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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第三話
22/47

ハーディーンの誤算

 ここは森と湖が豊かな国、パーキ。ルマティーグで最も神聖なクレインの森に、五人は飲み込まれていた。緑が走る。息を切らして逃げても逃げても、四方八方に広がる濃い緑が追いかけてきた。一番息切れの激しいセイリアは今にも倒れそうだ。ナサエルとハーディーンも目に見えて疲弊している。

「も、うっ!しつこいな……!」

「やめろ、ナサエル!お前が手を出したら元も子もないじゃないか!」

「じゃあどうしろって言うんだ!」

 二人の苛立った声の裏で、皮膚が震えるような低い唸り声が聞こえていた。ティルと並んで最後尾を走るキースの後ろで大きな毛の塊が上下している。毛の塊からは、これもまた毛で覆われた太い二本の腕が生えており、短い脚と大きな足と思われる物も見え隠れしている。顔の一部、腫れぼったい目と大きな鼻の周りだけは毛がなく、血色の悪い黄緑色の皮膚が露出していた。オーガという人型で雑食の魔物だ。速さはないものの、巨体から生えているあの短い脚の一歩がとんでもなく大きい。そして相当空腹なのか異様にしつこく追いかけてくる。オーガは目や鼻、耳が悪いので初めは少し走って森に紛れたらすぐ諦めるだろうと思っていたのだが、四人はもうしばらく走り続けていた。キースは舌打ちをして踵を返し足を止める。

「待って。」

「なんだ。」

「俺が行くよ。キースは先行ってて。」

「それなら、ハーディーン。」

「ああ、わかってる。」

 ティルが、剣を抜こうとしたキースの手を制し、返事を待たずにオーガに向かって駆けていく。その背中をハーディーンが追った。オーガは腕を振り上げて大声を上げ、ティルめがけて大きな拳を落としてきた。素早く避けたティルを見て、キースは背を向ける。少し離れたところでセイリアとナサエルが足を止めていた。

「少し走る。いけるか?」

「はーい。」

「っ…はい…!」

 間隔を開けて鎮座している木々たちが再び走りだす。セイリアの荒い息遣いが森に吸い込まれて紛れた。


 ティルが人差し指を立てて腕を上げた。高く高く、木で埋め尽くされて見えない空を指差すように。真っ直ぐ一本に凝縮された魔力がその指先から出て、ある程度の高さまで登ると突如変化した。青白い光を放ちながら電気を帯びた魔力が角度を下に変えてオーガに落ちる。体は大きく力もあるオーガだが、思考回路が狭い為頭上にまで気を回せない。見事脳天を直撃したその一発でオーガは動きを止めた。ティルを殴りつけようとしたのか掴みあげようとしたのか、振りかざした腕はそのままにしばらく固まった後、白目を向いてゆっくり背中から倒れていく。重たい地響きで鼓膜と足が震えた。

「仕事が早いですね。」

「ん?あ、君も行けば良かったのに。」

「あなた、ナサエルたちの居場所がわかるんですか?」

「そ、そういう君はわかるの?」

「わかりますよ。」

 森は右も左も同じような景色だ。向かっている方向も、向かってきた方向も、一度立ち止まるとよくわからなくなってしまう。そんな中飄々と言い放ったハーディーンは、自信たっぷりに歩き出した。後ろと同じような景色の中を前に進んでいく。鬱蒼としたこの森で迷子になった自分を想像して、ティルは一人ゾッとした。と共に、迷いなく進んでいくハーディーンのことを疑いながらも頼もしく感じ、後を追う。

「なんでわかるの?相方は今魔力を隠してるだろ。大体広いし魔力でも無理じゃん。」

「魔力ではないです。僕たちは繋がっているので。」

「……は?」

「僕たちは、繋がっているんです。」

「ごめん、意味がわからない。」

「これが何か、僕たちもよくわからないんですけどね。お互いがどこにいるのか、離れていてもわかるんです。」

「……へー。」

「信じてませんね。」

「うん。」

 二人の言葉は相変わらず噛み合わない歯車のように個々で回り続けるが、本人たちに気にする素振りはない。このクレインの森のどんよりと暗い緑をかきわけながら、前と後ろの金髪は進んでいく。光はなく風もなく、音すらない。死んだように静かな森が二人を飲み込む。

「暗いですね。」

「そうだね。」

 ハーディーンの手首にある魔法印が光り、頭上に小さな魔力の塊が浮かんだ。それを光に変化させると、ほんのり明るく辺りが照らされてハーディーンの顔に影が落ちた。光の球はハーディーンに操作されて、二人を導くように行く先で浮かんでいる。器用に魔力を操るものだと感心し、少しは褒めてやろうと口を開きかけたティルはある問題点に気づく。開いた口はそのままに、顔色を少し悪くしてハーディーンの腕を掴んだ。

「ちょ、君!魔力を使ったら森の精霊が!」

「?僕は討伐メンバーではないので、問題ありません。」

「は?!魔法印あるじゃん!」

「ですから……えっと……。」

「早く隠して隠して!俺、怒らせたくないんだ!」

「うわっ!ちょっとあなた何するんですか!」

 再び森が光を失いどんよりとした表情に戻った。ティルがハーディーンの魔力を自分の魔力で覆い、取り込んで消してしまったのだ。同等の何かで打ち消したのではない。この不思議な能力、ハーディーンは心底気味悪く思っていた。それでも負けることなく、また同じように魔力を浮かべて光の球を作る。

「あのですね。僕のことを森の人は知らないのですよ。」

「なんで?」

「僕の魔法印はお飾り。傑出生として活動したことはありませんから。」

「……は?ニセモノ?」

「それは心外です。」

「じゃあ、いや……わかったし、もういい。」

「はぁ……。」

 眉間に皺を寄せ、ハーディーンは溜息をついた。先程の長距離走の疲れではなく、説明する必要がなくなった安堵でもない。相容れないこの関係について、少し頭痛がするだけだ。

「行こう。キースたち、また魔物に襲われてるかもしれないし。」

「そうですね……どちらかというと、こちらの方が心配なので早く合流しましょう。」

「本当に精霊が気づかないな。あ、もしかして、君は相手にされなかったの?」

「……わざとですか?」

「え、あ、違った。君は、精霊を相手に酷いことをしなかったのかってききたかったんだ。」

「はぁ……ま、そういうことにしておきます。」

 心から、早くキースたちと合流したいと思った。この暗い森の中で、顔に濃い影を落とすティルの瞳が真っ直ぐ自分を捉える。不思議な金の瞳。幼児の純粋さと少年のあどけなさ、そして大人びた歪みがそこで混沌としている。ハーディーンはやはり兄を思い出した。姿に面影はないのに、瞳の奥が同じなのだ。

「あなたに、」

 あと少し、もう少しだけハーディーンの言葉がティルに届けば、この歪な二人の関係は変わっていたかもしれない。その絶妙な瞬間、足元が大きく揺れた。土が波打って、びっしりと群生していた苔が割れる。そこから木の根のようなものが体を振るわせて勢いよく生えてきた。位置は二人の中間、引き裂くにはいいところだ。

「やっぱりダメじゃん!」

「何故だ!?」

「魔法印あるのに堂々と魔力なんか使うからだよ!」

 二人は後ろに跳んで根から離れる。思った通り、地面を突き破って出てきた根が枝が分かれるように裂けて急速にその範囲を広げてきた。みるみるうちに木に成長していき、幹や枝が走る速さで追いかけてくるようになった。ハーディーンが走り出し、悪態をつきたいティルはそれを追うようにして逃げだした。

「あーあ!俺、森の精霊と戦いたくないんだよな!人間が悪いじゃん!かといって君を守らないとお金は貰えないし!だから言ったんだ!」

「だからっ……あなたは本当に人の話を聴きませんね!」

「そんな印ついてたら、バカでも気付く!」

「くそ……!」

 ハーディーンの秘密の小言は、話を聴かないティルに向けられたものだ。だがこうも襲われながらでは説得力がない。ここは森だ、八方どころではなく目に入るもの全てが敵である。無駄な気力は使いたくない。黙って魔力を振りかざし、炎に変化させて伸びてくる木々を燃した。

「おい!やめろ!」

「あなた死にたいんですか!?ここは敵の腹の中のようなものなんですよ!」

「……!」

「そんな中途半端な覚悟では迷惑だ!」

 ハーディーンの燃した木々が黒くなって炎と一緒に崩れ落ち、その炎が周辺の草木に火を付けている。更に追い打ちをかけるように炎を振り回すハーディーンが、次々と景色を燃やしていった。辺りはすっかり炎の森だ。ティルの瞳が燃える。胸が苦しく、抉られているように痛い。ハーディーンを追うことを止め、立ち止まる。自分の呼吸に混じってパチパチと、キシキシと、森が苦しみ死んでいく音が耳に入ってきた。目や耳を塞いでも、それは現実だ。

「あああ……」

 立ち尽くしている足首に蔦が絡みついてきた。自分の身体を這い上がってくるが、それはとても弱々しい。身動きはとれないが、締め付けられることも傷付けられることもなかった。撫で回すようにゆっくりと蔦が全身に回る。

「どうしたらいい……」

 残された瞳に、炎の中のハーディーンが映った。最後に見た背中は随分遠かったような気がしたが、今は近くに見える。そう思ったら、全身の蔦が散り落ちて動けるようになった。ハーディーンの風の魔力が、蔦を切り裂いたのだ。

「どうやら本当に死にたいみたいですね!アンタ!」

「なにが。」

「とにかく!囮になってナサエルのところまでおびき寄せますよ!早く!」

「……いやだ。」

「は……?」

「いやだ。」

 ティルを取り囲むように、足元の草が一斉に伸びた。葉の端でハーディーンの肌が少し傷付き、手首に血が滲んだ。伸びた草はその周囲の草木と絡み合いながらティルを覆っていく。ハーディーンが風で切り裂こうとするが、柳に風で全く意味がない。

「まさか……?」

 どんどんと成長していく草木の塊は、やがて球状の小さな小屋のようになった。ティルの姿が見えないまま、地面に飲み込まれるように少しずつ沈んでいっている。壁を叩いてハーディーンはティルを呼んでみたが、応答はない。

「狙いはティルさんだったのか!!」

 下から半分程埋まっている。飲み込まれていく草木の塊を、壊す勢いで叩きながらハーディーンは叫んだ。拳に血が滲んでも叩き呼び続けたが、自分の目線はおろか、足元まで下がっていくそれを地中まで追うことはできない。膝をつき、拳を叩きつける。辺りがしんとした頃、ハーディーンはすっかり何事もなかった風の地面に額をつけて、また叫んだ。顔は見えない。だが、泣いているような叫び声だった。

20131112

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