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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第五話
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この道の先

 月明かりが木々を照らすと木の下には濃く青い影が落ちる。そうして森は静寂の色に染められて、風も穏やかな夜の空気に浸っていた。

「おはよ、ここどこ……キース。」

「……おはようございます、夜ですけど。ここはクレインの森ですよティルさん。キースはいません。」

「は?!」

 慌てて飛び起きたその一瞬で、ティルの眠たそうな表情が失せる。困惑と警戒、そして怒りの気持ちが膨れて溢れていくのをイアンは感じた。そしてその心を映す水面の様に、ティルの顔は困惑と警戒と怒りに歪んでいた。実に感情豊かで、実に正直だとイアンは思う。そういう人間ほど珍しく、実のところイアンは苦手であった。

 ティルは寝床にしていた何かの葉の寄せ集めから動かず、イアンもそこから大人五人分の距離の所に腰掛けて動かない。一歩離れると表情が見えなくなる、この微妙な距離感は二人の心にもある。イアンはティルの腹部に視線を落とした。

「傷、すっかり良いようですね。」

「君は、えっと、もうどうでもいいや!キースのやつ、どこいった?!」

「町とだけ。そうそう、明日には出発するそうですよ。ティルさんも支度をしておいた方が良いのでは?」

「あー!!そういうことね!くそ!」

 警戒、困惑という順になくなり、心にただ残った怒りのやり場を見出せず、ティルは大声で悪態をついた。イアンは思わず苦笑する。

 そしてその横に眠る桃色の髪の少女に目をやった。ティルとはまた違う純粋さ、その無垢な赤い瞳を思い出す。あの大声の真横にいても目を覚まさず、胸が微かに上下している以外は動きがない。

「それで、」

「?」

 立てた腹をどうにか横にして、ティルは寝床から起き上がりながらイアンが持つ袋を指差した。細く乾いた草木を編んだような袋だ、中身が詰まっていてかなり大きく膨らんでおり、イアンが運ぼうとすると持っているというよりは背負うか引きずるかという格好になる。それが三つイアン足元に転がっており、これもまた草木を編んだような紐が口を縛ってイアンの手元まで伸びていた。

「それは何?」

「これは薬草、それからこちらは木の実、こちらは木の皮や」

「君も、一緒に行くの?」

「はい。セイ、セイリアのお供をしようかと。」

「じゃあ全部置いて行った方がいい。」

「は?」

「キース怒るよ、荷物多いと。必要ないものばかりだし。あと、髪が長いのも。だらだらした格好も嫌がるし、あー、靴も履いた方がいいね。」

「な、ななな」

 側にあった自分の麻袋の中身を確認し、ものの数秒で身支度を終えたティルがイアンの周りをウロウロと歩き、垂れ下がる衣服の裾をつまんだり布を巻いただけの足をつついたりする。そうしている内に戸惑うイアンの顔にかかる青い影が現れ、二人はその者の方を見た。月明かりを背負い、紫の双眸だけが影の中で光っている。

「あ!キースお帰り!」

「ティル、出発するぞ。」

「うん。この子にきいた。名前なんだっけ?」

「イアンです。」

「これからよろしく。」

「あ、よ……」

 イアンが言い終える前に、キースが眉間に皺を寄せて首を傾げた。それに気付いたティルが、イアンの顔の前に右手を突き出して静止させる。鼻先を掠る寸前まで突き出された手のひらに目を眩ませ、イアンは黙った。そしてこれの訳を尋ねるより先に、ティルの心を読み取ってキースの方を見る。まさか想像もしなかった言葉を、ティルは予測しているのだ。

「キース、違った?」

「ああ。」

「ふぅん?」

「ここからは、お前と俺だけだ。ティル、お前の分の荷物。」

「え?なに?飯?」

「ちょっと待ってください!」

 目を白黒させているイアンなどお構いなく、受け取った布の塊に意識を切り替えるティルと、涼しげな表情にも見えるキースが、イアンの青い目の中で泳ぐ。イアンの心は誰も読んではくれない。布広げ、それがただのローブ一枚だとわかって落胆してから、ティルが口を開いた。

「この子は一緒に行くつもりみたいだけど。」

「何故?」

「な、何故って!僕はセイリアに」

「この先、あいつとお前は同じ目的を果たそうとする。」

「え、はい。」

「それは俺には関係のないことだ。」

「!」

「俺にもね!」

 ローブを丸めながらティルが明るく便乗し、絶句するイアンとの表情に格差をもたらした頃、少年の罵声が聞こえてきた。三人には聞き覚えがある声である。キースは相変わらずの無表情で、イアンは戸惑いながら、ティルは渋く顔を歪めてその方を見た。

「こんばんは、仲間割れ?だとしたら……だから離れろって!」

「いやだ。」

 ナサエルと、ナサエルにまとわりつく森の精霊だった。 三人に嫌味のような微笑みを向けたかと思えば、引きずってきた精霊を鬼の形相で振り払おうとするナサエルの背中に、それでも精霊は落ち着いた表情のまま張り付き、肩に顎を乗せて三人を見る。三人は、それぞれの思いのままの表情をして固まっていた。

「ナサエル何しに来たんだ?それに誰、あいつ。」

「ティルおはよう、ボクは森のせいれい。名前がないから、こんどナサエル君につけてもらうんだ。」

「つけないって!ボクは精霊が嫌いなんだ、あっちいけよ!あ、はい、キースさん。急いで持ってきたから数えてないけど、足りるはずだよ。」

 ナサエルは自分の顔の大きさほどの皮袋を三つ持っており、精霊を背負ってひきずりながらジャラジャラと音を鳴らしてキースに渡す。その音を聞いたティルは目を見開いた後、満面に笑みを浮かべてその袋を受け取ったキースの横に張り付いた。

 顔面蒼白のイアンのことを精霊が見て、薄っすら唇を曲げた。

「確かに。」

「ご苦労さまでした。それで、キースさんにお願いがあるんだけど。」

「ハァ?!お前のお願い事面倒だから嫌だよ!」

「またティルさんはそんなこと言ってぇ。」

「なんだ。」

「はい。ボクを仲間にして欲しいんです。」

 とってつけたような歪みのない笑みを絶やさず、ナサエルは淡白に言う。それに対し全身全霊で粘着質に淀んだ気を発しているのがティルは、言葉にならない思いを口走って賑やかした。精霊が、ほんのり微笑してナサエルから離れ、イアンの側に寄り添う。

「ボクを入れても人数には問題はありませんよね。」

「ちょやま、い!ど、や、キ!キ!」

「冒険のサポートなら、多方面からできます。金銭、魔法、そして知識。自信ありますよ。」

「な、お!お!」

「経験不足は伸びしろだと思ってください。ボク頑張ります。」

 淡々と並べられるナサエルの言葉の一つ一つに対抗できる言葉を持ち合わせていないティルは、衝動でキースを掴んで揺らし、悲痛な表情と体で訴える。これはキースのパーティであり、全ての決定権はキースにある。もしキースがナサエルを受け入れたら、そこからあの憎らしい小僧とずっと一緒にいなければならない。

 セイリア、イアンをこの先連れていかないのであれば、枠はある。冒険通行承認証を持つ者は、三人、仲間を連れて四つの大陸とその国々を移動することができるのだ。また、冒険通行承認証を持つ者、すなわちリーダーは、一つのパーティに一人と決められている。そして更に、複数のパーティで行動をする「同盟」は禁じられている。これらはパーティの平等性を保つために厳しく取り決められていることで、破れば規約違反となるのだ。

「イアン。」

「……、……!」

 ナサエルの気持ちの強さに圧倒されてすっかり言葉を失っているイアンを肘で小突き、精霊は冒険通行承認証のことをイアンに知らせる。

(君は、キースさんたちといっしょに行かなければいけない。)

「しかし……」

(だいじょうぶ。ボクは君のみかただ。きもちでまけてはいけないよ。)

「キースさん。ボクは折れませんよ。早く決めて、旅立ちましょう。」

 心と忍び声で会話している内に、ナサエルが迫っていた。ナサエルの心の中には鋭く眩しい希望が煌煌としていて目が眩みそうだ。精霊がイアンの背中を強く押す。

「ボクは、あなたに教えてもらった。そして、まだ知りたい。ボクは、ボクという一人分の人生を綴ると決めたから。」

「それは、ここでもできる。たびをしなくたって。」

「チビ、ここにいたら本当のボクは死ぬんだよ。つまらなく死ぬならいっそ、」

「ナサエル。」

 暴れるティルの腕を押し固め、キースがようやく口を開いた時、ナサエルは続きを咀嚼して飲み込んだ。ティルもイアンも精霊も、瞬きをしないで待つ。キースの冷たく静かな声の続きを。静まり返ったそこに、ティルの息をのむ音の後、キースの息を吸う音が聞こえた。

「死ぬ気で、」

「そう、死んでもいい、旅をして……死ぬなら、」

「……ならば、お前は一人で行け。」

「えっ。」

「ここでの全てにケリをつけ、冒険通行承認証をとり、自分の力で旅立つべきだ。」

「ボクが?まだ子どもだ。それに……ケリ。相手にされない。」

「旅は逃げ道にはならない。まずはそれから死ぬ気でやれ。お前には、できる。」

「!」

「キース!」

「やめろティル、ずっと鬱陶しい。」

「痛い!でも良かった!」

「ナサエル、お前はできる。またどこかで会おう。ティル行くぞ。」

「ボクは……」

「あ!あ!キース待って!」

「……ボク、」

「もう十分待った。」

「キースさん!!」

 もつれて不安定な足取りでキースを追うティルのほんの少しの荷物が回るように揺れている。ナサエルの大声にもキースの歩みは止まらない。ティルだけが恐る恐る、小さく振り返って反応を伺おうとした。悲しみ、戸惑い、怒り、その想像の表情をした少年はそこにおらず、憎らしさを倍増させるような不敵な笑みを携えて、ナサエルは大胆に立ち尽くしている。安堵して背中を追うのに専念できそうだ。

「イアン、なにぼうっとしているの!おいかけて!」

「!」

「キースさん。」

「……。」

 キースの歩みを止めたのは、目の前に降ってきた森の精霊だ。緑の目には感情の揺らぎがなく、静かにその透明さを向けてくる。ティルを抜き、目の前まで駆けてきたイアンが、徐に身を乗り出してキースの手を掴んだ。

「僕の目的……セイの目的を果たすために!僕に、旅を教えてください!」

「……。」

「あ。」

「あ?」

「キースさん。おうさまが、うたげのじゅんびをおえたよ。あなたをさがしている。」

「は?なに?なんなの?」

「……。」

「あなたは子どもたちをすくったえいゆう。ほんとうにそうだ、ちがいない。でも、あなたはみとめない。めんどうでしょう?」

「……。」

「引きずられてでもついて行きますよ!」

「……。」

「ティル、君はセイリア様をよろしくね。」

 森の精霊がニヤリと唇を曲げると、ティルの頭上から突然木の葉が大量に降ってきた。その一瞬で頭まで木の葉に埋もれたティルが、一つ間を置いて木の葉の山を崩して出てくる。そしてその両手に抱えられたものをキースが見て眉間に皺を寄せた。

「行けばいいんだろ、行けば。」

「そのとおり!」

 口から木の葉を落として咳き込むティルの両腕には、桃色の髪の少女、セイリアが幸せそうに眠っている。

 個性の強い応援の仕方に呆気にとられている内に、イアンの瞳に映っていた精霊の微笑みが消えた。風に散っていく木の葉のように、輪郭を曖昧にして緑が舞う。イアンは声が聞こえた気がした。

20151020

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