ティルVS光の剣士
「まさか!まさか!!」
「あなたをその気にするために、僕らのとっておきをお見せしましょう。」
キースの剣の切っ先が、躊躇いなくティルに向かってきた。ティルは落ち着いて動揺している暇もなく、身を翻してそれを避けることに精一杯だった。彼は“らしく”、表情を成すものを何ひとつ動かすことはない。例え、仲間の自分が相手だとしても。まさしくキースだ。キースはティルに向かってきた勢いを素早く減少させ、すぐ体勢を整えて剣を構え直す。
「……。」
ティルは背後に立つキースはそのままに、目を閉じて深呼吸をした。眉間が痙攣している。そして拳を握ると、鋭い眼光をハーディーンに向けた。
「…ふざけんなよ…!」
「余所見している場合ですか?」
再びキースの風を切る音が迫ってきている。それでも振り返らず、ティルはハーディーンを睨みつけたまま腕を振り上げた。拳を開き、ハーディーンに突き出す。魔力がティルの手から順に変化していき、背後で渦巻いて勢いよく飛び散る。軌道を変えて轟音と共に落ちてくるのは、大量の水の束だった。予測できないリズムで叩きつけられる水を、キースはティルの周りを四方八方に慌ただしく飛び移って避けていくのだが、無表情を変えないままぎこちなく脚を踏み外した。ティルはその刹那を見逃さない。
「オコガマシイんだよ!」
人差し指を突き立てて腕を高く挙げて叫ぶ。あちらこちらにできた水溜りから突如、天を突き抜けるかの勢いで光の柱が上がった。バリバリと大きなものが割けるような壊れるような音が響き渡り、その大きな振動でハーディーンが吹き飛ばされそうになりながら舌打ちをした。水煙が途切れている隙間で、何かの影が揺れる。空間が何事もなかったかのように静かになっても、その影だけがぽっかり浮かび漂っているままだった。ティルは口端を吊り上げてハーディーンを見下ろす。
「これは魔力だ。」
漂っていた影が縦に伸びて、ハーディーンの隣で変化し始めた。茶髪の小柄で紫の瞳。影の正体、ハーディーンの魔力で再び創り出されたのは、キースだ。ハーディーンは眉を立てて唇を少しだけ噛んだ。
「そうです。よく、わかりましたね。」
「はん、わかるよ。あんなののどこがキースなわけ。全然似てなかった。」
「見破られないとは思っていませんでしたよ。」
ハーディーンはキースによく似た魔力の塊の、髪の毛を乱雑に掴み引き寄せた。キースは表情を崩さないまま、その手に従って顔を寄せる。憎々しそうに眉間には皺を寄せて、唇は吊り上げて弧を描く。曖昧で複雑な表情をしたハーディーンの横で、キースは涼しげだった。
「こんなの、ただの魔力。モノです。あなたの力量をはかる、手駒に過ぎない。」
「……。」
「この空間は僕が支配者だ。あなたも、この子みたいに僕の思い通りに動いてもらいます。」
従者のように膝をつき、キースがハーディーンに大剣を差し出した。手に取ると大剣はすぐ、光を発して細く短く変化していく。背丈に合った手に馴染む武器になると、持ち直してすっかり立ち尽くすティルに向けた。
「……え、と。」
挑発的なハーディーンをよそに、ティルは眉を寄せ合わせながらブツブツ呟いていた。所謂、無視をされたハーディーンは眉を下げて、呆れているような、哀れんでいるような、困惑しているような、曖昧な表情をした。大人しく聴いてやる義理はないので、お構いなく振りかかってやろうと思った時。ティルが集中力を高めて魔力を発し出した。この環境を利用して急速に膨らんでいく魔力に、ハーディーンは体重を崩しかけながらなんとか堪える。微妙な変化も、ここでは命取りだ。その恐ろしさを理解しているはずなのに、全く配慮のない目の前の青年に少し腹が立った。
「こうか。」
魔力の変化も終盤に差し掛かった。ティルが迷い悩む度に形を変えていたが、だいぶ落ち着いてきている。何をしようとしているのか、ようやくハーディーンも理解した。その時はもう目の前に、見覚えのある形が出来上がっていくところだった。
「!そんな!」
「お、できた。」
尖った耳に鋭い目。フサフサの毛皮に大きな四本脚。本物の半分程の大きさだが、十分な背の高さの緋焔狼の君だった。息遣いも炎の揺らめきも、本物と何一つ違わない。ティルはご満悦そうに、創り上げたものを見て頷いた。
「あなた、物理化は知っていましたか?!」
「は?ブツリカ?知らないけど。」
「なんだって……!」
高精度な変化に思わず取り乱したハーディーンに向かって、緋焔狼の君が駆け寄ってきた。駆け寄ってきた、というよりは、浮いて飛んできたといった感じだ。あまりにもちぐはぐな手足の運び方に、ハーディーンは恐怖を覚える。
「うっ!」
「うーん……あんまり上手く動かせないな。君、すごいね。」
「なにが!ちょ、早くこれ消してくださいよ!」
「ヤダ。」
ハーディーンの目の前で小型版緋焔狼の君が止まる。瞳孔が開ききった目はリアルで恐ろしいのに、前足後ろ足が左右同時に動いたままだ、奇妙で仕方ない。しかしハーディーンが気を緩めた時、緋焔狼の君の口が熱を帯び出す。咄嗟に後ろへ跳ねて距離を置いたが、間に合いそうにない。ハーディーンは舌打ちをして自分の魔力、キースを相手に向かわせた。放たれた炎に、キースが直撃する。規模は小さいが、打ち消すのには申し分ない炎だった。
「ゲッ!あんまりいい景色じゃないんだけど。
う~ん、でもま、こんなもんか。」
「くそ…この人は…!」
飄々としたティルの様子から、全く動じていないことがヒシヒシと伝わってくる。もどかしさと思い通りにならない苛立ちに、ハーディーンが取り乱し始めた。剣を握る手が震えている。そして眉間に深い皺が刻まれ、目が鋭く吊り上がっていた。ティルはそれを、両目を細めて見つめた。その目が気に食わず、ハーディーンが切っ先を迷わずティルに向けて突いてくる。しゅ、と風と何かが切れる音がした。その時ティルは瞬き一つせず、哀れむような瞳のまま、頬に切り傷を作っていた。
「君は、色々できる。光魔術で異次元を創ったり、人を生み出したり、動かしたり。俺よりすごい、かもしれない。」
「……。」
「でも、」
ちぐはぐに前足後ろ足を動かしていた緋焔狼の君が一気に消滅した。それと同時にティルの右手に魔力が集まり出す。太く長く光る魔力が少しずつ硬度を上げていき、光が落ち着く頃にはティルの手に大剣が握られていた。ハーディーンの創った、キースの大剣、レタリオの偽物よりも遥かに精巧なレタリオの偽物だ。刃の白さ、柄の太さ、唯一の装飾の透明度、全てが本物と少しも違わない。
「君の考え方は好きじゃない。
俺は君に勝たなくてはならない理由ができてしまった。」
「なんですって?」
「……おいで。相手してあげるから。」
冷たく無感情なティルの声が、無機質な空間に優しく響いた。
20130804
20180818改稿