殺し屋さんの一日
俺の名は舘武。
いわゆる殺し屋さんというのを生業にしてる。依頼人から金をもらって、そいつの気に食わない奴を始末する。実にシンプルで分かりやすい仕事だ。
――だから俺は、この仕事が好きだ。拳銃のトリガーを引いて、成功すりゃ大金、失敗したら人生からバイバイ。勝ちと負けがハッキリしてる。世の中は灰色にまみれすぎてるから、こういう生き方以外は、俺にはちょっと面倒なのさ。
さて、と。そんなこたぁどうでもよかったな。今の俺の状況を説明しよう。
ビルの前に立ってる。あるいは、ビルが俺の前に建ってる。二十階建てほどのビルだ。夜だが、まだ誰もが眠ってるほどの時間じゃない。窓のあちらこちらにポツポツと明かりが灯ってる。
まあ、俺が用があるのは窓じゃない。ドアだ。ドアから、ある男が出てくるのを待ってる。
もう、待ち始めてから二十分ばかり経った。ぽつ、ぽつと雨が降り始めて、俺の体に当たる。
「ちぇっ」
別に雨程度で仕事に支障はきたさないが、今来てるコートはクリーニングから戻りたてなんだ。報酬が入ったら、またクリーニングに行ってもらわなきゃならんな。
そう思っていると、ドアが開いた。
一人の太った男が顔を出す。眉毛も太い、唇も太い。数人の屈強そうな男をすぐ側に従えている。
ま、そんなこたどうでもいい。とにかく、それがターゲットの顔であることを確認した俺は、すぐさま拳銃を取り出し、ぶっぱなした。
命中。男の太い眉毛と唇がぶっとび、鮮血がまきちらされる。
どう考えても生きちゃいない。あばよ、市会議員の富岡さん。
富岡が死んで、周りの男どもが騒ぎ始めた。が銃を抜く奴はいない。いたかもしれんが、発射される前に、俺はその場を駆け去っていた。
もちろん、男どもは追跡を諦めたわけじゃない。集団になって、俺のいる方へと走ってくる。俺はビルから少し離れた路地裏へと入った。もちろん、男どももついてくる。
「プレゼントだ」
俺はそう言って、一個の物体を投げてやる。
「手榴弾だ!」
「退け、退け!」
男たちはパニック状態。
ほどなく、男たちが「手榴弾」と言った物体が爆発する。いや、爆発という表現は正しくない。実際には、その手榴弾状の物体から発せられたのは煙幕だったからだ。
男たちの罵声と、ゴホゴホとせきこむ声を後に、俺はそこを悠々と立ち去った。
――嘘。実際には走ってた。ちょっと余裕が出来たからって、逃げる時は急ぐさ。
仕事をすませた俺は、その足で町外れの和風の屋敷へと向かった。
町の暴力団・梶尾組の組長、梶尾隆太の住まいで大邸宅。同時に、俺の今回の依頼主の住まいでもある。
そ、俺は今回、梶尾の依頼で富岡を始末したってわけ。今までは富岡と梶尾は一緒に町を動かしてたが、最近利害対立が激しくなったとかなんとか。まあじじいどもの痴話喧嘩なんてどうでもいいか。
ともあれ、梶尾邸に着いた俺は、黒服どもによって中に通された。中庭の見える和式廊下へと案内される。その廊下に、中庭の池を見つめて座っているやせた老人がいた。
梶尾だ。
「始末はつけたよ」
俺は言った。
「確実だろうな?」
梶尾がギロリと俺をにらむ。
「妖怪ならともかく人間だ、頭が飛び散って生きてはいられんだろうさ」
「ふむ、よかろう」
「じゃ、報酬を頼むぜ」
「ああ」
俺は背後に殺気を感じた。
拳銃を抜き、見ないで撃つ。直後、ばたりと人の倒れる音がした。音の方をちらり見やると、案の定、銃を持った男が倒れている。
「これがあんたの報酬かい?」
「お前には死んでもらっておいた方がいい」
「口封じってわけだ」
よくあることだ。鉄砲玉は無口な方がいい。この世から消えてくれてりゃ最高だ。
梶尾のじいさんの気持ちはよく分かる。
「その通りだ。お前はここから逃げられん」
梶尾がそう言うと、廊下の向こうからドタドタと音がした。何十人もいる梶尾の部下が、こちらへと向かっているんだろう。ま、案の定ってとこだな。
「そうでもないさ」
俺はそう言って、一つのスイッチを取り出した。
「なんだそれは」
梶尾が驚いた声を出す。
「屋敷に爆薬をしかけといた。こうなる可能性が半々以上だと思ってたからな」
「待……」
最後まで聞くわけない。俺はスイッチを押した。
爆発音があちこちから鳴って、屋敷が揺れる。同時に、悲鳴がそこかしこから聞こえた。
梶尾もまた動揺している。
「ま、待て。悪かった、報酬は倍にしてはら」
それがじいさんの末期の言葉だった。言い終わる前に俺の銃弾が眉間にめり込んだからな。
「じゃ、失礼」
俺はじいさんの懐をまさぐって財布を抜き取った。
そして、火災と爆発の混乱に燃える屋敷の中を駆け抜け、去った。
梶尾邸を去った俺は、今度こそ悠々と歩き、行きつけのバー、「クロノス」へと向かった。着いて、ドアを開ける。ドアにすえつけられた鈴がちゃりんと鳴った。
店の中は相変わらず薄暗く、陰気くさい。ま、そりゃいつものことだ。
俺は店の中をさまよって、目当ての相手を見つけた。
奥のカウンターに座っている一人の女だった。
「あら、お帰りなさい」
女は微笑んだ。
名は二階堂真澄。俺の恋人だ。超美人。
まあ、いくらでも男がいるようなんで、俺専用の恋人ってじゃないが、そこはこだわらない。
独占欲は薄い方さ。
「ただいま」
俺は言いながら、真澄の横の席に座った。
「どうなったの?」
「ターゲットは死んだ。依頼主も死んだ」
「あら」
「案の定、依頼主が裏切りやがった。だからおウチを爆破してやったのさ。ま、死んだのは爆発のせいじゃないけどな」
「怖い世の中ね」
「まったくだ、用心しないとな」
俺はスコッチをあおった。
「でも、裏切るんだと思ってたなら、わざわざ家の中に出向くこともなかったんじゃないかしら?」
「いきなりぼかーんってか?」
「その方が安全でしょ?」
「裏切らない可能性もあったからな。その場合は見逃したさ」
「律儀な人ね」
「それだけが取り柄さ」
そう。それだけが取り柄で、ルールだ。
舘の財布には思った以上の金が入っていたので、ホテルで寝た後に、真澄に二十万ばかり渡してやった。
政財界の大物を「パパ」にたくさん持ってるこの女にとってははした金だが、俺は稼いだ時には女に貢ぐ主義だ。
まあ、そういうわけで平凡ないい一日だったよ。
ご読了ありがとうございました。
本作品は「妖怪世界の女子と猫」のスピンオフとなります。
舘武はその作品の脇役として登場しますので、興味のある方はご覧ください。
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