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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第四話
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名声なんか

 ナサエルを中心にして、氷の世界が広がっていく。冷気に当てられた植物は、その水分が凍結してしまい、微かな音を立てながら崩れる。やがて粉々になって飛び散り、雪のように足元を漂っていた。森の人の足元もすっかり氷が張っているが、何事もなく真っ直ぐ向かってくる。キースは剣を抜いた。

「……。」

 そして、ナサエルが動くのを待つ。ナサエルの目は完全に瞳孔が開ききっていて、だいぶ興奮に集中しているのがわかる。もう、今は何を言っても届くことはなさそうだ。更に、目の前の森の人の動きも気になっていた。森の力をもつ精霊がどのような戦い方をするのか、キースは知らない。鞘を剥ぎ捨て、切っ先を森の人に向ける。地面に鞘が落ちた時、パキンと大きな音が鳴った。その音は沈黙に亀裂を入れる。ナサエルが、森の人が、ほぼ同時に動いた。まず、氷を割って太い木の根が飛び出してきた。その勢いのまま、ナサエルに襲いかかる。

 ナサエルは空気中に魔力を広げ、水分を集めて凍らせると、鋭い氷柱を何本も作り出す。氷柱は木の根を突き刺し、地面に叩きつけた。そのまま地表と一緒に凍結し、動きが止まる。だが、また新しい木の根が、今度はナサエルの背後から飛び出してきた。

「芸のない!」

 ナサエルは死角にも張り巡らせていた魔力に集中し、すぐ背中に生えた木の根を一瞬で氷漬けにした。そして、残りの氷柱を一気に、森の人に向けて叩きつけた。細かい氷の粒たちが、埃のように充満しているそこは、森の人がいた場所だ。しかし、氷の埃が晴れると、そこに森の人の姿はなかった。先程の一発で仕留められるとは思っていなかったナサエルは、どこから攻撃されても良いように、凍てついた魔力を張り巡らせて反撃に備えている。だが、何よりも先にキースが動いた。

「上だ。」

「!」

 跳躍して、キースは高く飛び上がった。向かう先は、音もなく優雅に飛来してくる森の人だ。空中で、森の人はキースの剣の切っ先を迎え撃つことになる。森の人の腕が木の枝のように変化して、深く切りつけられた。キースと森の人が順に着地し、間髪入れずにまた向かい合ってお互いに走り出す。

「仲良しだねぇ、嫉妬しちゃうなぁ。」

 ナサエルはこの好機を見逃さず、森の人の足元に魔力を注ぐ。発達した氷に足を取られ、森の人は動けなくなった。そこへ躊躇うことなくキースが飛び込み、剣の面で頭を殴りつけた。

「っ、ぐ!」

 受け身の暇もなく、殴打をもろに受けた森の人のうめき声が聞こえた。その間もナサエルは絶えず魔力を送り続け、森の人の下半身を殆んど凍らせている。ナサエルの額に汗の玉が浮かび上がっていた。瞳孔が開いていた目に、ほんの少し緩みが出ている。

「ナサエル、気を抜くな!」

 キースが声を張り上げた時、氷が割れる音が響いた。森の人の脚が木に変化し、枝が付き、太く伸びて内側から氷を割ったのだ。キースが切りつけた筈の腕も、再生して傷すら残っていない。ナサエルは舌打ちをした。

「くそっ!ボクの馬鹿……!」

 キースが軽く跳躍をしてナサエルの側に向かった。少し手前で着地し、その勢いで足を滑らせて隣に移動する。足場が凍っていると、キースにとっても戦いにくい。そうしている間、木になっていた森の人の脚が元に戻り、体勢を整えてきた。キースは冷たい紫の瞳で森の人の出方を伺う。下手に動くよりも、こうして待ち構えた方が有利なのだ。

「お、お前は……」

 ずっと無表情であった森の人が、表情を歪めて呟いた。そして続きをもみ消すように、木になった両手を二人の頭に向けて伸ばしてきた。随分と無防備な攻撃だ。それでも何か考えがある筈だと、気を緩めずにキースはその両手を剣で切り落として避ける。ナサエルは伸ばされた腕を利用し、切り口から凍るように魔力を操る。しかし、木が朽ち、本体へ氷が届く前に落ちてしまった。離れたところにいる森の人の両腕は健在で、傷一つない。だが、少し様子がおかしい。

「?なんだ?」

 ナサエルが訝しげながらも、森の人の足元の氷を一気に発達させ、下から鋭く突き刺した。楽々とかわす森の人は、その身のこなしと反して、困惑に歪んだ表情をしている。判断力を鈍らせているかもしれない。キースは待ち構えるのを止め、左右に飛びながら森の人への距離を縮めた。

「お前は、なんだ!?来るな!!」

 キースが迫ってくるにつれ、森の人は目を見開き、唇を震わせながら口を開いた。それは、怯えの表情だった。二人の間に幾つかの木が生えて、森の人を取り囲むように壁が出来る。お互いの姿が見えなくなり、キースは壁を蹴って跳んで後退した。

「どうしたんだろう?」

「さあな。気にしてやるのか?」

「そんなのじゃないです。混乱させようとしているのかな。」

「わからねぇ。怯んでいる内に、叩くぞ。」

「あいつの作戦かも。」

「そうでもなさそうだが。」

 攻撃を躊躇うナサエルを置いて、キースは木の壁に向かって凍った地面を強く蹴り、飛び出した。剣の刃に集中力を乗せ、横になぎ払う。壁についた横一文字の深い傷に、今度は切っ先を突き付けて、全体重を乗せて壁を毟り倒した。中には、森の人がいた。

「来るな!」

 キースが足場にしていた木の板に、蔓が生えて足に絡みついてきた。体勢を崩されたが、剣を突き立てて堪える。蔓には細かい棘が生えていて、キースのパンツに潜り込み、肌を直接傷つけていく。血が滲んできていたが、キースの涼し気な表情は少しも変化せず、突き立てた剣に気を集めていた。キースの、魔力が肩から漂い始める。禍々しく重い、キースの濃い魔力が、剣に吸い込まれていった。剣にはめ込まれている石が光だし、森の人の怯えた瞳に赤い光が差す。その直後、森の人が身体を震わせて悶え始めた。

「……くっ、……は……!」

 蔓が縮んでキースに絡みつくのを止めると、案じるように森の人を囲み出す。ついに膝をついた森の人は、首を押さえてうずくまり出した。冷たい紫の瞳の中で、もがいて苦しむ。キースの武器、魔法剣「レタリオ」。魔法剣という名の通り、魔法のような力が使える不思議な剣であった。その力は注がれた魔力に応じて様々な変化をし、人それぞれ違う。キースの魔力の場合は真空という力だった。

「ナサエル!」

 イアンが酸素のない空間に閉じ込められている今、絶好の時だ。目の下の精霊は不意のことに力を収縮させ、悶えているしかできない。ここで手を下さなければ、こんな好機はもう訪れないであろう。だが、問題が一つあった。

「何、が……!」

 呼ばれて跳んできたナサエルが、この状況を見て驚き、そして興奮した。唇には微笑みをのせ、目には憎しみを映している。仇の精霊を見下す、その恐ろしい程冷えきった目が、歓喜と相まって震えた。

「ナサエル。」

「いい気分だ。」

「ナサエル、お前は本当に、精霊殺しの罪を負うのか?」

 ナサエルは答えず、ありったけの魔力を頭上に集め出した。刺々しいナサエルの魔力は、轟音を発しながら巨大な氷柱を形成していく。目に見えない、酸素のない空間の中で意識を失いかけている森の人に、氷柱の先端が定められた。後は落とすだけ、それで全てが終わる。この悲しみも、憎しみも、背負わなければならない無情、希望のない世界も。

「ボクは、名声なんかじゃない、自分の愛の為に、戦ったんだよ。」

「ナサエル。」

「キースさん、ありがとう。ごめんなさい。」

 ナサエルは、氷柱を支えるのを止めた。支えを失ったその重みは重力に逆らわず、真っ直ぐ森の人をめがけて落ちていく。そして、全ての魔力を注いで事切れたナサエルも、意識を手放して背中から倒れていった。

 キースは剣を抜いた。ナサエルの身体をすくい上げ、そのまま跳躍して惨劇から距離を置く。だが、目は逸らさずに、二つの魂の行く末を見届けていた。氷柱が、地面を轟かせた。

「……。」

 “精霊殺し”。その末路をキースは知っている。こんな少年が耐えられる筈のない、えげつない苦しみの末に死んでいった者を、静かに思い出していた。

 地面の揺れが静まり、辺りは静寂に包まれている。キースはナサエルを氷の上に寝かせ、聳え立つ氷柱を見た。そして、その光景に目を疑う。

20140208

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