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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第二話
12/47

燃える鉄道

 急停車したことにより鉄道員たちは対応に追われている。どうやらレールになんらかの不具合があるらしいとあちらこちらで説明していた。発見が早かったようで被害は最低限で収まりそうなのだが、このルマティーグ横断鉄道は老若男女関わらずたくさんの人が利用する。すれ違う鉄道員全員が怒鳴られているか平謝りしているか、どちらかだった。

 ティルはそんな喧騒をよそに、壁に付いている取っ手を力一杯持ち上げて車窓を開けた。顔を覗かせて車外を確認するのだが、窓が小さいのでよくわからない。あまり機嫌がよろしくないティルは、そんなどうしようもないことにも腹を立てて溜息を吐く。どうにか外に出られないかと、鉄道の先頭に向かって再び歩き出した。先頭に向かう程、異臭が強くなっていく。鉄が熱されている時の独特な臭いだ。そして何より、それに伴って魔力も濃くなっていく。

「ん?……なかなかいいんじゃない。」

 蒸気機関室の前まできて空気の流れを感じたティルは、ふと天井を見上げた。そこには人一人通るのがやっとそうな大きさの四角い天蓋。蓋は開けられていて、夕暮れに燃える空と、そこに浮かぶいくつか星が見えていた。確かにここから外に出られそうだ。しかし、残念ながらティルはそこに登るまでの手段がないことにすぐ気付けない。手を伸ばして飛び跳ねてやっと気付く。

「これどうやって出るんだ?あークソ!あと少しなのに!」

「誰だ?」

「うおっ!?」

 ティルが地団駄を踏んで暴れていると、天蓋から低い声が聞こえてきた。見上げると、目と口と鼻の周りにびっしり毛が生えた生き物が大きな顔を覗かせている。最初こそ驚いたものの、みるみる目を輝かせてティルが興奮していく。お目当ての緋焔狼の君だったからだ。

「やった!やっぱカッコイイ!」

「……お前は?」

「ティル。なぁ、ちょっと手貸してよ、俺も外に出たい。」

「ティルか。いいだろう。掴まれ。」

 緋焔狼の君はその大きな腕、というよりも前足を伸ばしてきた。二足歩行とはいえ獣。そっと触れると毛皮がくすぐったい。丸くて短い指を曲げてティルの手を掴むと、難なくその長身を引き上げてくれた。獣特有の掌の柔らかさ、肉球が気持ち良い。ティルはこの喜びで満たされることなく、更に貪欲に尋ねる。

「なぁ、俺の仲間にならない?」

「唐突だな。無理だ。」

「えー、なんで?」

「そういう契約だからだ。」

「めんどくさっ!」

「そうか?単純ででわかりやすいだろう。」

「ずっとこの鉄道と一緒ってことだろ?」

「そうだ。」

「面倒じゃん。」

「おっと、お喋りはここまでだ。お前も魔術士なら手伝ってくれ。」

「わかるの?」

「お前からは始終魔力が滲み出ているようだからな、わかる。」

「どういう意味?」

「魔力が制御できていないということだ。気をつけろよ、それはあまり良いことではない。」

「ふぅん……。」

 ティルと緋焔狼の君が話している最中、車体の下で絶えず植物の蔓が蠢いていた。レールから手を伸ばすように伸びてくる蔓はとても太い。今にも車体を覆い尽くしそうな勢いだ。ついに緋焔狼の君の足が捕まる。そしてティルの足も。一人と一匹は足元から縛り付けられていくにも関わらず、全く臆することなく話し続けた。

「それ、むぐ、」

「お喋りはここまでだと言っているだろう。」

「んー。んん、んー。」

「さて、そろそろ相手をしてやるか。」

 蔓がティルの身体を覆い、ついに口が隠されたのを見て、緋焔狼の君が静かに腰を曲げる。大きな前足が屋根に付き、四つん這いになると、誰がどこから見ても獣だ。集中力を高めると、そこ一帯が張り詰めたような空気になる。緋焔狼の君の力で満たされた空間では、植物の動きが怖気ついているように緩慢となった。

 燃えるように瞳を光らせると、緋焔狼の君は口元まで来ていた蔓を噛み千切って吠えた。唸るような音ではなく、細くて高い、筋が通ったような咆哮だ。それを皮切りに、ティルが蔓を振り払う仕草をした。ティルの魔力が腕から放出され即座に変化する。熱を帯びてやがて炎を上げた。植物が炎を当てられてその身を捩り収縮していくティルはそこへお構いなく炎を被せた。腕を大きく左右に振ると、その手に振り回されるようにして炎が踊る。炎が揺れる度にティルの顔が照らされて、余裕溢れる笑みが浮かび上がった。映像が逆再生するように植物が車体から引いていき、ティルはすっかり身軽になったので、思いのまま魔力を増幅させて火力を強めた。

(考えなしに魔力を扱う奴だ。)

 緋焔狼の君は眉尻を下げる。まるで自由奔放のティルに些か呆れていたところだが、いつまでも呆けているわけにはいかない。獣の毛が逆立ち、熱気を帯びる。突如レールから白っぽい炎が上がった。よく見るとレールではなく、車輪から高熱が伝わってきている。火のついた導火線のように、レールを火柱が走って行くと、レールに絡みついていた蔓が瞬く間に炭と化した。

「すごい!」

「お前のような戦い方では、いつまで経っても埒が明かん。」

 あからさまにムッとしたティルが睨みつけてくるのがわかったが、緋焔狼の君は遠くのレールまで炎が走っていくのを見つめながら続ける。

「よく見極めろ、根本はどこだ。ただ膨らませただけの力は脆い。」

「エラそうに。」

「ふ、口が減らん奴だ。」

「ちょっと遊んでやってただけじゃん!」

「それにしても無駄が多い。」

「なーにーっ!」

「……そうやってすぐ噛み付くのも良くない。」

「誰が!」

「短絡な発想は、魔術士にとって致命傷になり得る。」

「お前って結構ウルサイのな!」

「お前の為を想って言っている。いずれ身に沁みる日が来るだろう。」

「そういうの、ヨケーナオセワ。」

「ふふ、だがティル」

「へぇ!」

「?誰?」

 突如聞き慣れない声を耳にして、ティルが振り返る。振り返った先、車体の下に人影の集団ができていてこちらに向かってきていた。それを見た緋焔狼の君が小さく唸って、それきり黙ってしまった。ティルはそっぽを向く緋焔狼の君のことが気になり目線だけ向ける。自分と同じように弾んだ会話を中断させられた上に新参者の登場で気分を害したのかもしれない。

 声を掛けてきたのは、集団の先頭にいる少年だった。艶のある葡萄色の髪はやや長く、肩口で切り揃えられている。華奢な腕と脚が露出する服を着ていた。見る人が見れば少女にも見えるだろう。そしてその後ろに付き人のように付き添っている集団は賑わっていた。その服装から、ただ一人を除き、全員が鉄道員だということがわかる。鉄道員たちは口々に「もう大丈夫だ」とか、「これで列車が出せる」とか、嬉々とした表情で言っている。たった一人、葡萄色の髪の少年と同じ年頃で、同じような背丈の金髪の少年だけが無表情のままだ。金髪の少年は、青い瞳を真っ直ぐティルに向けていた。

「緋焔狼の君、ヴァルダの傑出生が助けに来てくれた。」

「もう心配ない。あとは彼らに任せよう。」

「……。」

「あ。」

「……ティル、また会おう。」

「……。」

 緋焔狼の君は潔く一瞬で姿を消した。ティルはやる気が削がれたように一気に脱力する。去り際に耳元で囁かれ、非常に残念な気持ちがこみ上げて来た。もう少し、少しでいいから話したかった。緋焔狼の君がいないのであれば、自分はここに用などない。

(さっさと帰って寝よう。)

 盛大に欠伸をしながら、ティルは部屋に戻ろうと屈む。自分がやって来たのは足元の穴だ。帰りはここを飛び降りるだけ。手をついて体重を乗せようとした瞬間だ。

「あ!待ってよお兄さん!」

 ティルは舌を噛みそうになる。移動し掛けた体重がよくわからない方向へ向かい、体勢を大きく崩してしまった。恥ずかしい。恥ずかしさは、すぐ怒りになった。眉間に皺を寄せて、下から声をかけて来た葡萄色髪の少年を睨みつける。少年は全く動じず、寧ろクスクスと笑いながら小首を傾げた。

「驚かせちゃったかな?」

「……なに。」

「お兄さんすごいんだね!ちょっと見てたんだ、魔術を使うところ!」

「あ、そ。」

「お兄さん、光魔術士だよね?ライア大陸の!」

「……、それがなん」

「やっぱり!遠くから来てるんだー。冒険者かな?ね、お話聞かせてよ!」

「あの、ナサエルさん?!」

「わかってるって。お兄さん!すぐ終わるから待っててくれない?」

「ヤダ。」

「えー!じゃ、ボク退治するのやーめた。ティルさん待って!」

 葡萄色髪の少年はナサエルというらしい。ナサエルはティルの後を追う為に車体をよじ登り始めた。金髪の少年がそれに手を貸す。鉄道員たちは一斉にしどろもどろ言い出して、慌てふためいた。ナサエルが列車の走行を邪魔する何かを倒してくれないと、大変困るのだ。ここ最近この手の妨害が頻発しており、鉄道会社は頭を抱えていた。緋焔狼の君がその都度対処するのだが、何度も再発してしまう。傑出生と呼ばれる、この大陸で優秀な魔術士に選ばれているナサエルは、正に救世主であった。逃す訳にはいかない。

「ティルさんとやら!待ってくれ!」

「イヤだ。」

「待ってくれ!頼む!」

「代わりに私たちができることならなんでもしよう!だから頼む!行かないでくれ!」

「……なんでも?」

「ああ!できることなら!」

「じゃあ部屋に行かせて。さよなら。」

「「「それはできない!!」」」

「よいしょ。」

 大騒動になっている鉄道員とティルの大合唱を少しも気に留めず、ナサエルがふわりと屋根に辿り着き、ティルの目の前に着地した。若干空気の流れが変わっているのでナサエルが魔力を使ったことが伺えたが、どのような力かまではティルに興味がない。とにかく天蓋の穴を隠されて、とても腹が立った。思い切り舌打ちをしてナサエルを見上げると、相変わらずニコニコと微笑んでいる。

「おじさんたちが何でも言うこと聞いてくれるんだって。お兄さん、何か困ってるんじゃない?お金とか、食べ物とか、部屋が狭いとか、さ。」

「……。」

「それなら!タダで豪華な食事と広い貴賓室を用意しよう!」

「そして我が鉄道の大目玉、なんと緋焔狼の君にも会える特典付きだぞ!」

「む!」

「仕事以外の時間だけなら、緋焔狼の君を独占してもいい……!とにかくナサエルさんの言う通りにしてくれ!」

 機嫌は最低に悪かった。全てを拒否して他人が困っても構わない。しかし、いつだってティルは目の前の欲望に忠実だった。それに美味しい食事と広い部屋を手に入れると、キースが自分を見直してくれるかもしれない。良い想像ばかりで頭がいっぱいになっていたのだ、条件については理解しないまま承諾してしまった。権利には、義務も付き物だ。ティルはこの後少しだけ思い知ることになる。

20130702

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