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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第五話
43/47

大丈夫

 深い森の中、差し込む木漏れ日が、風の流れと共に優しく揺れて肌を撫でる。ハーディーンが我に返った時、ナサエルは抱え込む腕をほどいた。自分であったはずだが、自分ではない“何か”に、身体も心も動かされていたようにハーディーンは感じる。それを、ナサエルは理解してくれているということも感じていた。

「ハーディーン。」

「ナサエル、」

「大丈夫、何も言わなくても、わかるよ。ちゃんと。」

「でも、」

「……うん。」

 ナサエルとハーディーンは、いつも心が通じ合っていた。どんなに離れていても、何をしていても、お互いがどう感じたのかが、お互いの心が自分のもののようにわかった。それが今、きこえなくなっている。ハーディーンが死んだと思ったあの瞬間から、二人の心は二つに分かれた。

 ナサエルが微笑む。ハーディーンはそれを見て、いつもナサエルは泣いているように笑うと思い、いつものように微笑み返す。この不器用な笑顔が心からの微笑みであることを、声がきこえなくても知っているからだ。

「行きなよ。」

「うん。」

 肩に手を置き促す。ハーディーンは、自分が背中を押してやらないと、次に進めないことを知っているからだ。彼が走り去っていく後ろ姿を温かく見守りながら、手のひらに残った温もりを握りしめた。

「兄さん!」

「大丈夫。」

「森の人……。」

「この人は、まだ助かる。」

「何がどうなっているんだ。」

「ハーディーン。あなたも、少しは見たのではないですか?悪魔のことを。」

「……。」

 うつ伏せに横たわるルイに、ハーディーンは触れることはできなかったが、誰よりも近くに来て、その穏やかそうな顔を見て安堵した。

 森の人、イアンの言う“悪魔”が、何のことを指しているのかわかっている。兄の姿を見た時、すぐに彼を救いたい気持ちになったのだ。再会を喜ぶことよりも、今まで抱えて来た思いのぶつけ方を考えることよりも、まず先にそれを刺激してきた黒い影に、心が縛られたことを思い出す。

「それですよ。……しかし、急がなくては。この人は自分で毒を口にしました。今ならまだ解毒が間に合う。」

「なんだって!?」

「あわてないで。」

「誰?!」

「……うるさい。」

 二人の間に、緑の髪をした静かそうな少年が頭を入れてきた。焦って怒鳴りつけてきたハーディーンの口を、少年が両手で押さえつけて口をへの字に曲げる。イアンがそれを見て、唇に薄い笑みを乗せた。この少年が森の精霊であること、そしてルイや自分たちを助けようとしていることがわかったからだ。この場を彼らに任せ、自分のやるべきことを果たすため、その場を後にした。

 イアンがまず向かったのは、異様にうねった形に伸びた太い幹の木だ。三歩遅れてキースがついてきている。その幹から枝のように出ている白い鉄は、キースの魔法剣、レタリオの柄。ボソボソと何かを呟くと、イアンの青い目が緑色に変化し、そして木が真ん中から裂けて伸び始めた。すると、レタリオがその間から姿を見せる。自分の背丈に近い長さの剣を引き抜き、そっと振り返ってキースに差し出した。

「武器と、仲間でしたね。」

「そうだ。」

 剣を腰に収めるキースの隣には巨大な木がある。球根のように丸い幹の中に、ティルはいる。この頑なな木の扉を開けてもらうには、森の精霊の力が必要であった。ティルを癒し、守ろうと必死になっている精霊たちには、イアンの声は届かない。あの時なぜ精霊たちが自分から離れ、そこまでして

ティルに寄り添おうとするのか、イアンにはわからなかった。

(皆の心の声がわからない。心の領域ではないということか。そうだ、わからないことといえば。)

 イアンはキースを見る。紫の瞳の冷徹さに変わりはなく、そしてやはり、キースが何を考えているのかわからなかった。肉声の聞こえる範囲にいる者たちの心の声はしっかりと聞こえているだけに、たった一人、目の前の男だけが異質に感じられた。

「ナサエルー!」

「マリー。」

「ごめん、何言ってるかわからないかもしれないけど!精霊ちゃんが成長してね、それでね、今ハーディーンの所に行っちゃって。ねぇ、ほら、あの子!なんだかカナエに似てるなーって思うのよね。どう?」

「う、うん。そうだね。」

「で、この状況が全く掴めていないのだけれど、キースさんって人は無事ってことでいいの?」

「あ、うん。」

「そ!よかったわね。あの血だらけだったのはなんだったのかな?」

「わからない。だいぶ出遅れちゃったみたいだ。」

「でも、みんな無事でよかったじゃない!」

「うーん、そうでもないよ。」

「え?」

 森の精霊が手をかざす、その先の仰向けに寝かせられた人物、ハーディーンと血の繋がった、彼の実兄。外傷はなく、誰かと争っていた形跡も様子もない。それなのに、目を覚まさないでいること、側についているハーディーンの表情が曇っていることから、状態が芳しくないことを思わせた。ナサエルの視線を追い、マリオーズもそれに気づいた。マリオーズは帽子を深くかぶり直し、フンと鼻息を鳴らして駆け出す。

「私も力になれるかもしれない!行って来るわ!」

「あっ、マリー!」

「なに?!」

「ちょっと待って、多分、大丈夫だし……なんて言うか、その」

「すまない君たち!!」

 まごつくナサエルの背後に突如人影が現れた。辺りに思いきり響いたその声には誰も馴染みがなく、皆が驚き目を見開いてその方を見た。全く穏やかとは言えないが、落ち着き始めていた森に、再び緊張が走る。

20151007

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