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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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蒼炎高炉①


 攻めのチャンスは一瞬だけ。それだけでことは足りる。

 虚呂の能力は四種ある異能分類の内、異次元法則を呼び込んで使う能力、次門(じもん)系の一つだ。別世界の法則を持ってくるのに『門』を開けないといけないことから、こう名付けられた次門系の異能は、奇想天外なことをいくらでも起こせる。

 虚呂の『焦失点(バニシング・ポイント)』と名付けられた異能の場合、『認識がうつろう世界』とでもいう異界から『ずらす』をベースに、そこの法則をこの世界に呼び出している。影たちの感覚をずらしたのも視力が無くても生活が送れるのも、これの応用だ。

 これのお陰で彼は空も散歩出来るし、物理的な力を持って戦う鬼形児たちとも手合わせが出来る。その多便性は『鉄』や『金』と比べても見劣りしない。

 人気の無い道を歩き、影らを追い求めていると、あっさり見つけられた。

影たちの潜伏場所は虚呂の直感と技能を持ってすれば容易に見つけられるようだ。伽藍の推測によると、恐らく似たような行動パターンなのだろうと。隠密の彼らにとってすればいい迷惑だろうが、虚呂にすればざまあ見ろと嘲笑したい気分だ。

 だが影をまとう彼らに、笑ってる暇を与えてくれる優しさはない。迷うことなく五人が一度に動き虚呂を取り囲む。四人が光を返さぬ刀を抜き、切りかかってきた。

「〈無重之足袋〉」

 動こうとしない一人が言う。走る四人の姿が一気に速度を上げる。

 こちらのがら空きの急所に、四人の影が切り裂きかかる。

 しかし、その時には虚呂の仕掛けは終わっていた。

 眼球、首、胸、腹。避けもしないまま、虚呂はその必殺に身体を晒す。

 ドヌッと低く、濡れそぼった音が各部から響くいた。

 虚呂は刃に貫かれたまま、四人の覆面の下の顔を想像して、

「――惜しいね。もう少し後ろだよ」

 今度こそ嘲笑った。

 四人の影の前で虚呂の姿が掻き消えた。そして新たな人影が生まれる。虚呂が映し出されていた空間の、二メートル後ろに。

「ふふ、君たちの弱点って自分たちが騙されるわけないって信じちゃってる部分だよね。いや、違うか。君たちの場合は騙されても関係なく、ただ任務を達成するって決め込んでいるんだね。そらあ、人間相手じゃそれは可能だろうけど、僕たちみたいな鬼相手じゃ、させてもらえるわけないよ。甘いね、意外と」

 四人の影はすぐに動こうと刃を返し、脚を運ぼうとし、だが動けなかった。

「死んでるよ。とっくに」

 四人は驚愕の意思を表す前に、倒れて重なった。

「手応え無いなぁ。でも一人は残しておくっていうのは、警戒の印なのかね。僕はこれで君たちを八人分殺したよ? そろそろ死んでくれても良いんじゃないかな」

 オープンに死を願う虚呂は、足元に転がる影の死体の腕から、片刃のナイフを取って手にした。その武器の名前は、確か〈屈折之刃〉。

 一人の影が倒れる四人に注目する。死の理由を探しているのだ。傷は無い。

「言っとくけど、彼らを殺したのは呪いじゃないよ。僕が彼らの心臓の電気信号を隣の人と『ずらし』てあげたから、心臓が拒絶反応を起こしてショック死してしまったんだよ。電波の『ずらし』は初めてだったけど成功したみたいだね。良かった」

 虚呂は夏という暑さの季節の中で別天地にいるように、朗らかに笑んだ。

 身長を合わせ、声を同じにし、顔を揃え、体重を整え、身体を黒で包み。

 とことんまで個性を排斥し些細な動きをも合わせていようが、心臓の鼓動までは共にできない。血の流れまでは一緒にすることなどできない。不思議な道具を持っていようと、どんな鍛錬を積もうと所詮は人の身。生物としての限界は越えられない。

 残った一人の影は肩を落とし、落胆の意を表す。

「我失望。全滅、無情」

「君は口が軽いね? 悼んでやれよ、仲間でしょ?」

「甦。〈死骸之杖〉」

「おっと、待った」

 袖から枝のような杖を出そうとする影の腕を、虚呂は空中に張り付かせて、止めた。影が動かそうとしても身体はそれを拒否し、彫像の固さを保つ。

「それだよ、最もメンどくさいの。最初見た時は見破れなかったけど、それもきっと使ってるよね、僕たち鬼形児の肉。死体。使ってるよね? この武器全部に」

 ひらひらと〈屈折之刃〉を左右に揺らす。横からの風に煽られ、また小さく。

「君たちの妙な自身の源はこれだったのかい? 道理で。この刀なんか大腿骨をベースにしてるね。争乱の後、死体を盗んだのは君たちの組織だったのか。ま、僕たちの暴力(ハザード)を君たちは防ぎ切れなかったもんね。もし自分たちの力になったらと思うのは、非常に納得のいく話だよ。今回も材料集め、〈七大罪〉の肉体が目的だったんだね」

 うんうん、と首の縦振り。目隠し布の端っこが動きに合わせて上下する。

「てかさぁ、」

首を三度目で止める。口元の笑いを潜め、ゆらり、と身体ごと傾け、


「……消されたいんだよねェ、人間?」

 

 質が変わる。空気の。言葉の。汗の。音の。鼓動の。そして、殺意の。

 怒ろうが現状は変わらない。何ら、進んでいない。

 影は動きの支配を取り戻しつつある。このままでは浅部での繰り返しになる。

 だが虚呂は、怒りを口にする。憤怒にまみれる。一時の激情に身を任せたくなる。

 鬼形児という一つの種の、仲間の死体を玩ぶクズ共に、異能ではなく拳を。力も無く、技も無く、それでも怒りの篭もる拳をぶつけたくなる。

 現実では不可能なこと。虚呂の拳で打とうとすれば、痛めるのは虚呂の方だ。彼の生身は非力なそれでしかない。

 便利な力を持っていようが、蛮行が許されるのはこの箱庭の中だけ。この街に引き篭っているからこそ、外の人間たちは鬼形児のことを見逃してくれている。

 拳から力を抜く。敵はもう杖を構え発動しようとしてる。

 虚呂は重なる死体に近づき、首に小刀を当てる。切れ味が良い、素人の虚呂でも楽に切断できた。その生首を持ち上げ離脱する。とりあえず今は二個が限界だ。

『必殺。〈屈折之刃〉』

 生き返り、三つになった影が唱和し、斬撃を屈折させ、飛ばす。

 斬線は空気だけを切り裂いた。虚呂は嘘みたいに消え去り、影のみが残った。


 影は気配の消失を確認してから、刀を持つ腕を下ろす。

 三つの影が二体の首無し死体に、感情の混じらぬ視線を向ける。即座にしゃが み、皮を剥ぐように死者の装備を回収し出す。証拠を残さぬように。黒い影たちは誰にも聞こえない声で囁く。その姿が空気のように希薄になり、やがて見えなくなった。

 二つの裸の死体だけが置き捨てられ、それもいつか人を食うことを覚えた野生の獣、もしくは飢えた鬼形児の腹に収められ、消えてしまうだろう。

 名も顔も捨てた彼らは誰に知られることなく、こうして存在を無くした。


          Fe


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