思い出した
「キース、どうするつもり?」
「……。」
「止めるったってさ、」
「状況が変わった。聞いている話と違う。だが依頼主がいない今、あの精霊の言う通りにするしかない。」
「だから、それをどうやって?」
目の前で増幅していく森の力は、それが目に見えるティルにとって脅威であった。精霊たちの悲しみの感情が、イアンに吸い込まれるように全て受けとめられていく。そしてイアンの魔力がその悲しみに染まって、キースたちに鋭く向けられていた。
「戦う必要があるのか……話し合えば済むと思うけど!」
「向こうがやる気だろう。」
キースはイアンの出方を伺う。精霊ではないとはいえ、イアンの力は未知数だった。この緑に燃える瞳をした少年は、単なる精霊魔術士とは違い、今までに出会ったことのない威圧感を放っていた。キースの紫の目が、イアンを探る。
「お前は、何故、心の声がきこえない?」
イアンが口を開き問いかけてきた。だが、二人はどちらもその内容を理解できず、黙っていた。その内にイアンの足が動き、ゆっくりと歩み寄ってくる。その目はこちらを刺すように、キースと同じく何かを探ってきていた。
「ティル、援護しろ。」
「でも……」
「これは命令だ。」
「……了解。」
ティルは迷っていた。キースに逆らうつもりはない、そもそも協力すべきなのだが、イアンの手を汚したくはないし、傷つけたくない。集まってきた森の精霊たちはイアンの闘志に応えており、穏便に済む雰囲気でないことくらい、ティルにもわかっている。嘆きの君が帰ってくるまで、そしてナサエルが帰ってくるまで、自分はどのように動けば良いのだろう。
「契約外だが仕方ない。」
「キース、待って。」
キースとティルの足元が揺らいだ。震える靴底を見ると、ヒビが入っていく氷の下で緑が蠢いていた。ティルは掌に魔力を集め、熱量を高める。この緑の牙にキースは容赦無く応戦するだろう、自分が無難に立ち回りたいと思った。足元の悪さを無視して、ティルは駆け出す。炎を上げる両腕を振り払うような仕草をすると、火柱が走ってイアンへ向かった。
「頼むから、ちょっと落ち着いてよ……!」
「残念ながら、それは無理です。」
半身を逸らして火柱を軽くかわすと、イアンはため息を吐いた。迷いのある火柱はティルの腕から離れるとすぐに消えた。駆け出した勢いを止め切れないティルがイアンに体当たりしそうになる寸前、イアンがまた軽やかに半身を翻すと、ティルは氷の床に倒れこんだ。強く打ちつけた鼻と頬骨を赤くしつつすぐ顔を上げ、不安定な足元のせいで重心を揺らがせながらイアンの脚を掴んだ。
「鍵が閉ざされた。力尽くでも奪い戻さなければならない。邪魔をするつもりなら、」
そこまで言って、イアンは冷たく鋭く研がれた目をティルに落とした。ティルは背筋が震えるのがわかった。そうして怯んでいる間、掴んだイアンの脚が振りほどかれ、側頭部を蹴りつけられる。再び氷に叩きつけられ、呻き声をあげながら、滑る床に受け身などとれなかった。滑って視界から消えていったティルなど歯牙にもかけず、イアンは歩を進めていく。対峙し向かう先には、温かさも感情も全く感じられない紫の瞳だ。
「お前は何ものだ?」
「……。」
「ただの人間ではない。」
「それはお前もだろう。」
「……。」
二人は静かに闘志をぶつけ合った。森の精霊たちの悲しい悲鳴は、キースには聞こえていない。おびただしい数の精霊たちが金切り声をあげて、イアンにまとわりつきながら絡み合っている。異様なその姿も、キースには見えていなかった。しかし、そんなことは大した問題ではない。
「生け捕りは苦手だ。」
精霊たちの姿は見えなくとも、その力が強大であることを肌で感じており、更にそれが全開で迫ってくることが容易に想像つくのだ。イアンが攻撃をしてきた時、それと同等の力をもって相殺したいところであるが、人生のほとんどを冒険者として生きてきたキースも、制御されていない力に対して加減して応じることはあまりしたことがなかった。
イアンは軽く跳躍すると、絡みつく森の精霊の力を借りて腕を木に変化させる。 そして枝を四方八方に伸ばしながら、キースの懐へ飛び込んできた。そこには魔法剣、レタリオの鋒が待ち構えている。魔法剣は珍しい精霊石と言われる物質で作られている。精霊石は精霊の死骸と言われており、あくまで噂程度の話であるが、それがその名の由来であった。精霊を身体に憑依させる能力をもつイアンは、そんな話は知らない。だが、魔法剣を気味悪く感じていた。身体中がこの剣を警戒しているのだ。そして、剣よりも冷たいキースのことも。
「気持ちの悪い剣……。」
キースの正面、背後、そして頭上、足元など、ありとあらゆる角度から、その鋭利な枝を向かわせた。イアンが思っている以上に、森の精霊たちはキースに悲しみをぶつけている。明確な殺意をもって、力がどんどん膨らんでいくのだ。キースはそれを感じてか、躊躇なく魔法剣を振り、枝を切り落しながら身体を横に回転させた。左の踵に重心を置いて回ると、瞬く間に死角が変わる。その瞬間に攻撃を把握し、手薄だった右斜め後ろに足を滑らせて移動した。そして間も無く、靴底で上手く氷をつかんで深く踏み込み、イアンに鉾先を向けて飛び出していく。切り落とした枝はすぐ再生し、角度を変えてキースを追う。イアンは半身翻して鋒をかわしながら、両腕の木々を操っていく。
この目に止まらぬ速さで二人は動き続けた。その間、頭を強く打って怯んでいたティルが体勢を整えていた。額からは血が流れている。華奢で子どものイアンの蹴りは大した攻撃ではなかったのだが、氷にまともに叩きつけられてしまった衝撃はしばらく残りそうだ。この足元の氷からは、苦手な少年の魔力を感じる。ティルは苛立ち、そして何よりも不便であったので、両手を氷にかざして自分の魔力を送り始めた。
「邪魔!」
ティルの魔力は氷を作る魔力に働きかけ、熱を帯び、たちまち氷を溶かしていく。それがキースやイアンの足元に届くのに時間はかからなかった。
「!」
キースは足元の変化に気付き、すぐティルを見た。ティルは頷いてキースのその目に応える。通じ合っていそうなこの二人の心の温度には、実は差があった。
「余計なことを……!」
「は?!なんで!」
氷で押さえつけられていた森の力が、一斉に動き出した。草がキースの足に絡みつき、脚を登り、腕に伸びる。もちろん同じようにして脚を固定されてしまったティルが青ざめる頃には既に、状況を理解したイアンが対応していた。腕から伸びる木の枝たちを、キースの剣に伸ばし、絡め取って奪った。思わず舌打ちをするキースが、イアンの深い緑の瞳の中で眉間に皺を寄せている。
「ご、ごめん!」
「……。」
枝が何十にも巻きついて剣を飲み込んでいく。やがて剣の刃が全て覆われ、辛うじて柄が見えているところまで及ぶと、イアンの肩から切り離された。重たく太い幹がその身に剣を深く突き刺したまま地面に根付く。そこで慌てたティルが足元の広範囲に炎をあげた魔力を伸ばした。足元の草木が焼け落ち、キースの動きを封じられていた脚が自由になると同時に、パンツが焦げて穴が空く。ティルは立ち上がりイアンの背後に向かって走り出しながら、動きを封じる手段を考えていた。思い付くのを待つ道理はなく、イアンは再び腕を枝に変えて振り回し始め、近付き辛くなる。キースはそれをかわすことだけしか出来ず、素早い身のこなしも虚しく後退する一方であった。
二人の素早い動きに、ティルはついていけない。何とかしたいのに、自分のことを忘れているかのような二人に置いていかれて気持ちが焦る。一つ、深呼吸をして辺りを見渡した。足元の草たちがざわめき、周りの木々たちは攻撃的に揺れている。悲しみの感情が剥き出しの敵意となり、全てキースに向けられていた。そんな景色の中、木の幹に飲み込まれたキースの剣、レタリオの柄が視界に入り、ティルの目が止まった。
「……。」
魔法剣は、注がれた魔力に応じて魔法のような力を発する。ティルの頭に朧気なある記憶の断片が浮かんできた。キースとこの魔法剣、レタリオを持つ自分。ふとキースの方を見ると、キースが自分を見ていたような気がした。
「あ……思い出した。」
レタリオを握らせてもらった、あの日あの時の手の感触。吸い取られるようにして魔力を注いだ感覚が蘇る。ティルは駆け出した。
20141016




