしまう。そんな銀架を見て、何か言って元気付けてやりたいと思うが、残念ながらピロートークのストックが無いのが自慢の鋭利さんなのだ。戦うことしか能が無いのってこういうときやぁーねー。

「まぁーまぁー、気にすんな。若いんだから気にせんとあかんよ」

 俯く銀架の頭を撫でてやる。されるがままの銀架の髪の間を、鋭利の無骨な指が梳いていく。いつもは無骨とか思わないのに、この細く透き通るような銀髪の中にあると、やはりどうもゴツゴツしてるのを意識してしまう。

「……分かり、ました。でも最後に少し、」

 手の下で少女の頭が振動した。

「少し、〈廃都〉を去る前に寄っておきたいところが」

「ん、構わないけど。どこだい?」

 桃色の小さな唇が紡いだ。

「姉の、お墓参りに」


           Fe


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