戦う理由
ティルは一目散にレタリオを飲み込む木の幹へ駆けつけた。そして辛うじて見えている柄に手を伸ばし、その掌に魔力を集中させた。
(そうだ、この感じ……!)
柄に触れると掌からレタリオに魔力が吸い込まれていく。なんとも不思議な感覚だ、ティルはくすぐったく思いながらも、魔力を惜しみなく注ぎ続けた。大量の魔力を吸い込んだレタリオが反応を始める。熱をもち始めた柄、そして幹と剣の隙間から、白い煙のようなものが上がっている。その煙がやがて黒く変色し、焼け焦げる臭いが広がっていった。いち早くそれを感じ取ったキースは大きく後退してイアンと距離を置くと、同じように距離のある所で、口角を上げている仲間を視界に入れた。ティルとキースは目を合わせ、そして同時に頷く。隙のできたキースへ、容赦無くイアンの腕が、鋭い木の枝が、突き進んできた。四方から襲いかかる枝を待ち構えるようにしてキースは立っている。その冷静な紫の瞳に枝の残像が残り、そして消えた。
「?!」
イアンの腕の先が明らかに切り落とされ、切り口や落ちた枝から炎があがる。距離を縮めてすぐ横に来ていたティルを見ると、その両手には大剣、レタリオが構えられていた。レタリオの唯一の装飾、赤い石は赫耀と煌き、そして薄く大きな刃は激しい炎に包まれている。同じ剣とは思えないイアンは、眉を上げたり下げたりしながら目を疑った。
「な、」
「こういう剣なの。」
「……。」
イアンはティルの心を読んだ。炎があがっていることを、ただただ喜んでいる。それは心を読まずしても、ティルの誇らしげなあの表情を見れば誰にでもわかりそうなことである。ティルが大して深く考えておらず、情報の内容は貧相だが、レタリオのような魔法剣の性質、そしてティルの魔力とレタリオの相性についてなんとか理解できた。
「なるほど、知れば知る程気味が悪い。」
「シッケイだな。」
「あなたのことではありません。」
「ティル!」
「!あ、ごめん!」
ティルが会話に気を逸らすと、レタリオの炎が止んでしまう。指摘され慌てて魔力を注ぐと、それに応えてまた炎があがった。それと同時に、今回はレタリオから横に二本、火柱が走った。火柱が向かう先は、キースの右手。キースは指の関節を強張らせて、器用に五本とも別々の動きをさせている。レタリオに炎があがり、火がキースの手に届くまでは一瞬だった。火を受け止めたキースは、すぐ右腕を素早く引いた。
「なんだ?!」
「っ、た……!」
火柱にティルが驚き、それから間も無くイアンが表情を歪めて膝を曲げて身体を固める。上体が固定される感覚がイアンにはあった。肩は上がって両腕は体に張り付いたまま固まってしまい、身動きがとれなくなったイアンに、火柱が三本、キースの手から襲いかかってくる。三本の火柱はそれぞれ腰や背中、腹を何周も回ってイアンを締め付けた。これも一瞬のことである。瞬く間にイアンの腕や肩の肌と、衣服と呼び難い布が熱せられていく。
「どうなってんの!」
「あつ……!」
左右に身体を揺らして狼狽えるティル、締め付けと火傷に苦しむイアンの穏やかでない表情の真逆、眉一つ動かさない無感情のキースが右腕を小刻みに震わせながら引いている。その手からイアンに伸びる火の糸は、強く張っていた。キースが右手の指の関節を動かすと、イアンがより苦しむ。目の前の好機をただ狼狽えて見出せていないティルを、キースは睨みつけて怒鳴った。
「ティル!」
「あ、え、でも、」
「っ!」
怒鳴り声に我に返ったのはティルだけでない。イアンはなんとか熱さから意識を逸らして心をとりなすと、強く踏みしめた足元の精霊の力を操った。草が伸びてキースやティルの脚に絡みつく。躊躇っていた攻撃を、ティルはその足元の草に向けることにした。腰を落として剣を横に凪払い、炎で草を撫でる。躊躇いは加減となり、優しく炎に触れられた草は、それを上回るように勢いをあげて炎に抵抗した。その時剣から火柱が千切れ、瞬く間にその姿が消える。イアンはその刹那を見逃さず、身体を回転させてその場から脱した。わずかだが自由に動くようになった、その隙を利用して。
「あ、あんまり怒るなよ……ごめんって!」
「……。」
既に次の手に回っているイアンを目で追うキースは、静かだが、確実に怒っている。あの時躊躇ったことを後悔はしない。むしろ、緑の髪の少年が素早い動きを見せて後退していく姿を見て、安堵するくらいだ。しかし次はない。イアンは輪郭がはっきり見えなくなるほど距離をおいており、ティルは自分周りの森の力が薄くなっているように感じた。
(何か、手を考えないと……。)
キースもイアンも傷つかない、そんな策を探している。そんな自分とは違い、キースは次の手をもう既に始めていて、それに自分は協力しなくてはならなくなるだろう。キースの靴底が微かに音を鳴らした。枯れた草が擦れる音に、ティルは肩を強張らせる。
「……。」
レタリオから火の気が失せると、ティルは柄を手放してその場に膝をついて崩れた。その横にキースの姿はない。針の穴のように小さくなった二人の影が、交差したり弾けたりしているのが見える。八方に広がる森たちの、悲痛な叫び声だけがティルの耳に届いた。
「お前ら、キースに勝てると思ってんの?……無理だよ。キースは負けない。このままだとイアンは……どうしたらいいんだ。」
伝染するように、ティルの心に悲しみの穴が一つ空くと、穴はどんどん広がっていく。その時ふと頭の中に炎がよぎった。あたたかい火の光が灯り、穴が照らされるとやさしい声が響いてきた。
「ティル、冷静であれ。常に理性で物事を見るのだ。ものの本質を、高みから見極めろ。」
「ティル。お前は何人にも支配されてはならない。もちろん、お前自身にも。」
その声に呼び戻されたように冷え切った心に温もりが戻ると、頭が鉛のように重く、そして冷たく感じた。キースは今戦っている。イアンも、戦っている。自分は、この戦いに何も見出せないでいるのにだ。二人は一体何のために戦っているのだろう。
「止めろと、頼まれたんだ、力尽くでもって。ああ、そうだ。キースは……」
時に冷たいとまで思わせる自分の相棒は、いつもいつも冷静だった。仕事は卒なくこなし、必要以上のことはしない。“戦う”ということに闇雲に抗っていただけの自分は、そんなことも忘れていた。
「キースは、イアンを止めようとしているだけだ。俺も、イアンを止めるために来たんだった。でもイアンは俺たちを倒そうとしている。犠牲として。」
その時森の声がティルに知らせる。キースを手負わせたイアンが、畳み掛けるために力を膨らませていることを。声を掛け合い集まっていく森の精霊たちは、イアンの力となっている。彼らに自分の声は届かない。悲しみに我を失い、元々の目的すら忘れてしまっているからだ。
「違うだろ、俺たちは、アイツの悲しみを膨らませるために戦ってるんじゃない。」
ティルは指先に触れたレタリオに目を落とし、頷いて柄を握る。レタリオにはめ込まれた赤い石が、薄暗い森を照らす炎のように光り揺らめき始めた。
20150119




