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鉄処女のリゾンデートル  作者: 林原めがね
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間章 原料手配ミス

 間章  原料手配ミス



「強さ、とは何だ?」

 力を持った声が室内に染み渡った。最上階のフロアを全て使った部屋の中は広く、それゆえ呟きは反響することなく飲み込まれ、消滅する。

 部屋には高級なインテリアや家具が、持ち主の成金趣味を示すように所狭しと並べられていた。その一番奥にあるデスクの上に、そのヒーローは堂々と座る。

「強さ、とは何だと思う、社長?」

 彼はマスクだけを外し、近くにある壮年の男の顔に再び話しかける。彼の答えが聞けるまでここを退かないと言うように、真っ赤なヒーローはしつこく質問を繰り返す。


 ここは〈廃都〉でも特に進入が難しい、深淵部に残っている一番高いビル。金虎国際貿易株式グループ本社ビル、通称〈金虎〉の最上階社長室である。

 返り血に染まった衣をまとうこのヒーローは、〈主人公〉の総司令の座を持ち、その証として『No・1』という称号を授けられた、〈廃都〉でも屈指の実力者だ。

 歴代の『No・1』は社長との面会を許される。だから彼がここにいてもおかしなことではないのだが、部屋中に漂う夥しい血の匂いと不穏な空気が、赤いヒーローの異質な存在感を際立たせていた。

 異質。彼の身体には歪んだ所が一つあった。あるべき所にあるはずの物が無い。

 赤い衣の左腕部分の下が、凹んでいた。

「腕力か? 速度か? 才能か? 知識か? 繁栄か? 金か? こんなものじゃ、どれだとも言えない。どれも絶対的な答えとしては足りない」

 彼は質問を変えて何度も聞き返す。たとえ返ってくるのが沈黙だとしても、真っ直ぐと社長と語り合おうとする。

「答えないな。折角俺が質問しているというのに。まあいい。俺が思うに、強さと言うのは至極根本的で当たり前なことだ。他者を、世界を変えれること。それだ」

 隻腕のヒーローは返答を待たずに語る。自分をヒーローとして育ててくれた金虎という男に対して、語る。自らの人生の教訓を。

「俺は幾つもの人生を変えてきた。数え切れない程の人を滅ぼしてきた。とにかくこの街を、欺瞞と悪に満ちた世界を変えようとしてきた。しかしある時、これでは変えられないことに気付いたんだ」

 その言葉に金虎英(ひで)(とし)は、二十年前に〈金虎〉という企業を立ち上げ、〈主人公〉のシステムを作り、〈廃都〉の支配を目論んでいた男は口を開かない。その後にどう言う言葉が出てくるのか、すでに分かっているかのように。

「社長には感謝している。孤児状態だった俺たちを〈廃都〉のヒーローにまで育ててくれたのだからな。名前も使命も居場所も、仲間も与えてくれた」

〈主人公〉は幼少から調教を施され、組織のために動く殺人兵器へと育てられる。ヒーローという分かりやすい正義を彼らに与えることによって、疑問も遠慮もなく、子供だろうが女だろうが処分するようになる。ヒーローとしての自分を正当化するようになる。

 自身にあてがわれた唯一の存在理由を守るために。

「だけど、視界が狭すぎだった。これじゃ駄目だった。〈廃都〉を変えようと力を尽くした所で、外の世界がどう変わる? 俺たちを生み捨て、世界を壊し、争いを続ける愚かな人間たちを、諸悪の根源をどう変えられると言う?」

 金虎は何も言わない。

「俺が『№1』としてやるべきは、他者を圧倒する最強の力を求めること。そして最強ならば、全てを変えられるだろうな。社長、俺たち鬼形児には力がある。だから、世界を変えに行く。爆弾の枷からも、解放させてもらうぞ」

 金虎は何も言わない。言うことが出来ない。

「……正直に言えばここで別れを告げてしまうのは、悲しい。だが俺はヒーローとしてどんな困難にでも、どんな悲劇にでも負けちゃいけない。犠牲は悲しいけどしょうがない。それは俺たちに言い聞かせてくれた社長がよく分かっているよな」

 金虎は何も言わない。

 その彫りの深い顔立ちからは威厳が静かに滲み出、ロマンスグレーの総髪にはポマードの艶が光る。金虎の顔や頭に目立った異変は無い。それでも閉じて開かぬ厳格な目尻も、苦節を刻む皺も唇も、何も語ろうとしない。

「俺に『レッドフェザー』と、金虎戦利(せんり)という人の名前をくれた社長には心から感謝している。だからな、こんな不出来な俺だが、空から見守っててくれると嬉しい」

『No・1』は金虎に人としての名を貰える。『戦利』と名付けられた最後の赤い『No・1』は金虎のこめかみに手を当てて、喋り続ける。

「見ていろ。俺の『最強』の証を。〈主人公〉こそが一番強く、正しく、誇り高き生き物だという証明を。俺たちのような優れた人種を、壊れた街に閉じ込めた人間らに、俺の『最強』を叩き付けて、俺の存在を証明してやる」

 そして『No・1』は金虎の、頭を持ち上げる。手の中で回し、千切られたグチャグチャの断面に下から視線を這わす。滴り落ちる血液を浴びるように。

〈金虎〉は、たった一人の謀反によって〈主人公〉への優位性を引っくり返され、果てにはその命をも奪われた。そこの人間は全て速やかに処罰された。彼に殺されたほとんどの者は死んだことに気づかぬまま、死ねただろう。

 最後に、ゆっくりと丁寧に愛情篭めて首を引き千切られた、金虎英利以外。

 赤い男は片手の遺骸を机に置くと、社長席後ろの全面ガラスの前に降り立った。

「まず手にするは、最も世界を変質させた力、『覚醒罪』! その力を復活させ、〈主人公〉を最強の兵に仕立て上げる! この世の正義をひっくり返す!」

 赤い腕が何重にもぶれる。空気の捻れる音が室内を満たし、ガラスの前で集結。

 瞬間、ガラスは粉砕した。高度ゆえの強風が室内に雪崩れ込む。

『No・1』は虚空に踏み出し、六〇を超えた階層の最上階から飛び出した。宙に踊るその姿は落下しながら側面を蹴って加速し、空中で掻き消える。

 異音が響き、捩れたように闇が波打つ。異音を追いかけるように周辺の高層ビル群のガラスが、見えない空気の波紋によって砕けていく。

 血の如く赤き鬼は〈廃都〉を巻き添えに、自身の証明を果たそうとする。

 運命という名の化け物が始動する。

 鼓動する。駆動する。起動する。変動する。微動する。作動する。

 動き出す。

 カチ、と部屋の中で歪んだ時計が一つ進み、七月一日の到来を闇に知らせた。



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