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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第二話
13/47

オウサマゲーム

 ナサエルは車体からふわりと飛び降りた。大人二人分はある高さだったが、風のようなものに支えられて優雅に着地する。ナサエルの右肩がチラリと輝いたのと同時に、枕木を押さえる石が静かにジャリ、と鳴った。右肩にある宝石のように透き通るこの刺青は、魔法印というものだ。刻まれた七色の光が揺れる。「傑出生」である証の魔法印は、ルマティーグでは誇り高い印だった。更にジャリジャリと音を鳴らしながらナサエルはレールに沿って進む。わざとよく踏み締めて歩いているようだ。遠くで収縮していた緑の塊が音に気付いて掌を開いたように、四方八方一斉に何本も蔓を伸ばす。挑発に乗ってしまった蔓が勢いをつけて襲いかかってくるが、ナサエルに触れようとする蔓の先端から破裂して散った。

「ボクはあの人たちみたいに優しくないよ。」

 ナサエルはニヤリと笑み、誰にも聞こえないところで呟いた。蔓は怒り狂うように速度をあげてその太い鞭をしならせるのだが、正に指一本もナサエルに触れられない。ことごとく弾けては、その身を削っていった。

「最初からこうしてボクだけ狙いなよ。ま、結果ボクには良かったんだけど!」

 ナサエルは両腕を広げた。自分の身の回りに薄く張った、魔力の範囲を拡げる。魔力は一定の方向に流れて円を作り、ナサエルの周りを回り出す。魔力の円が様々な角度で作られ、やがてナサエルを中心とした球に変化した。目にも留まらぬ速さの変化に、ティルは驚いて息をのんだ。その刺々しい彼の魔力に皮膚が強張る。ナサエルが作り出した球が電気を帯びたボールとなり、ツルの中心部に向かう。バチンと鈍い音が一度鳴り、青白い光の柱が落ちた。一瞬で根絶やしにされた蔓たちが事切れて落ち、ピクリとも動かなくなる。

「大丈夫、今度はキミたちのお家で遊んであげるからね。」

 それはほんのひと時の間の出来事だった。器用で難解な魔力の変化。何よりあの膨大な量をあれだけ凝縮するのは、並大抵のことではない。ティルは否応無しにそれを見せ付けられた。涼しい顔を取り繕うが、彼が自分よりずっと小さい子どもだと思っていた分、戸惑いは大きい。その顔に薄ら汗が浮かんでいた。そしてその様子を、金髪の少年がジッと見ていた。それはもう、ティルの顔に穴が空きそうな程。

「ハーディーン。」

「ああ。」

 ハーディーンと呼ばれた金髪の少年は、軽やかな足取りで帰ってきたナサエルに目線を切り替える。そして頷いて手を叩いた。なんだとティルが思う間もなく、動かなくなっていた蔓が突然炎をあげる。離れたところにいても、顔が熱く感じられる程の火力だ。

「ティルさん、自己紹介がまだだったよね!ボクはナサエル。ナサエル=リロード。そして彼はハーディーン。ハーディーン=リロードだよ。」

「……そう。」

「これからよろしくね。」

「なにを?」

「やだなぁ!旅の話だよ!そういう約束でしょ。」

 大きな炎を背にして、表情に暗い影を落としたナサエルが微笑んだ。ティルは目を細めてそれを見つめる。やがて蔓が消し炭となり灰となり、役目を終えた炎と共に消えると、にこやかなナサエルと、無表情のハーディーンが残る。二人の瞳を受け入れるだけで、ティルは必死だった。


「どういうことだテメェ、ティル。」

「んと、」

「まあまあ、お兄さん!タダで貴賓室なんて貴重だし、良い経験じゃない?」

「そうそう、タダだし。それにご飯もあるって。」

「そんなことはどうでもいい。」

 キースは相変わらずの無表情だが、声は怒気に包まれていた。目線が心なしか痛い。ティルは汗だくで目を逸らす。持て余した手を捏ねながら唇を尖らせて、こんなはずではと心の中で何度も呟いていた。一方、ナサエルはあっけらかんと能天気そうに微笑み、一人明るい。そのすぐ後ろのハーディーンは、まごついているティルが話す度に背中をじっと見つめていた。ちなみにセイリアは寝ている。

 ここはキースたちの部屋だ。狭くて小さい、二段式の寝台しかない。そんなところへお客を二人、引き連れてティルはやってきた。お客は興味津津で小さな部屋を見渡し、とは言えこれといって何もないので、すぐ本題に入る。どっしりと寝台に構え、自身の膝を不気味なリズムで叩いて鳴らすキースに視線が集まった。その、何か迫り来るリズムがティルを追い詰めていく。これは自分の命が終わりに近づいていく音だ。刻々と、キースは鳴らし続けた。

「っは!?」

 粛々とした空気を打破したのは、夢から醒めたセイリアだ。今まで呼吸を忘れていたかのように息を乱し、起き上がると同時に立ち上がる。しかしそこは下段の寝台だった。その勢いのまま思い切り頭頂部を打って、昏倒した。ナサエルとハーディーンが声に振り返り、その始終を見てからまた前を向く。何事もなかったようにまた粛々とした空気が漂い始めた。

「怒らないでよ、ボクたちを助けると思って!……ね?キースさん!」

 キースは僅かに目を細めた。 そしてやっとナサエルをその瞳に写す。紫の瞳の中でナサエルは両方の口角を吊り上げて笑みを歪めた。能天気そうな表情とうって変わり、禍々しい冷たい微笑みだ。

「もうめんどくさくなっちゃった。キースさん、ティルさん。ちょっとボクの言う事聞いてもらうよ。」

「……。」

「ちょっと、どういうこと?」

「はは、優しいティルさんのお陰でやっとここまで来られたよ。ありがとう!」

「どういう意味……。」

「皮肉!」

 笑い声混じりに、ナサエルは言葉を尖らせながらキースを見上げた。ナサエルの背後では刺々しい魔力が揺らめく。まるで挑発をするようにユラユラと、キースやティルの視界で揺れながら部屋中に広がり続けた。そして好戦的なナサエルに続き、ハーディーンが口を開くと、更に重苦しく魔力が揺らめいた。

「僕たちに付き合ってほしい。」

「簡単なゲームをしようよ。勝負をして、負けた方は勝った方のいう事をきくの!」

「一対一、戦意喪失した方が負けだ。」

「勝手に話を進めるな。」

「ごめんねー、キースさん。でもボクたち結構急いでるんだ。」

 急速に、ナサエルとハーディーンの魔力が広がり出した。ナサエルの魔力は部屋の半分に陰を作り、ハーディーンの魔力は半分を明るくしていく。目まぐるしい魔力の変化に、ティルは眉間に皺を寄せた。

「しまった……!」

 舌打ちをした時には手遅れであった。慌ててキースの手を掴もうと腕を伸ばしたが、影に飲み込まれていく。至って冷静な態度で、キースの口が“アホ”と動いたのを最後に、完璧に姿が見えなくなってしまった。ティルの目の前には、ただ明るいだけの空間が広がっていく。あんなにも狭かった部屋にいた筈なのだが、音が反射する壁のない、ただただ広いだけで何もない空間になった。そこには、ティルが取り残されていたように立ち尽くしているだけだ。

「は、反発反応……!」

「そう。」

「!!」

「反発反応、知っていたんですね。」

「君は……」

 何もない空間に音が響く。その度に妙に反響して、わんわんと音が揺れた。そして眩暈のように視界も揺らいだ。空気が重く纏わり付いて、息苦しい。

「ハーディーン。ハーディーン=リロードだ。」

「信じられない、まさか!」

 息苦しさの原因を知っていて動揺を隠せないティルをよそに、ハーディーンが涼しげな表情で左手の甲をゆっくりと自分の顔の横まで持ち上げた。その左手首に、虹色に輝く模様が浮かび上がっている。手首を一周するように描かれているそれは、この大陸では有名すぎるものだった。ティルは目を見開いた後、唇を歪めて瞼を伏せる。

「そうか……なるほど。君もか。」

「良かった、これも知っていて。説明するのは苦手なんです。」

 ここは魔力で創り出された空間だった。複雑に変化する、創造主の魔力で維持されている異次元。すなわち、この次元は創造主に支配されているということ。一見害のなさそうな金髪碧眼の無表情な少年、ハーディーン。異様に重苦しい魔力を放つ、彼が支配者だった。

20130721

20170119改稿

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