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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第五話
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一つだけ

 イアンは念じる。呼びかけの声に森たちは応えず、ティルの傷を癒そうと力を集めて騒がしく動いている。手一杯の彼らの他に、応えてくれる精霊はいると信じ、諦めずに念じ続けた。

(彼を救うための方法は一つだけ。魂を介抱しなければ。彼はこのまま消滅してしまう。)

 心当たりがあるのだ。イアンはそれを信じて疑わず具体的に念じる。ドンという体の中に、ドンの魂を喰らい続ける“悪魔”が棲んでいた。“悪魔”はドンの心の弱さや隙につけこんで無理やり押し入り、それからずっとドンの負の感情を喰らい続けている。ドンの魂はそれを受け入れており、同調するほど波長が下がってしまっている。このままでは、やがてくる“浄化”の時までに、悪魔に取り込まれてしまうのだ。“悪魔”の“浄化”は消滅を意味し、同調していた魂も、ともに無となる。

(悪魔が改心することはない。彼らの欲望は、永遠に満たされることがないのだから!)

 その時、イアンに応える念があった。声にならない悲しみの言葉は、イアンの胸を刺すように届いた。彼を救いたい一心で、彼のそばに居た、たった一つの存在。

「ありがとう、まだきっと間に合います。」

 お面を被った闇の精霊だ。精霊は傷ついた虹色の羽を羽ばたかせながらイアンの背後に浮かび、小さな肩に黒い二本の腕を置いた。イアンの瞳に影が滲み、水を濁すように光を奪っていく。漆黒の眼差しをイアンはドンだったものに向けた。

 肩まで上げた両腕が形を失って、輪郭をぼやかして揺らいだ。まるで黒い炎が踊っているようになったイアンの腕は、その範囲を広げて一帯を抱きかかえる。そこにいたドンも、キースも、自分自身も、闇に飲み込まれるようにして二人と一つが森から消えた。

「ドンはまやかしをみているはず。キース、今のうちに!」

「わかった。」

 信頼はないに等しい間柄ではあるが、利害は完璧に一致している状況である。疑うことなく、見えない剣となった魔法線を振るった。ドンのギョロギョロとした目玉は、ある一点を見て震えている。歯のない真っ黒の口からは舌がだらしなく垂れており、乾いた皮膚に表情などない。幸せな幻覚なのか、辛い幻覚なのか、読み取ることは不可能であった。脳天に剣を突きつけて一思いに刺し込んだ瞬間だ。

「!」

 大きな一つの頭が割れ、音もなく二つに分かれた。目も口も舌もちょうど半分になり、それぞれが別の動きをしながら丸みを帯びていく。首元で辛うじて繋がっている二つの頭ができた。

 キースはすぐ態勢を立てなおし、向かって右側の頭のこめかみに素早く剣を突き刺す。ズボという感触が右手に届き、確かな手応えを伝えた。体内で魔法線に与えた魔力を膨らませ、空気の層を作る。擦り合わせた二種類の空気の、隙間に生じた圧力に、ドンの頭は耐えられず切り裂かれた。

「気を緩めずに!」

 イアンは額に汗を浮かべていた。現状維持に努めているが心は逸るのであろう、投げかけられた語調が乱暴であった。なんら影響を受けていないキースは涼し気に、早速左の頭に剣をつけているところである。恐らくあと一手だ、一手で終わらせることができる。力いっぱいドンの左の頭が吠えた。もはや言葉を残すこともできなくなってしまっている。

「?!」

 イアンの瞳に、にたりと笑うドンだったものが映る。それは胸騒ぎとなり、そして騒ついた胸を落ち着けることはなかった。

 ドンの頭が大きく飛び跳ね、自ら剣に飛び込んできて笑った。そのままお構いなく転がり、イアンに向かってくる。キースは魔法線を緩めて引き抜いた。あのまま操作する時間はない程大振りで速い動き、それに巻き込まれて足元を崩す恐れもあった。

「っ、!」

 イアンは咄嗟に動くこともできず、その小さな体で大きな頭を受け入れることになってしまう。キースが頭を追い越して駆けつけ、イアンを突き飛ばしてなんとか事なきを得た。二人は傾いていた体をすぐ起こし、通り抜けて行った頭の方を向く。

 青い目をしたイアンの腕は元の人間の形を取り戻しており、影の抜けた一帯のせいで、明るくなったように感じる。うつ伏せの様子で動かなくなっていたドンの頭に、再び束ねた魔法線の剣を定めた。

「!!」

 好機とも思えたが、イアンは見慣れない人影を見逃さなかった。ドンの魂を“悪魔”から切り離すため、ドンの肉体を壊さなければならない。その時、たった一つだけ気をつけなければいけないことがある。

「キース!手を止めて!」

「?」

「なんということだ……!」

 悪魔は人間にとりついて己の欲望を満たそうとする。同じ次元を生きる悪魔と人間は、お互いの命に手をかけることができない。そして寿命や肉体をもたない悪魔は、人間の死と共に身体を離れることになる。

 だがこのドンにとりついた“悪魔”は、魂から魂へ感染する上、絆を利用して再び体を得るということがわかっていた。絆とは、血筋や信頼、愛などといった、特別な間柄のことである。この王国の中心人物であるドンは感染力こそ凄まじい範囲に及んだが、悪魔を許したが為にほとんどの絆を失ってしまっている。しかし、一つだけ、ドンが頑なに手放さない絆があった。

「そんな、なぜ……?!」

「なぜ?この男の絆を絶つためだ。」

 低く響く男の声が答えた。キースはドンの頭を魔法線で捕らえながら、その男を見る。長身の男の鋭い目つきと意志の堅そうな唇は、何処かで見たような顔付きだ。長い金髪を後ろで一つに束ねているのと、首に大傷の痕が目立っているのが印象的だった。

「あなたがここに居ては!」

「……もう一度言う。俺は、この男の絆を絶つためにここへ来た。」

「もう絶たれたも同然だった、そうでしょう?!ルイさん……!」

 ドンには息子が一人いた。血の繋がらない、それでいて誰よりも優秀な、自慢の息子であった。それがこの首に傷のある男、ルイだ。ルイは首を横に振り、そして冷ややかな目でドンだったものを一瞥する。傲慢な義父から離れていったルイは、離れた後もドンとの絆に縛られていた。

「父上。あなたは、優秀な魔法使いの血筋に優秀な魔術士の名を着せる為、そしてそれを唯一無二の存在にする為、どれだけの命を奪ってきた?」

「そうして何を得た?」

「人の温もりも心も、血の通った身体も、我をも奪われるに等しいものを得られたのか?」

 再び一切の光もない闇に辺りは包まれた。キースとイアンはそれに伴い、身体が硬直してしまって自由に動かせなくなった。もがこうとするイアンと、この状況を判断するための情報を静かに探るキースの目の前で、ルイが一歩ずつドンに近づいていく。

(それは、そのやり方ではダメだ!)

 声の出ないイアンは心で叫ぶ。脳裏にはルイの考えと想像が同じように浮かんでいた。今ここで義父の魂を身体から解放させ、自分の絆を頼りに悪魔を得ようとしていること。そして、ルイの身体の中に、命を急速に蝕んでいる何かがあること。悪魔を得た後、自分の身体ごと悪魔を葬ろうとしているのだ。しかも、それを手伝っている二つの精霊の存在もある。

 また一歩進んだ時、ルイが咳こんで吐血した。それでも目標を見失わず、魔力に精霊の力を宿して、真っ直ぐ力いっぱいドンにぶつける。ドンの頭は笑っているような、泣いているような声をあげ、そして抵抗することなく肉体を砕かれ、崩れ落ちた。

「……っ、!!」

 膝を崩して悶えるルイの体内では、悪魔を受け入れようとする思考と、相容れない存在に染まりきれない魂が上手く同調せず、脳から血管の細部といった全てが悲鳴をあげている。

 柔らかい風が吹き始めた。ドンの身体が粉のように舞い、彼の絶命を確実に知らせる時、キースとイアンは闇から解放されて仄暗い光を得たが、身体はまだ動かない。だが、声は出せるようだ。

「あなたも一つだけ失いきれていない絆があるでしょう!!」

 もう後悔にしかならない叫び声は、ルイには届かない。ルイの身体を覆い隠すように、風が渦巻いている。その余波を受けて、身動きのとれないでいるイアンとキースの髪が穏やかな呼吸をするように揺れていた。

 風の精霊と思われる存在が、身体に寄り添うようにして、ルイの死を待っていた。闇の精霊と思われる存在が、死を阻止するかもしれない二人の自由を奪ってそれを見守る。彼らの誤算は、イアンにしかわからない。

「もう……手遅れだ……」

 イアンがそう呟き、キースは聞き逃さなかった。その呟きの後ろで、荒い息遣いが数人分聞こえていることも。三人の子供の足音が近づいてくる。それに伴って、一つだけ絶望に似た声が聞こえた。

「兄、さん……!」

 この声の主を知っている。誰もが見間違えるような、ルイと同じ顔立ちの、碧眼、金髪の少年。少年を、誰も止めることができない。

20150914

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