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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第一話
3/47

過去で見た光

 ちょうど日が一番高くなる頃、ラムプの首都で港に位置するスペットに来た。ルマティーグの国々は海に面しており、どこも船での貿易が盛んに行われている。ラムプも例外ではないが、スペットからルシウスの港まで直結の船が出ており、人が都国へ流れてしまうので他と比べると静かな国だ。とは言え、首都のスペットまで来ると活気が溢れており、そんな中、奇妙な服を着た少女を抱えての移動は困難を極めている。

「今発てば夜までに着く。」

「今朝船でルマティーグに着いたばかりなのに。俺船苦手なんだけど。」

「列車で行けば車内で一泊することになる。早い方がいい。」

「それはそうだね。それより荷物も女も全部俺持ちなの。」

「お前はまだ何もしてねぇだろ。文句言うならお前の荷物を置いていけ。」

「嫌だ。って言うか、みんな見てくる。いい加減恥ずかしいんだけど。」

「お前が喋りすぎるからだ、ティル。」

 行き交う人々から不思議そうに、はたまた不審そうに浴びせられる視線をなんとか越えてやっとたどり着いた。海には船がいくつも浮かんでいる。その中で一番早く発つ客船を見つけ出したい。

「あ、あれがいい。あれとかあれとか。」

 両手は少女の身体で塞がれ、大きな布袋を背負ったティルが顎で白い船の列を指した。どれよりも大きくて頑丈そうな船ばかり並んでいる。

「あれは金持ち用だ。」

「はぁ?この田舎に金持ちが何しにきてんの?」

「さあ。」

「物好きなんだな。じゃあ、あれあれ。赤いの。」

「あれは違う大陸から来た船。」

「キースは何でも知ってるね。じゃあ……」

「お前少し黙ってろ。」

 ティルが立て続けに喋る時はティルが不快を感じている時だ。所構わず不快を露わにする彼を今まで何度鬱陶しいと思ったことかわからない。今回も適度に無視をして、不機嫌なティルを背に、小さな客船の前にいた男と話しはじめた。どうやらルシウスまで渡してもらう交渉をしているようだ。

 男は強面で、あまり客を乗せて船を出しているといった風貌ではない。船も客船とはとても思えないボロで、かなり年季の入ったものだ。少し大きな漁船、二階建てのボートといったほうが良い。船の中に通されると、いよいよティルの機嫌は最低となった。その腕の中で寝息を立てている少女は、険悪な雰囲気すら無視して、穏やかに微笑みさえ浮かべて眠り続けている。最後に男が足を止めたのは、狭い部屋の入り口だった。木箱を並べて上にキルトを敷いたようなベッドが三つ、そこに人が三人もいればそれだけで足の踏み場はない。扉が閉まって男が去ると、ティルはベッドに少女を転がし、一歩でキースに詰め寄ってまくし立てる。

「キース!どうなってんだ!」

「どうもこうも、オークに……」

「そういうことじゃなくて!この船!」

 まるで被害妄想のティルの言い分にはうんざりだった。剣の手入れを始めながら聞き流す。途中ベッドに横たわって姿勢を変えてもなお、よくもそこまで舌が回ると感心してしまうほど喋り通し、ある時突然事切れたように眠った。長く溜息を吐くと、キースはティルに薄い布をかけてやった。あんな戯言よりも、キースには気になることがある。少女に視線を向けた。

 少女をまとっていた渦巻く風のようなもの、あれは魔力としか言いようのないものだった。しかし、普通の魔力とは違って感じた。深くその“魔力”を探り読み取っていくと、少女の遠い瞳と目が合う。その瞬間、キースの脳に流し込まれた景色があった。キースが脳裏で見ているもの。自然を生かした美しい町並み、細かい細工が至る所に施されている立派な城、笑顔が絶えない幸せそうな人々。何もかもが光に照らされている。


 踵の音が廊下の奥に吸い込まれていく。お城の中はいつも、あらゆるところが光を受けて輝いていた。その光も届かない地下に今、私はいる。

「シィア?」

「姫さま、すぐに私も参ります。」

「どこへ?」

「……。」

 シィアは笑った。困ったような笑顔。私はそんなシィアの笑顔が好き。

「さあ、姫さま。これを持っていって下さい。」

 私の右手を取って、袖裾をめくる。中指に緑の透き通った石のはめ込まれた指輪を通してくれた。

「キレイ……。」

「御守りです。私の杖の石ですよ。

それからこれも……。」

 もう一つ、青い石をはめ込んだ指輪だ。周りの銀の細工がとても繊細。それを私の右手薬指に通していく。

「これは私の……大切な指輪です。」

「知ってる。シィアがいつもつけてたから。」

「ええ、そうですね。大事にしてあげて下さい。」

「うん。」

 指輪をかざしてみたけど、この部屋は暗い。日に透かしたらきっと、もっとキレイだろうな。そう思ったら、突然何かが火をあげた。私たちを中心に四角を画くように四本立っている、松明。火が灯るまで全然気付かなかった。そして足元には、円形の

「魔法陣。」

「はい。」

 シィアは、困ったような笑顔で私を抱き締めた。驚いたけど、私も応える。シィアから抱き締めてくれるのは、私が願わない限りなかったこと。とても嬉しい……。

「姫さまはおキレイですね。」

 そう言って髪を梳いてくれた。

「シィアの髪もキレイよ。短いけれど、日が当たると赤く透き通ってルビーみたい。」

「そっ!そんな私は!」

 風のない部屋なのに、松明が踊るように揺れた。ついさっきまで照れていたシィアが険しい顔をして離れてしまう。でも、辺りを睨んで見渡しながら、またゆっくり抱き締めてくれた。

「……姫さま。」

「なに?」

 髪を撫でるシィアに、困ったような笑顔はもうない。シィアが髪を掬って口付けるのがわかった。

「シィア……?」

「私もすぐに参ります、姫さま。」

 どうかご無事で。プツンと景色が真っ白になって、私はひとりになった。頭が熱い。体が浮くような感覚なのに、空気が重たくて身動きできない。それはすごく心地が良くて、でも、何故か悲しかった。近くにいるはずなのに、シィアの声が遠くで聞こえたから?苦しくて声が出ない。

 胸が、苦しい……。


 走馬灯のように駆け巡る、少女の記憶。どのくらい前のことかは憶測でしかないが、過去であることはわかった。そこで途絶えると、キースの瞳孔が細くなった。頭が早鐘のごとく脈うつように痛んだが、瞼を閉じてやり過ごした。

 キースには、その人に憑依をしたかのように、その時本人の見たものを見、感じたことを感じることができるという特異な能力があった。普段からどんなに制御をしていても、本人の印象が一番強かった出来事は、こうして強制的に見せられることもある。

 頭痛が落ち着いてきた。ゆっくりと瞼を押し上げ、細く息を吐く。狭い部屋に飾りのように取り付けられた小さな窓。その小さな四角い窓の向こうには、海に沈んでいく真っ赤で丸い夕陽があった。夜は近い。

20080208

20170117改稿

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