ナサエルの依頼
「通行承認証」というものがある。どこかからどこかへ移動する際に必要な紙切れだ。ルマティーグ大陸内での移動ができる「ルマティーグ通行承認証」のような大陸独自のものから、商売を目的とした移動に限定してルマティーグを含む四つの大陸とその国々を移動できる「商売通行承認証」のようなものまで多種にわたり、それぞれ所持する為の規約が用意されている。
武器を持ち四つの大陸とその国々を移動することを許可される「冒険通行承認証」。冒険者の証でもあるその冒険通行承認証の規約の一説に、こう記してある。「あらゆる武器は、一個人に対して登録を義務付けられ、また、登録をされた武器のみ使用を許可される。そして、冒険者は登録された武器を人民の為に使用することのみ許可される。武器を使用して人民を守り、助ける義務を負う。」つまり、武器を持って四つの大陸とその国々を自由に移動する権利を得ると同時に、困っている人民を助ける義務が生じるようになるということ。大きな名分は人民の生活を脅かす魔物の退治だ。多くの人民は冒険者のことを魔物退治をする者だと理解して受け入れている。また、多くの冒険者も生活費を稼ぐ為に魔物を倒せざるを得ない。その他にも、人民から依頼があった場合、その依頼が規約を逸脱していなければ、冒険者はそれを断ることはできない。今回の場合、迷える人民であるナサエルは、このことをよく知っていた。規約違反となれば、通行承認証剥奪となることも。
「い、今なんて?」
「こいつらの援護をすることになった。」
「……は?」
「もう言わねえ。」
ルマティーグは魔術があふれている大陸で、魔術の研究及び、優秀な魔術士の育成が盛んに行われていた。中でもこのルマティーグ一名門と名高いヴァルダ魔法学園では、昔から飛び抜けて優秀な魔術士が輩出される。そういった学生を「ヴァルダの傑出生」と呼び、その証として特別な魔法印を与えたのが傑出生制度の始まりだった。七色に輝く入れ墨のような魔法印の正体は魔法陣で、魔力を濃く増幅させる力があるという。そして、魔法印をもつ者はルマティーグのあらゆる場面で歓迎された。国を移動する際に通行承認証がなくても、魔法印を見せれば検問の兵士が喜んで通してくれる。買い物をしようとすれば、店主が質の良いものを無料で提供してくれる。まだまだ幼さの残るナサエルにこうして貴賓室が用意されるのも、全て魔法印の恩恵であった。
しかし、そればかりではない。幼いナサエルでも当然、傑出生として義務を負っている。今回命じられたのは、ある“魔物”の討伐であった。
「よろしくお願いしまーす!」
「お願いします。」
「ナサエル君、ハディ君、よろしくね。」
ナサエルはピッタリとキースに寄り添いながら微笑んでいる。腕を絡めて肩に頬擦りをしたり、腰に両腕を回して密着したりと、いちいち絡まっていた。特に気にしない様子のハーディーンは椅子に腰掛けて大きな本を開いていて、本の文字から目を離さない。セイリアも特に気にせず、お茶を飲んだり自分の指輪を眺めたりしている。最初はナサエルの頭を押し返していたキースだが、その度に更に密着してくるナサエルに観念したのか呆れたのか、今は特に何も対応をしていない。完全に無視をして自分の作業、剣磨きを続けている。
一方ティルはまんまとナサエルの挑発にのり、その一つ一つの動作に髪を逆立てて神経をすり減らしていた。
「ティルさん。」
「……、くそ!」
「ティルさんティルさん。」
「なに……。」
「この本、しばらく貸してください。大変興味深いです。」
「……うん、え?」
「ですから、この本を」
「ああ、うん、貸す貸す。貸すから、どうにかしてよ、君の相方!」
「ナサエルのことですか?」
「そうそう、そいつ!」
「どうにか、とは?」
「俺はキースに用があるんだ!話したいことが!山ほど!なのにあのガキが!ずーっとあんなんだろ!邪魔なんだよ!」
「つまり、」
「ええ?ティルさん、お話ならボクのことなんて気にせずどうぞ?」
「二人きりで話すことがあるんだっての!」
「へえ?だそうですよ、キースさん。」
「時間の無駄だ。」
怒り心頭のティルが手元にあった大型の本をキースに投げつけた。ハーディーンがティルから借りようとしている、表紙が皮で出来た頑丈そうな本だ。「あっ」とハーディーンが言う間に飛んで行き、「わっ」とナサエルが言う前にキースが避ける。本が角で壁に穴を開けてから落ちた。その様子を離れた所で見ていたセイリアは苦笑した。
「ティルさん、これもベンショウでは?」
「ウルサイ、お前は黙ってろ。」
「ううっ、すみません……。」
「弁償はなんとかなるとして。本は大事にしてもらえますか、僕が読み終える前になくなりそうだ。」
「……。」
「ティルさん怖ーい!」
バチンと音が鳴り、部屋にいる全員がその方を向く。恐怖のセイリアと驚愕のハーディーン、そして呆気にとられたティルの目が見開かれて無表情のキースを凝視した。右頬を平手打ちされたナサエルは笑みを絶やさずに、平手打ちをしてきたキースを見つめる。無表情の冷たい紫の瞳と、嫌味な笑みに歪んだ青い瞳が無言で交差した後、右頬が遅れて赤くなり、疼き出した。ナサエルは右頬に手を当てて小首を傾げ、少し距離を置いた。
「はーい。ごめんなさい。」
「キース、」
「なんだ。」
「いや、……もういい。」
「そうか。お前らと今の内に話しておくことがある。余計な感情に振り回されるな。自滅する。」
「はーい。」
「はい。」
「はいはい。」
「えと、はい。」
「ティル、これは依頼だ。文句があるならお前は抜けろ。」
「もうないです。」
「ナサエル。」
「わかってる、ハーディーン。ちゃんと話すよ。」
依頼の内容がナサエルの口から話された。“魔物”討伐を命じられ、仲間を率いて向かったナサエルは、“魔物”に全く歯が立たなかった上に、仲間を攫われてしまったらしい。その仲間二人の奪回と“魔物”討伐の援護が依頼だ。
「“魔物”は森の力を操って人々を襲う。この鉄道が止められたのもその“魔物”のせい。今、ルマティーグ中で被害が出ています。」
「僕たちは、ナサエル一人を向かわせる魔法省に疑問を抱き、勝手についていった。そしてマリーとカナエが攫われてしまったのです。」
「ボクの、落ち度だ。」
「それは違う。」
「どこが?ボクはお前やカナエたちに気づいていたのに。」
「違う。落ち度は、僕たちの落ち度は、そこじゃない。」
「どういうことだ。」
「……強いんです。」
「圧倒的だった。ボクが思っていたよりもずっと。」
「その魔物は何なの?体が丸くて牙とか爪とかたくさん生えてるやつ?」
「魔物じゃない。」
「は?」
「相手は、精霊だったんです。」
20131007




