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IDLY HERO〜ルマティーグ編〜  作者: 松野 実
第二話
11/47

ルマティーグ横断鉄道にて

 ルマティーグ横断鉄道とはその名の通り、ルマティーグを横断する鉄道だ。鉄のレールに木の枕木、そして蒸気機関。技術も見た目も他の大陸のそれとはなんら変わりない。しかし魔法が深く浸透しているルマティーグならではの動力が有名だった。

「おおっ!」

 ボイラー室付近で乗客兼観客が声をあげる。炎が噴き踊る度に歓声がわいた。その人々の視線を集める火の手の中心には人型の影が。集中して見つめていると、その人型は一切の布を纏っておらず、全身獣のような毛皮に被われていた。鼻が突出していて口が大きく、端から端までビッシリと牙が生えている。更に頭頂部にはピンと立つ大きな耳があり、それも毛皮に被われている。長く太い手足には尖った爪、目は鋭く炎の揺らめきから逸らされない。深緑の衣服を身に纏う鉄道員たちから“緋焔狼の君”と呼ばれていた。ルマティーグ横断鉄道の要、緋焔狼の君こそが最大の動力。この鉄道は火焔を司る精霊を使役して鉄道を走らせているのだ。

 ルマティーグでは生活する上で魔法が欠かせない。ありとあらゆる場面で自然と魔法が使われる、ルマティーグ人にとっては当たり前のそんな光景も、別の大陸で暮らしている人間の目にはまた違った景色に見えるのだろう。少なくとも、辺境の大陸、それも大層田舎の国からやってきたティルは誰よりも好奇の目で見ている。先程から一際目立った歓声をあげるのもティルだ。今、隣の貴婦人がティルを露骨に避けた。何度もドレスの裾を踏まれているらしい。それを遠巻きに見ていた少女がホッと息を吐いた。肩の上で切り揃えられた桃色の髪、肩の大きく出る衣服は少女の身体をピッタリと覆う。不自然に短かい前髪を手で押さえてコソコソと身を隠しながらも、透き通る緋色の瞳で離れているティルの背中を見つめている。この少女はセイリアと名乗った。そんなセイリアの様子を遠巻きに、壁に凭れながらキースは窺う。

 セイリアは謎めいていた。頭を下げるばかりで自分の生い立ちや現状を何一つ話そうとしないし、その珍しい髪や瞳の色、衣服からは大体の予想すらもつかない。

「ティルさん!」

「なに。って言うかついて来ないで。」

「そんな……あの、何を見ているのですか?」

「……あれ。」

 物珍しいものを求める人々をかき分けてセイリアがティルに近づいた。顎で示された先は、人混みで見えない。背伸びをしてみてもダメだった。ティルは長身でもセイリアはそうでもない。同じものは見られそうにないので、セイリアは肩を落とす。落胆というには些か大袈裟だが、表情は暗い。セイリアは何故かティルを慕っていた。ティルの言葉一つ一つに大袈裟に反応する。

「見えません……。」

「じゃあもっと前行けば?」

「……はい。」

 しかしティルはセイリアとは全く逆の感情を抱いていた。悲しみに暮れ人混みをかき分けてかき分けて前へ行くセイリアを見て、キースが溜息を吐く。一応だが追われている身だ、セイリアの側にいることをティルに命じたはずなのに。まあ、アテになどはしていなかったが。

 セイリアが蒸気機関室の窓の前に着く丁度その時、窓に布が掛けられて内側が見えなくなってしまった。布の掛けられた窓の前で首を傾げたり顔を近付けてみたりするが、良さが全くわからない。それでもティルと感動を共有しようと食い入るセイリアの背中で人々が思い思いに会話をしながら散り、セイリアが振り返った時にはもう誰もいなかった。無論、ティルも。

「!!」

 今朝からこんなことばかりで、ちっともティルと過ごせないセイリアは、ティルを失踪の天才だと思っていた。が、殆どはセイリアの運やツキといったものが原因だった。余りにも噛み合わない二人は、見ていてとても滑稽だ。

「おい。」

「っ!キースさん!」

「あまりウロウロするな。」

「あなたの言うとおり、ティルさんの側にいるだけです!」

「ったくあいつは……」

「ティルさんを悪く言わないでください。私が好きで追いかけて、ウロウロしているのですから。」

「こ、」

「キースさんに言われなくても自分で部屋に戻ります。多分、ティルさんも戻ってくると思いますので。すみませんでしたっ。」

 セイリアは異様なまでに早口でまくし立て、キッと目を尖らせて睨んだ。ティルの前とはうって変わる態度でキースのことを露骨なまでに避ける。実は、キースに心当たりはあった。酔って絡んでくるティルを蹴り飛ばして昏倒させたり、二日酔いという“病”にかかって“死にかけて”いるティルを鼻で笑ったり、寄り道をしようとするティルを無視して行こうとしたりしたことでは決してない。セイリアは短くなった髪を小さく靡かせながらキースの横を通り過ぎ、部屋に戻って行った。そう、あの髪の毛が最大の心当たりである。たったそれだけのことだと、キースにはセイリアの気持ちが理解が出来ないでいる。

「キースさんは野蛮です。」

「なんで?」

「髪を切られました。」

「はあ?切ったのはアンナじゃん。」

「キースさんが切れって言うからって、アンナさんも無理やり。……慰めてくれました。」

「どうでもいい、その話。」

「それに、ティルさんを蹴ったり叩いたりします!」

「ああ……うん、確かに、もう少し優しくしてくれてもいいよな。」

「それにフツカヨイという大病を患っているティルさんを笑うんですよ!」

「あれには死にかけた。」

「酷いです!」

 狭い部屋だ。木で出来た二段式の簡易ベッドが二つある。旅の少ない荷物を置けばいっぱいになるような狭さのものだ。外から扉を開けて見ると、左右がベッド、奥は窓。車中泊できる部屋だった。ルマティーグ横断鉄道は、ルマティーグ大陸最南端のラムプから最北端のルシウスまでをつなぐ。始発駅から最終駅までは乗ろうと思うと三日かかった。そして利用者のほとんどが他大陸からの観光客であり、端から端まで乗ることが多い。その為こういった寝台部屋が用意されている。ここは中でも一番に等級の低い部屋だった。ティルは嫌がるかと思いきや、案外気に入って片側上段を陣取って寝転がっていた。カーテンが掛けられていて顔は見えないが、収まりきらない足が突き出ている。もう片方の下段に腰掛けているセイリアは、その足を見上げながら愚痴をこぼす。

「ふぅん。アンタはキースが嫌いなんだ。」

「嫌い、というか……。」

「俺は好きだけどね、俺は。ふぅん、でもそっか。」

「嬉しそうだな、ティル。」

「キース?」

「キ、キースさん……!」

 引き戸が開いてキースが現れた。ティルの足が引っ込んでカーテンから顔が出てくると、キースの言う通り、どこか嬉しそうな表情だ。逆にセイリアの顔は青褪めていて、気まずそうに目を逸らしている。

「おかえりキース。なぁなぁ!キースも炎のオオカミ見た?」

「ああ。」

「かっこいいよなぁ……ああいうのが仲間にならねぇかなぁ、ああいうのが。」

「ティルさん、それって!?」

「テメーでなんとかしたらどうだ、魔術士。」

「うーん、奪えるのかな、精霊って。」

「それはやめろ。」

 キースがセイリアに近づいて、目の前に背中を向けて立ち止まった。大剣と小袋を向かいの下段に置くと、ぐるりと振り返る。来るべくして来たと、セイリアは身体を硬直させて拳を握った。そして覚悟を決めてギュッと目を閉じ唇を噛み締めた。すぐ頭上で鳴ったゴトンという重量感のある音に、セイリアの身は更に引き締まる。引き戸が閉まっていても廊下を通る人々の会話は丸聞こえだ、セイリアの悪態は絶対キースに聞かれていただろう。野蛮で横暴で冷徹なキースのことだ、何をされるかわからない。

「おい。」

「ひゃあっ!?ふぁい?!」

「……どうしたんだコイツ。」

「さあ?」

「食え。」

 キースはセイリアの頭上の台に持っていた小袋を置いただけのようだ。それから何かを取り出してセイリアに差し出した。粉を練って焼いただけの質素なパンと、液体の入った小瓶。咄嗟にこの身を庇おうと出た腕と腕の隙間から、セイリアは目を丸めてそれを見る。

「俺も俺も!ちょうだい!」

「お前の物は自分で何とかしろ。」

「なんで!」

「これはアンナからコイツに預かった物だ。」

「……そ。」

「アンナさんから?」

「ああ。」

 セイリアはそっと受け取り、持て余すように物とキースを交互に見る。キースはそれきり黙って、セイリアの向かいに腰掛けると、持っていたパン一切れをもそもそと食べ始めた。下段に腰掛けるキースの頭上の台では、ティルが大きな独り言を話し始めながら自分の荷物を漁っていた。ティルの独り言は全て愚痴だ、立て続けに部屋の狭さについて話している。セイリアは愚痴の相手をしようとしたが、間髪入れず喋り倒すティルについていけなかった。


 静かに日が沈みゆく。静寂の中で、レールから車輪を伝ってくる音が特定のリズムを刻んでいた。暫くはその小気味良い音に耳を傾け味わっていたセイリアだが、そのうちに慣れてくると辺りを見渡す。狭い部屋で二人は自由に活動していた。キースは武器の手入れに余念が無く、ティルは大きな本を開いて文字を追うのに没頭している。

 まず、キースの大きな剣がセイリアの好奇心を刺激した。大きな武器と思うと恐ろしい気持ちもあったのだが、大剣に付いている赤い大きな石が磨かれていくのを面白く見ていた。どんどんと白さを増していく刃も、見ているうちに美しく思えるから不思議だ。ひと段落ついたのか、キースが顔を上げた時。大剣の赤い石がチラリと光った気がした。セイリアはぎゅっと目を閉じて目を擦る。目を開いたら、先程と変わらず透き通った美しさの赤い石があるだけだった。

 次に目を移した先のティルが、パタンと音を立てて本を閉じた。眠るのだろうかと考える。

「……キース。」

「問題ねぇだろう。」

「うーん、でも行ってきていい?」

「テメェだけで行って、テメェだけで帰って来るならな。」

「は?どういう意味?」

「面倒はごめんだってことだ。」

「あ?……いいよ、俺だけで行くし。」

 どうやら眠るのではなさそうだ。梯子を滑り降りてくると、ティルは部屋を出て行った。慌ててセイリアがついて行こうとするが、キースがその手を掴んで止める。セイリアは驚いて咄嗟にその手を振りほどき身体を強張らせた。そしてキースに向き直って、少し距離を置く。部屋が狭いので、少ししか離れられなかった。

「止めとけ。」

「なぜですか!」

「目立つ。」

「え?」

「どんな奴がどこから見てるかわからない。必ず帰って来るから、待ってろ。」

「……。」

 セイリアの脳裏に全壊一歩手前のアンナの店が浮かんだ。それから言葉が出なくなり、大人しく自分の空間に戻る。ティルが心配なのではない。ティルが帰らないことを心配しているのでもない。これは、ティルと同じ物を見たいという単なるワガママだ。そんなものでまた人を振り回したくない。そんな葛藤が見えないキースには引き止められて肩を落としているように見えた。その刹那。ガタンと大きな音が轟き、車体が大きく振動した。金属が強く擦れ合う音が車内中の全ての音をかき消しながら鳴り続ける。

 セイリアは壊れそうになる耳を押さえて顔を歪めた。悲鳴を上げているかどうかさえ、自分でもわからない。上段から物という物が落ち、自分たちは転がるように傾く。キースは若干体勢を崩したが持ち堪え、辺りの様子を伺い続けた。苦し紛れにキースを見たセイリアは、その涼しげなキースの表情や態度に違和感を覚えた。

「キースさんっ!」

 音や傾きが収まると、やっとの思いで声を上げた。思いの外大きな声が出てしまう。キースはそんなことも気にしていないだが、セイリアは気恥ずかしい。

「なんだ。」

「なんだ、って、今のなんだったのでしょう?!」

「さあな、列車が妨害でもされたか?惨事は避けられたみてぇだが。」

 振動も収まっているが、よく考えると列車自体が止まっているようだ。周囲がバタバタと慌ただしくなる。それを受けてそわそわと奇妙に動くセイリアをよそに、キースは相変わらず冷静だった。落ちた荷物を取り、中身や外側を確認してから上段に戻している。ティルの本や上着なんかは雑に放り投げていた。ひっくり返されたようになった部屋だが、ティルの居た空間だけは殆ど変わっていなかった。

「ティルさんは大丈夫でしょうか?」

「さあな。」

「う……。」

 セイリアは恐ろしかった。もしかして、もしかしなくても、また自分の所為でこの列車が襲われているのではないか。蒸気機関室の前に集まっていた人々のことを想う。人々が傷付くのを見たくなかった。自分が出て行けば、それで済む問題なのかもしれない。セイリアの肩が震えた。キュッと唇を締めて、勢いよく立ち上がる。薄く息を吐き目に力を込めた。

20130630

20170119改稿

20181213改稿

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