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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第三話
28/47

罪の記憶

 それは、蒼く艶やかな円錐の屋根と、この上ない白さの壁をもって、美しく優雅にたたずんでいる。権力をそのまま表したような広い敷地は、様々な想いを抱えたルマティーグ中の人間で溢れかえっていた。ここは魔法省の城だ。

「え!またですか!」

「そうだ。文句があるなら、他の者にあたる。」

「違います、ありません。魔物が増えたなと思っただけです。」

「やるのか?」

「喜んでお引き受け致しますわ。」

「よろしい。」

 その男は表情の変化に乏しく、いつも眉間に皺を寄せてへの字口をしている。今も感情の変化のない語調で、窓口に来ていた三角の帽子と話していた。男は手元にあった紙の中心を指でなぞり、魔力を流し込んで魔法陣を描いた。そして三角の帽子にその紙を静かに差し出す。小さな手が生え、その紙を受け取ると、帽子は見えなくなった。するとすぐに窓口に女が現れ、男はまた事務的な口を開く。

「名前と書類を。」


「あーあ、魔物退治かー。」

 この帽子の主、少女の名前はマリオーズ=カミーナ。優秀な初級魔法使いが多く生まれる、カミーナ家の血を濃く受け継いだマリオーズは、この幼さで魔法印を授かっていた。この王国の優秀な魔法使いや魔術士は、様々な保証と権利を得る代わりに、国益を守る義務を果たさなければならない。通達があればこうして窓口に赴き、国から仕事を任される。人々はこれを国務と言い、任されることを誇りに思っていた。

「人食いのオーガとか、森や町を焼くドラゴンとか、そういう憎らしいヤツならいいな。」

 マリオーズの身長は年相応なので、窓口には帽子しか出ないが、そこから任命された国務を、今まで落としたことのない優秀な魔法使いである。しかし、どうも気が乗らない。前回も、前々回も、マリオーズが与えられた国務は“魔物退治”であった。それも、卵から還ったばかりの怪鳥だとか、人懐っこい角のある魔犬だとか、心苦しいものばかりなのだ。国務は国務だし、魔物は魔物である。そう自分に言い聞かせながら、マリオーズはいつも仕事をしていた。

「怪鳥だって魔犬だって、いつ人を襲うかわからないしね、そうだよね。あーあ、今回は何かな。なになに?夜の…」

 マリオーズは窓口で受け取った紙を見た。たった一枚、この紙があれば、国務を果たす為の全ての権利が得られる。その旨が書かれた面の裏には、国務の内容が記されていた。今回の場合、その魔物がどこで目撃され、どんな魔物であったかが書いてある。

「魔物は大体夜よね、目撃されるのは。場所はラムプの森か、遠いな。で?緑色の…液状の何か?なにそれ。……ええっ!これだけなの!?」

 情報の少なさに、乗らない気さえも失いそうだ。マリオーズはガクンと頭を落とし、手がかりを探るべくある場所へトボトボと向かい始めた。大陸の端から端、王国中から集められた本が全てあるという場所だ。それがこの魔法省の中にあり、全ての王国民のために解放されているが、それを知るものは魔法省関係者だけであった。

「緑色の液状の魔物ね。心当たりが全然な……あ!ナサエルくん!」

 目の下に皺をたくさん作り、この状況を小馬鹿にした表情で呟く最中、マリオーズは友人を見つけた。正確には、知り合いの兄だ。先程のなんとも言えない表情を剥ぎ捨てるようにして即座に笑顔に切り替え、大きく手を振った。

「……。」

 だが、随分訝しがられて終わる。少年は名前を呼ばれてこちらを見るのだが、細めた横目を冷たく寄越すだけで、返事すらくれない。マリオーズは少しも怯まず、ナサエルという少年の目の前まで駆けた。ナサエルは立ち止まってくれたものの、目が冷たく固まったままである。不機嫌そうに唇も少し尖らせていた。二人はまだ、遠い距離のある関係だ。

「ハーディーンくんのお兄さんでしょ?私、マリオーズ。ハーディーンくんとは、」

「魔法印の時、でしょう?」

「え、あ、そう!よかった、覚えててくれたのね。」

「ハーディーンから聞いた。彼の知り合いなんて、君くらいだし。ところで、なぜボクの名前を知っているの?」

「ハーディーンくんから聞いたのよ。」

「ふーん、ありがとう。ハーディーンに言っておかなきゃ。」

「何を?」

「信用のない人にはボクたちのことを話すなって。」

 少年は冷たい目を瞼で隠し、ニッコリ微笑んだ。そして手を腰で組み両肩を上げて小首を傾げる。明らかに自分を疑った、それも嫌味以外のなにものでもない言動に、マリオーズはふんわりと微笑み返す。そして三度拍手した。

「その通りだわ!特に名前はとても重要だもの、無闇に明かしてはいけないわよね。よかった、ナサエルくんは賢くて、信用できる人で!」

「ありがとう。これからもそうやって賢くやっていくよ。」

「うん!これからもよろしくね。」

 ナサエルの青い瞳が鋭く研がれ、瞼の隙間から薄くのぞいた。歪みのない弧を描く唇は微笑みを表そうとするが、その瞳だけが正直に感情をもらしている。嫌悪に似た、拒絶の心とマリオーズは感じた。ギスギスとした空気を残して、ナサエルが静かに去って行く。マリオーズは別れの言葉と共に手を振って見送ったが、当然、無視をされる。完全に姿が見えなくなると、体の中に溜まっていたありったけの息を吐いた。

「弟はいい子なのに。さて、緑の液状の魔物を調べますか!」

 嫌な空気は盛大な溜息で全て吹き飛ばした。マリオーズは三角の帽子を被り直し、やる気を引き起こすと数十分の距離を小走りして行く。向かうは、壁一面本棚の広い広い部屋、通称図書室。到着したらまず、椅子に腰掛けて休憩しようと思いながら、マリオーズは小走りした。

「マリーさん。」

「カナエ!」

 建物の外へ出て、庭を横切り、また建物の中へ入る。階段を登って、降りて、長い廊下を渡り、また階段を登る、その途中でマリオーズは友人に声をかけられた。厳密に言うと、カナエはマリオーズの心の友だ。カナエはマリオーズの小走りに合わせて歩を速め、すぐ横を一緒に歩いた。どうやら向かう先が同じらしい。二人はこれから向かう図書室でよく会っているので、最早当たり前のことである。

「急いでいるようだね。何かあったのか?」

「国務のね、内容がちょっと不可解で。解決するまでに時間がかかりそうなの。だから急いでる!」

「僕も手伝うよ。」

「いいの?」

「うん。僕にできることなら。」

「助かるわ!ありがとう!」

「どんな文献?」

「魔物!」

「……また魔物退治なんだ。」

「うん。」

「!ちょっと待って。」

 カナエはマリオーズの手を取り、足を止めさせた。突然のことに驚いたが、取られた手を強引に引かれ、背中から抱き締められるように拘束されたことの方にもっと驚いた。おまけに口まで塞がれている。しかしマリオーズは最大の信頼をもって、大人しく待った。心臓だけが飛び出そうな程うるさい。やがてどこからか数人分の声が聞こえてきた。声から察するに、調度柱が影になって見えない所に大人の男が三人と、子どもが一人いるようだ。そして、マリオーズはその内一人の声に聞き覚えがあった。

「せめて、ソファーがある部屋がいいなぁ。」

「我々も忙しいのだ、なに、すぐ終わる。」

「とか言って、おじさまたち、いつも焦らすじゃない。」

「大人の駆け引きだ。君もいつまでも子どもでいられないだろう?ナサエル=リロード、覚えなさい。」

(ナサエル、くん?)

「マリーさん。」

 カナエは触れ合いそうな程に唇を、マリオーズの耳元に置いて囁いた。少女のように透き通り、少年のように甘く低いカナエの声が擽ったく感じ、マリオーズは少し肌が震える。

「僕は宗教上、あの男の人たちに会うと少し面倒なんだ。突然こんなことしてごめん。」

 そう、また囁かれると、ゆっくりと解放された。じわりじわりと、背中からカナエの温もりの余韻が吸い込まれて消えていく。ふんわり浮かぶような気持ちと、他にも方法があっただろうと怒りたい気持ちが頭の中で駆け回った。それにしても騒いではいけないことを考えるとマリオーズは大した返事もできず、一度頷いて片目を閉じて見せる。口端が震えて歪んだ。

「あの少年は、あの人たちに何の用事だろう?もしくは、あの人たちは、あの少年を何故呼びたしたのだろう?」

「あの子、私の友だち。」

「そうなのか?」

「ええ。あの子は国務を担う、優秀な魔術士よ。」

「……あの人たちは、正直言うと、あまり良い噂をきかない人たちなんだ。」

「えっ!」

「でも、民省や魔法省のお偉いさんだよ。極秘の国務依頼かもしれない。」

「そんな風に見えないけど。」

「実は僕もそう思う。」

 四人の背中が大きな扉の向こうに行ってしまうまで、二人は柱からこっそり覗いていた。不可解な点は多いが、カナエが出会いたくない三人の男が見えなくなったので、どちらからともなく図書室に向かい始める。ナサエルを想うマリオーズの心は曇っていた。そしてカナエもまた、敵対しているとも言える男たちの行動で頭がいっぱいのようである。二人は黙ったまま、小走りを忘れて図書室に向かった。


「~っもう!!」

「マリーさん、落ち着いて。」

「緑色の液状の魔物って何よ!」

「うーん、確かにどの本にも載っていないね。」

「大体本当に魔物なのかしら?!」

「……なるほど。」

「気味が悪いというだけで、魔物だと言いきれない!」

「そう、かもしれない。」

 八人掛けの大きなテーブルを二人で独占し、目ぼしい本は卓上いっぱいに広げてある。それでも、お目当ての情報は手に入らない。やる気をなくし、本の海に顔を潜らせているマリオーズの横で、カナエはテーブルの上を片付け始めた。カナエの服の袖から、白く太い何かが顔を出す。

「出ておいで、手伝って欲しい。」

 その声にマリオーズが顔を上げた時、白く長く艶のある蛇が、カナエの服から出て来るところであった。特に驚かない。この白い蛇はカナエの契約している精霊だ。目の色はカナエと同じ、片方が青で、もう片方が赤。しかし、カナエとは逆で、右目が青い。蛇の精霊はカナエを胴体に乗せ、足場の平坦を保ちながら天に向かって体を伸ばした。高い位置の本棚に持ち上げられると、カナエは抱えていた本を丁寧にしまっていく。手の中が空になると、精霊は体を縮めてカナエを床におろした。

「わー……ステキ。」

「はは、こんな雑用で。」

「名前は?」

「シラサヤって呼んでやってほしい。」

 カナエがシラサヤの頭を撫でると、体を収縮させて一回り小さくなる。自由に体の大きさを変えられるらしいシラサヤは、マリオーズの背丈に合わせて頭を下げた。マリオーズはそっとその白い鱗に触れてみる。思っていたよりも温かい。すると、温もりのように、指先からシラサヤの声が伝わってきた。カナエにも同じく聞こえたらしい、二人は目を合わせて聴き入った。

「知りたいことを知っている」

 シラサヤは何度もそう繰り返していた。マリオーズは目を輝かせ、興奮してシラサヤに顔を突き出す。緑色の液状の魔物のことではないかと大いに期待して、頬を重ねるようにシラサヤを抱き締めた。シラサヤは瞬き一つせず、それを受けとめてカナエを見た。眉間に皺を寄せて首を傾げたカナエが、シラサヤの大きな瞳に映る。

「教えてくれるの?」

「お前たちが知るべきこと」

「シラサヤ、それはどういう…」

「教えて!」

「知りたいことを心に思え

それはお前たちが知るべきこと」

 言われた通りにマリオーズは謎の魔物について考え始めた。今日渡された紙の内容をもう一度頭に浮かべていく。しかしふと、あの時会ったナサエルの不機嫌そうな顔がよぎった。そして男たちに囲まれるナサエルのことを思ってしまったのだ。直後に身体が浮かぶような不思議な感覚に襲われ、驚く間も無くとある場面に飛び込まされてしまう。

「なに!?」

「マリーさん。」

「カナエ!ここは?」

「わからない。でも、どこかの部屋のようだ。」

 カナエもマリオーズと同様に宙に浮かんでいる。足が不安定な二人は、手を取り合ってなんとか身体を支えることができた。無音の世界。白と黒で描かれたそこは、紛れもなく現実のどこかだ。必死に状況を把握しようと周りを見渡していると、マリオーズの足元にあった扉が開いて、一人の少年と三人の男が飛び込んできた。その少年がナサエルとわかり、咄嗟にこれはあの時の続きだと思った。

「これって、これって!なぜ!あの魔物のことじゃないの?!」

「……少し様子を見てみよう。」

「わ、私たちの声は聞こえてないみたいね。」

 大声を出した後だが、マリオーズは今更口を両手で隠して声をひそめてみる。幸い気付かれていないようだ。二人はふわふわと浮かんだまま、四人の行動を伺うことにした。すると突然、一人の男がナサエルを突き飛ばす。マリオーズは驚愕して悲鳴を上げた。だが、これから起こることには喉が引きつり、声すらあげることができなかった。

 男たちは音のない白黒の世界で淡々と暴力を繰り返していくのだ。殴打は勿論、血が滲むまで爪や歯を立てたり、首を掴んで持ち上げたりする。そうして意識の薄くなったナサエルの衣服を剥ぎ、肌を弄び始めた。ひたすら受身の少年のその悲痛な表情は、それが負の行為であることを表している。時折のぞく歪んだ笑みは、少年が狂気に抗えないことを感じさせる。代わる代わる男を相手する少年の身体が軋む音が聞こえてきそうだ。

 マリオーズの目から、大粒の涙が溢れて落ちていた。しかし、足元の者たちには決して届かない。マリオーズの震える身体を抱き締めてやりながら、カナエはその行為を真っ直ぐ見ていた。その凛とした横顔は何を感じ、考えているのだろう。涙で視界が歪んでしまうマリオーズには、わからなかった。


 ナサエルは穢れている。人よりも多くの名声を得る為に、自ら進んで自らを犠牲にした。弄ばれ身を削ることで得た重要な仕事をこなせば、世に彼の家名を知らしめることになる。その事実はマリオーズにナサエルを酷く軽蔑させた。しかし、いつしか彼が犠牲であることを知る。これは、ナサエルの心に触れ、考えを改め、親友として付き合っていく内に、薄れてしまっていた記憶だった。何よりも、覚えていたくない記憶だったのかもしれない。

「ナサエルは一人で抱え込んでいるというのに、僕たちは。」

「私は薄情だわ。」

 “魔物”が言う罪がこれならば、ナサエルが救われることはあるのだろうか。マリオーズは強く願った。ナサエルが、穢れから救われることを。

20140122

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