感情
「ボクの援護はキースさんに。」
「ああ。」
「はぁ!?」
「あくまで援護です。最終的にあいつに手を下すのはボクということでお願いします。そして、ハーディーンの護衛はティルさんに任せますね。それから。ティルさんの魔力は目立つので、しっかり制御してください。」
「……ナサエル、」
「ちょっ、ちょちょちょ!なに無視して仕切ってんだよお前!」
「ティル、黙れ。それとも降りるか。」
「くっ……!」
キースとナサエル、二人は淡々としていた。二人にとってこれは仕事である。一方、ナサエルの下で働くようなことをティルは納得できないでいた。そしてハーディーンもまた納得していない。この仕事は最初から躓いていた。
「僕も戦える。ナサエルの邪魔はしない。」
「ハーディーン。」
「僕は、」
「お前は回復役。それから、カナエとマリーの二の舞を踏まないように。」
「ナ、サエル……。」
「さて。それで?お姉さんは何が出来るのかな?」
まるで舞台上の芝居を観るかのように、少し離れた所でただ座っていたセイリアがナサエルの視線に気付くまでに少し時間がかかった。セイリアにとっては右も左も何もかも、チンプンカンプンな話である。それもそのはず、セイリアがキースと共に旅に出てまだ一日も経っていない。「魔物討伐」だとか「手を下す」とか「戦う」とか、遠いことのように感じていた。だが、自分は今こういう状況に置かれているのだとすぐわかったようだ。セイリアの顔色が落ち着き、瞳が凛とする。
「私も、戦えます。」
「そ。回復は?」
「回復も、できます。」
「それじゃ、あなたも護衛だね。」
「こいつのことは俺に任せてくれ。」
「わかりました。キースさんがついているなら少し安心できます。」
その後報酬の話を交わし、取り引きは無事成立する。報酬として、四つの大陸で使用できる通貨が支払われることとなった。ナサエルはどうやら裕福な家庭らしい、報酬についてキースの言い値を即了承した。その額は、今まで不満をもらしていたティルが、きいてピタリと静かになるものだ。この仕事は自分も参加するので、当然わけ前がある。単純に二で割っても暫らく遊べそうだと心が踊り出す。
(あ、この女の存在忘れてた。くそ、割る三か。)
それでも大した額だ。数秒前に比べてやややる気は下がったものの、それくらいあれば何がどのくらい食べられて飲めるのか考え始める。
「そんなに食えるかな。」
「あ?」
「え?」
「あ、こっちの話。ところで、その“魔物”についてもっと詳しく。“魔物”が“精霊”っていうのがよくわからない。」
「そうですね。」
ナサエルを含む、傑出生や優秀な魔術士らを管轄する魔法省の人間にはこう呼ばれていた。「森の人」と。森の人はある日突然現れた。その姿を見た者は少ないものの、人間の子どものような姿をしていることが知られている。その名の通り森の力をもつ精霊で、ルマティーグ全土の森という広い範囲まで力が及んでいる。これまでに何十何人もの魔法省の人間が襲われており、死者も出ていた。
「どうやら討伐関係者を魔力で識別しているようです。もちろんボクのことも。
ですから今回ボクは森の人と戦うまでは極力魔力を使わないようにしたいんです。相手のホームで目立つことは避けたい。」
「そうだな。」
「なぁ、精霊が人間を襲うなんて信じらないんだけど。そういう風になった理由があるんじゃないの。例えば、誰か怒らせるようなことをしたとか。」
「……はい。精霊は人間に対して決して好意的ではありませんが、森の人に関してはティルさんの言う通り、理由があります。」
森の人が討伐の対象となったきっかけは、森と湖が豊かな国、パーキにあるクレインの森で魔法省が始めた新魔法学園の開発だ。木々や草花に人間の手が加わるや否や、森が狂ったかのように暴れ出した。誰もが森の精霊に同情し、そして恐れ、開発は中止となった。しかし、それでも森の暴走は終わらない。そこでやむ負えず魔法省は暴走の中核にいる森の人を“魔物”として、倒すことを決めたのであった。
「ほらな、人間が悪いだろ。」
「あなたは妙に精霊の肩をもつのですね?ティルさん。」
「だってそうじゃん。」
「まあ、ボクも……そう思いますよ。でもお仕事ですから。」
列車が動き出してすぐ後、部屋に料理が運ばれてきた。視界に収めきれない量とその豪華さに目を奪われる。貴重な栄養を得た後は、明日に備えて眠りにつきたいところだ。セイリアは早々にベッドに戻り、ハーディーンもそう言って自室に戻って行った。大方の居場所は突き詰めているというナサエルは、キースと打ち合わせを始める。相変わらずナサエルがキースにベタベタすることに腹を立てながら、ティルは部屋を出てある場所へ向かう。
「緋焔狼の君!」
「ティル、待っていた。」
とりあえずまた列車の最先頭に向かって歩いていたのだが、比較的自室から近いところで目的が果たされる。緋焔狼の君を独占するという約束を、ティルは忘れていなかったのだ。相手もまたそうであったのか、緋焔狼の君は待ち構えて立っていた。
「行くのか、あの者と。」
「きいてた?」
「ああ。きこえていた。」
「あーあ。ここではお前に隠し事できないな。」
「ふふ、お前に隠し事ができるとは思えん。」
「なーにー!」
「また、すぐカッとなる。」
「……それなんだけど。」
「どうした。」
ティルよりも背の高い緋焔狼の君は、ずっとティルを見下ろしていることになる。静かで、威厳のある瞳。見上げて見るその鋭さの奥に、優しさが焔のように揺らめいていた。ティルは頭や胸がスッと冷静になっていくのがわかった。それがなんだか心地良いのだが、同時に不安な気持ちにもなる。
「俺はすぐカッとなるし、言葉も魔力も垂れ流しだ。」
「そうだ。」
「でも、そんなのわざとやってるわけじゃない。俺は人を、もう傷つけたくない。なぁ、俺はどうしたらいい?」
「感情というものは、心の中を大きく支配する。」
「……。」
「ティル、冷静であれ。常に理性で物事を見るのだ。ものの本質を、高みから見極めろ。」
「わ、わかりやすく言うと?」
「感情は無駄だ。悲しみも怒りも寂しさも煩いも。」
「それで?」
見えるようで見えない欠点と、わかるようでわからない気持ちが不安を掻き立てる。そんな心を見抜かれているような瞳が更に不安を煽ってきた。自分の何が見えているのだろう、どのように見て、どう感じているのだろう。ふと、交戦した時のハーディーンの表情が頭をよぎった。
(ああ、そうか。あの子はこんな気持ちだったのかもしれない。)
「焦るな、冷静に。」
「そんなこと言われてもさ。」
「もっと客観的に自分を見ろ、広い世界で生きろ。」
「わかりやすく言えっての。」
「世界は広い。深いし、高い。魔力のようにちっぽけな身体の中で縮こまって生きるんじゃない。」
緋焔狼の君は実に哲学的で抽象的な表現が多かった。ティルは相談する相手を間違えたと思った。だが、直感で生きてきただけあって、緋焔狼の君の言葉が必ず意味を成すようになることを感じている。黙っていると、表情が変わらないというより、表情の変化が乏しい緋焔狼の君が大きく頷いた。自分の言葉が思うところまで伝わったことを見抜き、満足したようだ。
「ティル。お前は何人にも支配されてはならない。もちろん、お前自身にも。」
そしてそう言ってティルの頭を撫でる。独特な感触に頭を下げてそれを受け入れながら、ティルは涙を零した。これがどういう涙なのか理解されないまま、頬を伝うことなく落ちていく。
20131021




