第二章 精製作業①
第二章 精製作業―混じりあう灼熱―
虚呂という鬼は、多くの者が感じるだろう第一印象の通り、スタンドプレーを好む気質だが、一応チームに所属していた。〈金族〉の『銅』として。
そしてごく稀に、他人の力を頼ることもある。それが今だった。
「さて、ね。どこにいるのかなぁ?」
虚呂は、誰に聞かせるでもないような、独り言のように呟いた。
虚呂の懸念とは、〈七大罪〉の生き残りのことである。
〈廃都〉に住む者ならば誰もが知っている最強の英雄、〈七大罪〉であるが、その実態を把握している者は少ない。一般的に知られているのは鬼形児という種の最強の七人だということと、一人が『覚醒罪』で、彼女の死をもって大争乱は幕を閉じたということだけ。
それ以外のことは何も知らされていないし、何も残されていない。
知っている者が極少ないというのもあるが、詳細を知っているであろう争乱を経験し、彼らに近しかった鬼たちほど、何より語りたがらないからだ。
彼らの功績を、その栄光を口にしようとしない。
恐怖か礼儀か約束か、それともそれは当時の罪悪感からなのか。
虚呂は、十年前にあった人と鬼の戦い、首都大争乱に参戦していない。
まだ幼かったからだ。十年前といえば虚呂の年は八才。能力者としても未熟な第一段階の時期だ。せめて十二歳は無ければ第二段階の能力は目覚めてはくれない。《金族》で最年長の『錫』は現在二十三歳だが、あの性格なので戦闘はしていなかっただろう。
当時を知らない虚呂からすると、十年前に活躍してた伝説の彼らは、実力云々以前に遥か遠くの存在であり、御伽話上の人物である。遠すぎて、イメージも掴めない。実は実在しないと言われても深く落胆するが、驚きはしないだろう。
だが、影の形をしたスパイたちは、〈七大罪〉の生存を仄めかしていた。
捕獲しに来たと言うからには、影たちはすでにその居場所を掴んでいるはずだ。できるなら彼らより先に、〈七大罪〉と接触を果たしたい。
「ってわけで、話しておくれよ、伽藍」
状況説明を終えた虚呂はその名前を呼んで、口を閉じた。聞き役に徹して沈黙していた柔和な顔の男が、苦虫を奥歯で噛み潰した、そんな渋面になる。
「……迷惑の予感しかしませんな。わけなど、聞かなければ良かった」
「ご愁傷様。約束したわけじゃないから、断っても良いけど?」
「また貴方は意地の悪いことを言う」
今度は苦笑を作り、伽藍はカップを手に取り、中身の紅茶を一気に飲み干すと、
「教えてもらったからには、教えて返す。それが情報屋としての矜持です。たとえそれが厄介事の知らせであったとしてもね。にしても、人間が〈七大罪〉を捕らえに来るとは。無謀というか何というか、自殺行為ですなあ」
「うん、僕もそう思うけどね。でも放っておくわけには行かないでしょ?」
「それもそうなのですがね」
と、老紳士のような風貌の馮河先伽藍は仕方なさそうに一つ溜め息を溢すと、テーブル越しのこちらに向けて、言う。
「では、何を知りたいのか。私の知識を貸しましょう」
「〈七大罪〉。それについて君が語れる限り、全て教えて」
「また無理難題を……。彼らの情報はそれだけでタブーなのですぞ? しかしせめて、彼らの生存については話さなければでしょうね。ええ、渋々ですが」
「うん、よろしく頼むよ」
では、と伽藍は咳払いをし、居住まいを正した。
「一般的に知られているのは、『淫欲』の『覚醒罪』が争乱で死んでいること。そして残りの〈七大罪〉が急に消息を絶ったこと。これくらいでしょう。ちょっと優秀な情報屋に聞けば、『傲慢』が争乱後にチームを造ったということも知れるでしょう」
「へえー、一人は生きてるんだ。じゃ、それ以上の情報については?」
「深淵部に住むモノ、あるいは先の争乱を前線で経験した者ならば、『怠惰』と『嫉妬』が争乱の中で死んだことを知っているでしょう。三名の死は確定しています」
それが意味するところはつまり、
「残りの四人の生存は、可能性があるってことだよね。所在不明で」
「ええ。『傲慢』はチームを造り、『憤怒』『強欲』『大喰』の三人はどこかに消えた。残念ながらその三人の足取りは掴めておりません。『憤怒』と『大喰』は仲違いして同士討ちになった、という話も上がっています。死んだとは聞いてませんが……」
重い口振りで伽藍が黙ってしまう。彼でも、それ以上は知らないということか。
「うーん、困ったねえ」
「力になれなくて、申し訳ない」
正直、伽藍頼りだった虚呂もこれで手詰まりだ。どうしようもない。
目隠しと老け顔の男が二人して真昼間のカフェテラスで頭を抱え、声を唸らせる。通行人が奇妙な目で眺めてきたが慣れているので気にしない。
発想を変えてみよう。大罪の名を冠する彼らが十年間生きて、暮らしていたとすれば、彼らにも生活があるはず。まずはチーム、そして居住区が必要である。そしてこの街で生き残るには、特に鬼形児は、戦いを避けることは難しい。もし、最強と名高い彼らが戦うことを続けていたとすれば、そのチームは否が応にも有名になるはずだ。
「……強い奴から順に当たっていけば、案外楽に見つかりそうだね」
晴れそうも無かった暗雲に光が差し込み、虚呂の心が少しばかり躍る。
「ありがと、参考程度にはなったよ。じゃあ、そろそろ僕は」
「おや、そうですか。お心添えとして、情報をもう一つ。影のことです」
「ん、あいつらもしかして有名なの?」
「噂ですよ、ある奇妙な武器を使う奇妙な密偵の噂話。都市伝説の一種かと思ったらまさにその通りのスパイと出会ったと貴方は言う。ならばお気を付け下さい、虚呂。噂の内容通りなら、彼らが使う不思議な力の武器の正体とは、」
伽藍は言葉の途中で切り、わざとらしくタメを作ると、ある事実を言い切った。
「鬼形児の死体なのですから」
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